死を学ぶ子どもたち PART2 第33回
待ちに待ったいのちの本の出版
『水平線の向こうから』
『がんと向き合って』


                   
その1『水平線の向こうから』
堂園晴彦・文 葉祥明・絵  PHP研究所

私がお世話になっている堂園先生が長年あたためてこられた絵本がついに出版
された。
主人公の藍は、恋人とともに母の生まれ故郷の南の島に帰ってきた。
藍は、元気だった母と過ごした15年前の夏を思い出していた。当時、藍は小学2年生。次の年、母はがんで床についていた。死んだおじいちゃんが母の夢に出てきて「そろそろ船に乗るときがきたよ。藍ちゃんにお別れを言いなさい」と話したのだそうだ。
「船は水平線の向こうに見えなくなっても沈んでしまうわけではない。人が死ぬのも同じ。触ることはできないけど、感じることはできる」のだという。やがて、藍の母は死んだ。でも、藍の心のなかにいつもいてくれるようになった。

母の思い出を話し終えると、水平線の彼方に沈む夕日から、きらきらと輝きが押し寄せてきた。恋人が言う。「藍、お母さんの声が聞こえたよ。『娘をよろしく』って」

物語の舞台、与論島まで取材に行かれた葉祥明さんの絵がすばらしい。文章では、「海や空は、どんな絵の具でも描けないぐらい真っ青で」とあるが、葉さんの手にかかると、魔法の絵の具で描けてしまうらしい。最後のページ、金色の光につつまれた二人の姿もみごとだ。

堂園先生は、鹿児島市内にホスピス機能をもつ診療所をオープンしてすでに5年。看取った方は、400人にものぼるそうだ。元々産婦人科の医師なので、年間30名ぐらいの妊婦さんの検診にもあたっている。人間の生と死の両方を身近で見つめる医師である。

幼い子どもたちが愛する人の死に立ち会う場面に数多く接してこられたので、そういう子どもたちに未来につながる死を伝える絵本の必要性を強く感じ、自ら筆をとられたのがこの絵本である。自らも小学校の教壇に立つ経験をされているだけあって、語り口はやさしい。中学年なら自分で読むこともできそう。
巻末には、お姉さんの堂園涼子さんの手になる英訳も収められている。「いのちの授業」にお薦めの絵本がまた増えた。

関連ホームページ
堂園メディカルハウス

その2『がんと向き合って』上野創 晶文社

 朝日新聞神奈川版で、1年間連載され、大反響を読んだ連載がようやく単行本になり出版された。7月18日付朝日新聞によると、元になった連載は、医学や医療について書いた優れた新聞記事に贈られるファルマシア医学記事賞に入賞したそうだ。

 著者の上野さんは、26歳で突然睾丸がんの宣告を受けた。しかもすでにがんは肺に転移していた。心配なのは、恋人のこと。でも彼女は、満面の笑みで「結婚しよう」と持ちかけた。
 この部分の上野さんの記述がステキだ。「ぼくはどうなるかわからない不良物権」「でも体が浮き上がるようなくすぐったいよろこびに、素直にひたろうと思った」「視界ゼロのときに伴奏を決意してくれた彼女の気持ちに、なんとしてもこたえようと思った」

 私が上野さんに出会ったのは、2000年2月。彼は、再発を経て2回目の職場復帰を果たして、デス・エデュケーションの取材に全国を飛び回っていらした頃。彼の体験を耳にして、思わず質問した。「結婚に対して、彼女の家族の反対はなかったのですか?」と。つまんないことを言ったと後悔したが、当時、私の長男が上野さんががんになったのと同じ26歳だった。長男がそういう状態だったら、結婚しようと言ってくれる女性がいるかしら。いたとしても家族の了解が得られるだろうかと考えたのだった。

 今回の出版では、同じ朝日新聞記者であるパートナーの高橋美佐子さんが闘病を支えた家族の立場から執筆した分が加えられている。結婚の許しをもらうため、プロポーズ前夜に実家に帰った彼女に、お母さんは、涙でくしゃくしゃの顔で「おめでとう」と言われたそうだ。お父さんは「うん、うん。わかった。よかったね」と目を細めて、何回もうなずかれたという。

 同じがん体験者として、共感できる個所がたくさんある。「鈍感な強者になっていた自分に気づいたのも、世の中の苦しみや悲しみに思いをはせるようになったのも、すべてがんがきっかけだった。花や木々の色。風のにおいや雨の音に敏感になった。うつりゆく季節を味わい、惜しんでいる自分がいる」 ふたたび鈍感な強者になりそうな私に警告も与えてくれた。「死の何がそんなに怖いのか」の個所も、改めて考えるきっかけになった。

 最近の上野さんは、東京本社地域報道部の第一戦に復帰されている。先日も、前回のMMで紹介したTさんの八王子での授業を取材に来てくださった。
うれしいことに、美佐子さんと二人で紡ぐ物語は、まだまだ続く。

 小学生が直接読める本ではないが、教師が読めば、デス・エデュケーションに取り組むヒントを確実に伝えてくれる。なにより、自分はなぜ生きているのかを問い直すことにつながるはずだ。



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