死を学ぶ子どもたち PART2 第44回

『三びきのこぶた』から「いのちの授業」へ                     

 私の専門は図書館学。勤務している大学と短大で、司書と司書教諭の養成に当っている。先日、司書教諭科目の「読書と豊かな人間性」で、有名なイギリスの昔話『三びきのこぶた』をとりあげた。

『三びきのこぶた』は、ご存知のとおり、たくさんの出版社からさまざまな絵本が出版されている。私は、その中で3冊をとりあげ、学生たちに「あなたが司書教諭だとしたら、どの絵本を子どもたちにすすめますか?」と問いかけた。

比べた絵本は、

@ 三びきのこぶた ディズニー名作絵本 講談社

A       三びきのこぶた 瀬田貞二訳 山田三郎画 福音館書店

B       三びきのこぶた ポール ガルドンえ 晴海耕平訳 童話館出版

<話の発端>

@     三びきのこぶたがべつべつに家をつくることになった。(理由なし)

A     おかあさんぶたが貧乏で、子どもたちを育てきれなくなって、自分で暮らしていくようによそにだした。

B     かあさんぶたが、貧乏で、こぶたたちが自分で生きていくように世の中におくりだした。

<こぶたとおおかみの関係 その1>

@     三びきとも食べられない

A     1番目と2番目のこぶたはおおかみに食べられる

B     同じく食べられる

<こぶたとおおかみの関係 その2>

@     おおかみはなべにおちるがこうさんしてにげていく。

A     3番目のこぶたは、おおかみを晩御飯に食べてしまう

B     同じく,ゆうごはんに食べてしまう。

<かぶ畑・りんご畑・お祭りの場面>

@     まったくない

A     いずれもあり(ただし、ごんべさんの裏というふうに日本風の名前になっている)

B     いずれもあり(スミスさんやメリーさんなど、イギリス風になっている)

<絵と文>

@     絵はディズニーアニメと同じ。アニメに比べて平板

A     写実的な絵。みごとだが、ページ数が少なく、絵と文が一致していない。一ページに字がつまりすぎで窮屈に感じる。

B     小型の版だが、絵には迫力があって、遠目が効く。絵と文章の展開は一致している。


どの『三びきのこぶた』を選ぶかを受講生に問いかけたところ、

@.ディズニー絵本   20名

A.瀬田貞二訳(福音館)11名

B.ポールガルドン絵(童話館) 10名

決められない         5名

という結果であった。長い間、読みつがれて刷を重ねてきたAの福音館の絵本にもう少し支持が集まるかと予想していたのが、この結果は意外であった。受講生のほとんどは小学校教師を目指す学生。自分自身は、AやBの話が楽しめたが、子どもたちには、残酷なものを伝えたくないとの配慮が働いたようだ。

その絵本を選択した理由は、

@     ディズニー絵本 

1.     内容的に見るとAやBがおもしろそうだったが、少し残酷な気がしたので、子ども向けなら@がいい。

2.     ディズニーは子どもに夢や希望を与えてくれる。

3.     兄弟で力を合わせておおかみをやっつけるのがいい。

4.     こぶたが食べられるのも、おおかみが食べられるのもいやだから。

5.     子どもは人生経験がないため、悪いものは殺してしまえばいいんだと思い込む。

6.     こぶたがおおかみを食べてしまうのは不自然な気がする。

A     瀬田貞二訳(福音館)

1.     残酷な内容を子どもに知らせてもいいのかという議論があるが、子どもに善悪の区別をつけさせるためにも、こんな本がいい。

2.     おおかみをやっつけるため、さまざまな工夫をするところがいい。自分を守るため、自分で考えることを子どもたちに伝えることができる。

3.     なるべく原作に近いものを選びたい。おおかみが食べられてもいたしかたない。かわいそうではない。

B     ポール・ガルドン絵(童話館出版)

1.     小さい本だけど、絵に迫力がある。おおかみが2ひきのこぶたを食べてしまう表現があった方が、おもしろさを感じたり、わくわくしながら読んでいけると思う。

2.     Aはおおかみを食べたところでおわっているが、Bは、「そのあとこぶたは幸せにくらしました」とあるのがいい。

3.     こぶたのつくった家もきちんと描かれているし、おおかみの「ふぅー」と息をふくときの絵がリアルに描かれている。ディズニーのはアニメで観る方がいい。

4.     生きていくうえで不可欠な「食べること」について考えさせるような気がする。Aよりは絵がきれい。

5.     こぶたとおおかみのかけひきが子どもの興味をひきつける。私自身も次はどうなるんだろうとワクワクしながら聞くことができた。残酷だと思うのは大人の考えで,子どもは純粋におもしろいと感じるんだろうなと思った。

