野望乱立〜その五〜








━━叛乱発生から八十一日、天水。馬騰軍本営
馬騰の略歴を紐解くと、しばしば「叛旗」という言葉が目につく。
「その意味では」
董和は言った。
「此度、馬騰将軍が涼王に叛いたことに関して、私はさほど驚きませぬ。『ああ、またか』といった程度にて」
董和の物言いに、馬騰はニヤリとした。
毒の籠った言葉も、「冗談」に変換した上で発せられたなら、そして相手が「冗談」を解する感覚を持っていたなら、会話の潤滑油となりうる。
「とはいえ、おぬし自身が叛徒の一味になるとまでは思わなかったであろうが」
馬騰の反撃に、董和は真面目くさった顔で「然り」と答えた。
「一民政官として、どこぞの県で働き続け、さしたる波もないまま朽ち果てるものと思っておりました。それが今は叛乱軍の、しかも、ちょっと強い風が吹けばすぐ吹き飛ぶような、ささやかなる叛乱軍の幹部的立場…………ええ、全くもって想定外ですな」
今度は馬騰は、声を上げて笑った。
「それは気の毒だったな。わしが潰されたら、おぬしは叛乱軍の首魁の一人として、めでたく斬首の運命だ」
「いやいや、私の任期はまさしくこの叛乱が潰されるまでです。それ以降は、再び涼、あるいは漢の官として細々と働かせて頂きます」
「おぬしは極度の楽観論者なのか?」
「多少は、と自覚しておりますが、一番の根拠は軍祭酒からもらった念書ですな。私は軍祭酒に脅迫され、いやいやながらこの叛乱の片棒を担ぐことになった、と書いてもらいました。涼軍に捕まっても、これを差し出せば、あるいは放免される未来もあるかと」
「ほう、成抗がそんな物を…………わしの名でも書いてやろうか?」
「実はそれをお願いしたいと思っておりまして。軍祭酒と約束しておったのです。この書状を将軍にも書いてもらう、と」
「はて? 成抗からはそんな話は聞いておらぬが」
「将軍に話す前に、彼の仁は武関へと馳せ参じることになりました故。まあ、うまい具合にこの話に持っていけて良かった。機会を伺っておったのです。早速書いてくださいませ」
「おぬし、控え目なのか図々しいのか、よくわからん男だな」
「無論、控え目なる者と決まっております。十人に尋ねれば、何人かはそう答えるかもしれません」
「自信があるのかないのか、それもわからん」
馬騰は主簿に紙と硯と筆を用意させると、董和の感覚ではほとんど「野放図」というべき筆の運びで一気に念書を書き上げて印を押し、董和に手渡した。
受け取った董和は、その念書をたっぷり三回読み直した後で、「極めて個性的な筆にございますな」としみじみとした口調で言った。
「昔から書は苦手でな」
「あるいは、将軍」
「何だ?」
「将軍が何度も朝廷に叛旗を翻してこられた理由の一つに、あるいは書のこともあったのでは?」
「というと?」
「朝廷にて出世するにせよ、朝廷から相応の境遇を受けるにせよ、書の得手不得手は極めて重要な要素です。しかしながら……と申しますか、誠もってはばかりながら、と申しますか」
「かまわん。はっきり申せ」
「将軍の筆法は、朝廷の官に受けが良いもの、とはなかなか思い難く」
官のたしなみとして、書にも習熟している董和にとって、今、彼の手にある馬騰の筆跡…………というか、丸々と太ったミミズがのた打ち回っているような文字の並びは、見るに堪えない代物だった。
中央の官僚たちと比べ、よほど鷹揚な性格の董和でさえそうなのだから、朝廷の人間たちが馬騰からの書にどのような対応を示してきたか、想像することはさほど難しくない。
そして、当時の馬騰が、その対応にどのような感情を抱いたかも。
「若い頃のことは余り憶えておらんが」
董和の指摘に暫く考え込んでから、馬騰は答えた。
「意外とそんな理由だったかもしれんな」
今度は董和が笑った。
こういう上司に仕えるというのも、「たまに」であるなら、悪くあるまい。



