2005年3月13日〜                                           top

これまで日記と記していたコンテンツを、週記と改めました。
理由は御察しの通りでございます。




容量が増えすぎて更新がやりずらくなったので、こちらへ移動します



2月21日(月)〜3月12日(土)

21日(月)
駅伝の応援を終えて帰ろうとしていた中学生の列に軽自動車が突っ込む、という事故が発生した。
場所はM町の国道。
全国ニュースなどでご覧になられた方もいるかもしれません。
かなり悲惨な事故でした。

発生を掴んだのは、昼ニュースオンエア直前。
すぐデスクに「現場に行かせてください!」と電話したが、ちょうどその時本社にいたSピーが現場へ行き、飼い主は県警本部で情報収集と記事打ちをするよう命じられた。
それからは思いつくすべての関連部署に足を運んだり電話をし、情報を集めてデスクやSピーに逐一連絡した。
他社の記者が飼い主に耳打ちしてきたのは、とりあえず集まった情報を元に第一稿を書こうとした時だった。
「一人、死亡らしいよ」

女子中学生1人が死亡、別の女子中学生1人と軽自動車を運転していた主婦が意識不明の重体、そのほか13人が重軽傷。
なぜこんな事故が起こったのか、記事を書く上で大きなポイントとなる。
現場にブレーキ痕はなく、目撃情報では減速した様子もないまま、車は道路左側の歩道に乗り上げる形で突っ込んできたという。
ゼンリン地図を広げて現場の道路の形や車の進行方向、中学生たちがはねられた場所などを確認したが、なぜこんな事故が起こったのか皆目見当がつかなかった。
最初に思いつくのは居眠り運転だが、女性はその前夜、夜更かしはしていなかったことが後に明らかになっています。
車のトラブルという線も考えられるが、メーカーに問い合わせたところ、少なくともリコール対象車ではないという。
あるいは脳血栓とも思ったが、30代でもあるものなのか? そこらへんの知識は飼い主にはない。
いかんせん運転手が意識不明の重体とあっては、事故原因の解明はかなり難しい。

現場は混乱していて、「2人重体」となったかと思えば、「そうじゃない。重体は1人」となるなど、情報がたびたび錯綜した。
デスクも大混乱となっていた。
夕方ニュースの準備のみならず、東京のキー局にも事故の記事と映像を送らなければならないが、情報が変わるたびに差し替え記事を送り、その都度キー局の記者から確認の電話が入ってくる。
この事故以外のニュースももちろんあるので、そちらも対応しなければならない。
デスクもイライラが募ってくる。
デスク「さっきから情報が変わってるが、どこから話を聞いているんだ?」
飼い主「○×署、◆□課、△◎課、消防、病院、それにSピー。そんなところです」
デスク「一番権威のある所に絞って聞け! こうも情報が変わったらやってられん!」
飼い主「発生直後なんだから情報が錯綜するのも仕方がないでしょう。とにかく送ってるのは最新ネタですよ」
デスク「報道連絡簿が確定状況なんだから、次の連絡簿が出るか、よほどのネタが入らない限り電話してくるな!」
飼い主「何言ってるんですか! 警察発表がない状況でネタ集めるのが記者でしょうが! 他社(よそ)より鮮度落ちのニュースでいいんですか!」

こういう大きな事件事故ともなると、現場にいない者であっても切羽詰ってくる。

明日は朝から全校集会があるという。

「君は今日、事故の状況を全部把握しているわけだから」

夕方ニュースが終わったところで、デスクが言った。

「この件は君が専従でやってくれ。明日の集会も行ってくれ」

M町は遠いので、出発は早朝となる。
しかし、飼い主は明日は遅番。
相当しんどい一日になることが予想されたので、帰ったらすぐに寝た。


2月22日(火)

朝6時にYカメラマンと会社を出発した。
1時間少々かけてM町に到着すると、まずは事故現場へ向かう。
現場では、全国中継の準備をしている他社のクルーがいたので、邪魔にならない所から道路の状況などを確認した。
見渡して改めて、どうしてこんな事故が起こったのか?と首を傾げた。
それから中学校へ行く。
「生徒の精神状態を配慮」して、全校朝礼は中止となったことがここで告げられた。
生徒は自宅待機となり、教諭が各家庭を回って状況確認などを行うという。
校長は「なるべく情報公開していくつもりなのでよろしくお願いします」と言ってきた。
しかし、昼を過ぎたあたりから、雲行きが怪しくなってきた。

飼い主を含めたマスコミ連中が、「何か動きはないか?」と職員室の周囲をウロウロしている。
赤の他人が、窓から自分の職場の中を覗き込む。
職場とはいえ、これは明らかにプライバシーの侵害であり、職員たちのストレスが上がるのも当然だ。
そして、飼い主を含むマスコミ連中には、「自分たちが他者のプライバシーを侵害している」という意識が毛頭ないだけに、余計に始末が悪い。

教師たちだけならいざ知らず、教師たちが守るべき生徒たちもまた、マスコミへのストレスを感じていた。
事故当日、上空を飛びまわったヘリの回転音、向けられるカメラ、マイク、状況を尋ねてくる記者たち。
新聞なのか、放送局なのか、あるいは東京のどこかの局のワイドショークルーなのかは不明だが、入院している生徒の部屋に押しかけ、インタビューを申し込んだ社もあったという。
後に校長から聞いた話ですが、入院生徒の親戚と偽って部屋に入り、インタビューをしようとした社もあったそうです。
大人であったとしても耐え難い環境に置かれた子供たち。
生徒の何人かは、部屋に閉じこもったままだという。

報道被害というものは、マスコミの世界で働く人間として、常に考えなければならない問題です。
同時に、展開している事態(「真実」ではなく、あくまで「事態」です)を「可能な限り」正確に視聴者や読者に伝えることがマスコミの存在意義であり、そして自分たちは、それを行うことによって給料をもらっている。
「配慮ある取材」と口で言うのは簡単ですが、今回のケースで生徒たちに取材することは、その程度・内容如何に関わらず、生徒たちを追い詰めることになります。
元気に話していた友達が、突然突っ込んできた車の下敷きになって、死んだ。
その状況を聞かれて、正常でいられる子供などいません。
だから、どんなに気を配ったとしても、今回の事故を取材するマスコミは、生徒や保護者、そして学校から反発を受けることは避けられない。
それでも、取材しないわけにはいかない。

ウチの社は、事故発生直後に生徒のインタビューを取って放送したが、それ以降は生徒にマイクは向けていない。
デスクやカメラマンと話しあった結果、事故翌日からはカメラを向ける時も足元を撮影するか、ボカシを入れて放送することにしている。
それでも、それはこちらの言い分であり、生徒たちには関係ない。
カメラを向けられた生徒にとって、顔を映されようが足元を映されようが、つらい時間であることに変わりはありません。
事故による精神的負担よりも、マスコミの取材による二次被害の方が大きいのではないか。
そう思いながらの取材は、モチベーションも上がらないし、つらい。
もしも自分があの生徒たちの対場だったら。そしてもしも自分があの生徒たちの保護者だったり教師だったら。
多分カメラを向けてくるマスコミに噛み付くでしょう。
そんな自覚はあるが、それでも取材はしなければならない。
繰り返しになりますが、それが自分の飯のタネですから。

会社に帰ったのは、夜9時。
そのまま遅番勤務に入る。
朝6時から日付が変わるまでの勤務となるから、かなりしんどい。
M町関連の引継ぎ事項をまとめてSピーの机の上においておき、さあ仕事も終わった帰ろうか、とカバンを持ったところで、「火事発生」の一報。
カメラを抱えて火事現場へ突っ走る。
家に帰り着いた時、午前2時を過ぎていた。


2月23日(水)

休み。
ひたすら眠った。
眼が覚めたのは、午後3時ごろ。
起きてからも、しばらく動けなかった。


2月24日(木)

また午前6時発のM町取材。
今日は事故後初めて、生徒たちが登校する。
登校する生徒たちを、道路ではなく、学校前の県営住宅の踊り場から撮影したのは、生徒がカメラに気付かないようにしようという、自分にできる最大限の配慮。
まあ自己満足というか自己欺瞞というか、自己正当化です。

三日ぶりに登校した生徒たちは、亡くなった生徒の冥福を全校集会で祈った後、県が派遣した臨床心理士のカウンセリングを受けた。
図書室で行われた全校集会は、学校側との協議の結果、テレビと新聞1社ずつが同席しての代表取材という形になった。
幹事社から配信された映像を見た。
生徒は背中だけが映っていて、その表情は伺い知れない。
「みんなで一日も早く、元の学校に戻しましょう」と生徒に語りかけた校長の姿が印象に残った。


2月25日(金)

交通事故、県警の定例会見、地検の定例会見、裁判、離島での全島停電など、慌しく駆け回った一日。
7本の記事を打ったが、テレビ局の記者が一日に一人でそれだけ書くなんて、滅多にないんじゃないか?
新聞社時代なら最高9本書いたことはあるが、新聞の締め切りは夜中。それなりに時間の余裕はある。
でも、テレビは夕方がメインなんだよね。


2月26日(土)

H2Aロケットがいよいよ発射される。
飼い主は大型ビジョンによる打ち上げ中継が行われる駅を取材することに。
会社にいてもヒマだったので、場所取りも兼ねて早めに駅に向かう。
でも、打ち上げ一時間前の現場到着は、取材の内容から考えるなら、いかにも早すぎた。
さらに通信系統のトラブルが見つかって、打ち上げ時間が一時間延期となったため、2時間に渡ってビル風吹きすさぶ夕方の駅前広場で震える羽目になった

ドタバタは続く。
会場では、打ち上げにあわせてカウントダウンをすることになっていた。
何度も来場者と大ビジョンのパーンを繰り返しては、そのタイミングを計る飼い主。
にもかかわらず、フと画面を見ると何とまあ、我らがH2Aロケットは猛然と火を放ち、今まさに飛び立たんとしておりますがこれってどーいうことよ。

ドタバタその2。
予期せぬ展開により、「来場者のカウントダウン映像」はなくなった。
とにかくロケットが飛んだということで、顔を輝かせている人々の絵を撮るべく、場所移動。
すると突然、司会のお姉さんが「もうロケットは飛んでしまいましたが、せっかくだからみんなでカウントダウンをしましょう!」と言い放った。
ずっと待っていたテレビクルーへの配慮なのだろうが、2時間死守した撮影ポイントを放棄・移動したばかりの飼い主にしてみれば、まさしく「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ」な展開。
大慌てで移動、三脚を固定する余裕もないのでカメラを肩にかつぎ、子供たちの元気で純情無垢なカウントダウンを強引に撮影した。
本物のカウントダウンではないので、オンエアには使いませんでしたけど。

ドタバタその3.
みんなの目が南西の空を向いた。
そこには、天空一直線に登っていくH2Aの姿が!
チグハグな展開にややシラケ気味だった人々も、一気に興奮MAXへ。
飼い主もすぐさま、カメラをロケットへ向ける。
目一杯のズーム固定数秒から、グッと引いてロケットを見守る地上の人々の姿……という構図を狙ってみる。
心の中で一人カウントダウンスタート。
3、2、1、ハイ、ローング!………………っておい、なぜに子供の後頭部が映ってる?
閉じていた左目を開けると、ロケットの勇姿を見せようと孫を抱っこしているおじいさんが飼い主の目の前にいた。
カメラの前に立たんといてくれえと言いたかったが、飛んでるロケットを楽しむ権利はすべての人にある。
それに、孫と過ごす幸せなひと時に水を差すのも鬼畜ってなもんだ。
グッと我慢して場所を変えてやり直す。
2回目はうまく撮影できた。
ただし、既にエンジンを切り離していたロケットの航跡は、先ほどまでの一直線とは打って変わったヘロヘログニャグニャ状態。
大いにへこんだ。


2月27日(日)

マイケル、風邪でダウン。
電器カーペットの上で寝る時間をこよなく愛するマイケルも、さすがに今回は懲りたようで、「もうカーペットでは寝ない━」と半泣きだった。
さっさと産休を取っておしまい。

2月28日(月)

M町の事故が発生して、今日で一週間。
またも午前6時過ぎにM町へ向かい、クルーとともに学校や現場、警察など回る。
本社に戻ったのは、夜八時半。
そのまま遅番勤務に突入する。
遅番ADのH君が、「げ! 今日はTさんと一緒ですか! いやだ!」などと言いやがる。
何でもAD連中の間では、飼い主が遅番の時は事故やら火事やら何かが起こる、ってな伝説があるそうな。
アホだな。そんなのは確率の問題だよ君。
しかしその夜、やっぱり火事は起こったんだよ。
「だからイヤだって言ったんだ!」とわめくH君をなだめつつ、タクシーに乗って現場に行ってきました。

この日は遅番勤務が終わっても、まだ仕事が残っていた。
昨日深夜、市内で散弾銃発砲騒ぎが発生していた。
警察が同時間帯見分をするだろうから撮影しとけーとデスクから言われてもた。
H君はかなり疲れている様子だったので、撮影は一人で行ってきた。
しかし、夜なので要ライトで、さらにライトは要バッテリー、加えて両方とも重いと来たもんだ。
これに8キロのカメラと8キロの三脚を持ち運ぶわけだから、全部あわせるとかなりの重量となる。
芯まで迫る冷え込みも、おかげで体が火照ってしのげましたですよ。
撮影終了後、近くにいた警察官と30分ほど雑談して、家に帰り着いたのは午前3時ごろだった。
惜しい。あと1時間で20時間勤務だったのに。


3月1日(火)

昨夜の遅番勤務の疲れも癒えぬまま、今日は早番。
午前中に取材1本、記事打ち2本、編集1本、そして警戒電話2Times。わお、わしって働き者。
甚だ疲れたので、一生懸命頑張った自分にご褒美ってなもんで、昼はトンカツ屋と洒落込んだ。
ゴマを擦って甘ダレかけていただきまーす。うん、旨い。
「交通事故発生」の電話がデスクからかかってきたのが、食後のお茶を楽しんでいる時だったのは幸いだった。
食ってる最中だったら、せっかくのトンカツがパーじゃないか。
現場は思いっきりそのトンカツ屋の近くだったので、車からハンディカメラを取り出してランニングした。
いい腹ごなしになりました、って自己欺瞞だな。


3月2日(水)

またも早朝からM町。
いつものパターンと違うのは、昼前に一回本社に帰ってきて、夕方に再びM町に向かうことになった点。
片道1時間20分の2往復だから、今日はあわせて5時間ちょい運転していることになるな。
ガソリンもたっぷり使ったので、帰りに会社近くのスタンドで給油した。
さすがに疲れて「ふぅ……」とため息をついていると、店員さん(男)が「これをどうぞ」と缶コーヒーを手渡してくれた。
こういう気配りというか優しさというか、触れたらとっても嬉しい。
疲れも取れたような気がして、上機嫌で家に帰る。
マイケルの愛車「ポル吉」にも同じ缶コーヒーが置いてあり、「ガソリンスタンドの店員さんからもらったよ」と聞いたのは翌日のこと。
どうやら、ただのキャンペーンだったらしい。


3月3日(木)

幼稚園のひな祭りを取材。
その幼稚園、飼い主が幼少のみぎり、おおいに遊んだ懐かしの園。
当時送迎バスの運転手だったおじさんが、未だに現役と知って驚いたが、飼い主は在園時、このおじさんからこっぴどく叱られたことがある。
事件は、バス通園だった飼い主(当時6歳)が、何を思ったか突然「今日は歩いて帰ろう!」と友達2人を強引に巻き込んだことに始まる。
飼い主ら3人の園児は、バスが出るまでトイレに潜伏。
今だったらバスも園児の点呼をしてから出発するのだろうが、当時はその点おおらかだったのか、そのまま発進して行った。
それを見計らって、徒歩通園の園児の行列に紛れ込んで、心をワクワクドキドキさせながら家まで歩いて帰っちまったわけですよ。
飼い主が乗り降りするポイントで、ようやく先生たちも「ガキがおらん! 三人もおらん!」と気付き、バス内はもちろん、幼稚園も大騒ぎになったとか。
首謀者の飼い主は翌日、先生やバスの運転手に目から火が出るほど叱られた。
そこで泣くところがまた、先生たちにすればさぞや憎たらしかったことでしょう。
取材の合間、いまだ現役の運転手さんにそのことを話すと、「ああ、覚えている。君だったか」と笑ってた。

県政部のS先輩が、コピーした冊子を見せてくれた。
某大手新聞のシンクタンクが発行している本のコピーで、飼い主が去年5月まで在籍していた新聞社の倒産ドキュメントが綴られていた。
読んで、胸が熱くなりました。
当時、何も考えずに呑気に仕事をしていましたが、その裏では何とか会社を存続させようと走り回る社長がいた。
この記事を読んで、さぞや社長は眠れない夜が続いたことだろう、と初めて思いました。
今、飼い主がこうしてテレビ局で働いていられるのも、この新聞社時代があったから。
社長が早々に経営を放棄していたら、今の飼い主は間違いなく別の環境にあったでしょう。
今後、社長と会う機会があるかどうかはわかりませんが、社長に対する感謝の気持ちは持ち続けなければならない、と思いました。
また、社員でありながら飼い主たち下っぱの知り得なかった倒産前後のやり取りが詳しく書いてあって、読み物としても非常に面白かった。

それ以外に、コピーを見て驚いたことがひとつ。
飼い主が実名で出てるやんけ。
自分は直接取材を受けていませんが、取材を受けた元同僚TJ記者の回想場面で登場していた。
以下、固有名詞以外は原文のまま抜粋。
社員全員に召集がかけられた時の場面。
ちなみにこの時、なぜ急に召集がかかったかは知らされていなかった。

「KG市の本社につくと、車内で一番広い編集局の大部屋に人が集まっていた。
 さらに、どんどん集まってきた。
 ゴールデンウィークの最中で販売や広告関係は休んでいるはずだったから、TJ記者は初めてアレレと思った。
 そこは完全に全社員緊急集会の場となった。
 KG市外の支局からも人が来ていた。
 S支局の
カバ彦記者もいた。
 社歴や年は一つ二つ違うが、気の合う友人でもあった。
 TJから声をかけた。
 『どうしたんですか、きょうは』
 
カバ彦はいつもの通り、ひょうひょうとしていた。
 あっさり答えた。
 『最期を見届けに来たんだ』
 この一言で直ちにというか、ようやくというべきか、TJは事態を察した」


なんかカッコよくねーか飼い主!
確かにそんなセリフは口にしたが、扱い方ひとつで登場人物がカッコよくなったり、逆にもなったりする。
文章はやはり、奥が深い。


3月4日(金)

朝5時にデスクから「火事で2人死亡。行って(略)」の電話。
今回はカメラマンも同行した。
焼け跡の撮影に加えて、立ちレポと近所住民へのインタビューも行った。
2人死亡となれば、場合によっては東京のキー局が記事と映像を送るよう依頼してくることもあるので、そのための措置です。
もしキー局がほしがらなかったとしても、立ちレポをやっておけば、ウチがオンエアする時、ニュースに厚みが加わる。
結果的にキー局からの配信依頼はなく、飼い主の全国デビューはお預けとなりました。

それはそれとして、最近県内ではやたらと死者が出る火事が多い。
乾燥しやすいこの時期、いったん火が出るとすぐに燃え上がる。
皆様、火の元には重々ご注意をを。


3月5日(土)

休み。
夜は雪が降っていた。
実家に帰ってしばしカバ彦と遊ぶ。
ストーブをつけると、カバ彦はその前から動こうとしなかった。

「♪ゆーきやコンコン アラレやコンコン(中略)イーヌは喜び庭駆け回り」

カバ彦よ。君に雪降る庭を駆け回ることは可能か?


