「死を学ぶ子どもたち」PART2 第10回
   絵本 『旅をした木』
(南方新社)



 2年ほど前から、鹿児島県教育委員会が、「命の尊さを考える教育」のプロジェクトをすすめています。子どもたちに命の尊さを教えるために、デス・エデュケーションの必要性を認識しているけど、適当な教材がないとか指導方法が分からないという学校現場に教材や指導例を作成して配布する事業です。私は、昨年度の中・高校向けの教材作成に加わっていました。鹿児島の人が、身近な人を失った体験を綴っているのが特徴です。私の本『死を学ぶ子どもたち』に出てくる明子さんのお母さんが執筆された「明子」、このMMでも紹介された種子島の西村彩さんの「ありがとう知己」など、いずれも胸にじ〜んと響く文章が並んでいます。
 
 その教材集で、授業方法の一例として、子どもたちに「もし、あなたががんなどの病気で、治ることが難しい状態になったとき、そのことを告知して欲しいですか」と問いかけて、「告知してほしい」「告知してほしくない」グループにわけてのディベートを提案しています。
 
 私は、ゲストティーチャーとして 学校に出かけていくので、時間の関係でディベートを試みたことはありません。「もし、みなさんがこんな病気になったら、どうする?ほんとうのことを教えてほしい?」と投げかけることはあっても、子どもたちに考えてもらったり、答えてもらうところまでやれていません。それに、大人にとっても答えるのがかなり困難な問題なのに、そういう状況におかれる可能性のたいへん少ない子どもたちに、そういう問いかけは酷なような気がしてしまうのです。
 
 ただ、私ががんの手術を受けた6年前に比べて、新聞社などの調査でも、がん告知を望む人が増えてきています。私自身もこの春、鹿児島大学医学部保健学科1年生120名ほどに講義をする機会があって、告知についてのアンケートをとりました。自分自身ががんになったら告知してほしいとの回答が80%を越えました。それでも,家族ががんだったら告げると答えたのは、50%にとどまっています。自分は受け止められるけど、家族に告げるのはかわいそうという感覚が、医療人を目指す人たちにも根強いようです。
 
 たしかに愛する家族に「治らない可能性が大きい病気である」ことを告げるのはつらいし、難しいことです。
 
 以前このMMで「私の『Make a Wish』の授業」(小学校教師用ニュースマガジン235)を報告された波戸先生が、「最後まで決してあきらめない」という立場で、「治ったらなにがしたいか」問いかけて・・・と書かれていましたが、治らない確率の高い患者には,却ってつらい問いかけになる場合もありうると思います。

 治すことが難しいことを本人に告げたうえで、家族や医療者の適切で温かい支えがあってこそ生まれたという絵本があります。鹿児島の南方新社から、このほど発行されたわたなべ誠作『旅をした木』です。
 
 私がこの絵本の出版を知ったのは、現在のわたなべさんの主治医(鹿児島ターミナルケアネットワーク事務局担当の三木徹生医師)からのメールでした。
 「私の受け持っている肺がんの患者さんが,絵本を出版します。ぜひご覧ください」とあったのです。まもなく、その明るくやわらかいタッチで描かれた絵本に書店の店頭で出会いました。絵本の主人公は1本のクロガネモチ。都会の家の庭に植えられていた木が、家族の引越し先の田舎にはるばる旅をした、というストーリーです。
 絵本のあとがきに、絵本誕生のいきさつが綴られています。それによると、わたなべ誠さんは、1952年生まれ、兵庫県で高校の国語の先生をされていて、1999年6月に肺がんの手術を受けたとあります。手術を担当した医師に「やりたいことがあったら、早めに実行に移した方がいい」とすすめられ、両親の故郷である鹿児島県川内市に家族ぐるみで引っ越してきて、療養生活を送っている最中ということです。
 
 私は、自分自身が5年生存率20%を告げられ、たいそう落ち込んだ体験者として、わたなべさんの主治医のこの言葉にいたく感動しました。おそらく手術の結果、がんは、楽観を許さない状態だったのでしょう。そのことを本人に告げるのに、こんな温かい言葉が用いられたのです。しかも、わたなべさんが引っ越した故郷川内には、患者の病気のコントロールに心を砕くだけでなく、患者の生き方を尊重し、かけがえのない時間を充実して過ごせるよう手をさしのべる医療者がいました。その医療者を支える宗教者や市民のネットワークも存在していました。情熱を受け止めてくれる出版社もあったのです。

 わたなべさんは、この絵本の本当の作者は、めぐりあわせという人生の不思議なのかもしれません、と書いています。
 最近の知人からのメールによると、わたなべさんは、最近自作の絵本を携えて、近くの小学校でゲストティチャーとして「授業」もされているようです。
「楽しくて、感動的で、嬉しい授業」だったそうです。

 なお南方新社の本は、鹿児島以外の書店にはなかなか並びませんので、同社
のHPhttp://www.nanpou.com/から注文するか、地方小出版センター扱いとして書店に注文ください。


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