「将軍のこれまでの叛乱は、将軍を頭とする勢力によって為されてきたもの、と解しております。すなわち、将軍さえ御健在であるのなら、その勢力は消滅することはございませんでした」
笑顔を収めたところで、董和は話題を変えた。
「しかるに軍祭酒は、『漢に属さない者たちの国を造りたい』と申しておりますな。勢力ではなく、国です。この辺について、将軍と軍祭酒は話のすり合わせをされておられるので?」
「している。そういうたくらみも面白い」
「結構です。しからば、国とは何か、それについて考えねばなりませぬ」
「ややこしい話か?」
「多少は」
「それなら成抗とやってくれ。あいつはああ見えて、意外とそんな議論が好きだ」
「いえ、これは是非、将軍に聞いて頂きたい話です。将軍の御存念が不明のままでは、私も仕事ができませぬ」
「思いがけず叛徒の一味に加わった割には、熱心だな」
「この叛乱が鎮圧されるまでは真面目に働く、という条件で、私は斬首の道を回避しました。男子として、約束は守りたい」
「成抗との?」
「御意。ただし、私なりの打算もございます。馬騰将軍の国を堅固なるものと為すことができたなら、私の評価も上がります。仮に、漢なり涼なりに再任官することとなったら、その前歴でもって出世も可能かと」
「おぬし、大人しそうな顔して、意外と野心家よな」
「自分でも少し驚いております。司隷校尉が涼の楔から離脱して以降、かつて涼の勢力下にあった多くの人間が、この叛乱を奇禍として、各々勝手に動き始めました。雍州刺史然り、新野太守然り、成都太守然り、馬超将軍然り、成軍祭酒然り…………どうやら私も少し、その毒気に触れたようです」
「野望乱立の時だな」
「他の方々と比べるなら、私の野望など小さなものです。しかし、どうせ野心を燃やすなら、可能な限り盛大に燃やしたい」
「わかった。話せ」
「感謝いたします。国なるものの成立条件を考えた時、外せないものが四つございます。一つは統治機構。二つは民。三つは領土。そして四つは信用です」
「その筋立てに沿うなら、確かに過去のわしは、国主ではなく、勢力の長だったことになる。全部ない、とは言わんが、あったとしても、かなり希薄だった」
「この内、民と領土は不可分なるものと思し召しあれ。民の強制移住というものは、不可能とは申しませぬが、口で言うほど容易ではございませぬ」
「だろうな。常に土地から土地へと流れているように見える羌や鮮卑の者たちですら、実は決まった範囲の行き来から外れてはおらぬ。生まれ育った地から離れるなど、民にとっては恐怖に他ならぬからな」
「左様。そうであるからこそ、将軍。国として覇を唱えることと、勢力として覇を唱えることは、根本的に異なるとご承知くださいませ」
「フム。わかる」
「かつて朝廷に叛旗を翻し頃の将軍には、来冠した朝廷軍が少数であったならば撃退し、大軍であったなら遥か彼方まで道の開けし辺境へと退避する、という選択肢がございました。しかし、国なるものの統治者として君臨を図るのであるならば、民や土地を捨てて辺境へ逃げるという手は、今後取り得ませぬ」
「なぜ? 土地なら、兵糧の尽きた遠征軍が撤退するのを待って、ゆっくり取り返せばいい」
「第四の成立条件である信用に関わって参りますから」
「その信用だがな、そんなに重要か? 現実にその地を治めし者こそが統治者ではないか」
「何か事あるたびに、土地も民も捨てて逃げ出す者を、民は統治者として崇めましょうか。諸外国は、一国の主として認めましょうか」
「誰が何と言おうとも、事実があれば良い。その時に、その地に、その者が君臨してる、という事実が」
「その主張は、勢力の長で由とされる場合なればこそ生きる論理かと存じます。国であった場合、治めるべき地を失った段階で、滅亡となります。国とは、民に安定して生きる場を与えてこそ、その存在意義を持つのですから」
「つまりおぬしは、わしが国主を名乗るのであれば、連続した統治を考慮すべき、と申すわけだな?」
「御明察にございます」
「たびたび国を追われるような者が、民から国主として崇められることはない、と」
「や…………まあ、それは…………」
「わしはそうは思わぬ」
「…………」
「おぬしが国なるものの概念について、懸命に説明しようとしていることは、わかる。だが、納得はできぬな。民はその時、もっとも強き者に従うもの、とわしは思う。仮に大事が生じ、一時的にその地を離れることになっても、機を見てまた帰ってくれば良いではないか。わしが帰ってきた時、この地でもっとも強き者であることこそが重要…………そうは思わぬか?」
