連載 「死」を学ぶ子どもたちーPARTU 第14回
『アンネがいたこの1年』

                

「どうして、私だけがこんな病気にかかってしまったの?いつ病気がぶりかえすか、こわくてたまらないの」「気分が悪いときは高い崖のうえに立っている自分が見えるの。私の下には何もないの」「私まだ死にたくないのよ。せめてもう2〜3年」本来なら生きる時間がたくさん残されている子どもにこう問いかけられたら、大人であってもうろたえてしまうだろう。

 この夏出合った『アンネがいたこの一年』(ニーナ・ラウプリヒ作 松沢あさか訳 さえら書房)は、子どもに死や病気について語ることを続けている私に多くのヒントを与えてくれた本である。

 この本は、1995年にドイツで発行され97年に翻訳出版された小学校高学年向きの創作児童文学。白血病であったアンネが過ごした最後の一年を親友サビーネが書き綴ったノートの形で記されている。アンネは、新学期、一学年下のザビーネのいるクラスへやってきて、隣の席になる。顔色は青白く、手足は細く、暑いさなかなのに帽子をかぶったアンネ。病気が治ってないんなら、まだ家で休んでいればいいのに。祖母と死別したばかりのザビーネは、アンネとの出会いにとまどいを見せるのだが、やがてアンネの人柄に惹かれていく。
アンネの髪の毛がないことを知ったクラスの子どもたちも「君が帽子をとったって、別に気にしないけどな」と語りかける。

 ザビーネの5歳になる弟を含めて、子どもたちのアンネへの対応は率直で、自然である。それにひきかえ、大人たちの対応はなんともぎごちない。教室では帽子をとって過ごすアンネに、宗教の時間だけやってくる牧師さんの慌てぶりを描いた個所はユーモラスでさえある。アンネの父親は、一人娘であるアンネの病気に正面から向き合うのを恐れて、家では何時間でもピアノを弾いてすごしている。母親はアンネを必要以上に気遣って、とても神経質になっている。

 ザビーネの両親も娘が病気の子とつきあうことを快く思っていない。いつも、病気や死についての話題は避けるべきことだと諭している。PTAでも、アンネの存在が問題になったりする。

 自分の病気のせいで、両親がしっくりいかなくなったと思い込んでいるアンネは、再発への恐れや死について両親に打ち明けることができないでいる。ザビーネがもっぱら聞き役にまわるが、アンネよりひとつ年下、まだ12歳のザビーネには、重たくつらい。

 この本には、もうひとつのメッセージがある。クラスで悩み落ち込んでいる子のことを気づいてあげるために、クラス全員の窓をつけたクラスの家をつくることをアンネが提案し、承認される。窓がしまっていれば、その子が悩んでいる印なのだ。

 アンネの死がクラスに知らされた日、先生の手でアンネの窓が閉められた。そして、全部の子どもたちが,自分の窓を閉めてしまった。

 この夏、ハイデルベルクのキンダークリニックで会ったヘベルレさんは、「病気の子は、死のことを聞きたがっています。両親がその話題を避けて、率直に応えてくれない場合、子どもは家にいると落ち着かなくて、病院に帰ってきたがるケースがあるんですよ」と話されていた。ハイデルベルクの病院には、そういう話題に正面から向き合ってくれる、専門家が配置されているからだろう。

 でも、アンネの本でみるかぎり、ドイツのすべての子どもたちが、死や病気のことを含めて、率直に語り学ぶ場が整っているわけではなさそうだ。

 実は、アンネの本との出会いは、ハイデルベルクのキンダークリニックを案内くださった医師であるエッケルト二村敬子さんから、「子ども向けに書かれた命や死のことを考えるのにとってもいい本があるのよ」と紹介されたのがきっかけだった。二村さんがドイツの出版社に問い合わせたところ、まだ日本語になってないから、翻訳されませんかと薦められたのだそうだ。

 その二村さんの翻訳が半分くらい済んで、最初の読者として、訳文に目を通すという楽しい作業を始めてまもなく、私は帰国した。ところが、念のためにインターネットで検索したところ、この本はさえら書房からとっくに出版されていることが判明したのである。二村さんの翻訳作業は中止の憂き目をみたのだが、おかげで、いい本に巡り合えたと思っている。

 さえら書房からは、同じ松沢あさかさんの訳で『ヒース咲く丘のホスピスから』という作品も出版されている。15歳の少女がイギリスのホスピスに入院している祖母を訪ねていく設定になっている。こちらもお薦めである。

 二村さんのところには、ドイツの出版社から、本当にまだ日本語になっていませんという『星いっぱいの海』(仮題)が送られてきたそうである。脳腫瘍になった子とその友だちが手紙でやりとりしながら、考える死と生の物語だそうだ。

 もし、二村さんの訳で出版されることにでもなれば、私はまた最初の読者にさせてもらうつもりでいる。

○関連ホームページ○ 
    アンネがいたこの一年
  http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=97019294


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