3月6日(日)

嬉しい嬉しい二連休。
マイケルの弟に女の子が生まれたので、マイケルの実家へ見に行く。
生後2週間。ホッホーこいつはかわいらしい。
カミーユより3ヶ月早く生まれたこの赤ちゃん、学年はカミーユのひとつ上ということになる。

夜、マイケルの親父さんと語った。
親父さんが飼い主を呼び捨てで呼んでくれたのが、なんだか嬉しかった。


3月7日(月)

デスクから「明日はA町の土砂崩れ事故、発生から一ヶ月だぞ」と聞かされた。
だったしまった忘れてた。一ヶ月企画を作らなければならない。
取材を始める時間を逆算すると、朝4時50分までに家を出なければならないか……。
ん? ちょっと待てよ。
飼い主は今夜、遅番だぞ。



睡眠時間、どれだけ取れるかなあ……。
背中に寒いものを感じていたところで、またも火事が発生した。
1月ごろはやたらと強盗が多かったが、今度は火事のラッシュだ。
会社に残っていたMっちが現場へ行くと言ってくれたので、飼い主は例によって本社で情報収集&記事打ち。
火事現場は思いっきり飼い主の実家のすぐ近くだったので、親父の携帯に電話して現場を見てもらう。
やがて、親父から火元の家の住民名や職業、年齢など、喉から手が出るほどほしい情報が次々にもたらされてきた。
さすが親父。行動力が違う。
やがて、どうやら1人が死亡したらしい、との連絡も入った。


3月8日(火)

朝4時半起床。
昨夜は午前1時の就寝だったから、睡眠時間は3時間半。うん、微妙。
取材を終えると本社へとんぼ返り。
以前は一昼夜かかった読み込み編集も、今回は2時間ちょいで完了した。
企画の出来はまだまだ満足できるものではなかったが、編集時間が短くなったことは、ささやかながら自信になりました。

本当なら今日も遅番だったのだが、さすがに体がしんどすぎたので、Mっちと交代してもらった。
家に帰って飯を食うと、そのままカーペットの上で爆睡。
布団に入ってしまったら、シャワーも浴びずにそのまま翌朝まで熟睡することが確実であるがゆえのやむをえぬ措置。
わかってくれ。マイケル。
結局、深夜2時ごろにマイケルに起こされシャワーを浴びてから今度こそ布団で寝た。
夕べ取れなかった睡眠時間、バッチリ回収完了。


3月9日(水)

またも飼い主遅番時の火事。
県民の安全のためにも、オレは夜勤やらない方がいいのでは?と本気で思うほど、飼い主が遅番の時は何かが起こる。
おとといは飼い主の実家近くの火事だったが、今日はマイケルの実家近くでの火事だった。
偶然だけど、何か気持ち悪い。
発生から25分後ぐらいで現場に到着したが、まだ激しく煙が上がっていた。
カメラを担いで走り回っていると「Sさん!」と飼い主を呼ぶ声。
振り向くと、先日パパになったばかりのマイケルの弟だった。おう、こんばんミ。
しばらくすると、再び「S君!」と飼い主を呼ぶ声。
今度はマイケルママだった。ドーモ、こんばんミ。
やがて、消防の人から住民1人が死んだらしいと聞くに及び、肩の力が抜けた。


3月10日(木)

休みだったが、出勤を志願。
県内でこれだけ火事が発生しているのだから、何か1本ニュースを立てなければ、と思ったため。
県消防防災課に県内の火事発生状況を聞いて驚いた。
「最近火事が多いよなー」とは思っていたが、今年の県内の火事による死者の数は、過去10年でダントツに多いそうだ。
インタビューや立ちレポを行ってから、早速読み込み。
こういうネタは、アナウンサーによるストレート読みより、取材した記者の声で放送した方が臨場感が出る。
今回の読み込み編集は、1時間半で終了した。
4分の読み込みテープを作るのに徹夜していた3ヶ月前とは、隔世の感があるな。
オンエア終了後、珍しくみんなから誉められた。
タイムリーに企画を出したことと、動きながら喋るアクションリポート、そして読み込みの喋り方がことのほか好評だった。
「いつものあんたはねぇ」
姉御が言った。

「立ちレポの時、胸を張りすぎなのよ。だから固っ苦しいの」

そうは申されますが、姉御。
なで肩を悟られまいと、わしも必死なんスよ。

それはそれとして、企画の最後の立ちレポは、本気で視聴者に訴えたつもりです。
「火災予防に特効薬はありません。
自分の命を守るためにも、電気機器の配線や火元のチェックなど、日ごろから小まめな気配りが必要です」



3月11日(金)

朝起きて新聞を取ろうとドアを開けた瞬間、「ムゲッ!」と来た。
この臭い…………ガスが漏れているんじゃないか?
ちょうどその時、数台の消防車のサイレンが聞こえてきた。
消防に電話してみると、ガスの臭いがするとの通報が複数入っているという。
場所を聞くに、飼い主のアパートからけっこう離れたところからの通報だというが、ここまで臭いがあるってことは、ガス供給基地で事故でもあったか?
しかし、ガス会社に確認したところ、ガス供給基地でのガス漏れはないという。
同時多発のガス漏れなんて、普通考えられない。
わけがわからないが、とにかく取材だ。
すぐデスクに状況を伝えて、愛車ジェロニモで町を走り回る。
パトカーや消防車と何度かすれ違い、やがてガス会社の車を見つけたところで、そのまま金魚のフンのように追跡。
間もなくガス会社の職員は、通報してきたらしい一般家庭の家へ入っていく。
飼い主は家の奥さんに素性を伝え、「撮影させてください」とお願いした。
奥さんは最初は嫌がっていたが、「ホラ、こういう風に撮影しますから。これなら家の特定とかできないでしょ? 奥さんも映しませんから」と食い下がって、何とかOKをもらった。
職員の点検は数分で終わった。
でも、ニュースに足りるだけの映像は撮れた。
後は情報収集一本でいい。
しかし、あと少しで本社に到着するところで、デスクから電話がかかてきた。
「おまえ、さっき一般の家の中を撮影しただろ? そこから今、電話があってな。ダンナから『家の中なんて絶対放送させるな』と怒られたそうだ」
えーと、つまり……ハンディカメラに収めたこの映像、パーってことですかい?
呪詛の声を上げながら、再び街中へジェロニモを走らせる。他に撮影できる素材を探さなければならない。
幸運なことに、10分ほど走り回ったところでまたガス会社の車が見つかり、今度の点検先は簡単に撮影を許してくれた。
オンエア用の映像が揃ったことに心から安堵。
ちなみに、県内のテレビ局5社のうち、異常を察知して映像を撮っていたのは、ウチとA系列局の2社だけだった。
うぉっし、プチ手柄。
ただし、異臭の原因が何だったのかは、結局不明のままです。

ライブドアとフジテレビの株を巡る仮処分申請で、ライブドア勝利の決定が出た。
飼い主が見た限りでは、テレビに出た弁護士やら経済の専門家やら全ては「妥当な判断でしょうね」と仰ってた。
オヤオヤ、こりゃこりゃ。
ライブドアが仮処分申請した時は、「判定はどっちに転ぶか予断を許さないですね」とみんな言ってたと記憶しているんだけどね。
結果が出た瞬間のこの豹変振りには、正直反吐が出る。
もちろん、状況の変化を受けて、考え方が変わる、ということはある。
でも、彼らが変えたのは、「考え方」ではなく、「態度」。
こういう人間を、飼い主は軽蔑する。


3月12日(土)

今日はそれほどドタバタすることもなく、夕方ニュースが終わったらすぐに帰ることができた。
というか、残務処理をやっていたら、デスクから「おまえはもう帰れ。おまえがいると、いつも面倒な事故とか火事が起こる」と言われたもので。
家に帰って飯を食って一時間ほど寝てから、完全に手付かず状態だった日記……じゃなかった週記の執筆に勤しむ。
しかしあれだな。
「日記」から「週記」にコンテンツ名を変えた瞬間から、「ま、『週記』だし、更新は明日でいーや」みたいな気分になってしまっていたが、ほぼ3週間ぶりの更新とはどういうことよ。
「隔週記」を称するのもおこがましい堕落振りです。
まあ仕事が忙しかったってのもあるのだけどね。
最近ネットを繋ぐ頻度も極端なほどに減ったし。
モバイルに記録しておいたその日の出来事を書き連ねること3時間、ようやく完了。
はてさて、次の更新はいつになることやら。


2月4日(金)〜2月20日(日)

4日(金)
引出物などの支払のため、ATMからおよそ50万円を引き出す。
いつもの感覚でお札を財布に入れたところ、札束の分厚さゆえ、なかなか財布を折り曲げることができない。
力任せにまげて尻ポケットに入れたら、今度はポケットから財布を取り出すことができなくなってしまい、難渋すること約20秒。
まるで「世界バリバリバリュー」に出てくるセレブのお財布みたいだが、セレブと飼い主が違うところは、そのお金を自由に使えるか否か、の一点。
もちろん飼い主は、自由に使えない人に色分けされる。
引き出したお金は、およそ2時間のうちにきれいにさっぱり支払でなくなった。


5日(土)

およそ1週間ぶりの出社。
できることなら、あと三年ぐらい休みたかったけど、そういうわけにもいかない。
土曜日ゆえ、カメラマンは全員休みなので、取材には飼い主が記者カメで向かう。
取材現場に到着し、てろてろ歩いているところで、カメラから何やらぶら下がっているのに気付いた。
「ン? コリャなんだ?」と凝視して、目が点になった。
カメラに取り付けたガンマイクが根元から外れ取る。
いや、留め金が緩んで外れたのではない。
留め金自体がもげてしまっている。
とりあえずマイク機能は生きていたので、ガムテープで固定して取材敢行。
冷や汗かいた。

6日(日)

飼い主が休みの間に発生していた殺人事件の容疑者の送検取材。
送検の取材は何度かやったことがあるが、カメラを回すのは初めてです。
送検の撮影は、向こう側からこちらへ歩いてくる容疑者を撮るわけで、ピント合わせがチト難しい。
ちょっと練習しとくかとカメラのスイッチを入れ、そこで二日連チャンのカメラトラブルに遭遇した。
このカメラ、ピントがまったく合いませんぜ……。
飼い主の目が悪いのかと思い、横にいたNHKの記者に「ちょっと見てみ?」と手渡すと、「あー。これ、何か変ですね。ピントが合わないですね…………あれ?」
NHK記者と飼い主の時間が一瞬止まったのは、カメラのレンズ(価格30〜50万円)がポロリとカメラ本体から外れて落っこちたから。
30〜50万円が、もといレンズがコンクリートの地面に落ちる直前、飼い主の手が間に合ったのは不幸中の幸い。
ただし、レンズを付け直してみても、ピントが合わないというトラブルは解消されず。
カメラマンの携帯電話に「たーすーけーてー」と電話してアドバイスをもらったが、やはり効果なし。
そこで本社に電話して、別のカメラをタクシーで送ってもらうことにした。
送検の時間は10時20分以降ということだったが、電話したのは10時15分。
やばい。マジやばい。
局からその警察署まで、どんなに急いでも15分はかかる。
ウチの局だけ落とすわけにはいかないし、かといってピント丸はずれの映像を使うわけにもいかない。
「今のうちに容疑者出てこーい」とのたまう他社の記者を蹴りつつヤキモキしていたが、どうにか間に合いました。
ちなみに、カメラが到着したのは、送検が行われる2分前。ホントぎりぎりだった。
急いでスイッチを入れてファインダーを覗いてみると、おお素晴らしい。ピントばっちり。
旧ザクからゲルググに乗り換えたジオン軍のパイロットは、この時の飼い主と同じ気分を味わったに違いない。


7日(月)

結婚式が赤字になったことを聞きつけたマイケルのおっかさんが、心配して大量の食材をくれた。
うぅ、義母さんありがとう。
わしら二人、これでしばらく食いつなげます。


8日(火)

晴天の休日。
こういう日は無性に洗濯したいという衝動に駆られる。
洗濯物を干し終わってから、実家へ行ってカバ彦の散歩。
部屋で遊ぶことはたまにやっていたが、最近全然散歩に行っていなかったので、こうしてカバ彦と外に出るのは久しぶりだ。
先日の大寒波が嘘のように暖かくて、カバ彦も少し暑そうにノテノテと歩いていた。

完璧に「日記」ではなくなった当コンテンツ。
だいたい休日の日にまとめて更新しているのだが、今日はまったくやる気にならない。
というのも、使用しているノートパソコンの液晶が、甚だ劣悪な状況にあるため。
波線が横に入ってワヤワヤと上下振動している画面なんて、1分も見たら酔ってしまう。
もう寿命なのかな、このパソコン。
金ないんだけどな。

仕事から帰ってきたマイケルが、結婚式の最終的な赤字の予想額を教えてくれた。
給料をはるかに上回る金額。聞かなきゃよかった。
ノートパソコンは今にも「ボンッ!」といっちゃいそうなのだが、買い替えは当分無理だな……。


9日(水)

昨日、A町で大規模土砂災害が発生した。
今日はMっちとSピーが現場へ行き、Y女史と飼い主は本社勤務。
本当は今日は休みだったのだが、こんな事態となればそんなこと言ってられない。
それにしても、社会部4人全員出社なんて久々だ。
できれば自分も現場に行きたかったけど、本社の仕事だって誰かがやらねばならない。

勤務のため結婚式に出席できなかった同僚たちが、お祝いをくれた。
おしゃれなアルバムに赤ん坊の服。おうかわいいぜ。
早くカミーユに着せてやりたいものです。


10日(木)

次から次へと何かが起こった一日。
これをやったらあれ。アレが済んだらソレ、ってな感じでいけたのは最初だけで、そのうちわけがわからない混乱状態になってくる。
ウチの局の報道記者の仕事は、大きく分けて取材、記事打ち、編集、スーパーの作成などがあるが(時にはこれに「撮影」も加わったりする)、基本的に記者一人で全部やることが求められる。
次々に事件事故が発生したら、この流れをやりこなすことは不可能です。
テンションとイライラが同時に上がってきて、今日の飼い主ったら恐れ多いことに、デスクの叱責に口ごたえしちゃいましたよわひゃ命知らず。
しかし、ミスなくニュースが終わったのは良かった。

家に帰ってテレビを見ていたところで、デスクから電話。
A町の大規模土砂災害で明日、動きがあるので、現場に行けとのこと。
取材開始は早朝から。現場は本社から遥か離れた地。
フェリーの出発時間を確認すると、朝5時40分の便があった。
そこから起床時間を逆算して、すぐに寝るが吉と判断して、さっさと布団に入った。


11日(金)

4時半に起きる。
あまりに早朝すぎて、フェリー内のうどん売り場はしまっていた。非常に残念。

7時半、現場に到着。
周辺を車で走り回り、簡単に土地勘を掴んでおく。
8時過ぎ、今日一緒に仕事をするKY支局のKさん、そしてKB支局のTさんと合流する。
飼い主を含めて強気の3カメ体制だが、ADが一人もいないというなんともアンバランスな布陣です。

ちなみにKさんTさんいずれも、飼い主が所属していた新聞社のOBである。
飼い主が新聞社に入社した時は二人ともテレビ局に移籍していたので、一緒に仕事をしたことはない。
しかしKさんは、飼い主が新聞社のKY支局勤務時代、いろいろ仕事について教えてくれたばかりか、飼い主が今のテレビ局に入社するにあたって、会社上層部に口添えをしてくれた恩人です。
今日は大先輩たちと一緒の仕事となるわけですが、二人はいずれも支局勤務。一方の飼い主は本社報道部。
Kさんは「今回のような大規模災害は、本社社会部がやるべきだ。こういう現場を経験しないで記者が育つか!」という考えの人。
実際、一人で取材・撮影・AD業務をこなす支局では、こういう大きな取材をこなすのは物理的に無理があり、飼い主もまったく同意見です。
それに、KさんやTさんにしてみれば、入社8ヶ月目の自分たちの「後輩」がどんな仕事をするのか見てみよう、という思いが当然ある。というか、そんな意志を激しく感じさせる態度を取ってくる。
てなわけで、情報集めや取材の段取り、本社デスクとの連絡、記事打ちはすべて飼い主が担当した。
もちろん、大先輩に指示するわけですから、喋り方には気を遣います。
別にKさんとTさんがお堅い人、というわけではない。
Kさんは寡黙ながら普段はフツーの会話ができるし、Tさんとは軽口飛ばしあえる仲ですから。
それでも雑談ならともかく、仕事で、しかも年下のペーペーが経験豊富な先輩に指示を出すとなれば、「言い方」「接し方」というものはおのずと変わってくる。

仕事を終え、家に帰り着いたところで、Kさんから携帯に電話があった。
Kさん「おまえ体重何キロだ?」
Kさん「俺も昔はおまえと同じぐらい痩せてたんだぞ」
Kさん「でも毎朝ウォーキングして食事を野菜中心に切り替えたら、半年で17キロ痩せたんだ」
Kさん「デスクは本当に反応が鈍い! 今回の土砂災害だってな(以下自主規制)」


普段寡黙なKさんが、仕事を一緒にした後でこうして上機嫌&饒舌に電話をしてきてれくる。
そのことはやはり、嬉しかったです。


12日(土)

Vリーグの試合が県内で行われた。
土日ゆえ例によって飼い主が記者カメだったが、スポーツの撮影は難しい。
頻繁に動き回る選手たちをファインダー越しに追いかけるのはけっこう大変で、ピントもすぐに外れちゃうのです。
どっちかというと、選手よりも観客席のチアガールばっかり撮影していたのは、そんな事情と飼い主の趣味に起因する。


13日(日)

休日。わーい。
親父の誕生日プレゼントを買うため、マイケルとともに駅ビルへ。
フラフラ歩いていると、飼い主とマイケルが大ファンのインディーズ・スカバンド「The ARTS」の曲が聞こえてきた。
音のほうへ行ってみると、おやまあ広場でコンサートですか!
思わぬ事態に、買い物もほっちゃってライブに熱中した。
しかし、前列ではなく後ろから見ていたので、前列のファンたちのようにハイテンションで飛び回ることができない。
周りの人の目が気になりまして。
ARTSはじっくり聴くより、コンサート会場でみんなと一体になって飛び跳ねつつ聴くことにこそ、一番の味がある。
次のライブは絶対前に陣取るぞ。


14日(月)

世はバレンタインデー。
ADの女の子から義理チョコもらえて嬉しかった。
女子アナからは残念ながらもらえなかった。くれよ。よこせよ。ちょうだいよ。

遅番が終わり、例によって日付が変わってから家に帰ると、マイケルからチョコレートをもらった。
しかし、チョコレートへの熱意は、飼い主よりマイケルの方が明らかに強い。
余りにマイケルの鼻息が荒いので、二人で食べた。
そういえば今日は、マイケルと初めて出会ってから満2年です。
「もう2年か」というよりは、「え? まだ2年?」てな気分。
二人で笑ってばかりの生活、もう4,5年ぐらい続けているような気がします。


15日(火)

仕事が終わって帰ろうとすると、姉御キャスターが「渡すモノがあるから一緒に帰ろう」と言ってきた。
フムフム、なるほど。
姉御ったら意外と恥ずかしがりやですね。
一日遅れのバレンタインチョコ、いただきましょうもらいましょう。
姉御「遅くなっちゃったんだけど」
いやいや、自分は全然気にしませんですぜ。

姉御「これ、結婚式のお祝いね。マイケルと一緒に開けてね」

ナヌ? 結婚式のお祝い?
あの、姉御。
わし、まだチョコもらってませんけど?