穏やかな口調ながら、頑とした馬騰の主張に、董和は心の中でため息をついた。
見込み違いだったかな、とも思う。
どうやら馬騰は、部下の話にじっくりと耳を傾け、自分の中で噛み砕く度量は持っているらしかった。
それは確かに、美徳だろう。
ただし、これを受け入れるのが、自分の経験や感覚と符合した場合に限られるようでは話は違ってくる、と董和は思う。
どれだけ人の話を聞こうとも、それでは結局のところ、自分の「殻」を破ることができないからだ。
「勢力」として存在し続けることを目指すのであれば、董和も馬騰のやり方に異議を唱えるつもりはない。
実際、これまで馬騰はそうやって生き延びてきたのだし、何より兵や民をまとめるにあたって、およそ50年に渡って積み重ねてきた馬騰の経験と声望は、実に得難いものなのだから。
だが、馬騰が自身の経験によって得られた感覚から抜け出せない男なのであれば、それは大きな問題と董和には映る。
国づくり。
それは、これまで馬騰が経験したことのない事業であり、今までのやり方で良い、ということは絶対にない。
現在持っている自分の「殻」を自ら突き破ろうという才幹・意欲に乏しければ、その達成は極めて難しいだろう。
董和は急に、あの隻腕の半羌を「気の毒」と感じてしまった。
成抗は、「国をつくりたい」と言っていた。
その純粋さが、多少なりとも董和の心を打ったのだし、だからこそこうして、国に関する話を馬騰に開陳しているのだ。
だが、成抗が当主と見据えた馬騰は、「国」なるものの概念にかなり淡泊だった。
果たして成抗は、この点について、馬騰と深く論議を交わしたのだろうか?
そう思うと、少し気が暗くなる。
下手をしたら成抗は、ただの道化で終わってしまうのではないか。
「だいたい、考えてもみよ」
気が滅入りかけた董和に、馬騰は畳みかけた。
「おぬしが申した国なるものの構成要件とは、詰まるところは漢人の考える国の在り方、理念ではないか。しかし、わしらが作ろうとしているのは、漢人の生き方や考え方に馴染まぬ者どもから成る国だぞ。それなのに何故、わざわざ漢人の理念に沿った国の形にわしらが拘らなければならない? わしが納得いかぬのは、そこだ」
張り上げたわけでもない、何気ない口調による馬騰の発言だった。
しかし、董和の背筋は本人も驚くほどにビクリと伸びた。
馬騰は、これまでとまったく変わらない表情だったが、董和のそれはまったく変わっていた。
「将軍! 失礼ながら申し上げる!」
叫ぶ董和の目は、丸くなっていた。
「この董和、心より感服いたしました! 将軍は実に柔軟なものの考え方を為さる!」
「何だ、董和。やぶからぼうに」
いきなり飛び出した讃辞に馬騰は驚いたが、董和には世辞を口にしたつもりは一切ない。
董和は、自分が馬騰を過小評価していたことに気付いていた。
いや、馬騰の体を流れる辺境の民の血を、過小評価していた、というべきか。
確かに羌や鮮卑など辺境の民は、その文明度において漢人より遥かに劣る。
しかし、その民族に属する一個人を、全体像としてのイメージそのものに当てはめてしまうと、その個人の資質を見誤ることになる。
個人に焦点を当てた場合、その全体像から大きく離れた素養を持つ人物は、当然存在するのだから。
そして、馬騰が長らく西涼の雄として君臨してきたのは、羌の血を引く他の者たちから隔絶した、特別な「何か」を持っていたからこそ。
(まったく…………一凡人たる自分が、西涼の雄を過小評価するとは)
――漢の風土とは一線を画した者たちから成る「新しい」国を造ろうというのに、漢の理念に沿う必要がどこにある。
馬騰の言う通り、と董和は思った。
目指すものがまったく新しい形をした国なのであれば、試行錯誤しながら創っていくしかない。
そこに至るまでの参考とすべき道程など、どこにも存在しないのだから。
ましてやその方法論を、漢人の考える「国」の形に当てはめる必要は、どこにもない。
そう思いながら、董和は同時に、自戒もした。
どうやら、自分の「殻」の中で硬直した思考を弄んでいたのは、馬騰ではなく、自分だったらしい。
馬騰の執務室に衛兵が駆けこんで来たのは、董和がそう反省した時だった。
「御大将! 長子殿、帰参にございまする!」
そう叫ぶ衛兵の目は輝いていた。




