死を学ぶ子どもたち 

「子どもが病気になったとき」

 

Mの1月の連載を休んでしまった。

実は、1月11日、郷里で1人暮らしをしていた母が突然の病で亡くなったからである。正月までは元気でいつものように初詣に行き、来年の正月の予定まで話題にしていた母。
 南国にも大雪の降った1月5日に、高熱のために入院、病院スタッフの懸命の治療を受けてがんばってくれたが、81年3ヶ月の生涯を突然に閉じてしまった。
 父が亡くなって16年、母は、ご近所や友人にめぐまれ、ゲートボール、グランドゴルフ、大正琴、お花などを楽しみ、温泉めぐりや旅行も大好きだった。明るく気さくな性格で、野菜や花を育てたり、ちらしすしなど手作りの料理をふるまうのも楽しみにしていた。日ごろの健康状態も良好で、80歳で中国桂林の旅行をした折も、81歳で韓国旅行に出かけた折も,案内してくれたガイドさんを驚かせた。この分なら、まだまだ元気な状態で生き続けることができると私たちも思い込んでいた。しかし、母は、呆けたり、寝たきりになって、子どもたちを煩わすことになるのを避けたいと願っていた。そういう意味では、最期まで充実して自立した生き様をみごとに貫いて逝ってしまった。
 葬儀の日は、たくさんの美しい花と知人,友人、親戚に囲まれ、大正琴の仲間の心のこもった演奏に見送られて,旅立っていった。

 不祥の娘としては、思い残すことが多々あり、いまだに後悔の日々。日ごろえらそうに「いのちの授業」などしているのに、『ずっとずっとだいすきだよ』の男の子の心境になれないでいる。

 

ただ、1週間足らずの入院だったが,その間受けた医療には満足している。入院当初、すでに本人の意識はなかったのだが、体位を変えたり、たんをとったりする折は、必ず声かけをしてくださった。亡くなった直後に、体を拭いたり、着替えさせるときも同じだった。顔の化粧のときも、「(化粧ポーチに2本あった口紅のうち)どちらが好きだったのかな、ちびている方がお気に入りだったのね、きっと」と話かけながら、手早くきれいにしてくださった。

インフォームドコンセントにはかなり力を入れていることも実感した。
家族への病状の説明も,難しい専門用語を避けて、しかもていねいにメモして渡してくださった。最期に器官切開や挿管などの延命処置をするかどうかの選択も家族の意思を尊重してもらえた。すでに母の意思を確認する術がなかったときのことで、家族が本人の意思を推測しなければいけない場に立たされたが、私たちは、無理な延命はしないことにした。母の最期の顔はたいへん穏やかで、やすらかだった。私たちの選択を「これでよかったんだよ」と言ってくれているようだった。

 

以前から約束していた「いのちの授業」の方は、なんとか続けている。新年に入って、四国香川県の小学校1校、中学校1校、福岡県小郡市の小学校2校、それに鹿児島県内の中学校2校、小学校1校と計7校を訪れた。

 

そのうちの2校の子どもたちが、同学年の子どもを小児ガンのため亡くした体験をもっていた。また1校は、授業を受ける学年に現在現在病気と闘っている子どもがいた。そのA子さんは、昨年秋手術を受けて、元気になって復学。お母さんは、普通の子どもといっしょになんでもさせてくださいと要望されているという。ただ治療の影響で髪が抜けていて、バンダナをまいて登校しているらしいが、病名についての告知は受けていないもようというメールが担当の先生から届いていた。

 

ところが、授業の1週間ほど前に担当の先生からA子さんのことで電話がきた。自分の病気について何も知らないA子さんに動揺を与えるといけないので、授業のなかで「配慮」してほしいとのこと。具体的には「小児ガン」や「死」のことに触れないでほしいのだという。主人公の女の子の髪が抜ける『チャーリーブラウンなぜなんだい』の絵本や小児ガンで死んでしまった子どもも出てくる『種まく子供たち』の本も紹介しないでほしいらしい。

 

かなりの時間をかけて、担任の先生も交えて話し合った後、再び次のようなメールがきた。

 