駐車場で大きな袋を受け取った。
その瞬間、ザバー!と雨が降り始め、姉御の形相が変わった。
姉御「T君、車は?!」
飼い主「奥の駐車場ッス」
姉御「走れ! 濡らすな! 箱もいいヤツなんだから!」
飼い主「は、はひー!」

飼い主全力疾走。

プレゼントは「エルメス」なるブランドのペアワイングラス。
こんなブランド商品もらったのは初めてだ。
お袋からもらった海洋深層水でさっそく乾杯しようとも思ったが、エルメスグラスで不味い水飲んだってしょうがないか。
妊婦のマイケルは酒が飲めないし、おいしいジュースでも買って、それから乾杯しよう。


16日(水)

今日は裁判記事を一本出しただけ。
ただし、枠がなくてオンエアされず。
記事にならない仕事もあって、ちゃんとそれはこなしているが、夕方ニュースで自分が取材したネタが出ないと、何とも給料泥棒チックな気分になる。


17日(木)

休日返上で、再びA町の土砂崩れ現場へ。
明日オンエアする企画の取材で、またもや片道2時間の旅。
取材現場周辺は、道路工事で片道通行となっている所がやたら多かった。
それはいいとして、ことごとく赤信号で捕まるってのはどういうことよ。
9回通過して、赤信号で停止すること8回。停止率は八割八分八厘。
イチローも腰を抜かす高打率だ。

18日(金)
デスク「T。おまえ、明日休みだよな」
飼い主「はい」
デスク「明日、例のA町土砂崩れの現地調査がある」
飼い主「はい」
デスク「おまえ、この事故の担当だよな」
飼い主「はい?」
デスク「というわけだから、行ってくれ」
飼い主「…………はい」
デスク「ヘルメット忘れるなよ」


いつの間に俺は担当になったんだ?


19日(土)

4回目となるA町取材。
今日はやばい。体力的に非常に不安。
と申しますのも、昨夜は虫歯が痛くて一時間しか眠れなかったから。

今日は4回、道路工事の片道車線に差し掛かり、4回すべて赤信号で止まった。
前回とあわせて13戦12敗。停止率九割二分三厘。
イチローも尻尾を巻いて逃げ出す高打率だ。

取材の合間に車の中で寝る。
10分程度の睡眠でも、かなり違いますね。

取材が終わって帰りのフェリー。
乗船するや否や、カメラマン、ADとともに一斉に車から飛び出す。
うーどーん! うーどーん! フェリーのおいしいうーどーん!
飼い主は、キツネうどんにエビ天、温泉卵をトッピング。
食べている間、わしら三人はまったくの無言で、たまに口をつくのは、「ズルズルズルズル……アー」、「ズズズズズ……プファー」ってな吐息ばかり。

「このうどん、南極大陸の昭和基地で食べたら滅茶苦茶うまいだろうね」
と振ったら、カメラマンが思いっきりお汁を噴き出した。


20日(日)

雨が降っていたが、洗濯を強行。
もうカッターシャツがないの。
今、アパートの一室が総洗濯モノ状態になってる。

ノートパソコンの液晶が不調となって以降、まったくネットを繋がない日々が続いていたが、久しぶりに電源を入れてみた。
おう、液晶直ってるじゃん♪
今のうちに日記を更新しておこう。いつ故障するかわかったもんじゃないもんな。
仕事の合間にモバイルに書き貯めていたものをホームページビルダーに書き込むわけですが、およそ2週間分ともなれば、かなり時間がかかる。
このパソコン、変換する時やバックスペースで文字を消す時など、しばしば動きがノロくなるので、早打ちが思うようにできないのです。
でも、今ようやく完了した。
「日記」から「週記」へ、そして今回「隔週記」となったが、とりあえず更新できてホッとしている。



1月31日(月)〜2月3日(木)



31日(月)
披露宴に出席できなかったがお祝いをくださった方々への引出物を郵便局から送り、いざ新婚旅行へ。
当初は「海外に行きたい! イタリアに行きたい! イタリアの飯食いたい!」という野望があったのだが、マイケルのお腹も大きくなっている現在、長距離移動はしんどい。
近場の人気スポットということで、旅行先は温泉ファンからの人気が高い(らしい)黒川温泉と相成った。
でも、よくよく考えてみれば、昨年5月に新聞社が倒産して間もなく、マイケルと二人でディズニーワールドへ行っている。
あれは何旅行ということになるんだろう?
まあどうでもいいや。
ポル吉(マイケル専用車「ポルテ」のコードネーム)に荷物を積み込み、いざ出撃。

明日以降、強い寒波が日本列島を覆うというので、途中でタイヤチェーンを購入しておく。
南国生まれで南国育ちの飼い主は、生まれてこのかたタイヤチェーンなど装着したことがない。
買ったはいいが、いざという時付けられるんだろーか?

到着した黒川温泉。
世界最大規模のカルデラ火山・阿蘇山の近くに位置し、その風情たるや「ザ・古き日本」。
飯もすんごく旨かったです。
唯一の誤算は、温泉が宿の離れにあること。
雪が降り始めた中での温泉への移動は、さながら「八甲田山・死の彷徨」。
飼い主「寒い! 寒い! 寒い!」
飼い主「ヒ……ヒィィィィィィィ!」
飼い主「凍える! 死ぬ! 凍え死ぬ!」
飼い主「アバババババババ」

どんな生物の鳴き声かよくわからない声を発して飛び込んだ温泉。
毛穴がズォォォォ!と広がるのがわかって、気持ちよかったです。

2月1日(火)

目が覚めると、すさまじいまでの銀世界が広がっていた。
タイヤチェーン買っといてホント良かった。
朝湯を楽しんだ後、宿の人にチェーンを装着してもらった。
いざとなったら一人でも付けられるよう見学していたが、寒くて仕組みをよく理解できませんでした。
マイケルが怖がるので、時速50キロ以下での走行。
積雪や凍った路面で時折滑り、「オヨヨ」となったが、チェーンがあるのでたいして怖くない。
もし、助手席に乗っていたのがフトシあたりだったら、イケイケドンドン、ドリフトドンドンで道中遊んだことでしょう。
こんな天候でさすがに阿蘇山の頂上を目指す愚か者はいないと見えて、登っていく途中ですれ違ったのは除雪車だけ。
米塚を見つけた時は、ポル吉から下りてこの山を制覇したい、と本気で思ったが、マイケルが「やめとけ」というのでやめた。
さらに、頂上まで昇って眼下の雪化粧を楽しむという野望も、マイケルの「もう帰るぞ」の言葉で断念。残念。

宿への帰宅途中、ガソリンスタンドの外に気温計が出してあった。
その表示、「マイナス9度」とあったが、マジですか?

晩御飯は昨日よりもさらに豪華バージョン。
霜降り肉にテレビでしか見たことのないような巨大なホタテ。
さらには飼い主の大好物・アユの塩焼き(30分かけて目の前で焼きます)と来たもんだ。
旨いものが食べられるというのは、本当に幸せなことです。

夜のニュースを見るに、現在日本全土を覆っている寒波は、数十年に一度あるかないかの大寒波だという。
外を見ると、いよいよ激しく雪は降り続いている。
こんなタイミングで新婚旅行することになるとはね。そんなネタいらんぞ。

布団の中で、ガキの名前についてマイケルと協議する。
すったもんだの末、ついに飼い主の主張をマイケルも認めた。
第一候補は廃案となったが、第二候補だってなかなか個性的……と飼い主は考えている。
将来、ガキもきっと「父さん。こんな素敵な名前を付けてくれてありがとう。チュ」となるはずだ。そうに決まってる。


2日(水)

昨日を上回る積雪。
こりゃまたスキー運転が楽しみ大変だ。
例によって朝湯を楽しむ。
火照った体を舞い散る雪で冷やす露天風呂、この二泊三日でたっぷり命の洗濯ができました。
宿をチェックアウトして山道を下ることおよそ1時間、道路の積雪もほぼなくなってきたところで、道端にポル吉を止めてチェーンを外す。
付けるよりは遥かに楽だろうと適当にチャカチャカいじっていたら、両輪のチェーンともタイヤ軸に絡まった。ハゥア。
ポル吉のタイヤとカウルの間には、泥水をたっぷり含んだ雪がごっそりとはまっていた。
そいつが作業を著しく邪魔しやがるわけですが、ほとんど氷みたいに固まっていて、その除去すら大変。
マイケルの傘で「うりゃうりゃどりゃどりゃ」と雪をとっぱらい、隙間からタイヤの裏に手を回す。
う〜ん、わからん。タイヤの裏側はいったいどうなってるの?
しょうがないので、トランクからジャッキを取り出して車体を持ち上げ、チャカチャカ適当にいじっていたら、ポロリとチェーンが取れたのはラッキー。
もう片方のチェーンも、いじくっているうちにあっさり取れた。
ここらへんはなんともファジーですが、トレーナーの袖は雪でビショヌレ手もちぎれそうなほどに冷えた。
最大風力にしたエアコンの温風がありがたかったです。

降雪による路面凍結で、高速道路の山間部ルートが通行止めとなっていた。
やむなく、途中で高速を降りて下の道を進む。
やがて、山にかかるループ橋に到着。
高所な上に、吹きさらしの道路となれば……あ、やっぱり。電光掲示板に「タイヤチェーン装着しやがれ」と書いてある。
しかし、チェーンは既に外しとる。「再装着? ンなことできれば苦労はないわ」ってなもんで、心配するマイケルを宥めてそのまま上昇開始。
こういう路面コンディションでは、急加速に急ブレーキ、急ハンドルは御法度である。
なるべく雪や氷の上を避けるように走りつつ、避けようがないポイントではアクセルもブレーキもノータッチでスィーと進む。
そういや去年の一月、県内はとんでもない大雪に見舞われたのだが、その時だってタイヤチェーン無しでゴイゴイ走ってた。その時の要領でヨロシイ。

無事ループ橋を下りると、カーナビが「ルートの変更がありました」と案内してきた。
なんじゃなんじゃと勧められるがままに進むと、高速道路の入り口へと誘われた。
通行止めが解除されたらしいが、そのことよりも、今どきのカーナビにはこんな素敵なシステムがあるってことにビックリ。
ジェロニモに搭載している8年前のCDロム・カーナビとはエラい違いだ。

チェックアウトから家に帰り着くまでに要した時間は、結局8時間。
そのうち、運転していたのはおよそ6時間ちょいで、さすがに疲れました。

3日(木)

結婚式の準備のため、ここ数週間まったく部屋の掃除ができていなかった。
式も新婚旅行も終わったことだし、盛大に大掃除&布団干し&洗濯といきますか。
数週間寝るだけだった布団は、さすがにすさまじかったです。気持ちが悪くなるほど埃が出てきた。
また、結婚式関係の大量のゴミにも参った。
家のゴミと合わせてゴミ袋4袋分にもなりましたが、明日が燃えるゴミの日で本当によかった。


1月28日(金)〜30日(日)



28日(金)
結婚式で使う各種用品をホテルに搬送。
引出物、服、出し物のアイテムなどなど、けっこうな量だった。
夜は、マイケルの同僚と飲み会。
メンツはジャスミンどくだみ嬢に、以前竹炭カレーを食べに来たEちゃん、そして去年東京見物に行った時に案内してくれたZちゃん。そしてマイケルと飼い主。
女の子4人の会話は非常にテンポが速く、オジサマはついていくのがやっと。
時々機会を伺っては返り討ち覚悟で切り込み、やっぱり返り討ちにあった。
それにしてもジャスミン、喋りのみならず、焼酎のおかわりのペースも底抜けに速いな。
確実にオジサマの二倍ぐらい飲んでたぞ。


29日(土)

いよいよ結婚式本番。
式は2時30分、披露宴は3時30分というスケジュールで、午前10時45分にホテル入り。
マイケルが化粧など準備をしている間、徹底的にヒマだった飼い主は、あっちブラブラこっちブラブラ。
市街地が一望できる喫茶店で一人コーヒーを飲んでいる時、「あー。いよいよか」と、ちょっぴりドラマか何かの出演者の気分に浸っておった。
式の一時間ほど前になると、急に忙しくなった。
送迎バスの乗車確認、司会の姉御や受付をしてくれるNたちへのお礼の手配、一足早くやってきた来場客へのあいさつなどで。
隙を見て着替え室へ逃げ出し、「今のうちに腹に何か詰めとこう」とベビースターを食べようとしたが、そのままタキシードへ着替えることになって、結局お腹が空っぽのままで式に臨むことになった。
式は滞りなく進行。
20年ほど前に詩吟の真似事をしていた親父が、とてつもなく低い声で賛美歌を歌っていたのが面白かった。
ライスシャワーが気持ちよかったです。

そのまま披露宴となった。わしら的には式よりこっちの方がメイン。
まさにこの披露宴のために、この数ヶ月の準備はあった。さあ、楽しもう。
開場となり、式場へ入る来場客を出迎えたが、最後は酸欠気味になった。
そりゃね。せいぜい15分程度の間に、230人余りに「ありがとうございます。楽しんでいってください」と啄木鳥のように頭を上げ下げするのって、普通に体力使いますわ。

入場。
ライトと全員の視線が自分たち二人に向けられる。
意外と緊張することもなく、友達連中のからかいにも軽く対応できた。
祝儀太鼓をお願いした吹上青松太鼓保存振興会は、飼い主が新聞社時代に取材で知り合った面々。
メンバー全員が20〜30代で、パワフルかつセンスある演奏で会場を盛り上げてくれた。
そして、乾杯挨拶に白羽の矢を立てたのは、甥っ子のコータ。
この日のために何度も練習してきたというコータが、「ニィニ、ミワネェネ。結婚おめでとう。乾杯」と完璧に言えた時は、危うく涙がこばれそうになった。

再入場は、飼い主企画のプロフィールビデオが終了した直後。
最初の入場の時より、明らかに会場の雰囲気が良くなっているのは、酒が回ったからかあるいはプロフィールビデオがウケたからか。
すさまじい数のカメラとビデオの出迎えが気持ちよかったです。
ケーキ入刀の時、「おもしろい顔してー!」と言いやがったのはいったい誰だ?
思わず「あいーん」とやってしまったではないか。
ジャスミンとZちゃんらが、「独身友の会」からの破門状をマイケルに読み上げた。
二人の胸には、「負け組み代表」と大書されたネームがきっちり張ってあった。
そのまま、SピーとMっちが先日我が家で撮影したビデオの上映。
夕方ニュースのオンエアスタートの絵を使ってくるとは思わなんだ。
ビデオデッキの不調で少し黒絵が入ったりしたが、会場も大ウケ。
いいモノ見させていただいた。

マイケルがお色直しで退場している間、余興は次々に進む。
仕事も住んでいるところもバラバラのF以下悪友ども6人。
練習する機会もほとんどなかった連中が、ステージ上で一生懸命歌っている姿を見て、かなり嬉しかった。
おまえらが歌っている間、俺は高砂にやってくる人々が注いでくれるビールを飲むのに手一杯だったがな。
マイケルの同僚たちのゴリエちゃんダンス、ミニスカート姿に「うおぉぉぉぉ!」と喜んだ飼い主。
しかし、俺は高砂にやってくる人々が注いでくれる焼酎を飲むのに手一杯だったがな。
青松太鼓のウォーターボーイズ。
反則的な超ビキニパンツには、会場もおおいに盛り上がった。
しかし、俺は高砂にやってくる人々が注いでくれるビールを飲むのに手一杯だったがな。
テーブルの下にコップのビールを捨てるバケツがあるのだが、次々に人がやってきて、捨てるヒマはまったくなし。
おかげで、けっこう飲むことができました。むふぅ。