帰参。
衛兵が伝えたその言葉が正しくないことは、馬超の表情を見ればすぐにわかった。
片膝をつく馬超は、意識的に父の目を見据えていた。
それは、どうかすると、父から目を背けそうになる衝動に、懸命に耐えるが故。
逆の言い方をするなら、馬超は今、本来なら父を正視できない心境にある、ということでもある。
それでも、馬超に話しかける馬騰の声には、懐かしさが滲んでいる。
親子の対面は、馬超が宛太守に就任して以来、2年ぶりだ。
「超。久しぶりだな」
「父上も壮健のご様子にて」
対する馬超の声は、硬い。
その声質もまた、馬超が今、どのような立場でここにいるのかを如実に示していた。
それを理解した馬騰は、あえて挑発的な口調で言った。
「元気そうで何よりだが、聞くにおぬし。呂砲の雇われ者という立場を楽しんでいるそうだな」
それは、馬騰なりの、父としての優しさだった。
並ぶ者のない武勇を誇る一方で、弁舌にはてんで向かない我が息子。
これに下手な口上を延々と述べさせて、兵たちの前で恥をかかせるつもりはない。
儀礼や様式など一切取り除き、さっさと本題に入って、互いの胸の内をぶつけ合った方が、この息子のためだろう……。
馬超は一瞬、驚いたように目を大きくした。
そして、少しだけその両眼に柔和な色を浮かべる。
息子もまた、父の気配りを正確に察した。
居住まいを正し、深く一礼した馬超は、両眼の色を挑むべきものへと変え、父と相対した。
「楽しんでいる。そのように見えまするか?」
「苦しんでいるのであれば、さっさと我が陣営に戻り、対涼戦の先鋒を務めればよいこと。だが、おぬしはそうしていない。となれば、結論は一つであろう」
「精神的に楽になりたいのであれば、そもそもこのような形で、父上と相まみえることなどなかったでしょう」
敢えて挑発的な馬騰に対し、馬超は弁舌に臨む使者ではなく、一騎討ちに臨む将のような顔になっている。
「私とて、孝の気持は持っております。しかし、忠、そして義も同様にございます。簡単に結論は出せませなんだ」
「苦しんだ末に出した結論が、父に刃向かう、ということか」
「父上が私の言葉を聞き入れて下さらないならば、不本意ながら、そういう形となることも避けられないかと」
「父子相討つ事態を避けるため、再び呂砲に尻尾を振れ、と?」
「そのような物言いは、父上の矜持を傷つけるもの。ここに至るまでの道中、時間はありましたから、ずっと別の言い方を考えておりました」
「聞こうか」
「涼王の盟友として、叛徒を西から挟撃していただきたい」
「なるほど。言っていることは同じにしても、表現としては随分と和らぐ」
「此度、兵を挙げたのは、父上だけではございませぬ。関羽も、劉璋も、蔡瑁も…………多くの者たちが、郭図公則が中華全土に流した涼王暗殺の虚報によって、自立の道を志向いたしました。七同志の一、馬参ですらも」
「馬参も? それは初耳だ」
「涼王の意志を継ぐ、と称して、自ら王を名乗り、勢力を束ねる算段だったとのこと。涼王の面前で、そう告白しております」
「涼王は何と?」
「笑っておりました。『もしおぬしらが、少しでも自分に対して負い目を感じるのであれば、郭図公則の首でもって返せ。それでよい』と」
「永安で挙兵して以来の股肱だからな。呂砲としても、そう言わざるをえないのだろうが…………ところで、『おぬしら』とな? 複数形か」
「はい。馬参だけでなく、私に対し向けた言葉でもありました故」
「ほう?」
「私もまた、自立の野心を激しく燃やした一人にございました。ただし、あくまでもそれは、主君として仰いでいた涼王が殺された、との報に接したからこそ。これの虚が明らかとなり、主君の存命が示されてもなお、自立の道を選んだなら、私は不忠の徒と成り果てまする。よって私は、我が陣営に逃げ込んできた涼王を保護し、許昌城へと入城いたしました」
