ふるさと薩摩川内 いつか暮らした懐かしいふるさと
薩摩川内は今も変わらないか あの海 あの山 あの川は
ふるさとの今を知りたい
大海に臨む水引
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 川内港 (南アメリカからのチップ船)
薩摩川内市本土の再西端で川内川が東シナ海にそそぐ、右岸の農業と漁業の盛んな地域です。
 この付近の川内川は海から潮が上がる汽水域で、うなぎ、スズキ、イノコなどの海の魚にも恵まれています。
 唐浜は、古くから海の漁業が盛んで、「カタクチイワシ」の稚魚漁などの港や「チリメンジャコ」の工場があります。また、風光明媚な唐浜海岸では、夏には海水浴場がオープンします。昔は白砂青松といわれる松林と浜が続き、夏にはJRの臨時停車駅ができるほどの賑わいだったそうですが、今は松の大木は見られなくなりました。
 この付近から阿久根にかけての「おれんじ鉄道」からの海の眺めは絶景です。
 川内川河口付近には、重要港湾「川内港」が整備され、港には南アメリカからの3万トンを超えるパルプチップ船、韓国からのコンテナ船、国内の燃料資材船のほか中国上海への客船「鑑真」が時々寄港し、国際港として発展しています。
御釣場
 
 川内川河口から3kmほど上流の湯島というところに「御釣場」の名が残っています。
 これは、江戸時代の薩摩藩主、島津家専用の釣り場で藩主はここに来て釣りを楽しんでいました。

 ここのすぐ近くに当時の武家集落(麓)があり地頭仮屋も置かれていました。
 釣り場の管理者として、島津家専任の漁師がおり、武士と同じ待遇が与えられ、
ちょんまげや帯刀も許されていたそうです。
 
 ここは、今も恰好の釣り場となっています。この日は、クーラーボックスに入らないサイズのスズキがあがっていました。
                                    

                                 
2005.6
船間島
 川内川河口港地区には、古代から川内川の中之島、船間島があります。
今は干拓が行われ工業団地や流通港となっていますが、
対岸の久見崎町と橋で繋がり、船での往来はなくなりました。
 工業団地の一角にの製作過程を見れる工場、「戦国村」があり、
江戸末期からから明治にかけての薩摩の歴史を学ぶことができます。
川内港 
川内港(外港)は、中越パルプ工業のチップ船や韓国など外国船の往来で賑わっています。
コンテナヤード 港内の緑地公園
川内川沿いの内港からは紙製品が船で運搬されます。 川内港から甑島などへの海上タクシーも運航しています。
「シーライン薩摩川内」

唐浜海岸
唐浜はカタクチイワシ(チリメンジャコ)漁が盛ん ラッキョウの生産地でもあります
唐浜は白砂青松の地  休憩所も

歴史探訪
キリスト教会跡(ドミニコ会)
京泊地区にあるキリスト教ドミニコ会の教会跡地
 1606年江戸時代の初期、これまで甑島で布教活動をしていた宣教師フランシスコ・デ・モラリスは、ときの薩摩藩主島津家久に許可を受けて、宣教が困難であった甑島から、この地に教会をたてて布教活動を行ったといいます。
 この教会には9人の宣教師がいたとの記録が残っているそうです。
 薩摩川内市でのキリスト教の歴史は、こちらキリスト教と薩摩川内市から

漁港ではお魚まつり 2008.11
川内漁港では、月に1回甑島から新鮮な魚がやって来て、新鮮市か立ちます。秋にはお魚まつりが開かれます。