mosslogo

2017年12月 第213号

top
top

 世の中に奇遇なことは幾つもありますが、モシターン周辺でも何人かの人が思わずつながってい て驚くことがあります。
 伊佐市大口の五十嵐食堂。本誌連載中の彫刻家上床利秋氏が大口にいたころからずっと利用されて いたお店です。また本誌でもおなじみの考古学者新東晃一氏も大口出身で、よく利用されるとか。そん なご縁でモシターンを応援してくださることになリ、この春から五十嵐食堂の広告を誌面に掲載する ことになりました。そしてその食堂が実家であり、お手伝いをされている左近充孝子さん、そのご主人 左近充円氏が今回の主役となりました。知る人ぞ知る天体写真のエキスパートだったのです。
 モシターンへの広告のことで弊社に来られた折、見せていただいた様々な銀河の写真にびっくリ。 「皆さんがお持ちのカメラでも撮れますよ!」と聞かされて、またびっくり。加えて250万光年彼方 の銀河を捉えるため、自宅に天井が開く天体観測室まで作られたことを聞いてさらにびっくりです。
 モシターンの奇遇なつながりはもう一つ。本誌9月号で特集させていただいた増水紀勝先生のご出 身も大口。これはもう伊佐市に行くしかないでしょう。ところが左近充氏は増水氏とも交遊があること がわかったのです。二人をつなぐのは日本宇宙少年団、その伊佐の分団(伊佐フォーマルハウト分団)を 率いるのが左近充氏でした。(増水氏と日本宇宙少年団については9月号に詳細があります。)

【伊佐と星空の系譜】

 伊佐中学校前で待つように言われた。そこからほんの数分の住宅の散在するあたりに左近充氏の自 宅があった。庭には観測室が建っていたが、少雨模様で天井を開く事がままならず、まずはご自宅で様々 な経緯から伺う事にした。
 左近充という姓は南薩に多いという。先祖は西南戦争の時に伊佐に来て(鉄砲隊だった)そのままこの 地で暮らすようになったらしい。
 昭和39年の生まれ。中学校は大阪で、そこで天文同好会を作るなどして今日につながる宇宙への興味 を養った。郷土に戻って鹿児島高専に入学してからも、同好会はなかったが天文好きの仲間とともに活 動を継続する。卒業後は旧菱刈町の職員となり、そこで土地改良区関係の仕事をしていた奥様と知り合った。
 一通りの背景が見えてきたところで、左近充氏から最初のキーワードが飛び出した。かつ て伊佐とか菱刈が、「星空日本一」となっているが、左近充氏の天体写真がその基となった ということ。もう20年以上前、平成4~9年の間に4回ほど全国一といわれたことがあった。氏がいよ いよ天体写真の面白さにのめりこんで行った頃のことである。
 「何せ機材がものすごく大きくて重いので、外に持ち出して組み立てるだけですごい時間がかかり ました。丘の上のアパートの前が行き止まりの道路兼駐車場で、そこに車を止めて天体観測の機材を組 み立てていました。地上の明かるさの影響もなく観測出来ました。この辺りは人口減で環境が変わら ず、今の住宅の回りも次第に夜の灯かりが消えていく方です。」
 伊佐市は大口市と伊佐郡菱刈町の合併で生まれた(平成20年11月)。合併当時の人口は3万2千 人、いまは2万7千人ほどになった。流失もあるが自然減の方が多いと説明された。一年に5百 人ほど減っている勘定だ。左近充氏いわく、カンフル剤的な企業誘致より現状の維持について知 恵を出すことが課題だと。
 どうやら置いてきぼりなのは地方の経済だけではないらしい。地方行政も現状のこの国のなさ れようを言い訳にしてはいられないのだ。「それならどうして行くか」という目の前の課題と真 剣に組み合わなければならない。