再々入場。
マイケルのブーケを手作りしてくれた、マイケルの同僚のKちゃんを高砂前に呼び、御礼のプレゼント。
同時に、局のADのA君も高砂に呼びつける。
「こちらのA君、来週結婚式です」
司会の姉御がうまい具合に盛り上げてくれる。
「なんとこの二人(KちゃんとA君)、実の姉弟なんです!」
どっと会場が沸いた。
マイケル発案のこのサプライズ、大成功でした。
次いで、マイケルの上司のTさんとWさんたちが、加山雄三の「妹よ」(だったかな?)を歌ってくれた。
イベント時にいつも盛り上げ隊長を務めるというタックンがズボンを脱ぎそうになったが、マイケルが睨み付けたことで未遂に終わったのは何より。
そして、いよいよフィナーレへ。

マイケルが、飼い主の両親と自分の両親への手紙をそれぞれ読み上げた。
予想通り、涙もろいマイケルのご両親はボロボロと泣いていて、マイケルも読みながら嗚咽していた。
両家代表挨拶は、ウチの親父。
花束を渡す時、「短く頼むワ」と釘を刺しておいたところ、3分少々で済んだ。
途中でちゃんと笑いも取っていたし、親父め、さすがにやる。
飼い主の挨拶。
相当緊張することを覚悟していたが、意外に平静で、内容を忘れることもとちることもなく、無事言い終えました。
ただ、飼い主が視線を向けていた方向にお調子者のスエがいて、最後だけはビシッと決めようと目論む飼い主を笑わせるべく、様々なポーズを取っていやがったのには参った。
最後は、青松太鼓の賑やかな演奏をバックに新郎新婦退場。
「最初から最後まで、笑いばかりの式」をコンセプトに据えた披露宴でしたが、その目的はまずまず達成できたと思います。

帰るお客様に挨拶をしていたところで、突然Nたちに引っ張り出され、胴上げを食らった。
天井がすぐ目の前に迫るところまで盛大に飛ばされて、かなり怖かった。
でも、嬉しかった。

ジャスミンがプロデュースしてくれた二次会も大賑わいでした。
披露宴でズボンを脱ぐことができなかったタックンは、ここでズボンを脱いでいた。ついでにパンツも脱いでいた。
チラリと見て、「まあ、ライバルと言っていいんじゃないかな?」と思った。

そのままホテルに泊まる。
悪友連中のFたちも一室を借りて宿泊していて、午前二時過ぎまで遊んだ。
例によって、罵詈雑言の応酬。
こいつらと会話する時は、常に真剣勝負です。
サムい話や滑った話をすると、速攻で袋叩きに会いますから。

かくて、飼い主とマイケルの最大のイベントは終わりました。
やっぱり、疲れるものですね。
でも、それ以上に楽しかった一日でした。。



30日(日)

ホテルで一泊し、家に戻る。
余った引出物やご祝儀袋、ゴミなどを整理する。
明日から新婚旅行で出かけるので、なるべく今のうちに終わらせておきたい。
マイケルと手分けして、ご祝儀袋を確認。
飼い主「○×様、2万えーん! ありがとございます」
マイケル「ありがとうございます」
飼い主「□△様、3万えーん! ありがとうございます」
マイケル「ありがとうございます」

この二日間で、確実に1000回以上、「ありがとうございます」を口にしているな。
数えながら、「おお♪ これってかなり黒字になるんじゃなーい!」とワクワクしていたが、マイケルが計算したところによると、
赤字間違いなしとのこと。
むむぅ、やはり色々と金がかかってたか……。
ガッカリしたが、そもそも結婚式で儲けようという考えがよろしくない。
一生の思い出になる結婚式ができ、大勢の方々に祝福していただけた、幸せなことと思い、感謝の気持ちを抱かねばならん。
数日後には手元からなくなるご祝儀、全額を束にして、携帯電話のカメラで記念撮影した。
ああ、これ全部、支払いで消えていくのか……。
いかん。感謝だ。感謝の気持ちを持つのだ飼い主。

午後、コータと一緒にオモチャ屋へ。
乾杯の挨拶をちゃんとできたら、オモチャを買ってあげると約束していたのだ。
子供にとって、オモチャ屋はまさに夢の空間。
目を輝かせてうろついているコータが、とてつもなく可愛かったです。
結局、コータはパズルを選択。
本当にコータ、ありがとな。

1月19日(水)〜26日(水)



19日(水)
マイケルの会社は、結婚式に臨む社員に対し、給料日にご祝儀を集めてそのまま手渡す慣わしとなっているそうな。
結婚式前はいろいろ現金が必要になるので、そちらへの配慮ということらしい。
というわけで、マイケルがピン札の入った分厚い封筒を持って帰ってきた。
金額にしておよそ100万円近く。
こんな大金に直接触れる機会なんて滅多にあるもんじゃない。
興奮したバカ夫婦は、さっそく遊ぶことにした。

飼い主「その札束でわしの頬をはたいてくれ!」
マイケル「パチ、パチ、パチ」
飼い主「両方の頬を交互にはたいてくれ!」
マイケル「パチ、パチ、パチ」
飼い主「もっと強くはたいてくれ!」
マイケル「パチ、パチ、パチ」
飼い主「やめろ! 痛いじゃないか!」


お札を扇形に広げて、携帯電話のカメラで記念撮影もしてみたが、撮れた画像を見て、「ん?」と首をかしげた。
こんな写真、どっかで見たことがあるな……。



ああハイハイ。
よくエッチ本とかの裏に載っているアレだよ。
そんな素晴らしいモノがあるなら、別に商売しなくても遊んで暮らせるだろうに……と思わせてくれる、アレ。

「パワーストーンを持ってからというもの、冴えない僕も幸運続き!」→ペンダントの石とお札を持って満面笑みの男
「お金がどんどん入ってきて困っちゃう!」→札束扇形状態
「愛車はフェラーリです!」→もしもーし。その車、フロントスポイラー壊れてますよー。
「23年間彼女がいなかった僕に、彼女ができました!」→君の彼女は「化粧」をしているのか? それとも自分の顔をキャンバスに「塗装」をしているのか?

そんな突っ込み以前の問題として、かようなる広告にそのまま使えそうな表情とポーズの飼い主もまた、立派に怪しい人です。
なお、お札の布団で寝ているところも撮影しようかと思ったが、お札の回収が面倒そうなので断念した。


20日(木)
やっちまいました。大ミス。
裁判記事で、被告の名前を一文字、間違えてしまった。
「和哉」とか「拓也」とかではなく、「○弥」が正解。ああ、なんてこった。
完全なウッカリミスであり、確認不足によるもの。
オンエア中にアナウンサーが「先ほどのニュースの中で、名前の間違いがあり……」と訂正を入れた。
ほとほとヘコみましたし、惨めな思いになりました。

ヘコんだ気分のまま遅番も終わり、会社を出たのは日付が変わった深夜。
ジェロニモが待つ駐車場へ歩いている途中、会社で残務処理をしていたADのH君から電話が入った。
「火事です! 戻ってください!」

現場一番乗りはウチだった。
鎮火に向かっていたが、まだすさまじい煙が家全体を覆っている。
近くの二階建てアパートの階段を駆け上り、上からのロング映像を撮った。
よし、アタマの絵はこれで決まりだ。
周りを撮影していると、家の裏側に回れる細い路地を見つけた。
そこに入れば、かなり接近した絵が撮れるはずだ。
しかし、飼い主のすぐ近くに消防署員が立っていて、こちらを見ていた。
ここで突入したら、「危ないぞ!」と制止を食らうこと間違いなし。
無視して突っ込んだら、今後の消防局とのつながりがまずくなる。それはまずい。
どうしようかしばらく考え、ヤらしい策を思いついた。
とりあえずH君には、そこで待つよう指示。
そして、こちらを見ていた消防署員に「ホイ!」とカメラを向けた。
映されていることに気付いた消防署員は、反射的に別の方向を向き、スタスタと去っていく。
火事の最中に突っ立っているところを放送されたら、消防署員としても何かとまずいでしょうから。
なんにせよ、予想通りの展開だ。
この機を逃さず、カメラを抱えて脱兎の勢いで路地裏に突入。
超至近距離からの映像を撮ることに成功しました。
ただし、ホースから放たれた水を盛大に浴びてしまったのは、ちょっとした計算外。

20分ほどカメラを回して、撤収。
かなり迫力のある絵が撮れたことが嬉しくて仕方がないH君は、帰りのタクシーの中で興奮しっぱなし。
「ねえ、Tさん」
そんなH君が言った。
「帰ったら、そのまま編集しませんか?」

自分の仕事の成果をいち早く見たい、そして自分たちで形にしたい。
仕事に純情ないい青年じゃありませんか。
そんな若者に対し、「いや、もう午前二時前だし疲れたし眠いしずぶ濡れだし寒いし明日も仕事だし編集は早番に任せればいいしそういうわけだからもう帰ろうよ」なんて言えるでしょうか? 飼い主には言えません。
やけくそになった飼い主。警備員しかいない会社に戻ると、コートを脱いで上着を脱いでカッターシャツの袖をまくってネクタイ緩めて「やったろうやんかい」モードへ。
H君が見守る中、「どりゃどりゃどりゃどりゃどりゃどりゃ」と編集キーを叩きまくった。
飼い主「アタマはこれで良かろ?」
H君「はい。あ、でももう少し長く見たいですね」
飼い主「だよね。じゃ1秒伸ばそう」
H君「こっちのカット、その次に使ったらどうです?」
飼い主「ああ、これね。こいつはラストカットにしようかと思うんだが」
H君「なるほど。鎮火後の絵ってことですね」
飼い主「ん〜。あまりアップ画像がないな」
H君「消防士の消火作業中の絵を使ったらどうですか?」
飼い主「おう、ナイス」


30分ほどあーだこーだと意見を交わし、V完成。
出来上がったVを最初から見直し、H君が言った。
「絶対他局よりいいはずですよ。迫力ありますよ」
若者が自分の仕事に全力で取り組み、その成果に満足している。
いいことじゃないか。良かったじゃないか。それで十分じゃないか。
H君の笑顔のおかげで、名前ミスによるブルーな気分も、少し晴れたような気がしました。


21日(金)

県境の隣県で殺人事件が発生した。
管轄が他の県警になるこういう事件は、取材が非常にやりにくい。
そこの記者クラブに入っていないから、報道連絡簿なんて当然回ってこないし、距離があるので現場にも気軽に行くことはできず、電話質問も後回しにされがち。
それでも、ちょっと車を走らせればすぐに本県、という位置だけに、被害者や容疑者が本県の人、という可能性も十分にある。
とりあえず電話による最低限の取材だけは済ませ、最終ニュースで第一報を出すことになった。
「ブッ」と面食らったのは、記事打ちと編集を済ませ、報道センターの5つのテレビをボーっと眺めていた時。
NHKのニュース、「被害者の身元確認」ですと?
最終ニュースオンエアの一時間前。またこの時間帯か。
なんか年明け以降、やたらとオンエア一時間前のドタバタが多いな。
慌ててその県の系列局に問い合わせたが、「知らん! わからん! 確認中!」とのこと。
どうやら警察署に張り付いていたNHKクルーのスクープらしい。
系列局の映像や原稿は無条件で使えるので便利なのだが、こうなると自分でウラを取るしかない。
しかし、所轄の副署長は、NHKのスクープにパニくった他の新聞社やテレビ局(含む飼い主)からの一斉電話攻撃に晒され、まったく繋がらない。
3分置いてかけなおす、という作業を30分ほど続けたが、結局副署長とのコンタクトは取れなかった。
オンエアまで残り30分、かなり焦ったところで、「あ、そうだ。お隣の県警本部の捜査一課に聞けばいいじゃん」ということにようやく気付く。
電話に出た理事官は、他県のマスコミということで最初は警戒していたものの、飼い主の泣き落とし攻撃(「どうかお願いしますこのままじゃデスクに怒鳴られるんです助けて」攻撃)に屈し、詳細を教えてくれた。

編集を済ませていたVは、公開された似顔絵をメインにしていた。
だが、被害者の身元が判明した以上、ニュースにおける似顔絵の価値は大幅に下落した。
そこで、時間的にやや厳しいことを承知しつつ、Vの似顔絵部分を捜査員たちの絵に急きょ差し替えることを独断で決めた。
ADが「あと2分ッスよ! 間に合わないッスよ!」と泣きそうな顔で言ってきたが、ええい黙っとれ。入社仕立ての頃のわしとは違うんじゃいと例によってテンション上がってイケイケドンドン。
変更Vはオンエア1分前に完成した。
Vのつなぎも格段に良くなったと思う。

通常、その日の最後の警戒電話は、最終ニュース1時間前に行う。
今回はそんなヒマなんてとてもなかったので、オンエアが終わってから黙々と各警察署に電話を入れた。
もう後は帰るだけだったデスクとアナウンサー、そしてADの全員が、飼い主の警戒電話が終わるまで待っていてくれたのは、ものすごく嬉しかった。


22日(土)

結婚式までいよいよあと1週間。
席次表の差し替えなど、ホテルとの打ち合わせは今回が最後となる。
帰りの車中、飼い主が「あ〜、あと1週間か」と口にしてからしばらくして、今度はマイケルが「あ〜、あと1週間か」
アルツハイマー夫婦と化している。
業者に発注するプロフィールビデオのコンテも完成した。
コンセプトはウケ狙い。
スカ・バンドARTSの軽快な曲をバックに、けっこう笑いが取れるものになるのでは、と自画自賛。
また、最後の締めで全員に発射してもらう「飛び道具」およそ240個の袋詰めも完了。
来週が楽しみだ。

23日(日)

オーディオとカーナビ取り付けのため工場に預けていたジェロニモを午前中に回収し、そのまま仕事へ向かう。
納車から3ヶ月、ジェロニモのオーディオ部分は「パカッ」と口を空けたままだったが、前の相棒EDちゃんに搭載していたカーナビに12連装CDが装着されて、かなりいい雰囲気。
やはり、音楽聴いたりテレビ見たりできる車はいい。

会社ではやたらと眠かった。
睡眠時間もそれなりに取ったし、日中大忙しだったというわけでもないのに、おかしいな。
あくびを噛み殺しながら原因を考えて、ようやくたどり着いた「あ、もしかして」
結婚式の写真でメガネが光に反射したらヤだな、と思ってコンタクトレンズを購入していたのだが、あるいはこいつか?
コンタクトを外すと効果てきめんで、びっくりするぐらい目がすっきり。眠気も吹っ飛んだ。
2年ぶりのコンタクトゆえ、慣れるにはしばらくかかりそうだ。


24日(月)

普通に仕事をしていた一日。
特記事項は一切なし。
こういう日もたまにはある。

25日(火)

仕事終了後、結婚式で司会をお願いする姉御キャスター、マイケル、飼い主の三人で式進行について打ち合わせ。
姉御はパパパパパパッと仕事を進めていく人なので、打ち合わせ自体はサクサク進んだが、これは実にラッキーだった。
なぜラッキーかと申しますと、結婚式で披露するビデオの撮影、今夜実施するってことをすっかり忘れていたもので。
打ち合わせ中、Sピーから「んじゃ9時に会社を出てお邪魔しますんで」と電話が入った時は、完全に目が点になるほどド忘れしていた。すまんSピー。
結婚式の準備が忙しくて、ここ2週間ほど家の中は掃除していない。
打ち合わせを終えると、アクセル全開で家に帰り、汚れ物をとりあえず押入れへ。
ついでに、過日マイケルに発見され、そこらへんに山積み晒しモノの刑に処せられていたエッチ本やビデオも隠す。

撮影クルーの陣容にビックリした。
てっきりSピーが記者カメで来るものとばかり思っていたが、本職カメラマンのYさんにAD付き、さらに若手アナ男女2人にSピー、Mっちの社会部コンビ。
結局クルーは2時間近く滞在し、テープもたっぷり回した。
撮影はマジで面白かったです。ずっと笑いっぱなしでした。
しかし、カメラとマイクを向けられた時、返答にドギマギする飼い主に対し、マイケルが妙に堂々たる対応振りだったのがちょっと悔しい。
なんにせよ、結婚式のオンエアが楽しみです。


26日(水)

ウチの局は、結婚式の2日前から準備休暇がもらえる。
今日は早番なので、夕方ニュースが終わって何も取扱いがなければ、飼い主はそのままロングバケーションに突入というわけ。
ま、結婚式の準備でゆっくりするヒマはないだろうけど。
記者クラブで、「あと1時間。あと30分」とニコニコ顔で時計と夕方ニュースを交互に見ている飼い主の姿が気に障ったのか、他社の記者が「何か発生モノが起これ!」と叫んでいた。
「バカな人だね。何か起こったら、君も帰れないんだよ」と言ってやったら、「それでもいい! Tさんだけが休みだなんて許さん!」ですと。
これからは彼のことを「自爆テロリスト記者」と呼んでやろう。

ニュースが終わり、本社に帰る。
明日から2月4日まで会社には来ないので、残業報告書を今夜中に提出しておかなければ。
会社の電話が鳴ったのは、デスクから印鑑をもらっている最中。

「県警本部でーす。○×署管内、器物損壊容疑逮捕のファックス入りまーす」

ウチは今月まで幹事社なので、夜になると他の局全てに電話で「報道連絡入りました。確認願います」と連絡しなければならない。
それぞれの社には誰かいるのだから、こんな連絡まったく意味がないと思うのだが、会社同士の取り決めなので仕方がない。
ブスッとしながらファックスが出てくるのを待つ。
まあ、器物損壊という軽い容疑だから、ニュースにすることはあるまいて……。
そして、ジャカジャカと出てきた報道連絡簿のファックス。
内容を見て、めまいがした。

「女性の車のタイヤをアイスピックのようなものでパンクさせた県立高校教諭(男)を逮捕」

……来おった。公務員犯罪。
「税金で給料をもらっている公僕」となる公務員は、同じ犯罪であっても一般ピーポーとは取り扱いが全然異なってくる。
やってくれましたね。
Mっちと手分けして夜ニュースにぶっこんで、オンエアを見て、会社を出たのは10時過ぎ。
腹が減った。泣きたいぐらい腹が減った。
家ではマイケルがマグロおろし丼を作って待っていた。
すごく旨かったです。


1月10日(月)〜19日(水)



10日(月)
昨年末から続いている飼い主の風邪ですが、昨日の山の公園での凧揚げ取材が効いたらしい。
いよいよもって、体調は悪化しております。
それでも病院嫌いの飼い主は、部屋で自然療法(「部屋でゴロゴロ」に置き換え可)にいそしむのみ。
さすがにマイケルから「病院行けー!」と怒鳴られたのが怖かったので、ようやく重い腰を上げてお医者様に体をいじくられてきた。
それにしても、今日と明日が休みでホントに良かった。
こんな状態で仕事なんかしたら、それこそ目も当てられなかったでしょう。