「…………」
「涼王は、私の意を汲んでくださいました。此度の父上の挙兵についても、涼王は同様の考えにございます。すなわち、盟主不在の報の拡散で涼内の政情が不安定となったことを受け、自衛のためにやむなく軍を固めた、いわば緊急避難的な挙兵だったのであろう、と」
馬超がそう言った途端、馬騰は鼻を鳴らした。
「だから、わしも許してやる、と言っているわけだ。あの犬賭博師は」
そんな父の物言いに、馬超は極めて高い未来として、説得の不首尾を予想した。
下手に刺激せぬよう、慎重に、そして真摯に言葉を発し続けているつもりだが、自分のその思いは、なかなか父の心には響かないらしい。
それでも馬超は、なおも粘り強く説得を続ける。
「許す許さぬ、などという次元の話ではございませぬ。あの時の状況においては、挙兵に至るのも至極当然の流れだった。涼王はそう認識している…………そういうことです。郭図公則は、洛陽という自分の庭から、涼王を取り逃がしました。逆の見方をするなら、涼王は、絶体絶命というべき危機を見事に切り抜けた、ということです。この一事だけでもっても、天運がどちらにあるかは、火を見るよりも明らか。どうか父上、それがしとともに再び、同じ旗の下で逆賊討伐の兵を挙げて下さいませ。父と子が敵となって相まみえるなど、あってはならぬことです」
「あってはならぬこと、と思っておるのなら、話は簡単ではないか」
椅子に坐り直した馬騰は、問答無用の口調で言った。
「子が親に尽くすは当然の理。孝の道に従うなら、おぬしは当然、我が幕下に戻ることとなろう。わしは、おぬしが孝に篤き者と知っておる。よって、我らが相討つ事態などまったく心配しておらぬ」
「父上」
「何だ。わしに従うは不満か?」
「不満、と言えば、確かにございます。ただしそれは、父上に対してではなく、自分自身に対してです」
「どういうことだ?」
「涼王が死んだ、と聞いた時、心が踊りました。自分にも好機が巡ってきた、と。誰かの命令に従って生きるのではなく、自分自身の考えで生きることができる、と。そして、世に覇を唱える、と」
「…………」
「それなのに、私は今、涼王の使者として、父上の面前にある。そんな自分を省みて、己の心根に一切の曇りなしとは口が裂けても申しませぬ。なれど、父上。涼王が生きていた以上、これはやむなきこと…………いえ、当然のことなのではございますまいか? 孝を語る以前の話、道理なのではありますまいか? たとえば、涼王に重大な瑕疵があったなら、反涼の挙兵にも筋はございましょう。しかし、はたして涼王に、そのような瑕疵がありますでしょうや?」
「朝廷が、呂砲討伐の勅を出しているではないか。『呂砲は逆賊なり』。兵を挙げるに十分すぎる理由だ」
「君側の奸が手掛けた偽勅です。帝の御意志によるものではありませぬ」
「何故、そう断言できる?」
「涼王が玉体を奉じて1年余り。この間、果たして涼王は、漢室に対して如何なる不敬に及んだというのでしょうや。だいたい、その勅ですら、ただ『涼王は漢室を軽んじている』と声高に述べているだけで、涼王討伐の根拠となる具体的な罪状など何一つ書かれておらぬ。ええ、そのような物などあるわけがないのです。此度の洛陽の挙兵は、単に涼王の功を妬んだ者たちが、その嫉妬の情を抑え切れずに至った愚行に過ぎないのですから」
「ならば、その愚行に便乗するわしは、郭図公則に輪をかけた愚劣者ということだな」
「そのような物言いで議論封じを試みられますか。父上らしくもない」
馬超がそう言った瞬間、馬騰の眉が吊り上がった。
馬超の言葉は、親に対するものとして許されるかどうか、ぎりぎりの一線上にあった。
そして、馬騰にとっては、その境界線を軽々と越えていた。
「なにっ!」