01gif

【機会好きと天文好き】

 さて話を天体写真の方に戻そう。そこで次のキーワード。本人いわく「遠くの銀河を撮るのが 好きなんです。私達の銀河系外の銀河、星の渦や星雲の写真です。」
 「もともと機械好きだったんです。高専では土木科でしたから地上も宇宙も測量は得意です、 高専時代は機械科と電気科と土木科で好きな人間が寄ってマイコン同好会を立ち上げました。 今はパソコンになって誰でも使うのが当たり前になりましたが、当時はコンピュータを使うことが なく自分達で作っていました。だから今までもほとんどコンピュータに抵抗がないので、自作のも のを使っています。観測室のものも自作です。」
 星の写真は機械好きでないと撮れない、と左近充氏。3つ目のキーワ!ドだ。反射式天体望遠 鏡、赤道儀(地球の日周運動にあわせて2方向に回転し天体を静止した状態で追跡できるように した天体望遠鏡の架台の一つ)などは天体観測の基本機材だが、その操作や厳密さには人並み以 上の精度が求められる。大掛かりになればなるほど精度を上げていく必要があり、誤差修正や 画像処理が出来ないと始まらない。
 カメラはというと、最近ではようやく感度のいいデジカメが普及してきたが、これまでだと天体 撮影用冷却カメラ(冷却CCDカメラー1画像を受ける受光素子CCDイメージセンサをマイナ ス20~40度ほどに冷却する機能があり、高感度・低ノイズな画像を得ることを目的としている)を 使わなければならなかった。
 「赤道儀自体がすごく重いもので究小さな赤道儀はそれでもいいのですが、小さな望遠鏡やカ メラしか乗りません。据えつけて回転軸を北極星にあわせるにも精度が要ります。」
 幸い、左近充氏は機械的な強みと厳密な性格を持ち合わせていた。そして宇宙は、その精度を伴っ た興味にきちんと応えてくれるのだった。加えてもう一つ、辛抱強い観測姿勢が必要なことはいうまで もない。
 「遠くの銀河とか、宇宙の中のガスの広がりだとか、突き詰めれば宇宙に生き物はいるのかというこ とになって行きます。実は天体写真というけれど、望遠鏡で見ても見えないものがたくさんあるんで す。1時間くらい露出をかけてやっと見えるものとかが結構あるのです。これこそ写真の表現力のひと つです。」

02gif

【森本雅樹氏との出会い】

 平成9年春から秋へ、へールボップ彗星が夜空に大小二つの尾を引きながら見られたのを覚えてお られる方も多いだろう。その写真を集めたコンテストが鹿児島市で催され、左近充氏もそれに応募し た。結果は見事に最優秀賞だった。そのとき鹿児島大学教授として審査に立ち合った森本雅樹氏と知 り合うことになる。そしてその時から森本氏との親交が始まる。
 「電波天文学の世界では世界的な権威で、野辺山の観測所長なども勤めておられた方ですがとて も気さくで、私の家にもやって来られたりしていました。そこで本当の天文学というのをいろいろ教え てもらって、ただ簡単に写真を撮っていたところからもっと突き詰めて観察し撮るようになりまし た。それもあって機材の大きさも変化して、自宅を建てるときに観測室を作ることにしたのです。平成 13年に自宅の庭に観測室が出来上がりました。」
 森本雅樹氏は東京生まれ。東京大学で天文学を修めた後、東京天文台教授を経て野辺山字宙電波 観測所の直径45メートルの電波望遠鏡(パラボラアンテナ)の建設などに尽力された方だ。そ の森本氏が鹿児島大学に来て、理学部物理学科に「宇宙コース」を設立した。本県には2つの ロケット発射基地があり、そのころの宇宙開発への拠点化と並行した動きだったのではと推測 される。本誌9月号特集の増水紀勝氏との関連もありそうだ。増水氏もおそらく森本雅樹 氏と何度も会っておられたことと推測する。