11日(火)
病院でもらった薬を飲んで、洗濯と灯油の買出しをして、それ以外は爆睡していた一日。
かなり楽になってきた。

12日(水)
とりあえず風邪も治まったらしい。
マスクをつけて出勤した飼い主を何かの菌のように取り扱ってくれるデスクの温情に感謝しつつ、裁判所へ。
その途中でデスクから電話。
「覆面パトが大勢集まっているらしい。行ってこーい」
ヘイ、早速来たぜ。

現場には数台のパトカーが駐車し、15人ほどの鑑識班が慌しく作業をしていた。
出動規模から見て、殺人か強盗か、とにかくでかい事件なのは間違いない。
そこらへんに立っていた近所の人に話を聞き、強盗事件らしいことを掴むと、すぐデスクに電話してカメラクルーの派遣を要請し、自分は聞き込み作業へ。
本部へ連絡している警察官の話を盗み聞きしながら必要な情報を集め、すぐさま記事打ちに着手する。
しかし、あまりの寒さのため、手が震えてモバイルのキーを打つことができず、さらには文章すら頭に浮かんでこない。
寒さに極端に弱い飼い主の脳髄は、こういうコンディションでは「寒い」「さむい」「さーむーいー」以外の言葉が浮かんでこない仕組みになっている。
それでも何とか記事打ち→送信を済ませ、当面の作業は完了。
そのまま警察署へ行って、待機することにした。
これは、昼ニュースオンエア前に犯人の身柄が確保された場合の差し替えにそなえるためです。
逃走した犯人が現場近くに留まっている可能性はあまり高くないので、現場より司令部たる警察署の副署長の近くにいる方が最新の情報を集めやすい、という判断によるものです。

結局昼ニュースまでに「容疑者確保」の一報は入らなかったので、そのまま警察署に待機することになった。
「重要参考人の身柄確保」のネタを掴んだのは、それからおよそ5時間後。オンエアまであと一時間少々という時間帯でした。
副署長を問い詰めると、「裁判所に逮捕状を請求したところだ。間もなく容疑者の名前を発表できるから落ち着け」というので、デスクにその旨伝えて待つことにした。
しかし、それからが遅い。
通常、一時間もすれば逮捕状をもらって帰ってくるはずなのに、いつまでたっても捜査員は帰ってこなかった。
イライラしながら時計と玄関を交互に睨んでいるうちに、肝心の夕方ニュースは終わってしまった。
後で分かったことだが、この日当番だった裁判官、慎重というか杓子定規というかネチっこいというか、どうでもよさ気な質問を延々と続けて、なかなか逮捕状を出してくれなかったらしい。
結局、参考人に逮捕状を示し、警察が「アンタ、今逮捕されたからね」と宣言したのは、夜9時前のこと。
およそ四時間にわたって捜査員を拘束したことになる裁判官、よくもまあそれだけ質問項目を思いつくものだ。
まあ、「逮捕」というものは人の人生に大きく関わってくるものですから、慎重に扱うべきなのは当然です。
しかし今回の件は、けっこう早い段階で証拠固めもできていたし、自供も得られていた。
その仕事熱心ぶり、かなうものなら別の方面で使ってほしい、というのは、4時間待ちぼうけをくわされた報道記者全員が等しく共有した重いでした。

追加。
体調がまた悪くなってきた。

13日(木)
今日は遅番。
午前中は取材が入っていなかったので、午前11時前後に会社に出ればいい。
「これってあれかい? 10時ぐらいまでぐっすり眠っておしまい!ってことかい?」と、前夜布団の中で喜んでいた飼い主は、午前8時半ごろ、「火事だ。行ってこ(略)」とのデスクからの電話で起こさせていただいた。
布団から飛び出した飼い主。
それからはもう、六本の手を駆使する阿修羅観音の如き勢いでお着替えです。
お湯が出るのを待つ時間すら惜しいので、冷や水で洗顔&寝グセ直し。ヒゲ剃りは会社でやればいい。
電話を受けてから靴を履くまでに要した時間は二分少々。
デスクから再度電話がかかってきたのは、家を飛び出そうという瞬間だった。
「鎮火したって。もういいや」

スーツ姿のままカーペットの上であぐらをかき、ゆっくりと朝食を楽しむ時間ができた。
そう考えればよろしい。


夕方ニュースの一時間前、「80代の母親を殴った60代の男を間もなく逮捕する。母親は意識不明の重態」というネタを掴んでしまった。
現場は会社から車で40分前後。
かつ細く入り組んだ小さな道が連なる町で、社にいた全員が不案内だった。
一応会社の車にカーナビは付いているが、「○×2丁目5番12号」の住所表示ならまだしも、「○×町13454番地」という表示の現場だったため、カーナビでは詳細な場所の特定ができない。
これから出発するにしても、現場を見つけるのに相当時間がかかりそうだし、さらに撮影をして帰る時間を考えると、オンエアには到底間に合わない、という計算になる。
「さーどーする」としばらく迷っていたが、やがてデスクが「おい、T。とにかく現場に行って来い」と決断した。
デスク「すぐに中継車も出させる。現場から映像を送れ!」
あらかじめ予定されたタイムスケジュールに則っての中継車との連携は、一回やったことがある。
しかし、こういう突発的事態における連携は初めてである。
一瞬不安な気持ちになりましたが、この手の緊迫感というヤツがけっこう大好きな飼い主は、細かいことは一切聞かずに「了解!」
すぐにノートとモバイルと地図を抱え、カメラマンやADとともに車に乗り込んだ。
運転はカメラマンに任せ、移動中の車内でルートの確認や警察に電話しての詳細の聞き込み、記事打ち、そして中継車との連携などを慌しくこなす。
現場に到着する前に記事打ちは完了したが、電波の状況が不安定で、なかなか送信することができない。
時間がもったいないので、本社の女の子に電話して、記事文面を口頭で伝えてデスクに渡してもらった。
また、中継車には、現場近くにある学校で送信準備を済ませておくように指示。
そんなやり取りで20回以上電話をかけまくった結果、電池も完全になくなってしまったので、途中からADの携帯を借りて電話を続けた。

現場の特定に成功し、撮影に移ったのは午後六時過ぎ。
三分ほどカメラを回すと、小学校近くに待機させていた中継車の元へ猛スピードで走る。
そして、「まだかまだか」と中継車の外でウロウロしていたクルーにほとんど投げ渡すような勢いでカセットを預けると、クルーはすぐさま映像を電波に乗せて本社へ送った。
ここで初めて、「フィー!」と息をつく。
やれることはすべてやった。後は本社次第。
デスクは無謀にも、このネタをトップニュースで出すと宣言していたが、さあどうだ? 間に合うか…………。

夕方ニュース、オンエア。
撮り立てホヤホヤの映像が、カーナビのテレビに流れている。
「うぉっしゃい!」と全員でガッツポーズ。
実はぶり返した風邪でかなりフラフラしていたのだが、そのことすら忘れた。


本社に帰ると、「お疲れさん」と声をかけてもらったが、お小言ももらった。
事の次第は、現場に到着する前後から、自分の仕事に熱中していた飼い主が、デスクに一切状況報告していなかったことによる。
何か聞きたいことがあったら、本社の方から連絡があるだろうぐらいにしか思っていなかったのだが、飼い主からの連絡がないため、本社は取材クルーの動静が把握できず、予定組みにかなり難渋したらしい。
「アンタの指示で、何十人の人間が動くんだからね」
姉御キャスターが、穏やかな中に厳しさを含んだ口調で言った。
「現場が大変なのはわかるけど、それでも『今、本社やデスクはどうなっているのか』ってことを考えて仕事をするようにしてみなさい」

現場にいると、絵を撮ることと情報を取ることへのアンテナ張りに神経を集中していて、デスクやアナウンサー、スタジオへの配慮はなかなか思いつかない。
そうでなくても、現場ではテンションが上がっちゃってますからね。
かといって、それが仕事の基本である「ホウ・レン・ソウ」をしなくてもよい、という理由にはなりません。
現場本来の仕事に集中しつつ、自分が取材した素材をオンエアに乗せるために働いている他の仲間への配慮は、やはり必要です。
それができる人というのは、現場でも落ち着いていてミスが少ない上に、他社の記者が気付かないような素材の「別の切り口」を見つけることがうまい。
もちろん、その域にすぐ到達することは無理です。
しかし、今回姉御から注意をもらったことで、少なくとも次の機会では、「本社への気配りを考えろ」と自分に言い聞かせることはできる。
やはり、前向きな叱責をくれる人がいるという環境は、人間にとって得がたいものだと思います。


遅番勤務が終わって帰宅したのは、深夜一時ごろ。
体調は劣悪になっていた。
風呂にも入らず、着替えと歯磨きだけしてすぐ布団に入った。
しかし、十分以上たっても足首から先がまったく暖まらず、氷のように冷たかったので、靴下を履いて何とかしのいだ。

マイケルを散々心配させたその極度の寒気の原因は、翌日判明した。
熱もないのに熱冷ましの薬を飲めば、そりゃ体も冷えるわな。


14日(金)

相変わらず体調は悪い。でも仕事は休めない。
年が明けてから県内ではやたらと派手な事件事故が続いているが、今日も強盗未遂事件が発生しやがった。
この二ヶ月間で、強盗はこれで4件目だぞおい。
「いい加減にしろこの野郎最近県内ではこんなにたくさんの強盗事件が発生しているけどそのすべてが逮捕になっているすなわち強盗なんて割りに合わん犯罪ですことよホエホエと毎回報道しているのにまだやりやがるかこのノータリンが」とは、本気で思ったこと。
まあ、新聞もニュースも見てないんだろうな。
その程度の金銭的精神的余裕があるなら、そもそも犯罪なんて犯さないだろうし。
いや、あるいは報道を見て、「自分もやってみようかな」と思う人間もいる、ということかもしれない。

「犯人と似た人相の男を確保」の一報を掴んだのは、午後八時ごろ。
夜ニュースはおよそ2時間後。
最近、逮捕状の出が遅いネタが続いているが、今回はどうだ?
案の定というか何というか、やはり「逮捕」の報道連絡はなかなか出てこない。
しかし、「こりゃしばらくないかもね」と夜勤アナウンサーがスタジオに入った三分後、「逮捕!」の連絡が入りやがった。
あらかじめ、逮捕となった場合の予定稿は作っておいた。
空欄にしておいた名前、年齢、住所、職業の各部分に、容疑者のそれを
「ウォアタタタタタタタタタタタア!」と北斗百裂拳を炸裂させる勢いで書き込み→印刷→アナウンサーに手渡し→グラフィック室にも手渡し→スーパー発注。
ほとんど叫びあいながらやっていましたが、今回もギリギリで間に合った。

でも、「ああ、良かったな」と思っていられた時間は、わずかに一時間でした。
最終ニュース前、息子が父親を殴り殺した、という事件をキャッチしてしまったのですよ。
それを聞いた時の飼い主の最初のリアクションは、「冗談でしょ?」だった。
警察官「いや。冗談じゃないですよ」
飼い主「大変だ! 詳細教えてください!」
警察官「もう少しで報道連絡が出ると思いますので、待ってください」
飼い主「いつ出そうですか?」
警察官「そうですねぇ。一時間ぐらいかな」
飼い主「こっちの都合ですみませんが、それじゃニュースに間に合いません。基本的なことだけでいいので教えてください」
警察官「報道連絡待ってください」
飼い主「いや、だからそれじゃニュース終わってますってば」
警察官「そうは言っても、私は当直主任ではないので」
飼い主「それじゃ当直主任に代わってもらえますか?」
警察官「今、留置場の視察に回っています」
飼い主「了解です。それじゃ後でかけ直しますのでよろしくお願いします。



離島での事件、さらには深夜という時間帯ゆえ、絵を撮ることは不可能。
この時の飼い主がすべきことは、事件の概要をコメントだけでもいいからオンエアに乗せることです。

というわけで、オンエア1分前まで、飼い主は何度も電話をかけ直した。
飼い主「当直主任は戻られましたか?」
警察官「今、ちょっと席を外しています」
飼い主「当直主任は戻られましたか?」
警察官「さっきまでいたんですけど、見当たらないですね」
飼い主「当直主任は戻られましたか?」
警察官「トイレに行ったみたいですよ」


ワハハハハハハハ。わし、嫌われちゃったみたいね。
結局最終ニュースには間に合いませんでした。トホホのホ。


15日(土)
今日は休日だ。
休日には何をするか。
結婚式の準備に決まっとるベイベ。

16日(日)
今日は連休二日目だ。
連休二日目には何をするか。
結婚式の準備に決まっとるベイベ。

二日間、けっこうしんどかったですが、充実感もいっぱいでした。
夜はマイケルといっしょにテンプラ専門店へ。
お互いの労をねぎらっての中打ち上げっつーことで。
かなり旨かったです。

17日(月)

特に冷え込みが厳しかった、というわけでもないのだが、夜から降っていた雨が凍結したため、市内でスリップ事故が多発しているらしい、とデスクから電話がかかってきた。
午前六時半ごろ。
警察署に電話をかけて事故の現場が残っている所を尋ね、そちらへジェロニモ(飼い主の愛車パジェロミニのコードネーム)を走らせる。
見つけた現場は、単体の事故としては絶対にオンエアされることのないような小さな事故だったが、今必要なのは「路面凍結に伴うスリップ事故」の絵。
ドライバーに、「顔とナンバーは映しませんから」と交渉して許可を得ると、すぐにハンディカメラを回す。
テレビの場合、現場の絵があるとないでは、同じ原稿でもニュース価値が全然違ってきます。
この撮影によって、仕事の半分は終わったようなものです。
本社に帰ると、県警本部の交通規制課に電話して、県内のスリップ事故件数を集計しているかどうか確認した。
理事官それに答えて曰く「やってないよ」
その答えに若干よろめく。
つまり、件数を知りたいのであれば、自分で県内全ての警察署に電話して確認しなけりゃならん、ということだ。

一時間少々電話をかけ続けて、とりあえず集計が完了した。
事故件数およそ140件、けが人30人近く。
たった一日でこれだけの事故が発生したとなれば、もう十分にニュースです。
このネタは昼ニュースと夕方ニュースにオンエアされましたが、テレビでこれを扱っていたのはウチだけだった。
「取材せい」と電話してきたデスクと飼い主は、その日の反省会でおおいに面目を施したのでした。

実際のところ、デスクは記者に対し、気軽に「行ってこーい」と命令しているわけではない。
それぞれ他の仕事をかかえていたり、時間外に出すことで労力の低下を招いたり、あるいは金を使ったりするわけですから、ギリギリまで迷った末に決断を下すのです。
だから、今回のように「市内でけっこう事故が発生しているみたい」という情報を得たとしても、そこで記者を走らせるかどうかは、デスクの決断、そしてセンスにかかっています。
決断もそうですが、この「センス」というヤツは特に難しい。
デスクが「軽傷事故だけなんだろ。たいしたことないや。記者は出さん」ってな判断に至ってネタを握りつぶしてしまったら、それこそ今日の他局のような目に遭う。
もちろんデスクのみならず、記者にもこの「センス」は必要です。
「このネタは大きい。アタマで使うべきだ」などの判断ができ、それをデスクに進言しないようでは、ただの御用聞きでしかありません。
センスを磨くための努力と気配り、そして決断力。
この仕事に限った話ではありませんが、組織において自分の力量を発揮したい、認めてもらいたいと思うなら、常に意識しなければならないことです。


夜は県警本部主催の新年会。
県内をにぎわしている偽札事件や多発している強盗事件などが語られたが、もっとも熱く討論されたのは、「タバコ問題」。
年明けから全館禁煙としている県庁に倣い、県警本部も全館禁煙を検討している最中ということで、喫煙者と嫌煙者が激しく互いの主張をぶつけ合っておもしろかった。
飼い主も喫煙派の一人として、おおいに珍妙な主張を展開してやった。

今月までウチの局が幹事社ということで、締めの挨拶は飼い主がやることになった。
「本日、各テーブルを回りまして」
気分良く出来上がっていた飼い主、口も滑らかです。
「県警本部の禁煙問題がいかに大きな話題となっているか、痛切に感じることができました。その中で、刑事部の皆様が喫煙派であることは、大きな味方を得たようで大変心強い想いです。やはり、物事は強引に線を引いてしまうよりは、ソフトランディングの方が良いのではないか、と個人的に考えております。お互いがよーく話し合った末に、穏便な落とし所を見つけてほしいです。今はタバコを吸われないという本部長も、以前は一日三箱吸っておられたそうですし、きっと喫煙者の気持ちを汲んでいただけることでしょう。県庁が全館禁煙にしたから、という事情はとりあえず置いといて、主張すべきところは主張する強い県警本部の姿を見せてほしい、と心から考えております。それでは、県警本部と記者クラブ、喫煙者と非喫煙者、すべての方々の益々の発展を祈りまして、喫煙暦12年の不肖私が一本締めの音頭をとらせていただきます。皆様、お手を拝借。よーお、パン」
アルコールで笑いの沸点が下がっていたこともあって、かなりウケた。
みんなから「ナイスなあいさつ」と誉められて、会費以上に元を取った気分です。


18日(火)
ある事故に関するレポートを出すことになった。
Mっちがメインで担当し、飼い主はサポート役に回る。
それぞれの取材先で映像やネタ、インタビューを取りながら、時間を見つけては情報交換をしあう。
取ってきたネタを自分だけが独占していては、様々な弊害が起こる。
互いの情報を交換し合うことで、事故全体のイメージが沸いてくるし、そのイメージが次の行動へのヒントにもなるのです。
こういう時は、携帯電話のありがたさをヒシヒシと感じます。
ホント、携帯がない時代って、離れた同僚たちとどうやって意思疎通していたんだろ?
先に本社に戻った飼い主が記事打ちを担当し、Mっちがそれを記者読みでテープに吹き込んで編集。
時間的にはかなり綱渡りだったのですが、オンエアには間に合いました。
ニュース終了後、Mっちと「グッジョブ!」と互いに親指を突きつけあった時は、いい疲労感を感じることができました。

19日(水)
飼い主は大学時代、バンドサークルに所属していて、そこにはえらくベッピンな先輩ボーカルがいた。
そのベッピン先輩が言った。
「今年の切腹はT君ね」
飼い主は反論した。
「待ってください。なんで切腹なんかしなくちゃいけないんですか?」
ベッピン先輩は説明した。
「みんなが常に緊張感を持つためよ」
飼い主は、至極まともな反論をした。
「そんなことが切腹する理由になるんですか!」
しかし、次の反論は妙だった。
「だいたいですね。僕は一年の時にもう切腹しているんですよ!」
すると、携帯電話が鳴った。
かけてきたのは、県政部のK先輩。
「おい、T君。切腹なんかする必要ないぞ。すぐに逃げろ」
飼い主は「了解です」と電話を切り、そのまま走り出した。
すると、ベッピン先輩は豹になって飼い主を追いかけてきて、飼い主の襟首を噛むと、ブン!と宙に放り出した。
吹っ飛ばされた飼い主は、そのまま棺桶の中に落ちた。
ベッピン先輩はあっという間に棺桶をロープで縛ると、またブン!と投げ飛ばす。
棺桶は橋の欄干部分に落ち、微妙なバランスでフラフラとしている。
橋の下は、スマトラ沖地震による津波映像のような激しい水の流れ。
これに落ちたら死ぬ。
ああいやだ。死にたくない。
しかし、棺桶はグラリと川の方へと傾いた。
うわぁ、落ちる!




