ふるさと薩摩川内 いつか暮らした懐かしいふるさと
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清色城の城下町入来
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 入来町浦之名、合併して薩摩川内市となるまで入来町の町役場があった地域です。まちの中心部を通る国道328号に川の玉石で築いた石垣の町並みが続きます。一見、ここだけかと思われる石垣路地は、西手の山裾から東側の清色川まで広がっています。

 旧入来町は、昔の地名を入来院といいます。1248年鎌倉時代に川内川下流の鶴田、祁答院、東郷、高城そして入来院の5地域を治めるために関東相模の国(現神奈川県、大和市・綾瀬市が本領、東京渋谷にも城があった。)から渋谷光重氏の子5兄弟が下向して来ます。渋谷5兄弟は、当時出身地の名字を名のっていましたが、その後、薩摩のそれぞれの領地の地名を名乗るようになったそうです。

 入来院は、ここ浦之名に清色城という山城を構え、1500年代の前半には、川内川南部を中心とする川内地方、郡山、姶良などを所領とするなど強豪でした。

 後に江戸期以前の室町時代のころ島津氏との戦いに敗れますが現在の入来を与えられ、明治2年に領地を返還するまで続きました。一家の領主が620年にわたり、同一地域を治めるのは日本でも実に珍しく、熊本の相良氏と並ぶ歴史を持っています。

 城下の武家集落(麓)は、国の重要伝統的建造物群に指定されているほか、清色城跡地は、平成16年9月国の文化財に指定されました。
入来麓
城下には、川の玉石で作った石垣の武家屋敷群が 
清色城跡の下を流れる清色川は南東北と廻流し、天然の外濠となっています。
昔の武家屋敷をしのばせる茅ぶきの門 国道328号沿いにあります

入来麓の風景はこちら 入来麓 から
  
新大橋
 1909年(明治42年)に県道蒲生線(現川内・加治木線)が開通した時に建設されたいう新大橋(しんたいはし) 見事な石の眼鏡橋ですが、車時代の到来により、昭和1959年(昭和34年)に拡幅工事をしたとある。
 乗用車が1台が通過できる情緒ある橋です。国の有形文化財に登録されています。

 入来大宮神社

 入来大宮神社(写真右)は、近江の国坂本の日吉神社の支社として建てられたもので、入来では鎌倉以来、入来院の地頭渋谷氏が勧請し、以来700年にわたり入来院諸社の総社としています。

 祭事には、神楽が舞われるが、舞の中に「君が代」の歌が歌い継がれ、現国歌の源泉は入来神楽にあるのではと言われてるそうです。

 また、この地区を日の丸地区というそうだ。

入来ふれあい館
 入来町から峠を越えて鹿児島に向かう国道328号の麓にある「入来ふれあい館」
地域の農産物販売や近くでは体験農園の貸出をしています。
清浦ダム
洪水防止のためのダム上流には公園が整備され、桜の名所となっています。
      
愛宕ビスタパーク
 
さわやかな風と夕日を受けながらの遊覧飛行
 気分は最高 着陸目標は向山公園
 秋の午後のひと時である。
清色城跡に建てられた入来小学校です
校舎はお城をイメージして
入来小学校では夏に薪能が開かれます
入来薪能と銘打って一流の能楽師による
幽玄の世界を堪能します。