03gif

【口径30センチの天体望遠鏡】

 観測室ではより大きな望遠鏡を設置するようになった。口径20センチくらいの望遠鏡だった ものが、25センチ、28センチとなり、今は30センチの反射式望遠鏡が座っている。口径が20センチ から5センチ増えただけで重さは3倍くらいになった。いまはさらに倍の重さだそうだ。赤 道儀と合わせると、とても外にもっていけるようなものではなくなった。
 「体積は口径の3乗倍になります。」このへんの理屈を数字混じりで話されるあたり、さすが に理系頭脳の持ち主だ。「これでさらに銀河の微細構造が写るようになりました。例えば銀 河の渦巻きの中の構造が見えたりとか、銀河の中心の状態とか、渦の中のガスとか、天文学者 に学びながら、銀河がどうして出来たのかなど宇宙への興味も見えるに従って深化していった わけです。」
 「天文学も謎の部分が多いのです。ガスの球体が回転すると回転方向に円盤状にガスが沈 殿してそこに星が出来ていきます。銀河もいろんな種類があり、S字型やきれいな渦巻き型、 ラグビ!ボールのような形のものもあります。その過程が宇宙を細かく撮っていけばわかって くるのです。」
 数々の銀河は、私達の銀河に一番近いものでも250万光年くらいの距離にある。とてつも ない時空だ。様々な形の銀河を見比べることで宇宙がどうやって出来たか、銀河がどうやって 出来たか推測することが出来るのだそうだ。宇宙の話はシミュレーションと観測結果からの推 測の上に成り立っているというが、実は自分達の銀河がどんな形をしているかさえ正確には解っ ていない。最近は棒状渦巻き銀河(中心から腕を出しそれが渦巻きを描いてS字型に見える 形)と言われているらしいが。いまや左近充氏もミニ天文学者ではと聞くと、「銀河の写真を撮 る人間はみな宇宙に興味があって、宇宙のことを知リたい人が大部分です」という答えだった。

04gif

【天体写真の入りロ】

 機材の話に戻ろう。以前は百万円くらいかけなければ撮れなかった天体写真が、惑星や星雲 の写真なら小さな赤道儀と一眼レフカメラで撮れる。レンズは400~500ミリでいい。加え て、パソコンの知識があると、そこから先が広がっていく。スタック(積み重ねるの意)というソ フトを使って1分間くらいの露出で撮った写真を重ねあわせ合成するのだそうだ。
 ISO2000で1分の露出をしたものを30枚合成すると、オリオン座の星雲でも一層鮮 明に写る。「以前は30分露出をかけてもずれない赤道儀が必要だったのですが、今は1分の露出 で良いわけです。ずれたものはパソコンが除いてくれます。少し知識を得て機材に慣れたらちゃ んと撮れるようになります。」天体写真の入り口が今は大きく開かれているのだ。
 この夜空のきれいな霧島や伊佐で、夜空の写真を普及していく気持ちは、と 問うと、いろいろと尋ねられたりしているが、まだお役所勤めで本格的にはなかなかだとい う様子だった。
 地域に同レベルの撮影者はと尋ねると、伊佐にもう1人、出水に1人、鹿児島に1~2 人、霧島には多分いるとは思うが、というくらいのことらしかった。
 撮影の適地はいくらでもあるという。機材を設置する時間を別にすれば、惑星なら 10分、前述の通りオリオン大星雲なら30分。皆さんも是非挑戦してみたら どうだろう。
   「風景と夜空のコラボレーションも良いのでは。例えば桜島の上に輝くオリオン座とかさそ り座とか撮りたいですね。今のデジカメなら撮れますよ。この前、3人の人物が空を指して、そ こに天の川が写るという写真に挑戦したら、見事に人物ともども写っていました。露出20秒で。 地上の風景と星が一緒に写るという時代になっただけでも驚異的です。」広角レンズならぎり ぎり赤道儀もいらずに大空の星が写る。

05gif

【宇宙の色は何色】

 最近の興味はと尋ねたら、ノイズの少ない最近のデジカメで70枚くらいの画像を合成する撮 り方に凝っているということだった。最新の技術で解像度が上がり、また新しい映像を作り出し ていけるのだろう。
 「それとですね、ハッブル宇宙望遠鏡(宇宙空間にある望遠鏡)と同じ方法で撮影すること に挑戦しています。この方法によると通常の撮り方よりはガスが立体的に見えるのです。通常 の撮影はモノクロの撮り方で、アカとアオとミドリ(RGB)の3つのフィルターをかけて別々 に撮ってパソコンで合成し1枚にしているのですが、ハッブルのやり方はそれを水素と硫黄と 酸素のガスが出すそれぞれの光をそれぞれで捉え、パソコン上で合成します(ハッブルパレッ ト)。宇宙にある代表的な3元素で、それを捉える特殊なフィルターをかけて、通常のフィルター より3倍から5倍の時間をかけて撮影したものを合成するのです。ガスの立体感は驚異的で すよ。」通常の銀河の撮影は最低2時間くらいだそうだが、ハッブルパレットだと最低4時間 はかかるという。
 ところで、宇宙の色はこれと決められているわけではないから、許容範囲はあるが、撮ったも のはその人のオリジナルだ。ハッブルパレットの写真などもともと宇宙の解明のための擬似力 ラー(実際はない色)だから、世界中の撮影者がいろんな色でインターネットに上げているが誰 も何も言わないらしい。銀河の色も実際はあるのだろうが、渦になったりしいているので、天文 学者に尋ねてもどれが正解か解らないということだった。