目が覚めた。

1月8(土)、9日(日)

8日(土)
今日は飼い主が仕事だったため、産婦人科にはマイケル一人で行ってきたのですが、夫不在の間にカミーユの性別が判明していやがった。
マイケルの腹の中の映像を見るに、「パカッ」と開かれたカミーユのお股に、オティンティンを思わせる一物は一切なし………………どうやら女の子らしいです。
ま、あまりに粗チン過ぎて映像に映っていない、なーんて可能性もあるので、あくまでも「女の子と推察される」ってな程度ですけどね。
しかし、このことによって、これまで表に出ることのなかった問題が顕在化するに至った。
と申しますのも、飼い主が提案している女の子バージョンの名前に対し、マイケルが激しい反対運動を展開しているため。
この対立は極めて深刻なものとなっている。
まさに結婚後最大の夫婦の危機といってもよろしいでしょう。
どちらも譲る気は一切なく、そのせめぎ合いたるやまさに“竜虎相打つ”。
さあ、最後に笑うのはどっちだ……?


9日(日)

年末から風邪気味の飼い主。
昨日はかなりしんどくて、薬を飲んでさっさと寝た。
その甲斐あって、起きたらかなり楽になっていて、「あーよかったよかった」と御機嫌出社。
ところが、今日の取材は寒風吹きすさぶ山の公園での凧揚げ大会でして、見事に風邪がぶり返しました。
喉と顎とほっぺが締め付けられるように痛い……。


帰宅すると、年の初めに注文していたソファーが届いていた。
さほど広くない居間でけっこう面積を占めてしまっているが、かなり満足な風景だ。
ソファーにドッとひっくり返った飼い主とマイケルの会話は以下。


飼い主「今は綺麗にしているけど、時間がたったらこのソファーの上にいろいろ置きっ放しにするんだろーなー」
マイケル「絶対ダメ。一回置いたら、もう歯止めが効かなくなる」
飼い主「君はそう言うけどね。俺が予想するに、最初にこのソファーに何か置くのは、君だと思うよ」
マイケル「ウン。その自信すっごくある」
飼い主「気が合うね。俺たち結婚しようか?」
マイケル「いいね、そうしよう」







「バカ夫婦」と呼ばれるのにもけっこう慣れた。


1月4日(火)〜7日(金)

4日(火)
五日間に渡る夢のような連休よ、さらば。
戦士は再び戦場に立ち向かわんとす。
朝早く起きて、夜遅く帰る日々の再開ですわよぉ! うーひょひょぉーい。
初仕事の取材依頼は、午前7時ちょっと前、携帯電話に入ってきた。
デスク「車が建物に突っ込んだそうだ。行ってこーい」
かくして飼い主の今年の初仕事は、交通事故の取材と決定。
早朝ゆえ、他のスタッフと合流しているヒマなんてないので、記者とカメラマン、ADの一人三役状態である。
脇道走って渋滞をかわしつつ、「ひぃぃぃ。現場はどこじゃいー」と町をさまよったのが、飼い主の2005年の本格的幕開けとなったのでありました。

世間を騒がせている偽一万円札騒動、我が県でもバッチリ発生しておりましたぞ。
まあ発生から四日目だし、さぞや下火になっていることでしょうと呑気に構えていたが、局も警察も仕事始めとなる今日が本格的な稼動開始日ってことで、「よーし、レポート作っちゃえー」とは、もちろん飼い主ではなくデスクの弁。
捜査二課を回り、偽札が回収された神社前の露天をはしごし、仕上げは立ちレポ。
そこから記事打ちと編集も加わって、例によってオンエア前は大騒動でした。

犯人は、束にした一万円札をかばんにも入れず剥き出しで手に持ち、そこから一枚抜き出しては「大きいのでいい?」「おつりある?」攻撃を繰り返していたらしい。
それにしても、大晦日から元旦にかけて、同じ通し番号の偽札が全国各地で使用されるとは、いったいどんな犯行組織なんだ?


5日(水)

大型海難事故が発生した。
死者二名。
この日は企画の取材をするつもりだったが、それどころではなくなった。
海保からのファックスも第一報、第二報、第三報と次々に更新され、これに担当支局から送られてくる情報や自分が電話しまくって集めた情報を加え、昼ニュース、四時前ニュース、夕方ニュースと差し替えること差し替えること。
フと見ると、夕方ニュースの原稿の中で、海保の第一報を元に書いた項目があったことに気付いて、冷や汗かいた。

さらにこの日は、県が敗訴した行政訴訟の控訴期限日。
当然県は控訴するものとばかり思って予定稿を書いていたら、なんとびっくり「控訴断念」。
もちろん予定稿はパーとなり、大慌てで書き直した。
その夜、担当課の県職員と電話で話したら、「いやもうね。『控訴せず』ってことで、課内は大騒ぎでしたよ」とのこと。
「大騒ぎ? 自分はもっと大変でしたよ」
飼い主は言ってやったね。
「全面差し替えを余儀なくされた僕の予定稿、いったいどうしてくれるんです? 精神的苦痛を受けたとして県に損害賠償の支払を求める意向を示すかどうか悩んでいるところですが?」
相手が非常にウケてくれて気分が良くなったので、提訴はやめてやることにした。


6日(木)

今日こそは企画の取材をしてやる!との強い意志で会社に向かう。
つーか企画のオンエア、思いっきり今日だもんね。取材しなけりゃ極めてヤバイ。
すべての取材先へのアポ取りは、昨日のうちに完了。
どの順番でどこへ行ってどんな映像を撮って……と段取りもパーフェクトである。
カメラマンとADを従えて会社のプラドに乗り込み、レッツラゴーゴーまずは工場へ。





と・こ・ろ・が♪






出発して五分もたたぬうちに、デスクから電話がかかってきた。
「正面衝突の交通事故だ。行ってこー(略)」
現場は、わしらが行くつもりだった方向とは見事なまでに逆方向。
かくして緻密に計算された予定は、早くも崩壊の憂き目に遭った。はぅあ。
それでも午後一時までには回るべきところをすべて回り、すぐに予定稿の微調整→編集。
昨年末の「この一年」の時は丸一日かかった企画編集ですが、今回は三時間で完了した。
企画用の編集の仕方もおおまか掴めてきたし、多少は進歩しているとみてよろしいのではあるまいか?
特に、前回おおいに反省した「音」。
これはかなりいいレベルに仕上げられたと自画自賛。
ただし、オンエア終了後に「よくできてたぞ」のお言葉が一切なかったのが残念無念。
つまり、全体的にまだまだってことですな。
えいくそ。次は見とれ。


7日(金)

今日は休みだわーい。
休みの日の飼い主は、徹底的に惰眠をむさぼる。
実家にあった動物占いを読むに、自分は「ボーッとする時間がないと頑張れないコアラタイプ」とのことだったので、それもやむを得まい。
占い全般に拒否反応を示す飼い主も、自分に都合のよい占いはありがたく信じる人である。
携帯に電話がかかってきたのは、布団の感触を楽しんでいた午前十時ごろのこと。
相手は、去年新聞社が倒産した後、何かとお世話になったハローワークの職員さんだった。
「昨日のニュースの企画、見ましたよ」
何事か?と訝しげな飼い主に、職員さんは言った。
「頑張っておられるようで……嬉しくなりましたよ」
本当にありがたいことです。
「これからも頑張ります」と飼い主らしくない殊勝な答えをした。

さあ、今日は洗濯して病院行って結婚式の打ち合わせでホテルに行って……けっこう忙しいな。






2004年                                                            to the top

12月30日(木)

マイケルからの「『日記』というより『週記』になってるよね」という言葉にまったく反論できないほど間が空いてもた。
いろいろと面白いネタはあったのですが、時間がなかなか無く、たとえあったとしても、「ゆっくりしたい」の気持ちに流されてついつい更新できなんだ。

帰省しているコータを連れて、20年前まで通っていた小学校へ凧揚げに行ってきました。
しかし、風が全然吹いてなかったため、凧もなかなか揚がってくれない。
グランドを走り回って何とか10メートル程まで挙げたものの、そこでも風はなし。
「合成風でも食らいやがれ」と走り続け、買ったばかりのゲイラカイト、最後は高い木に引っかかって糸も切れ、あっさり終了。
「残念だねぇ」とコータ。
コータ「でも、台風が来たら落ちて取れるよ!」
そうだね、コータ。
来年8月か9月ごろ、一緒に回収に来るとしようか。

凧揚げにはカバ彦も連れて行った。
飼い主が必死こいて走っている間、ふと見ると、木の下でウンコをしていたので、スコップを持っていたマイケルに向かって叫んだ。





飼い主
「おい、カバ! ミワがウンコしているから取って!」



……いえね。走っている内に酸欠状態になったみたいでしてね。



明日、熊本のばあちゃんの家に行ってきます。
去年は
脱肛騒ぎのために18時間しか滞在できなかったが、今年は今のところ、肛門その他に異変はなし。
じっくりばあちゃん孝行してきます。


12月12日(日)〜18日(土)

12日(日)
仕事が終わり、家で晩御飯を前に「いただきまーす」と言う直前、携帯にSぴーから電話。
「飲みません? Nさんもいますよ」
姉御も一緒ですか。それでは拒否できんな。
しかし、翌日のわしは早番勤務……。

13日(月)

夕方ニュースが終わり、さっさと帰ろうとしたところ、Oアナウンサーから「飯食いに行こう」と誘われた。
今夜はマイケルは飲み会で家にいないから、「おーいいッスね」とご同伴。
県政部のSさんとHカメラマンも一緒で、それからは飲むこと飲むことアルコール。
あの敏腕美人記者のSさんが、酔っ払うと道路を走り出す素敵な酒癖の持ち主であることを知ったのは、実に大きな収穫。

しかし。



しかし、だ。



8時間も飲み続けるってのは如何なものか。


一日の三分の一の時間を「グビッ」「ゴクン」「グビッ」「ゴクン」。
皆さん。わしが翌日も早番勤務だということを……いや、なんでもありません。


14日(火)
えーと、この日は何してたんだっけ?
仕事してたことは確かなんだが、詳細は忘却の彼方。


15日(水)
金曜日に「この一年」の企画を出さなければならない。お題は「台風」。
企画の編集は、かなりしんどい。
編集機の使い方も多岐に渡るし、素材テープもたくさん使用しなければならないので。
企画をまだ1回しか出したことのない自分としては、相当時間がかかることが予想されるが、金曜日は他の取材で社会部が手薄となることが決まっている。
早いうちに済ませておかないと、当日何か起こったら大変なことになる。
だってそうでしょ。
殺人事件が起こっているのに、「企画の編集が終わってないので行けません」なんて、社会部として口が裂けても言えない。
だから、今日は休日だというのに出勤する





………………つもりだったのだが。







目が覚めたのは午後2時過ぎどひゃー。
もはや会社に行く気力も沸かず、久々の休日をただただボーッと過ごしていました。

16日(木)
ルーチンの仕事をしながら、企画の取材もこなす。
夜はそのまま会社に泊って、延々と企画の編集作業。
「この一年」の台風企画ということで、過去のあらゆる台風映像を引っ張り出してモニターを睨む。
半年前ぐらいのテープなら、編集室横の棚に置いてあるのだが、それ以前のテープはすべて地下の倉庫に保管してある。
「あ、あのテープがない」「げ、このテープ忘れた」といった調子で、2階の編集室と地下の倉庫を十回以上往復した。
4分余りの企画ではありますが、その編集にはかなり時間がかかります。
たった3秒、1カットの映像を探すのに、30分ぐらいかかったりすることもしばしば。
そして、そのまま朝がやってきた。


17日(金)
日中、何度か眠気で意識が飛んでた。
12時間かけて編集した企画は、正直言ってヒドイ出来でした。
いや、編集室で見た時は、それほどヒドイとは思わなかったんですが、オンエア時にテレビで見ると、音がえらく悪い。
そして、企画としての構成もまずい。
なぜ編集の途中でそのお粗末さに気付かなかったのか、不思議なほどです。
オンエア終了後、部長から「あんなモノ作ってるようじゃいかんぞ」としこたま怒られた。

この日は遅番だったので、夕方ニュース終了後も本社で仕事。
40時間ぶっ通しで働いているとあって、疲労もピークです。
膝の裏が熱くなり、体調も崩れて何度もトイレに駆け込み、机の上で何度もコックリいきかける。
それでも「あと5時間で終わり」「あと4時間で終わり」と言い聞かせて頑張っていたが、夜9時を過ぎるころになると、目を開けていることがとてつもない苦痛となっていました。
視聴者から「刃物を持った男が女性を人質に立てこもっている」という電話が入ったのは、まさにその時間帯。
もちろん、眠気なんて一発で吹き飛びました。
うちの局は、夕方ニュースが終わるとカメラマンは仕事終わりとなり、遅番の記者がカメラを回すことになっている。
すぐにカメラを抱えてタクシーに飛び込み、現場の大型店舗へ。
現場一番乗りは自分たちでしたが、その10分ほど前に犯人は警察に取り押さえられ、連行されていた。
それでも、他の警官たちが現場検証を続けていて、事件を目撃した買い物客たちが興奮した様子で携帯電話で何やら話している。
すなわち、「新しい現場」の状態。
テレビはとにかく、絵がなければ話にならないわけですが、ギリギリ夜ニュースに間に合いそうな時間帯でした。
急いで現場の絵を1カット10秒、10カットぐらい撮ると、テープをADに渡して店外へ走らせ、待機させていたタクシーに本社へ持っていってもらう。
残った自分は、換えのテープをカメラに入れて、もうしばらく撮影を続けた後、残っていた買い物客に聞き込みを始める。
こういう時は、現場の警察官に聞いていもロクな答えは返ってきませんから。
実に幸運なことに、買い物客の一人が女性を人質にしている犯人の姿を携帯電話のカメラで撮っていた。
これを本社のパソコンに送ってもらい、「顔は映さない」という条件で、カメラを回して事件の詳細を話してもらう。
NHKのクルーがやってきたのは、自分たちが取材を終えて店を出た時のこと。
もう警察も引き上げ、買い物客も閑散としていたはずなので、たいした絵は撮れなかったようです。
そして、夜ニュース、オンエア。
完全なる「大勝利」でした。
これだから、この仕事はやめられない。


18日(土)

さすがにバテバテで、昼の1時過ぎまで寝てた。
今月末に、結婚式の席順についてホテルと打ち合わせをすることになっている。
マイケルは、自分が招待した客の分を早々に決めたという。
言葉の裏に「早く決めんかオウコラオウ」というメッセージを読み取り、招待客リストと睨めっこする。
わしの招待客は91人。これをあーでもないこーでもないと入れ替えすること1時間半。
飼い主「できたよ」
マイケル「え? もう?」

ふっふっふ。わし、仕事をすると早いよ。
ただし、仕事に取り掛かるまでにえらく時間がかかるけどね。

夜はKB市の友達の家へ。
県内各地に散らばっている友達連中との飲み会です。
こいつらとの付き合いは9年になり、住んでいるところもバラバラですが、年に3、4回ぐらい、こうして集まって馬鹿騒ぎしている。
本当に気のいい連中で、去年から仲間入りしたマイケルも完全に溶け込んでいる。
お互いに気を遣わず、くだらない冗談をぶつけ合える友達がいることは、本当に幸せだと思います。

19日(日)

友達の家で目が覚める。
二日酔いではないが、やたらと頭痛がした。
ここ数日、本当に気の休まらない日々が続いていた直後の連休で、どうやら気が抜けてしまったらしい。
さあ、明日からまた仕事。
気持ちを切り替えて頑張ろう。

12月11日(土)

あっっっっっっっっっ
っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったまにくるぐらい、忙しい日々が続いてる。
「明日は取材予定が少ないので、何か企画を持っているヤツは出すように」とデスクが言ったまさにその翌日。
事件事故のいわゆる社会部ネタでほとんど夕方ニュースが埋まるとはこれ如何。しかも二日連チャンで。
それ以外の日もいろんなネタがありすぎて(中には全国放送モノもあった)、かなり厳しい日々が続きました。というか、明日以降も続きます。
おかげで休みもパー。
楽しみにしていた飲み会もパー。
忙しすぎて頭もパー。
ゴルフをイーブンで回るにはパー。
林屋ペーの妻はパー子。
パーマン3号もパー子。
飼い主が絶対やりたくないと考える髪形のひとつはアイパー。
「パーセント」の気取った略し方は「パー」
パーでんねんの掛け声は「
パー」じゃなくて「プゥワアァー」(三十路以上限定ギャグ)。

明日予定されていた休みも取り消しとなりました。
明々後日に設定されている休みも出勤の予定だスホエホエ。
連続出勤2週間を突破だ。労働基準監督署へるぷみー。
振り返るに、県内でいろいろ起こり始めたのは、Mっちが新婚旅行で長期休暇をとって以降のこと。
うーむ、さてはMっち。その正体は本県の守り神だったか。
これからは二度と県内から出られないよう、帰ってきたら早速鎖で縛っておこう。

で、話変わって台風28号君。
まさかとは思うが、君。日本に来ようと思ってる?


