あなたの町にも図書館を


三月初めの日曜日、友人を誘って知覧を訪ねた。新装なった町立図書館で、開館記念に松谷みよ子さんの講演があるという情報を得ていた。青春の日に戦争を体験した松谷さんは、戦争の悲惨さを語りつぐ作品を数多く手がけてこられた。それだけに、知覧町での講演には、いつもにもまして熱い思いがこもっていた。松谷さんは、講演の最後をいじめを描いた絵本『わたしのいもうと』の朗読で締めくくった。平和を語りつぐ町で、未来ある若者が命を失う悲劇が再びおこらないようにとのメッセージであった。
*さて、知覧の新しい図書館は、かわら屋根の和風の建物である。沖縄には、伝統の赤かわらの図書館が珍しくないが、鹿児島ではこういう図書館はあまり例がない。図書館は、地域の一角に、早くもしっとりととけこんでいた。
*館内は、オープン後初めての日曜日とあって、多くの人でにぎわっていた。ぬくもりのある木製書架には新しい本がびっしり。絵本は表紙をみせてずらりと並んでいる。年配の方向きには、広々した畳のコーナーもある。ビデオ、CDも貸し出しする。

知覧町立図書館は、歴史のある図書館である。戦後まもないころ、県立図書館長になった椋鳩十さんは、「市町村で、図書館らしい働きをしているのは、知覧ぐらいであった」と書き残している。農業の町、歴史の町、平和の町としての知覧の町づくりに、図書館は多大の貢献をしてきたのだろう。
* その図書館の新築は、町当局にも、利用者にも長い間の念願であった。一般町民を含めた準備委員は、限られた財政のなかで、利用者のためにいい図書館をと県内外の先進地を視察し、夜を徹して語り合ったという。これからも図書館は、利用する人に、「この町に住んでよかった」との思いをはぐくんでいくことだろう。

図書館は、いつでも、どこでも、どんな資料でも無料で届けてくれる。高度に情報化された現代社会で、情報弱者をつくらず、だれもが人間らしく生きるために欠かせない「情報のひろば」である。過疎の地に住む者にも、情報まで過疎にしてはならないとの願いを込めて設置される生涯学習の中核施設である。ところが、図書館法には義務設置をうたっていない。その町に住む人の図書館を求める気もちの高まりを大切にしているからだという。

ところで、私たちの住む鹿児島で知覧と同じように豊かな図書館のサービスを受けている人は、どれだけいるかご存じだろうか。

かつて椋鳩十さんが県立図書館長の職にあった頃、鹿児島の図書館は輝いていた。椋さんは、さまざまの読書運動を展開し本を読む人の裾野を広げるかたわら、読書を支えるために図書館が必要であることを訴え続けた。その結果、市町村図書館の設置率も全国のトップクラスにあった。

現在、市立図書館は、名瀬市を除くすべての市にある。だが決して自慢できる状態ではない。全国的にみると、一OOlに満たないのは一七県にすぎないからだ。その名瀬市は、財政の事情で当面図書館計画はなさそう。老朽化した県立図書館奄美分館に市民へのサービスをゆだねるつもりらしい。

一方、町村の図書館の設置率は三二lで、かろうじて全国平均と同じ水準にある。ただ、栗野町が新設する平成一二年度までこの数字は上がらない。
現在も「心の教育」の一環として、読書を推奨する活動は、県内各地で盛んに繰り広げられている。しかし、読書を支える図書館づくりの方は忘れられがちである。
「武の国」鹿児島には、どこにもりっぱな体育館がある。図書館新設計画が浮上していたはずの町でも、いつのまにか体育館の新築が先行していて、がっかりさせられる。「心と体」は車の両輪のはず。もはや、体づくりにだけ力を注ぐ時代ではない。

国会で、地方分権が取りざたされている。要するに「自分たちの町づくりは自分たちで」ということのようだ。だとしたら、厳しい財政状況のなか、どんな町にするかは、住民の見識にかかっている。

(かごしま文庫の会代表・鹿児島短期大学講師)

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