ふるさと薩摩川内 いつか暮らした懐かしいふるさと
薩摩川内は今も変わらないか あの海 あの山 あの川は
ふるさとの今を知りたい
甑Island
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甑島は自然の塊
地層をあらわにする断崖絶壁の西海岸
何千年もかけて出来上がったトンボロ
太古は陸続きであったことを物語る恐竜の化石
本土を見すえる東海岸、沈む太陽以外は何も見えないない西海岸、人々はこの島の平坦部を借りて暮らす

長目の浜
 上甑島西部の長目の浜から里町方面を一望
 玉石の綺麗な浜はトンボロのひとつ

 写真遠方中央の山がきれた部分は、里町のトンボロ

 数千年前、もともと入り江であったと思われるこの地の北部(写真左側)でがけ崩れが起こり、潮と波がそのガレキを長い年月をかけて入り江付近まで運んだ。その間に崩壊したガレキは潮にもまれながら玉石となった。その後、海の水位が下がったためそのガレキは浜として海面上に現れたといいます。

 海と池とを隔離する長目の浜は幅50m、長さ4kmもあり、浜に長く連なる樹木は5mを超えるものもあります。浜の殆どが玉石のため海水の出入りがあり、潮の満ち干は、外海と約4時間ぐらい遅れるそうで、水深は深いとこで24mといいます。

 江戸時代の薩摩藩2代藩主島津光久が上甑島を訪れた際、この地を「眺めの浜」と命名したそうだ。時代は変わり、「長目の浜」と呼ぶようになったようである。右側の池は「なまこ池」というが名のとおり、「なまこ」が多く生息している。なまこのほかボラ、キス、イサキなどの海水魚が生息しているそうです。
こちらは東からの長目の浜
トンボロ
 何万年も前から少しずつ削られた岩が玉石や砂となり海流の力で島と島をむすんでしまった。
 島の高台から見るとその様子がよくわかります。 里町の人々は、トンボロの自然の中で暮らしています。
上甑島と中甑島を結ぶ甑大明神橋
鹿の子大橋
上甑島中甑島を結ぶ二つ目の橋
藺牟田瀬戸海峡
 海峡の向かいの島は中甑島。この海峡が橋で結ばれることになった。
 おおむね、2010年代には完成する計画であるが、橋と自然との競演は世界に誇れるものとなることでしょう。

 下甑島鹿島町から
下甑島西海岸
 目前に立ちはだかる絶壁。カメラを構えたこの高台も海面から50mはあると思われる断崖の上である。
 いつの時代にどうして崩れたものだろうか。圧倒され息が詰まる瞬間である。
 断崖は、下甑島の西海岸一帯に連なっています。
下甑島西海岸を観光船「かのこ」で  
海上からの風景に絶句
地層100選に選ばれた甑の西海岸は地球の歴史を感じる
ナポレオン岩
甑島の花ばな
 甑島では、1年中花が絶えることはありません。
 夏は「鹿の子ゆり」」ニシノハマカンゾウ」「ハイビスカス」
 そして、秋にかけてはいたるところで「芙蓉」や「さつま野菊」「つわぶき」が迎えてくれます。
 冬には「やぶつばき」春になれば野花の満開、そして断崖の「つつじ」が
芙蓉
鹿の子ゆり・ハイビスカス
ニシノハマカンゾウ
甑島には野生のイノシシ、イタチなどの四足の動物がいないため、野鳥の宝庫でもあるのです。
下甑島青瀬瀬尾の三滝