死を学ぶ子どもたち PART2 第34回

「実現したジョイント授業」

                     

□私のガン患者に対するイメージはあまりいいものではなかった。正直“暗そう”とか“マイナス思考”とか、そんな感じしかなかった。それが講演会が終わった後は、ガラリと変わった。
まず初めに種村さんの話。生存率20%。それでも助かって今は授業をしている。本も出している。そんな種村さんを見て、生きていることは本当にすばらしいことだと思った。
次に竹永さんの話。私は声を聞いて驚いた。すごくはつらつとして元気のいい声で、とても末期がんとは思えなかった。これも自分の死を受け入れることができたからだろう。毎日毎日なにげなく生活している私とちがって、竹永さんは一日一日を大切に生きているのだろう。私も目標をもって、その目標のために精一杯生活していかなければいけないなぁと心から思った。

これは、東京八王子第六中から送られてきた一人の生徒の作文の一部である。
実は、前々回のMMで紹介した竹永さん(埼玉県在住の 末期がん患者のTさん)とのジョイント授業が7月初めに実現した。授業の場を提供くださったのは、この中学校で社会科を担当されている福田先生。福田先生は、日本でのデス・エデュケーションの先駆者デーケン先生の主宰される研究会のメンバー。
前任校勤務のころから、主に3年生の選択社会科で、デス・エデュケーションにとりくんでこられた方。5月末の鹿児島での竹永さんとの出会いの後、私は、竹永さんの「いのちの授業」を首都圏で実現できないかと知り合いの何人かにメールを送っていた。それに応えて、紹介してもらったのが福田先生だった。当初は、ご自分の担当の3年生のみを対象にする予定だったが、話が広がって、当日不在の2年生を除く全校生に体育館での授業(=講演)をすることになってしまった。そのうえ、竹永さんと福田先生の希望もあって、私とのジョイントという設定になった。

当初はちょっと心配だった。福田先生の受け持ちの生徒だけならともかく、まったく事前準備のない1年生まで、話を受け入れてくれるのだろうか。おまけに会場は、蒸し風呂みたいに暑い体育館。しかも、私がいつもブックトークで紹介する本、ベストセラーになった『種まく子供たち』を含めたほとんどがこの中学校に所蔵していない。(ここの図書室は校舎のすみっこにあって、いつもはカギがかかっていて、もちろん人はいない。公共図書館から借りてきてもらう事前の時間的余裕もない状態だった)そのうえ、多人数を対象にするとき最近ちょくちょく使っているパワーポインタも使えない。

でも、そんな私の心配は杞憂に終わった。竹永さんの姿、声、その存在感が生徒たちを圧倒した。はりのある声で、がんと診断されて5年間、700日以上も入院生活をしているが、やりたいことをあきらめずに次々に実現してきた話は、生徒たちをとりこにした。私も初めて聞く話が多かった。たとえば、イギリスやニューヨークを始め、もう5回も海外に旅行していること。添乗員の資格をとるために学校に通い、実際にバス旅行の添乗の仕事をやってのけたこと。
スイミングを習うため教室に通い、かなりの距離を泳げるようになったこと。
放送大学も卒業までこぎつけたこと。抗がん剤治療で苦しいときは、昼まで頑張ってみよう、夜まで我慢しようと小刻みに目標をたてて乗り切ってきたこと。
たくさんの出会いがあって、入院生活を退屈と思ったことはないこと、などなど。

生徒とともに授業を聞いてくださった同校の先生のなかからも、「中学生には難しいかなと思える個所もあったけど、生徒の心に染み込んでいた。正直驚きだった」と感想が聞かれた。「デス・エデュケーションが定着するにはあと20年はかかる」というのが、福田先生の自論だが、私はもっと早く広がる可能性はあると思う。今回の生徒たちの感想が、それを物語っている。

□埼玉から来てくださった竹永さんは、末期のガンです。僕は福田先生から初めて聞いたときは、とても驚きました。竹永さんは次のお正月を迎えられるか分からないのだそうです。僕はなぜ?と思いました。死は怖くないのかと。後数ヶ月で自分の人生が終わってしまうのに、僕たちに話をしてくれるほど精神的にゆとりがあるのかと。でも、竹永さんは、笑顔で、とても楽しそうに話してくださいました。
竹永さんは、先生が言ったとおり死をのり越えていました。人はいつか死ぬ。
それがいつ来るかの違い、と。僕がもし明日ガンになったら、たぶん何もできずただ泣きつづけていると思います。でも、今日のお二人に出会って、死への考え方が少し変わりました。人はいつか死ぬということを心のなかにしまっておこうと思いました。そして命を大切にします。
□今日の講演のこと、はっきり言って乗り気ではありませんでした。今年の秋までもつかどうか分からない人の話を聞くなんて、私にはいい気分になんてとてもなれませんでした。
でも、今日実際に話を聞いて驚きました。竹永さんの元気さには、あれが本当に末期がんの人なのかと疑ってしまいました。
死は、生きているものすべてにあって、あたりまえのことです。でも頭ではわかっていても、心のどこかで死を嫌い、それを受け入れるのはとても難しいと思います。だからこそ、それができる竹永さんを尊敬します。
最初はあまり聞きたくなかった講演でしたが、今はお二人の話を聞けたことをうれしく思っています。
□本当に暑いなか、お二人の言葉はつぎつぎとあふれ出てきました。もっとも考えさせられたのは、がんになったとき、知らせてほしいかどうかでした。私はやはり知りたいし、家族にも知らせてあげたいです。残り時間を告げられるショックは想像もつきませんが、動けなくなる前にやりたいこと、するべきことはあると思うのです。また身内の誰かががんになったら、衰弱していく家族を黙って見届ける自信はありません。どこかでうっかり聞いて知るよりは、事実を伝えた方がいいと思います。私はあと何年生きられるだろう。あと何ヶ月?あと何日?あと何時間?あと何秒?でもせめて満足な人生を語れるまでは生き延びたい。
□私たちはよく、「死ね」という言葉を平気で使っていることを思い出しました。残りの人生を頑張って生きている人の話を聞いたあとで、そんな言葉は絶対に使えない、使ってはいけないと思いました。
 それと、いちばん頭に残っているのは、残りの人生をどう生きるかということです。私だったら・・・、なんて今までは考えたこともありませんでした。
でも、よくよく考えたら、明日の私の命の保証なんて何もないし分からない。
だから、今の自分も精一杯のことをして生きていけたらいいと思います。

この夏竹永さんは、都内の癌専門病院で手術を受けた。以前、セカンドオピニヨンを受けていた病院で、選択肢のひとつとして示されていた手術。たいへんに難しい手術だったようだが、成功した。「生かされているうちは、精一杯生きていきたい」という彼女は、現在自宅療養中。この分なら、2学期にまたどこかの学校でいのちの授業が実現するかもしれない。

※ 前回、竹永さんのことを書いたとき、癌に効く紐(?)の情報を送ってほしいとのメールがきました。彼女は自分で必要な情報を収集し、判断できる能力をもった自立した方です。今回も、民間療法や宗教の勧めなどは取次しません。授業の依頼や感想のメールのみにしてくださるようお願いします