今日、電話の後で、ずいぶんと落ち込んでしまいました。

でも、種村先生との直接のやりとりと、S先生(担任)との電話の内容とを通して、もう一度、学年の先生ともこの「いのちの授業」のことを話していきました。

私は、以前に種村先生の講演を聞いたり、本を読ませてもらったりしながら、いろいろと考える機会を得ていましたのに、いざ、目の前の子どもたちのこととなると違っていました。S先生とも話したのですが、私たちは、この授業をお願いするに当って、やはり一番最初に思い浮かべたのは4年生のときになくなったHくんのことであり、まだ彼のことを思っている子どもたちのことでした。

けれども、私たちは、「配慮」という言葉で、A子ちゃんのことや病気のことは、なんとかベールに包み隠して来ようとしてきただけではないのだろうか。A子ちゃんの気持ちなどは抜きにしたところで・・・。

A子ちゃんと、そして、そのまわりの6年の子どもたちのためにも本当に今回のこの授業はしていただくべきなのだと今更ながら考えさせられました。A子ちゃんのご両親とも連絡をとりながら、進めていきたいと思います。

卒業する前に・・・と思っていましたが、この授業をしていただくのが、卒業する前だったからこそ、本当によかったと思います。

そして、この授業は、子どもたちはもちろんのこと、私をはじめとする教職員のためにも必要なものです。

落ち込んだと書きましたが、でも、やっぱり今日は電話をしてよかったと思います。

ありがとうございました。

 

私がふたりの先生におはなししたのは、『アンネがいたこの一年』(さえら書房)と、種まく子供たちのHPのなかに「ドイツ小児ガンレポート」

http://www.cypress.ne.jp/donguri/children/doitu-s.htmlを通じて、病気になった子どもたちは、自分の病気について知りたがっているということだった。自分も死ぬ可能性のある病気ではないかと不安をもっていたり、いっしょに入院していた子の死にも直面する。周囲がそういう話題をさけようとすると、子どもたちは、よけい不安感はつのるのではないかと思うからである。

 

『アンネがいたこの一年』は、主人公のアンネが死んでしまう話なので、当事者にはショックかもしれないから、無理に本人に紹介しなくてもいいが、教師にとっては、当事者の子どもの気持ちを知るのにいい本だと思うので、ぜひ読んでほしい旨を伝えた。

もちろん、いまの医学は進歩しているから、治る可能性が高いことを伝えて、病気に向き合う勇気をもてるような授業にするつもりであることも話した。

 

同時に紹介したのが、「子どもが病気になったとき」(池田文子著 春秋社)。

著者自身が小児がんの体験者で、現在はがんの子どもを守る会のケースワーカーをされている。自分の子どもが病気になった親御さんだけでなく、クラスにそういう子がいる教師にもおすすめの本である。

 

 また、治療で髪が抜けているA子さんのために、「種まく子供たち」の著者のひとり、清水透さんのHP

http://www3.tky.3web.ne.jp/~mahonet/index.htmlにある舞台「友情」も紹介した。

テレビの3年B組金八先生でもあったが、小児ガンの子どもが治療で髪が抜けてしまったので、周りの友だちまでスキンヘッドにしてしまった話は、アメリカでほんとうにあった話だそうである。

 

先生方は、授業前のあわただしい日々に紹介した本やHPに目を通してくださった。だが、残念なことに、A子さんは授業直前再入院して手術を受けることになってしまった。

 

当日、ブックトークで紹介する本のうち『種まく子供たち』だけが、別の学校から借りたものだった。実は、授業直前にその学校の図書室にある『種まく子供たち』を借り出していたのはほかならぬA子さんだった。司書の先生によると、A子さんはいつもは明るい読み物しか借りないらしい。でも、再入院に備えていつもは手をのばさないジャンルの本を借りていったらしい。きっと、今ごろは、『種まく子供たち』の勇気の種に支えられて、病気に向き合っていることだろう。再び元気になって、学校にもどってきてくれたらいいなと願いつつ、A子さんの学校をあとにした。