 逆は必ずしも真ならずだが、こういう性格の人は天体観測や写真に向いているかもしれな い。日進月歩の写真の世界がこれからの技法へも道を拓いていくことだろう。
 流星群とか、天体ショーの時にはどうしておられるかを尋ねると、笑いながら、「天体ショー などは撮ろうとすると見られないのです。あれは見ていたほうが幸せですよね。カメラ好き の宿命、ファインダーでしか見ていない。目で見たほうがずっときれいですよ。」と返ってきた。 「月食の観測会をしたことがありましたが、望遠鏡でみんなに見せることで一生懸命で、自分 はしっかり見ていない。宇宙少年団の子供たちを対象とした観望会をしたんですが、そのとき 大きな流れ星が流れて子供たちや保護者の方たちは大騒ぎ。だけどぼくだけ見てないんです。 機材のセットに一生懸命で歓声だけ聞いて。これはしょっちゅうのことですよ。」
 日本宇宙少年団、伊佐フォーマルハウト分団を始めて18年になるという。月1回科学教室を 開いている。当然ながら少年団の鹿児島地方本部長、増那氏とも長い付き合いだった。

07gif

【開所式まであった観測室】

 そんなことで平成13年には自宅の庭に観測室が完成した。
 「開所式のときには大騒ぎでした。時の町長(旧菱刈町)や助役が来て、森本先生も来てく れて、マコマケナ天文台という名前までいただきました。」(マは円氏、コは孝子さんの頭文字) 観測室の真ん中には口径30センチという反射望遠鏡、その下には16年ほど使っているとい う赤道儀、そしてそれを支える地中には建物の基礎とは別にコンクリート製の1.5メートル角 の基礎が埋まっているという。その脇に置かれた自前のパソコン画面で、RGB画像とハッブ ルパレットの画像の違いを見せてもらった。
 最後に、見えないといわれる銀河や星雲をどうやって特定するのか話してくれた。それには 星の位躍のシミュレーションをしてくれるステラナビゲーターというソフトがあった。基準星 を入れれば、そこから星雲の位置まで自動で動いてくれるのだとか。望遠鏡を制御する天空 のナビのようなものだと解釈した。
 「これくらいの大きさになると鏡(反射望遠鏡の反射鏡)の向きが狂いやすいのです。鏡の面が 球面なら合わせやすいのですが、非球面凹(宇宙に向けられている側)、非球面凸(反射させて 結像面へ導く側)の双局面となっていると中心位置から、向き、面までドンピシャで合わせない といけないのです。合わせられない人も多いのであちこち行って手伝っています。兵庫まで行っ たこともありました。」
 どうですか皆さん、ここまでの話について来れた方は、天体写真が始められますよ。 話は益々専門的なところに入っていった。左近充氏の経験や技術がこの分野に携わる人々 にしばしば求められていることも解ってきた。時期が来たらそういうことを仕事にされるか もしれない。そうなれば宇宙に向かう志のある人々の拠点として大いなる地域貢献となるこ とだろう。
 「この世はすべて宇宙から発生したものだから、星も人間の命も同じルーツです。だから宇 宙から生まれたもの同士、何がつながっているのかを考えていくのが科学する心かなと思って います。」増水氏の言葉がよみがえる。この住宅地の中の観測室が、いずれ伊佐マコマケナ天体 観測所となることを期待しつつ、楽しく興味深い話の時を終えた。〔文責/編集室〕


Copyright(C)KokubuShinkodo.Ltd