それまでは鷹揚とした、斜に構えた態で馬超と接していた馬騰は、目を見開いて立ち上がる。
「突け上がるな、超! 呂砲如きに尻尾を振るおぬしが、西涼の馬騰を軽んじてよいと思うてか!」
馬騰の怒声に、控えていた者たちは皆、思わず背筋を伸ばした。
その中には、董和もいる。
常人と比べれば、よほど図太い神経を持っている董和だが、降伏以来、馬騰の鷹揚な面しか見ていなかっただけに、城全体を揺るがすかのような馬騰の怒声には、意表を突かれた。
(馬騰将軍を宥めた方が良いか?)
それまで、親子のやり取りを黙って見守り続けていた董和は、そう思った。
董和にとって、馬騰が再び涼王に帰順するかどうかは、さほど大きな問題ではない。
先に自分が口にした「野望」を実現する機会が失われることにはなるが、董和はこの騒乱に全てを賭けている成抗とは違う。
叛徒の一味として処刑される可能性が皆無となるのなら、それはそれで結構なことだった。
再びしがない一民政官に戻ることが、まったく残念ではない、と言えばそれは嘘になるにせよ。
だが、総大将が頭に血の上った状態であることは、好ましくない。
ましてや、西涼軍の今後の立ち位置を決めるにあたって、総大将の怒気がその拠り所となるなど、もっての他――董和は、そう考える。
しかし、董和が馬騰を宥めるよりも先に、別の怒声が上がった。
「左様なる物言いこそが、議論封じに他ならぬとわかりませぬか!」
今度は董和は、思わず首を縮めた。
馬騰にまったく引けを取らぬ、迫力ある大声。
顔を真っ赤にした馬超だ。
これまで懸命に冷静さを取り繕ってきた馬超も、ついに怒声で応じた。
実際馬超は、頭に来ていた。
誇り高い父の矜持を傷つけぬよう散々気を使ってきた息子に対し、言うに事欠いて「呂砲如きに尻尾を振る」だと?
いくら父親でも、言っていいことと悪いことがある。
「父上が洛陽への加担を続けるなら、それこそ歴史は父上を『愚劣なる者』と断じましょう! 馬家の人間として、そのような評は甘受できるものではありません! ならば、父上をお諫めすること! それこそが、父上の息子として取るべき唯一の孝の道! 私はそう思います!」
並みの人間なら、腰を抜かさんばかりの馬超の迫力に、董和はたじろいだ。
それでも董和は、馬超が100%の怒気でもってなじることを、何とか避けようとしている、と感じた。
どれほど酷い言葉を発しようとも、馬騰が自分の父親であり、自分が馬超の息子であるという事実は変わらない。
怒りと悲しみ、自制心、そして「孝」の情。
馬超は今、その複数の感情の狭間にあって、言葉を発していた。
「おわかりか、父上!? だからこそ、私はわずかな手勢だけで武関を突破したのです! だからこそ、私は今、ここにいるのです!」
そう叫んだ馬超は、口を真一文字に結んだ。
ほどなくして馬超の唇の端から、血が流れ落ちる。
ハッ、と息を呑む音は、馬騰の口から漏れた。
馬超が、あくまでも「息子」として自分と対峙していることに、馬騰も気付いたようだった。
暫く、沈黙となった。
弁舌には相応の自信を持つ董和ですら、何も口にできなかった。
いや、すべきではない、と董和は思った。
親子の本音のぶつけ合い。
他人が口を挟むべきではない。
たとえ馬騰と馬超が、それぞれ「公」の立場で対峙しているとしても。
だが、「口を挟む」者は意外な所から現れた。
「超。おまえは…………」
馬騰がそう口を開いた時だった。
外が急に騒がしくなった。
「どけ!」という声も聞こえる。
何事か、と訝しむ間もなく、騒動の根源となっていた人間は、「なだれ込む」という表現そのままに、部屋に押し入ってきた。
「裏切り者! やはり、来ておったか!」
現れるなり、三角形に吊り上げた目で、馬超をそう罵った男。
西涼軍軍祭酒・成抗だった。






