「さあ夏休み! いのちに触れる体験を豊かに」

 夏休み直前、鹿児島市内のある中学校で「いのちの授業」をした。この学校では、5月の連休直前、3年生の女性徒Aさんが自殺するという痛ましい事件がおきた。Aさんは、生徒会の副会長を務めていたという成績優秀で、友人からの信頼の厚い生徒だったそうだ。学校でいじめられていた形跡もなく、悩みをかかえていた様子も感じられなかった、という。4月の入学式では、在校生を代表して新入生に向かって「楽しい中学生活にしましょうね」と呼びかけた本人が、1ヶ月も経たないうちに自らの命を絶つなんて、誰も予想だにしなかったことで、周りに与えたショックはとりわけ大きかったようだ。

 校長先生も着任したばかりの事件に直面して、「悩みがあったら、ひとりで悩まないで、だれかにうちあけてほしい。相談にのってくれる人は必ずみなさんの身近にいる。命はかえがえがないんだよ」と訴えられらたそうだ。しかし、長崎や沖縄の事件がおこったこともあって、もういちど生徒たちに「いのちの重み」を考えてもらおうと、私のところへ依頼があったようだ。

 鹿児島のAさんも、今回の長崎の中学生も、報道によると、成績優秀で、問題行動もなく、学校へも休まず通っていて、しかも本が好きだった、そうである。

 ではなぜ、片方は自ら命を絶ち、片方は幼い子どもの命を奪うような事件をおこしたのだろうか?Aさんが抱えていたであろう苦しみや悩みはいまさら聞きだすこともできないが、長崎や沖縄の方は今後専門家の手で、中学生の心の闇は解明されていくだろう。同じような事件を繰り返さないための取り組みも模索されていくだろう。

 私にも、マスコミからどうやって命の重みを伝えているのかという問い合わせがある。しかし、この6年間140校で「いのちの授業」をやってきた私にも妙案などあるはずがない。とくに、私がやってきたのは、ブックトークの手法(本の紹介)による授業なので、1回きりの出会いしかもてない子どもたちの心にどれだけ響きあうものがあったのか、知りうる術がないだけに心もとない。

 私は、子どもたちが「いのちの重み」を学ぶには、本はあくまで補助的な手段と思っている。本で得た知識を、自分の実体験を通じて、五感を存分に働かせて、感じ取ってほしいと思っている。レイチェル・カーソンも名著『センス オブ ワンダー』のなかで、知ることより感じることが何倍も大切だと主張している。

 以前お伺いした鹿児島県の細山田小学校の6年生の子どもたちが、小さな赤ちゃんを抱っこしたいと熱望していたら、たまたま育児休暇中の先生が赤ちゃん連れで来校されて、みんなでかわるがわる抱っこさせてもらうことができた、という報告を受けたことがある。たしかあの学校では、私は『いのちは見えるよ』(岩崎書店)を紹介した。主人公えりちゃんのクラスにえりちゃんの隣に住む目の不自由な夫婦の間に授かった赤ちゃんを連れてきてもらって、みんなで抱っこさせてもらう場面がある。本で読んだことを実際に体験したことで、あの子どもたちは、自分の命も赤ちゃんの命もかけがえのないことを実感することができたに違いない。

 夏休みは、子どもたちにとって、実際のいのちに触れる絶好の時期である。

 私自身は、勤務する大学はまだまだ休みに入らないので、夏休みという気分にはなれないが、連休の初日、学校司書の友人たちに誘われて、霧島方面のドライブに出かけた。

最初に訪問したのは、栗野岳高原(『大造じいさんとがん』の舞台の近く)にある「霧島アートの森」。http://www.open-air-museum.org/ja/info/announce/

 ちょうど、東京大学教授でもある河口洋一郎のサイバーアート展「原始の宇宙」

http://www.open-air-museum.org/ja/art/exhibition/yoichiro_kawaguchi/ をやっていた。

河口洋一郎氏の世界はHPhttp://www.race.u-tokyo.ac.jp/%7Eyoichiro/ で見ていただくと分かるが、コンピュータを駆使したアートの原点は、河口氏の故郷種子島の海なのだそうだ。

午後は、隣の吉松町の沢原高原のゆうすげを観る夕べにでかけた。ゆうすげは、ニッコウキスゲの仲間で、夕方にかれんな花を咲かせて、明け方しぼんでしまう。

ゆうすげ写真(吉松町役場HP)http://www.minc.ne.jp/yosimatu/sinchaku/yusuge.htm

 たまたま、この花が自生しているのが陸上自衛隊の演習場の中なので、だれでもいつでも見に行くことはできないのだそうだ。実弾射撃訓練に使った不発弾があるかもしれないから(イラクではない。れっきとした日本の話です)気をつけて、という説明を受けておっかなびっくり出かけたのだが、標高600Mの涼しい高原に咲く花は想像以上に可憐であった。

 この地域は、サクラソウやオキナグサなどの植物が自生し、美しい渡り鳥のヤイロ鳥が営巣し、絶滅危惧種のオオウラギンヒョウモンという蝶がいるという貴重な自然の宝庫でもある。

 吉松町自然を考える会の代表竹中勝雄さんは、演習場に隣接する上床牧場の主。最近、子どもたちに自然を観察し、牧場体験をしてもらう拠点として「アンの家」をつくられた。

地元の小学校との連携が始まったばかりだそうだ。 

さあ,夏休み。みなさんの近くにも、種子島のような美しい海、吉松のようなかけがえのない生き物が生息する高原はありませんか?

 本やインターネットで情報を仕入れたら、是非自分の足で出かけて、五感をフルに動員して、いのちの不思議さ、豊かさを実体験しましょう。教師や親が心を揺さぶられる体験を積み重ねないと、机上の知識のみ豊かになっても、子どもたちに実感を伴った「いのちの重み、かえがえのなさ」は伝わらないのではないでしょうか。