ふるさと薩摩川内 いつか暮らした懐かしいふるさと
薩摩川内は今も変わらないか あの海 あの山 あの川は
ふるさとの今を知りたい
青い海と青い森 久見崎
HOMEへ

 川内川河口の南岸にある久見崎町。 ここにも薩摩に関わる歴史があります。この地区には、かつて薩摩藩の造船所があり、軍港にもなっていました。西には甑島、北には天草、熊本(肥後)、そして中国、朝鮮の外国へと通じています。もともと交通の要衝である川内川、資材の調達に加えて北からの敵の攻撃に備える適地だったのかもしれません。
 安土桃山時代の末期(1590年代)に、豊臣秀吉は朝鮮に向け出兵しますが、薩摩の島津軍はここから1万人を超える兵を朝鮮に派遣しています。造船所は、町の上流の入り江の一角に整備されていました。今は一部が埋め立てられ広場と道路になっています。
 その奥に入り江が残っており、そこに市指定の天然記念物「はまぼう」が生育しています。夏には、綺麗な黄色の花を披露してくれます。
      
はまぼう(市指定天然記念物)  2005.7
 「はまぼう」は低木の落葉樹で塩水と淡水が入り混じる河口付近に生息しています。
 関東以西に生息し、毎年7月ごろに7pから10pほどのハイビスカスに似た黄色い花をつけます。花は、朝顔のように1日しか咲きません。木は次々に花を咲かせ毎日違う表情をみせてくれます。
 自然の群落は珍しく、川内での群落は、ここのほか寄田町の轟川河口でも見られます。
 江戸期当時の軍船は、もちろん木造で、久見崎には優秀な船大工がいました。
 船の設計に関する文書「樗木文書」というのも残っており、レプリカが川内歴史資料館に保存されています。
 現在の久見崎は漁業も盛んで、いわしの稚魚のいりこ「ちりめん」の加工場や川内川には一本釣漁船の船着場もあります。
盆踊り「想夫恋
 朝鮮へ出兵中に秀吉が死亡したため、兵は撤退することになりました。久見崎港から出港した島津の兵の中には待てど暮らせど帰港しないものもありました。
 帰らぬ夫を待つ妻たちは、いつか夫を思い待ちこがれる踊りを舞うようになります。その踊りが、久見崎盆踊り「想夫恋」として今も踊り継がれ毎年8月16日に踊られています。
これまで長い間、町はずれの松林で踊られていた「想夫恋」、このほど町の近くの海の見える丘に広場が整備され記念碑も移されました。
日和山
 「想夫恋」の盆踊り広場と隣接する、日和山は薩摩藩軍港の軍船が出港する際や漁に出るときの天候の具合いを観測していた場所
 「想夫恋」の記念碑などもあります。。
原子力発電所展示館
川内原子力発電所遠景
原子力発電所のすぐ隣には、原子力発電所展示館があり、原子力発電の仕組みを学べます。
 発電所の冷却水にも利用される「みやま池」冬場には鴨などの渡り鳥で賑わいます。