207年5月現在(C)◆KOEiWSYs

                 北平
         
┏━┳━━━━━━
       
晋陽  ┃    ┃平原
         ┃
渤海━━┳━━┳━┓
西涼   上党┃     業β ┗┓┗北海
   
     ━━━━━━┓  ┃  ┃
   ┃ 弘農  ┃     
┃ ┃濮陽済南┃
西平┫ ━━洛陽 ┏┛ ━━┛  ┃
   
    ┃┗━┳━━┻━┓   ┃ =呂砲
天水┏ 
┃長安 ┗┓ ┃ 陳留   ┃ ┏━┛  @=第一軍(呂砲)
  ┃┗━
━┓ 宛┃@許昌  小沛    A=第二軍(吾玄)
  
  ┃ ┗━━┗━┓    ┃┗下丕β・ 
  
漢中┃    ┗━┓ ━━━┛ ┃   =曹操
武都┗━━━┓新野━┓ 礁  ┃   =孫策
    
┏┛ ┃  ┃   汝南┗┓   ┃   =郭図公則・袁譚
    
┃上庸┃  ┃襄陽    ┃  ┏広陵 =関羽
  
┛ ━━━┓  寿春    =馬騰
  
┃   ┃   ┃ ┃      ┃    =劉璋
  ┣━┓
 ┃永安┏┛┏江夏   ┏┛    
  ┃巴━┳━┫┗━┓A抹陵  
 
 ┃ ┃   ┃江陵┃柴桑┗廬江 ┃    
成都━┛ 武陵  ━━━┫ ┏━┛  
  ┣┓    ┣━   ━┛  ┏┛   
永昌┃  零陵 ┃長沙  翻陽   ┃    
  ┃建寧  ┗       会稽◆       
三江┛    桂陽                   



郭図公則の叛乱に関する時系列

「★」に続く赤文字は今回更新分の出来事
黒文字は洛陽関連、桃文字は第一軍関連
  緑文字は第二軍関連青文字は第三軍関連
  紫文字は魏関連、水色文字はその他
4月 皇帝が洛陽に帰還
叛乱
発生
初日
洛陽太守・郭図公則、呂砲に対し叛乱の兵を挙げる
糜統、呂砲を取り逃がす
潘璋、公孫讚を殺害
華キン、公孫師を捕縛
士炎、楽楊を取り逃がす
黄忠、町費を取り逃がす
糜統が偽の呂砲の首を用意
2日 郭図公則、皇帝に「呂砲殺害」と嘘の奏上
皇帝、中華各地に反涼の兵を挙げるよう促す勅を発す
町費、部隊の兵士の家に匿われる
呂砲の偽物の首が市場に晒される
關龍白、呂砲の生存を確信
楽楊が呂砲を匿う
3日 呂砲の「影武者」探しの名目で、捜索継続
4日 俸仕が許昌に逃げ帰り、希代之が郭図公則叛乱の報を入手
郭嘉配下の文官・翻武が郭図公則に通じていることを把握
郭図公則の使者が宛の馬超に挙兵を告げる
6日 郭図公則、呂砲を取り逃がしていたことを朝廷と洛陽軍幹部に告白
7日 関平隊、許昌から出撃。目的地は洛陽
曹操が郭図公則の叛乱を知る
宛に希代之の使者と勅使が訪れる
8日 成抗が新野で賈クと会談
10日 郭図公則、司隷校尉に昇進
12日 町費隊の将校およそ50人、公開処刑
蒼月、町費の配下となる
13日 成抗、馬超と会談
14日 関平隊、洛陽郊外に到着・滞陣
呉嬰、俸仕が洛陽に潜入
15日 関平と潘璋の会談
俸仕、洛陽軍に入隊願い
第三軍が叛乱を知る
曹操率いる汝南の魏軍が出撃。目的地は許昌
程cの細作が「汝南魏軍出撃準備」の報を宛にもたらす
程cの細作が「長安は洛陽政権に同調」の報を宛にもたらす
18日 呉嬰、司馬懿と再会
呂砲、呉嬰、司馬懿が会合
馬参、呂砲の後を継ぐことを決断
抹稜で吾玄隊と袁奉隊の兵士が衝突(抹稜騒乱)