12月7日(火)

午前中の仕事を終え、喫煙室で一服していると、前の席に60代と思しきおじさんがドカッと腰を降ろした。
ン? どっかで見たことがあるが、誰だっけ?
数秒考えて“から”、
社長であることに気付き、飼い主は咄嗟に顎を引いた。
いやね、














あごひげを少しでも隠せるかなーと思いましてね。







テレビのカメラマンやAD、それに新聞記者では、ヒゲを生やしている人もけっこういます。
でも、中継で画面に出ることのあるテレビの記者で、ヒゲを伸ばしている人ってあんまりいないんですね。
それなのになぜ、飼い主がヒゲを伸ばしているのかと申しますと、「けっこう似合ってないかこれ?」と錯覚しているからである。
ヒゲを伸ばし始めて2ヶ月弱、デスクや局長は苦笑しつつも容認してくれていますが、社長のお許しは得ていない。
「やべー」と思っていると、社長が言った。
「すまんね。君は入社してまだ月が経っていないから、冬のボーナス出せないんだよ」
結婚式で何かと金のかかるこの時期、けっこうシビアな話でしたが、この時の飼い主は、「君、そのヒゲはテレビマンとして似つかわしくないから、速攻で剃りたまえ」と言われやせんかという恐怖感で頭がいっぱい。
「いえいえ。この世界に残れただけでも幸せッスから」と適当なことを言って、速やかにその場から逃げ出した。
まあ、あれです。
冬のボーナスは出ないらしいが、「そんな似合わねーヒゲなんぞ剃っておしまい!」と言われなかっただけでもよしとしよう。グスン。

家に帰ると、マイケルが「おぉ! 今カミーユが激しく腹を蹴った!」と叫んだ。
触ってみると、確かに「トン」と反応あり。
少しずつ、そして確実に、カミーユ誕生の時は迫りつつあるようです。
カミーユ、焦らずに自分のペースで生まれて来い。
それまでに父ちゃん、もう少し稼いでおくからな。


12月6日(月)

大きな水難事故の取材で、今年3回目のヘリ搭乗。
これまで乗った中で、今回のヘリは一番小型のタイプでして、狭い上に大量の機材に場所を取られるとあって、かなりしんどい乗り心地でした。
さらに、撮影ポイントは海に面した断崖絶壁で、気流も乱れまくり。
接近しては、「危ない! ブレイク!」とパイロットが絶叫して離脱し、また接近→「ブレイク!」の連続でした。
「怖い」と感じるよりも、中継用のコメントメモとテレビカメラに接続したモニターを見て実況しながらのフラフラ飛行で、吐き気を堪えるのに懸命でした。

島に着陸して、陸からの撮影ポイントを探すことになった。
レンタルした民宿の車で、アスファルトも敷いていないデコボコのコンクリート道を走ること15分。
地図で当たりを付けた場所に車を止めて、海岸へ向かって激しい傾斜の平原を歩き始めましたが、これが酷い難路……というか、道らしきものはまったくない。
起伏が激しくて歩きにくい上、放牧されている肉用牛が落としていった30センチ四方の巨大なウンチが至る所に転がっていて、ずっと下を向きながらの歩行でかなり疲れました。
それでも、あの森林を抜ければ海岸に出られるはず……という思いで歩き続けたものの、いざたどり着くと、カマでなぎ払わねば絶対進めねーといった感じの雑木林だったため、撮影すら断念。
カメラマンが8キロのテレビカメラを、飼い主も8キロの三脚をそれぞれ背負ったまま、今度は上り坂をえっちらほっちら戻る羽目になった。
いかに体力が落ちているかを実感する、一時間余りの遠足となってしまいました。


12月5日(日)

「九重部屋を囲む会」なるものがありまして、取材に行ってきました。
ところが、主催者側かホテル側かどちらが原因かは知らないが、段取りの悪いこと悪いこと。
花束贈呈では「どうぞ、お渡しください」の声がなかなかかからず、ウルフと花束嬢が1分近くお見合してたのがホップ(ウルフは「おい! もらっていいのか!」と司会の女性に怒ってた)。
お返しとなるお菓子も見当たらないので、ウルフがもらったばかりの花束をお礼としてお嬢さん方に「お返し」していたのがステップ。
花束の数すら足りず、お嬢さん方がたった今ウルフから「いただいた」ばかりの花束を、同じく壇上にあった他の若い力士に手渡していたのがジャンプ。
だからでしょうか。ウルフはことのほか御機嫌麗しゅうたまわず、わしらが他局の後にインタビューを申し込んだ時も、お付の人に「一回で済ませろ!」とお怒りだった。
現役時代のウルフの大ファンだったというADのN君は、そんなウルフに大ショックで、帰りのタクシーの中で「ウルフにはガッカリっスよ!」とプンプンしていた。
しかし、会社に帰ってVを見返すと、そこには丁寧にインタビューに答える紳士なウルフがいたのです……。


12月4日(土)

ついに新パートナー、「ポルテ」が納車となった。
非常に嬉しいのだが、でもそれは、平成8年6月の購入から足掛け9年の付き合いとなるカリーナEDとのお別れ、ということでもある。
ディーラーを出る直前、もう一度EDちゃんを見てきたが、涙が出そうになった自分にビックリしました。
こいつとの思い出は、それこそ掃いて捨てるほどあります。
納車したその日にスピード違反で一発免停になったり、整備の連中とワイワイ騒ぎながら車高落としたり、17インチアルミに履き替えてあっという間に磨り減るタイヤに呆然としたり、側溝に落っこちたり、2ヶ月近くかけて日本一周したり、砂利のS字を走っていたらグルリと一回転したり、クジラ漂着騒ぎでクジラの腐臭が車内に充満して吐きそうになったり、サンルーフ開けっ放しで駐車してる間に大雨が降り込んだり、仕事さぼって昼寝したり、夜中に発作的に疾走させたり、マイケルとデートしたり、新聞社倒産後に挨拶回りをしたり、引越しの荷物を積んで前の家と新しい家を往復したり、高速道路でエンジンからキナ臭い匂いがしたり、緊張しながら「履歴書見ていただきたいのですが」と民放各社に携帯で連絡入れたり……。
自分のボーンヘッド以外ではたいした故障もなく、17万8000キロ、本当によく走ってくれた。
この9年間、何をするにもこの車が自分の足であり、くつろぎの場であり、仕事の場であり、そして相棒でした。

この車が、「中古車」として新しいオーナーを持つことはありません。
車検はあと半年ちょい残っていますが、それでも経費は10万円程度かかる。
これに車体の利幅を10〜20万円のせたとして、総額は合わせて20〜30万円。
年式はともかく、走行距離17万キロを超える車をそんな価格で買う人はいません。
ですから、この車は、「廃車」です。
ナンバー切った状態で保管しておくわけにもいかないので、こればっかりはどうしようもありません。

最後に、携帯のカメラでEDちゃんを撮影した。
暖気運転もせずに6000回転までぶん回したりするようなアホなオーナーだったけど、おまえは本当によく走ってくれた。
いい相棒だった。
9年間、ご苦労さん。ありがとさん。
ゆっくり休んでくれ。

11月24日(水)〜30日(火)

24日(水)〜27日(土)
信じられるか信じらんめえ。
四連休だよ四連休! イィーヤッホーイ!!!




結婚式の準備に忙殺された四日間ではありましたが。



準備の内容は、ホテルとの打ち合わせや前撮り、そして招待状作成などです。
この中で、招待状の作成が完了したのは大きい。ひとつの山場を越えた、といってよいでしょう。
およそ200通、すべての宛名を手書きで仕上げたマイケル、よく頑張った。
さらにバスの停留所の地図もパソコンで作り上げるとは、実に見上げた根性です。
気が向いたら、ケーキを買ってその労に報いよう。
宛名書きが終わっていたので、仕上げはけっこう早く済むかなーと思っていましたが、切手張りやら仕分けやら封詰めやら糊付けやらシール張りやら確認やらで、六時間以上かかりました。
式まであと2ヶ月。時期的にギリギリとはいえ、とにかく終わったことで、精神的にかなり楽になりました。

前撮りは、悪友T夫婦にカメラとビデオの撮影を依頼しての実施。
Tはその日、フツーに仕事が入っていましたが、「仕事? ああ、別に休んでくれてもかまわんから手伝っとくれ」と頼んだところ、実に快く引き受けてくれた。
前撮りというやつは、花嫁の衣装替えに時間がかかって、たいてい花婿は退屈するものだそうですが、わし的にはかなりおもしろかったです。
撮影スタジオには子供をあやすオモチャがたくさんあったので、マイケルが着替えている間、ドラえもんのお面とか日本刀とかを駆使して、ずっとTと遊んでいたもので。
ただ、あまりにキャッキャキャッキャと騒ぎすぎて最後はカメラマンに怒られたほか、マイケルの着付けをしてくれたお姉さんが「(飼い主は)あなたとあまり年が離れていないんでしょ?」と呆れていた……などの被害はありましたが。
それでも、披露宴の上映ビデオでも使えるネタがたくさん出てきたのは、大きな収穫です。
特に、飼い主とTの殺陣とか、飼い主の切腹風景とか、和服でマツケンサンバを踊る飼い主とか、和服で自転車にまたがる飼い主とか、実にアホな映像がたくさん撮れましたです。


28日(日)
首長選挙の開票日。
飼い主は早番勤務だったが、こんな時は早く帰ることなんて当然できません。
日付が変わってから放送される選挙特番が終わるまで、一心不乱に働き続けるのですわひー。

クルーの配置分けで、飼い主は開票場に振り分けられました。
今回は典型的「一強他弱」の選挙ということもあり、NHKを除くすべての局が出口調査をやっていませんでした。
出口調査をしていないとなれば、開票と同時に「○×さん 当選確実」のテロップを流すことはできません。
根拠なしに「当確」を打つことは、絶対に許されない行為です。
出口調査という「根拠」がないとなれば、開票場のクルーがどれだけ早く票を読むかによって、当確を打てる速さが決まってきます。
開票場の記者たちが、職員の振り分ける票を数えながら、各候補の得票数を「正」の字でカウントしていき、ある程度の数が揃ったところで、それぞれの得票数を合計する。
これを見て、現場のリーダーが「これなら大丈夫」という確信を持った段階で、選挙対策デスクに「当確です!」の一報を送り、初めて「☆△ニュース速報 ○×さん 当選確実」と流すことができます。
つまり、記者たちが数えた票こそが、「当確」を打つ根拠となるわけです。
それだけに、投票用紙がテーブルの上にぶちまけられてからの数分間、記者たちは必死になります。
地域によって投票傾向が変わることも多いので、テーブルからテーブルを渡り歩きつつ、ひたすら「正」の字を書き込んでいく。
ほんの数分もすると、下馬評通り本命候補がグイグイ他を引き離している様がわかるようになってきます。
それでも、そう簡単に「当確!」の電話をデスクに入れることはできません。
というのも、時々次点扱いの候補の票が5、6枚、連チャンで並ぶことがありまして、これがリーダーや記者たちを激しく迷わせるのです。
「下馬評では間違いないはずだが、この連チャンが続いたら……」という不安を抱かせ、「もう少し票を数えてからにするか」とデスクへの連絡を慎重にさせます。
もしも結果的に誤報となってしまったなら、その局の信用は地に落ちます。
極めて重大な責任を背負っているがゆえのプレッシャーが、「もうこれぐらいでいいかな?」という考えを許してくれない。
こういう時は、いかに多くのデータ(票読み)を集め、そして踏ん切りをつけるか。それにかかっています。
結局、うちの「当確」テロップは、民放4社の中で二番目。
わしは総計500個ほどの「正」の字を書き殴っていましたが、本命候補と次点候補の得票割合は10対7といったところ。
最終的な投票結果も、だいたい似たような数字でした。

「当確」を打った後も、開票場での票読みは続きます。
職員が振り分けた票は、機械で数を確認された後、500枚1束にくくられて正面のテーブルに並べられます。
記者は選管が「確定」を宣言するまでこれを数えて、誰が何票取っているかを計算し続けるのです。
この計算した得票数を「裏票」といいます。
裏票の束を数え間違えると、「○×さん 1万票」と放送された候補が、数分後には「○×さん 8000票」となってしまう恥ずかしい事態も起こりうるので、これも慎重を要する作業です。

そんなこんなで、開票から確定までのおよそ4時間、ずーっと開票場内を立ちっぱなしとなる。
こういうときは、運動不足を痛感しますな。
帰りのタクシーの中で、飼い主の膝が「ワーハッハ。ヒィヤーハッハ」と笑っていましたもの。


29日(月)

選挙特番の終了後、社会部メンバーでの打ち合わせを経て、午前3時に睡眠。起床は午前6時。
今回は噂のかけらすらなかったものの、万が一に備えての出動です。
「万が一」というのは、公選法違反。
可能性は限りなく低いとは思うけど、もしもガサ入れがあったら……とメンバーで話し合った結果、MっちとSピーが県警本部と所轄の警察署にそれぞれ待機し、飼い主は「もし選挙違反をするとしたら、この陣営だろう」と思われる候補の事務所周辺をウロウロすることになったのです。
昼はまだ暖かいが、朝方はさすがに冷え込む。
コンビニで買ったカップラーメンを
とすすり、時々「寝るなー。寝たら死ぬぞー」と自分を叱咤激励しつつ時間を潰していました。
本部待機のMっちから「今日はガサはないみたい」と連絡が入ったのは、午前9時半ごろ。
ま、予想通りの結果ではあるか……。

この日の飼い主は遅番だったので、一度家に帰って寝ることにした。
しかし、布団に入って間もなくして、「火事が起こった。現場行け」との指令が携帯に入ったため、すぐに着替えてEDちゃんに搭乗&出撃。
しかし、車を出してから一分もしないうちに、再びデスクから電話がかかってきた。
「鎮火したって。台所が焼けた程度みたいだから、もういいや」

……何も申しますまい。社会部の境遇というものは、十分に承知しているはずじゃないか。


再び家に帰って二度寝。
しかし、ここで飼い主は重大なミスを犯した。
携帯電話のアラームを設定しておいたのだが、なんとまあ、誤って翌日の日付にしていたのダすよホエホエ。
目覚まし時計の代わりを果たしたのは、デスクの電話。
「おい。おまえ、今どこにいるんだ?」
寝ぼけ気味だった飼い主は、時計を見た瞬間に飛び起きました。
「すみませんっ! 寝過ごしました!」
一瞬、間を置いてから、デスクの盛大な怒鳴り声が耳に響いた。
「馬鹿野郎!」
ここまで大声で怒鳴られたのは、本当に久しぶりです。
平謝りに謝って、大急ぎで本社へ向かった。
ただ、このデスクはかなりさっぱりした人なので、本社についてからは何も言われませんでした。
それからはこの失点を挽回すべく、馬車馬のように働きました。
他県の裁判所であった県内関係の裁判ニュースで他局を出し抜いてやったので、午後以降の自分の働きについては、まずまず満足です。
これで寝坊がなければなー。


30日(火)
またも贈収賄の逮捕者が出た。
午前零時を過ぎてからの逮捕。勘弁してくり。
自分はフェリーに乗って収賄被疑者が勤めていた事務所へ行き、収賄の舞台となった工事の内容を確認&所長へのインタビュー。
さらに当該工事現場へと向かい、そこで立ちレポです。
以前に比べると、カメラが回っていても緊張することはなくなりましたが、恰舌の悪さが円滑な撮影を許さない。
特に「癒着」。
単体でなら普通に喋れるけれど、ひとつの文章の中で喋るとなるとこれが意外と難しく、結局5回ぐらいやり直しました。
こういう時は、アナウンサーの凄さを思い知らされます。
ただ喋るだけなら誰にだってできるわけですが、聞き取りやすい明瞭な発音や、視聴者に伝わりやすい抑揚、そのニュースにふさわしい表情など、いずれも訓練なしにできるものではありません。
それでは、どんなコメントが喋りにくいのか。
帰りの車の中で、カメラマンやADと語り合った結果、考え付いたのは以下。

「貨客船マンギョンボン号の特許許可局官と癒着した拒食症で手術中の呪術師が高速増殖炉もんじゅに進出しました」


ひっかかることなく言えた貴方。今すぐアナウンサーになりなさい。


フェリーの中から、マイケルに「夕方ニュースで俺の立ちレポがあるよ」とメールを送る。
それに対するマイケルの返事メール。


「立ち○ンポ? そりゃ大変だ」









この大馬鹿者め。









マイケルは、同僚のジャスミンどくだみ嬢に、飼い主登場を伝えていた。
オンエア後の二人のメールのやり取りを紹介しよう。


ジャスミン「ダーリン見たよ。緊張のご様子ざましたわ。小道具も使わず真面目な姿にちょっと物足りなさを感じつつ報道だから当たり前かと納得!」
マイケル「だよね〜ドラえもんのお面をかぶるとか工夫してほしいよね!……クビになるかな?」













お……おまえらな〜!



11月24日(水)

夕方から夜にかけて、ちょっと頭痛がした……。

今日のトリビアで笑ったのが、「童話作家のアンデルセンは、眠っている姿が死体と思われないよう、『死んでません』というメモを枕元に残してから寝ていた」というもの。
火事が起こった時でも窓から逃げ出せるように、と常にロープを持ち歩くほどの心配性だったというアンデルセンは、「寝ていた人が、死んだと間違われてそのまま埋葬された」という噂を聞くに及び、睡眠が永眠とならないようそんなメモを置いていたそうです。
「君を遥かに上回る心配性だね」とマイケルをからかうと、アンニャロメはこう答えやがった。

マイケル「私もね、さっき飼い主が『頭が痛い』って言った時、このまま飼い主が死んだらどうしよう、今せっかく結婚式の招待状書いているのに、『飼い主が死んじゃいました』っていう案内を書かないといけないのかなーって心配したんだよ」


妻よ。世の中にはきっと、もう少し“愛のある”心配の仕方があると思うぞ。


11月23日(火)

デスクから電話がかかってきたのは、午前5時過ぎのこと。
「コンビニで殺人未遂事件があったそうだ。絵、撮ってこい」
冷水を頭にぶっ掛けて、洗顔と寝癖直しと脳ミソの強制覚醒を同時に果たして駐車場へ。
日の出の兆しすらない早朝、EDちゃんは全体に霜が降ったような姿となっていた。
昨日のうちにバッテリー液を補充しといてホンットに良かった。
あのまんまだったら、冷気という悪条件の中、おそらくエンジンはかからなかったでしょう。
ばっちり一発でエンジンも起動して、まずは本社へ向かい、カメラ、三脚、ライト、そして事件の経過が書かれている報道連絡簿(県警が出す紙です)を回収する。
それからEDちゃんのカーナビに現場住所を入力して、いざ出陣ぢゃ。
しかし、目的地付近に到着して、「?」。
コンビニならすぐにわかるだろうと思って地図も見ないでを出てきたのだが、どこを見回してもコンビニらしきものはない。
「おっけしーの」と思いつつ、車内灯をつけて報道連絡簿を確認してみる。
えーと、現場は………………………………。



うぉいこりゃデスク!
どうすりゃ「
マンション」を「コンビニ」と呼べるのか教えてくり!


