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開設 since 2004.5.31
正式 since 2005.7.1
本校卒業の偉人

       
■龍野定一(たつの ていいち)
 明治22年3月6日生、亀津出身
 亀津尋常高等小学校、鹿児島二中(現在の甲南高等学校)、広島高等師範学校(現在の広島大学)卒業。福岡、鹿児島、広島、京都で教師として手腕を発揮、35歳で大島中学校(現在の大島高等学校)の校長となり、「厳訓無処罰」の教育を実現、多くの師弟を育てる。また、全国公民館協議会会長等を務めた社会教育家でもあった。
 昭和61年7月29日、97歳で没す。
 名瀬市名誉市民、徳之島町名誉市民。



 
■山 徳峯(やま とくほう)
 弘化3年10月15日生、亀津出身
 亀津の安住寺(現在のNTT)に有志(徳峯の父の山 徳善、柳 義昇、安田佐和応、竜 禎道、指宿文都志、津留義祐)が協力して私財を出し合い、学校を開いた。この学校経営に当たったのが徳峯であり、師員には旭 福泉と福沢福祐が就任。全島から50数人が入学した。
 日本一の学士村や亀津断髪の原点は、この郷校にあるといわれている。徳峯はその後、亀津外6箇所の戸長や県議を歴任。
 明治32年6月23日没す。



■奥山八郎(おくやま はちろう)
 明治19年3月10日、亀津出身
 亀津尋常高等小学校、鹿児島一中(現在の鶴丸高等学校)、五高(熊本大学の前身校、全国に5校作られた高等中学校の一つ)、東京帝国大学(現在の東京大学)法学部卒業。裁判所判事から弁護士に転身、日本弁護士連合会会長、第5代奄美会会長、日本復帰対策委員長等を歴任した。
 昭和42年10月1日、81歳で没す。
 名瀬市名誉市民、徳之島町名誉市民。勲一等瑞宝章受章。