袁奉が吾玄に対し自身の第二軍離脱を再度求める。吾玄、受諾
20日 上党で第三軍が燕軍に敗北
袁奉隊、抹陵から離脱
許昌に汝南の魏軍が襲来
21日 廖影、第三軍から離脱
俸仕、司隷校尉府付き兵士となる
22日 文醜率いる燕軍4万が洛陽に到着
伏幹、宛の馬超に許昌への援軍派遣を要請
馬超、許昌へ出撃
「襄陽の蔡瑁自立」の報が宛に届く
23日 廖影が郭図公則陣営に参陣
陳留と礁の魏軍が許昌に到着
洛陽南門郊外で戦闘勃発
俸仕、公孫師と出会う
監禁されていた町費隊1万4000による暴動
町費、洛陽脱出
関平、戦死
楽楊、死亡
呂砲と町費が合流

温寧が業βの放棄を提案
馬参と温寧が「一合戦」
24日 郭図公則、呂砲捕縛を断念
袁奉が盧江守備隊の呉班らを殺害
吾玄、郭図公則の叛乱を
知る
第三軍が業βを放棄
26日 馬忠が袁奉と呉懿の戦闘に遭遇
27日 馬超隊、許昌に到着
28日 馬忠が袁奉と呉懿の戦闘を吾玄に報告
30日 吾玄隊、抹陵を出撃。目的地は廬江
袁奉、呉懿も殺害
31日 袁奉、停戦の使者だった参露を地下牢に幽閉
33日 第三軍が陳留を突破して許昌に到着
呂砲、許昌に帰還

許昌攻撃中の魏軍が撤退
陸遜隊兵士・茸松、「宝の山」が「禿げ山」と化したことを知る
34日 吾玄隊、廬江に到着
蔡瑚、第二軍混乱に関するすべての罪を被って自刎
成抗、西涼に帰還。馬騰が挙兵
36日 蒼月、新野の状況を探る
38日 朔夜、成都太守府より馬を大量受注
39日 張合β、陳留陥落を把握
40日 長安の使者・楊修が馬騰に同盟を持ちかける
許昌で軍の再編が本格化
43日 吾玄と袁奉、抹陵に帰還
45日 帝都奪還軍の陣容が決まる
馬超、琉蹴に洛陽奪還軍への編入を告げる

抹陵に夏侯惇と孫策が相次いで布陣
47日 茸松、親衛隊参軍となる
48日 参露、襄陽にて関羽と対面。劉進に殴られる
馬超率いる長安方面軍が許昌を出撃
49日 西涼に鮮卑族の軍勢が侵入
51日 波羽於莉が茸松、町費と商談
52日 朔夜が漢中に到着
楊丙と馬鉄が大喧嘩
宦玄が皇帝の真意を確認
53日 蒼月が町費に荊州の状況を伝える
新野の状況に付いて、町費と希代之が意見交換
朔夜が五斗米道教祖・張富と会談
廖影と糜統が杯を交わす
54日 錘柄率いる撹乱隊が孫呉軍に夜襲
夏侯惇と黄蓋が鯨飲

郭図公則、糜統、廖影、潘璋が河南を視察
55日 吾玄が孫策に内通していた呂蒙と宋謙を殺す
魏軍と呉軍が抹陵城攻撃を開始
56日 魏呉軍の抹陵城夜襲、失敗
吾玄、魯粛を処刑
57日 宦玄と關龍白が会談
58日 魯粛の葬儀が執り行われる
59日 魯真衣、抹陵から離れる
参露、抹陵に帰還
60日 馬騰軍が西平攻略を開始
呉軍の増援部隊を魏延が撃破
孫策が抹陵から撤退

寿春の満寵率いる魏軍が抹陵に到着
61日 涼魏和約の知らせが曹操から夏侯惇に届く
袁奉が魏軍への夜襲を実施。戦死
夏侯惇、抹陵から撤退
65日 華佗が郭嘉の元から去る
68日 馬騰軍が西平を制圧
成抗、「涼軍が長安に向け出撃」の報を受ける
69日 馬超軍と長安の郭嘉軍がそれぞれ武関に到着
77日 成抗率いる西涼軍が長安に到着
成抗と単鄭が再会
81日 ★馬超が馬騰を説得

  


成 抗

  

       

野望乱立(その四)       次回、「野望乱立(その六)」

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