6.     場面の変わるタイミングと絵があっている。

 

アンケート結果を踏まえて、次の講義の時間、昔話の研究者小澤俊夫氏の「昔話を絵本にするとき、残酷だと思う部分をカットしたり、書き換えしたりするのは、砂糖漬けを子どもに与えること」とする文章を紹介した。『子どもと昔話』誌に出ていた「昔話は、人間が人生でぶつかるさまざまな困難や試練や危機を、なんとか乗り越えて生きてきたプロセスをまるごと語りますし、自分の生命のために他の動物を食うことも正直に語ります。人間は、生命を維持するために、他の動物の生命を奪っているのです。その意味では、生命は残酷な面をもっています。昔話は、人生と生命をまるごと、あるがままに語るので、当然のことながら残酷な面をもっているのです。」というもの。関連資料として、私が編纂した『シリーズいのちの授業 4 いのちをささえる』(ポプラ社)にある鹿児島市立川上小学校のあいがもを食べた実践を紹介した。(川上小学校の取り組みは、NHK教育テレビのHPhttp://www.nhk.or.jp/inochi/data/1_5think.htmlにもある)

 

学生たちの感想は、変化した。

1.       最初に川上小学校のあいがもをさばくという試みを聞いたときは、体が固まってしまうぐらい衝撃を受けました。でもきっとこんな体験はすごく大切なことなんだと思う。川上小の実践がいいことかよくないことか、今は判断できないけれど、子どもたちの心には「いのち」が大きく宿ると思うし、これからの人生観とかかわってくると思う。

2.       あいがもを使った稲作を通じて「いのち」について考えたり、「いのち」によってささえあったりしていることを知るの試みには興味をもちました。いままで残酷としか思っていなかったので、考えが少し変わりました。

3.       『三びきのこぶた』を通じて、生命のあり方を再認識しました。小澤俊夫さんの言葉にも共感するところがたくさんありました。子どもを「砂糖漬け」で育てたらよくないですね。

4.       川上小の実践を聞いて、子どもたちは想像以上に感じ、考えると思う。以前は、私もお正月祖母の家で、鶏をつぶしてさしみで食べるなど経験している。自分たちは、他の生命をもらって生きていることを感じるのは大切なことと思う。「いのちの授業」はこんな世の中だから必要だ。私がもし教師になれたら、ぜひ「いのちの授業」を取り扱ってみたい。

5.       小澤俊夫さんの「幼い子は、こぶたがおおかみを食べてしまう昔話を残酷だとは思わない。もの思う年頃になって考える材料として、心の蓄えになればいい」という考えに納得しました。私は、幼い頃、そういう本に出合っていなかったなあとつくづく考えました。

 

 大学で「いのちの教育」に取り組んでいる先生は少なくない。その多くは心理学、哲学、保健、家政学の分野である。他大学に学ぶ学生が卒業論文に取り上げたいので、アドバイスを欲しいとの問い合わせもときどきある。私自身がゼミ生の卒論指導で多忙な時期でもあるので、こちらには十分な対応はできないが、確実に全国に輪が広がっていることを実感する。

 私自身も、足元で、しかも専門の図書館学の講義のなかで「いのちの授業」に触れられるとは、これまで考えてこなかった。今回のささやかな実践で、教師を目指す学生たちにとって、関心の深い分野であることを痛感した。

このMMでも、札幌の大野先生の連載が始まった。MMが縁で、こういう取り組みが広がっていくのはとってもうれしい。

最近、長崎の事件をきっかけとして、「いのちの授業」への問い合わせが増えている。琵琶湖のヨットの事故で、受け持ちの子どもを亡くした先生からも、授業方法の問い合わせがメールであった。ご自身が胃がんの末期と診断されて、「いのちの学習」に取り組まれておられる神奈川県茅ヶ崎市浜之郷小学校の大瀬校長先生の取り組みも、NHK教育テレビで放映され、注目を集めている。(なお、この番組でも扱った200年前の浅間山の噴火によって埋もれてしまった鎌原村を素材にした授業は、『総合教育技術』の11月号に詳述されている)

ぜひ、MM読者のみなさんも、それぞれの方法で「いのちの授業」にとりくんでほしい。