障害は「かわいそう」なの? (7月5日)


* 「障害は不便ですが、不幸ではありません」と言い切る乙武くんの本『五体不満足』が、ベストセラーを続けている。発売後十ヶ月で約四百万部。「本が売れない」「読まれない」と関係者を嘆かせている昨今、驚異的な数字である。

* 生まれつき四肢に障害のある著者の生い立ちをつづったこの本には、小学校高学年から読めるようにルビがふってある。そのため、活字離れがすすむ若者たちを含めて、読者の輪は急速に広がっている。数十冊の複本を準備した図書館でも、予約が殺到し、うれしい悲鳴をあげている。「いのちの授業」で私が訪問する学校でも、多くの子どもたちから「その本知ってる」と声があがる。知人の中学一年の男の子は「尊敬する人が今までいなかったんだけど、ようやく見つかった」と告げたという。

* この本の魅力は、乙武くんの天性の明るさが存分に発揮されていることにある。読みすすむうちに障害を「不幸なこと」とする既成概念は、みごとに打ち破られる。本を読んだ子どもたちは、乙武くんの同級生たちが、手足がない友人を、ルールを工夫しながら仲間として受け入れて遊ぶ姿に興味を持つようだ。そして、乙武くんは障害をもって生まれただけのことで、なんら「特別」ではない、まして同情する存在ではないことを学んでいく。

*たまたま同じ年齢の息子をもつ私は、乙武くんの家庭の子育てに感嘆した。
四肢に障害がある赤ん坊に「まあかわいい」と声をあげたというお母さん。私は、息子たちを出産したおり「五体満足ですか?」と第一声を発した母親であったことを恥じ入った。

* 今月中旬、鹿児島では初めての開催となる先天異常学会が開かれる。さまざまの先天性の障害をもって生まれた子どもたちの医療と療育に関る専門家が
つどう学会である。

* 一般公開の関連行事も計画されている。以前本紙でも報じられたが、隼人町在住の岩元綾さんが、小児科医松田幸久先生の絵本『魔法のドロップ』を英訳し、自ら朗読する企画もそのひとつ。同じく本紙「南風録」で紹介された大原雅代さんの絵も会場に飾られる。大胆にデフォルメされた線にぬくもりのある色づかい。雅代さんの絵に惹かれた松田先生が奔走して実現した企画である。

* 偶然だが、二人ともこの鹿児島でダウン症の障害をもって生まれた。今、活動する分野は違っても、そのひたむきな生き方が、障害を持つ人にも持たない人にも希望や勇気を与えている。学会につどう専門家にも、鹿児島の地で「ゆっくりとのびやかに」はぐくまれた彼女らの可能性を示す絶好のチャンスになるに違いない。

*私も、障害者自身が書いた本や、障害者の家族が書いた本のリストアップを
依頼され、友人知人をわずらわせて、ちょっとだけお手伝いした。これも、一般公開の会場に展示される。いずれも、障害の事実を受け入れて生きることを追求した足跡をつづった本である。

* おりしも、この鹿児島で受精卵着床前遺伝子診断が実施されようとしている。障害をもって生まれる可能性のある受精卵を取り除くための診断。その前提には、障害は「かわいそう」なことであり、できたら避けるべきだという主張がありはしないだろうか。

*テレビで、ベトナムの障害児を取材した番組を見たことがある。あのベトナム戦争中、アメリカ軍によって大量の枯葉剤が撒かれた地域で、次々に生まれている障害児。次は元気な子どもかもと期待して出産したが、全員が重い障害をもっていたという。番組では、障害の発生の原因を、ダイオキシンを多量に含む枯葉剤がDNAに重大な影響を及ぼしたためと推測していた。十分な医療や療育の場がなく、社会的な保障も整っていない国のこと、親の表情は悲痛に満ちていた。だが、乙武くんと同じように明るい子どもたちを目にしていると、生まれない方が良かった「いのち」だとは、とうてい思えない。

* 今回の学会開催が、障害は「かわいそう」なことなのか、考える機会になってほしいと思う。(鹿児島短期大学講師・かごしま文庫の会代表)


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