つーか、ここらへんってマンションだらけですのヨン。
どれが現場なのかまったくわからん。
近くで開いていた銭湯や新聞配達の少年、たまたま外に出てきた早起きのおじさんなどに尋ねまくって、何とか特定に成功した。
その直後、他局の記者がタクシーに乗ってやってきた。
記者「あ、おはようございます。(地図のコピーを見ながら)現場、ここですね」
「いや、もっと向こうみたいよ」と言ってやろーかとも思ったが、グッと我慢。
そうだよ。
わしが15分かけてようやく見つけ出し、君が3秒で特定した現場は、紛れもなくここだよ。
さあ、一緒に映像を撮ろうじゃないか。


幸い、被疑者は逃走することもなく、すぐに現行犯逮捕となっていた。
「犯人、依然逃走中」と来たら大変だったけど、被害者は意外と軽傷で、犯行理由も明白、かつ身柄確保案件ということで、ずっと現場や警察署に張り付く必要はない。
警察へ行って詳細確認、本社に戻って記事打ち。
それから
再び車に乗って、今度は港へ向かう。
海上保安本部が「海の絵画コンクール」の表彰式を洋上の巡視船で行う、という取材です。
殺人未遂事件という殺伐とした取材の直後に、柔ネタの取材。
「社会部」という肩書きではありますが、人が少ない地方マスコミでは、こんなことはしょっちゅうです。

受賞した小学生3人には、ヘリの体験飛行がプレゼントされました。
海保もなかなか粋なことをやります。
わしもカメラマンと一緒に同乗し、機内の小学生を撮影したりインタビューしたりしましたが、子供たちは眼下に見える自分の家や小学校に大喜びでした。
子供の時のこういう体験というものは、きっと大きな良き思い出となることでしょう。
それにしても、30年余り生きてきて、年に2回もヘリに乗るなんて今年が初めてだ。


いつもなら、夕方のオンエアが終わってもなんだかんだと雑用があるのだが、今日は珍しくすぐに会社を出ることができた。
こういうのって、すんごく嬉しい。
小学生の頃の、午前中の授業が終わったら速攻で下校できる土曜日みたいな感じ。
カッパエビセンでも買うかとコンビニに寄って、ついでに立ち読みを楽しむ。
でも、まあね。これで終わりってこともあんまりないッスよ。
やっぱりというかなんというか、また携帯が鳴りましたもん。
デスク「○菱の車が炎上している! すぐ戻ってこい! そして現場行け!」
これが他のメーカーならそれほど騒ぐ話ではないが、○菱車なら話はまったく別となる。
理由は言うまでもありませんね。状況次第では、全国配信モノです。
大慌てで会社に戻り、ADとともに現場へ。
しかし、現場に到着すると、目が点になった。
既に鎮火されていた炎上車、その前部と後部には燦然と「王冠」のマークが輝いておるではないか。
いったいどこがどのように変換されたら、「○ヨタ」が「○菱」になる?
燃えていたクラウ○は、四代前の型だった。
15年ほど昔の車ですからね。ちゃんと整備されていなければ、こういう事態もたまに起こりうる。
多分、オイル漏れか何かでしょうが、怪我人がいなかったのは幸いでした。


11月20日(土)〜22日(月)

20日(土)
社会部の同僚、Mっちの結婚式に行ってきました。
これは飼い主にとって実にグッドタイミング。
なぜかと申しますと、今年2月に入籍した飼い主&マイケル夫婦ですが、会社の倒産やら新しい会社への入社やらがあって、式をまだ挙げておらんため。
座席の配置とか式の進行具合とかを勉強する格好の機会ということで、名刺の裏にガリガリとメモを取りまくった。
最後の新郎挨拶で、感激したMっちは完全に涙声になっていた。
「いやぁ〜、もう少しで泣いちゃうところでした」と式後に語っていたが、あれはどう見ても泣いてる人だったよ。
何はともあれ、Mっち。結婚おめでとう。
幸せな家庭を築いてください。

21日(日)
午前中に取材が終わって、午後は本社に待機。
何か仕事をしていればまだいいのだけど、やることがない状態の昼下がりというのは、なんともつらい。
とてつもない眠気に襲われ、気が付いたら椅子に座ったまま寝てた。
そういえば、机の上には湖ができておりましたな。ヨダレの。

22日(月)
寒くなってきたためか、EDちゃんのエンジンのかかりが微妙だ。
先日は雨の中で見事にエンストかましてくれたことだし、そろそろバッテリーも代え時か。
しかし、来月頭にはポルテが納車である。
ここでバッテリー丸ごと代えるのももったいないので、ガソリンスタンドでバッテリー液の補充だけをしてもらう。
精算の時、店員のじいさんがシミジミとした口調で言った。
「お兄さん。よくエンジンかかったね」
ハテナ顔になる飼い主に、じいさんは続けた。
「バッテリー液、もうほとんど無くなってたよ」


あ、アブネー


11月13日(土)〜16日(火)

13日(土)
待ちに待った休み! なのに風邪! アハハ、アハハ、アハハ、ウェーン。
目が覚めた直後からノドが痛くて風邪薬のお世話になり、昼過ぎには頭が痛くなって再び風邪薬。
夜には鼻水が止まらずにまたも風邪薬。
各部位に風邪の症状が発生しやがって、「♪あなた〜の風邪に狙〜いを決めて」のベンザブロックとて照準は定まるまいという状況。
せっかくの休日だというのに、洗濯と掃除を済ませるのが精一杯で、マイケルと二人して一歩も外に出ない「ひきこもり夫婦」となった一日でした。

14日(日)
風邪の症状収まらず……と悟ったのは、目が覚めた直後。
時刻にして午後一時。どひー寝すぎだよわし。
また風邪薬飲んで、とりあえず床屋へ。
そろそろ切っておかないと、愉快な頭のまんまで前撮りに臨まなければならなくなる。
床屋がヒゲまで剃ろうとしやがったので、「やめろーやめてくれー」と抵抗した。
それから、結婚式の打ち合わせのために街へ出る。
式の招待客は、飼い主の仕事が変わったこともあって一気に激増する見込み。
いろんな方面で大変なことになりそうだが、大丈夫か?
夜は実家へ行き、カバ彦との散歩を楽しむ。
散歩から帰ると、カバ彦は飼い主の膝の上に座ってポーッとしている。
顔立ち、佇まい、振る舞い等々、ホント味わい深いワン公だ。

15日(月)
結局風邪が完治しないまま、再び仕事ウィークスタート。
仕事の合間を縫って、携帯電話屋さんへ行く。
満2年の愛用を経て、液晶画面がおかしくなりつつある携帯電話の機種交換です。
機種はこれまでと同じ京セラを選択。
同じメーカーなら各種操作が基本的に変わらないので、「説明書なんぞ絶対に読むもんか派」の飼い主には好都合なのダ。
ピッポッパッといじりまくって、文字の大きさやら着信音やらマイメニューの追加やらニュース配信ページの登録やらと、扱いやすい方向に設定変え。
一時間ほどで、従来型携帯電話と変わらぬ操作性の確保に成功した。

地検の次席検事の所へ顔出し。
大牟田四人殺害事件の容疑者が先日、取り調べ最中に逃走した話題で盛り上がった。
「いやぁ、あれ(取り調べ中の逃走)ね。よくあることなのよ」という次席の言葉にビックリ。
えっ?! よくあったらマズイでしょ?
次席「だって、被疑者ってのは逃げたがるモンなんだから。どこの地検でも、最低一回は経験してるって」

次席が言うに「人権豊かなる日本」では、自由に話せるようにという配慮から、被疑者の手錠は外した状態で取調べが行われる。
腰縄はつけていたりいなかったり、地検によって違うそうだ。
で、この腰縄をつけていなかった某地検での取り調べの最中、ある被疑者が逆上し、長机を持ち上げて検察官に投げつける、という騒ぎがあったという。
もちろんこの被疑者は、公務執行妨害の現行犯で再逮捕。
さらに、警察官立会いの元、この「長机投擲事件」の捜査を同じ部屋で行っていたところ、男は再び逆上。
今度はドアの摺りガラスを拳で叩き割り、器物損壊の現行犯で再々(?)逮捕となった。
取り調べのたびに罪状が増えていくこのお騒がせな男、結局どんな判決になったのか聞いてみた。
次席「知らね」
ヘェ、そうでっか。
それにしても、関西出身というこの次席、「検事」というお固い職業からは想像できないほどにオモロイ人です。
実は、自分が「こうありたい」と思い描いている中年像は、この次席みたいなタイプだったりする。

この日は遅番。
深夜の警戒電話の最中、鼻水に加えてシャックリまで止まらなくなった。
ウーム。やばいかもしれん。

16日(火)
今日も風邪薬を飲んでから会社へ。
午前中はそれほどでもなかったが、昼食後の風邪薬はてきめんに効いた。睡眠効果が。
午後は取材予定がなかったので、会社の人間がやってくることはまずあるまいと思われる秘密の場所へと車を走らせ、そのまま車内熟睡。
もちろんこれは、サボリではない。治療行為である。
おかげで日記を書いている今現在、かなり楽になっとります。

11月12日(金)

地元局の支援で新潟へ行っていたSピーが先日、戻ってきました。
慣れない土地、見たこともない光景、悲惨な環境での仕事。
さぞや消耗して戻ってくるのでは、と心配していたが、逆に太って帰って来たとはどういうことネ?
Sピーによると、被災地には食糧が十分にあり、地元の人々から「まー食わんね」「まー食わんね」とおおいに勧められたそうな。
被災地で今、もっとも必要とされているのは、物資よりも「心のケア」だという。
共同生活となる避難場所に、プライバシーはない。
そして、他の人に迷惑をかけてはならないというプレッシャーが、人々を精神的に追い込んでしまう。
これに将来への不安と、今尚続く余震への恐怖が加わる。
それでも「大丈夫ですか?」という問いに、必ず最初は「大丈夫だよ」とみんな答えるという。
ここらへんは日本人の美徳意識に通じる反応だと思いますが、「我慢」し続けることによって、精神的な偏重が表に出てきた時は、既に深刻な症状となっていることが多い……ということです。
これを受けて、精神診療士など「心のケア」を専門とする人々が多数現地入りしています。
自分が言うまでもないことではありますが、これらの人々には、それぞれの専門知識・技術を生かして、苦しんでいる方々の力になってほしい。そして、被災地の一日も早い復興を祈っています。


11月11日(木)

「おう! こいつぁあおもしろいぜ!」と思われる小ネタが湯水のように浮かんできた。
このおかしみをマイケルに是非とも伝えたい。
聞くかね。マイケル?
マイケル「『大奥』見てるからいい」




それから番組が終わるまでの一時間、思いつくあらゆる手管を使って、マイケルの「大奥」視聴を邪魔してやった。
特にお気に入りの妨害活動は、エンディングのサザンの曲の「♪カーモンベィベ あしたは晴れるやーん」の部分を替え歌で歌ってあげること。

♪スコップは 英語で シャベルやーん
♪スコップは そもそも 英語やーん
♪よーばれて とびでて ジャジャジャジャーン
♪ベートーベンの 「運命」は じゃじゃじゃジャーン





楽しかった。
嘘じゃないよ。
本当に楽しかったよ。







でも、少しだけむなしかったかな。少しだけ。

11月10日(水)

東京に記者がいない会社の哀しさ、「沖縄先島諸島近辺に国籍不明の潜水艦」という話を聞いたのは、昼前の全国ニュースでした。
中国の潜水艦らしいですが、昨日の種子島沖の中国軍艦と関係があるのだろーか?
想像をたくましくするなら、この潜水艦に何らかのトラブルがあって、それを助けるためにやってきたのが、昨日の潜水艦救難艦と航洋曳船……だったりして。
でも、種子島と沖縄はけっこう遠いからなぁ。
ならば、無線が故障していて、位置が特定できないままに救難艦が種子島沖に出動
→司令部「もっと南だってさ」
救難艦「沖縄かよ!」(三村風)……とか。
そもそも、あの潜水艦はなぜ、沖縄付近に現れたのか?
理由を推測してみやう。

@故障
A尖閣諸島問題などで対立する日本への牽制
B日本の警戒体勢を試す
C乗組員の反乱が起こって、ドタバタしているうちに気が付いたら、「あれ? ここ沖縄じゃん」
D艦長が「海底二万里」のファンで冒険したくなった
E艦長が「沈黙の艦隊」のファンで潜水艦ごと独立国家として宣言しようとした

不真面目な考えから不謹慎な想像まで(ン?)してみたが、とにかくわからん。
本当、何しに来たんだろう?

あ、そうだ。
種子島沖の救難艦と航洋曳船は、東シナ海方向へ行っちゃったそうです。


11月9日(火)

少しばっかり気になるニュースがひとつ。
種子島の南東およそ310キロの海域で、中国海軍の船が2隻、航行中です。
それ自体は、別にニュースでもなんでもないです。
当該海域は、種子島から200カイリ以内、日本の排他的経済水域。
この中で外国の漁船が漁をするのはNGですが、外国の軍艦が出入りするのは国際法で認められてるそうですから。
ただ、海上自衛隊の飛行機がこの2隻を最初に発見したのは、今月5日。場所は、やはり種子島沖。
つまり最低でも5日間、同じ海域に留まっているということになる。
旧式フェリーだって鹿児島━種子島間を1日で進むというのに、これは明らかにおかしい。
まあ、これが海洋調査船とかだったら、何となくわからないこともない。
何か調査をするとなれば、数日かかることもあるでしょうから。
しかし、発見された2隻のうち、1隻は潜水艦救難艦で、もう1隻は航洋曳船。
そんなのが同じ場所にずーっと留まっているとなれば、その海域付近で中国の潜水艦が事故に遭って、自力で動けなくなっているのではないか、という想像に普通にたどり着くわけで。
ちなみに、自衛隊ではここ数日、当該海域に中国潜水艦がいたかどうかの確認は取れていないとのこと。
「それは、『いたとも、いなかったとも言えない』ということですか?」と自衛隊に電話で聞いたら、「いや、これは本当に確認していないんですわ」との回答だった。
外務省に電話してみると、「やっぱり気持ちが悪いですから、中国には確認を取るつもりでいます。まあ公海上でのことですから、あちらに返答する義務はないんですけどね」とのこと。
それにしても、「104」で防衛庁やら外務省の電話番号聞くことになるとは思わなんだ。
なお、中国海軍も原子力潜水艦を保有しています。



場合によっては、大変なニュースになるかもしれません。
ならないことを心から祈っています。
また休みが潰れるし。



11月6日(土)

カミーユの成長具合を確認すべく、産婦人科へ。
画像で見ると、心臓がドックドックと動いているのがわかったが、頭手足ともピクリとも動かない。
マイケルが腹に力を入れてショックを与えてみても、まったくノーリアクション。


カミーユ、爆睡。


この一点だけ見るに、どうやらこやつ、飼い主似と思われる。
でも、体長と体重を聞くのを忘れてた。


籍を入れて9ヶ月にして、ようやく結婚指輪を買いに行った。
一生モノだからマイケルがほしい指輪を買うのは別にいいとして、あんまりわしは、指輪とかいらないんだけどなー。
指輪代の半分でもいいから、現金くれ。
ここらへんは、男と女の違いのような気がします。
それでは指輪のサイズを決めよう。
店員のお姉ちゃん「仕事の時にはずしたりされますか?」
飼い主「合コンの時にはずします」
マイケル「(パチッ)」

叩かれた。

11月5日(金)

夜、マイケルとともにディーラーへ行く。
八年来の相棒たるEDちゃんの後継車となるポルテの契約です。
見積書で「下取り 5000円」となっているのを見て、17万キロオーバーの事故歴ありでも5000円付くんかいと爆笑していたが、よく見ると「下取り査定料金 3000円」、「下取り手続き代行費用1800円」とある。
ってことは、俺のEDちゃんは差し引き200円か。タバコも買えませんなと、さらに爆笑。
商談終了後、先日バッテリー上がりの飼い主を救出してくれたHを誘って焼肉屋へ。
うまい。ロースが美味い。
そんな中での会話。
H「俺、胃腸が弱いから」
マイケル「あ、私も胃腸弱いの」
飼い主「じゃあわしも胃腸が弱いってことで」
マイケル「いや。君の場合、胃腸が上から下に一直線って感じだよね」

どんな胃腸だそれ。

11月4日(木)

飼い主が5年近く勤務し、今年の春に倒産した新聞社の特集が今日、うちの局のニュースでオンエアされました。
取材したのは、県政部の美人記者Sさん。
これに先立ちSさんから、倒産前後の状況や社員たちのその後の針路、廃刊号の提供など、いろいろと「取材」を受けた。
「もしも取材相手(元社員)の人たちから出演断られたら、T君が出てね」と言われ、「このあごヒゲ、剃った方がテレビ映りいいッスかね?」などとお馬鹿な受け答えをしていたが、出来上がった特集を見て、かなりしんみりとなりました。
会社が倒産して半年。
もうかなり昔の出来事のような気がしていましたが、「新聞記者」として走り回っていた5年間を思い出し、胸に来るものがありました。
画面には、最近は連絡もすっかり疎遠となった「同じ釜の飯を食った仲間たち」の現況が映し出されていました。
みんなそれぞれの道を進み始めていますが、まだ職が決まっていない人も多い。
特集全般を通して、今更ながら、「あの会社、倒産しちゃったんだよなぁ」と思い知らされました。



一番ジンときた……というか、考えさせられたのは、Sさんの最後のコメントでした。

「半年前、突如として発言の舞台を奪われたメディア関係者。その一人一人が今、“発言する市民”としてのあり方を模索しています。その姿は改めて、モノを伝えることの重みを社会に問いかけています」

あの新聞社の元社員の中で、自分は極めて幸運な部類に入ると思っています。
ビックリするほど安い給料でしたが、それでも自分を含め、多くの人が倒産の日まで在籍していたのは、マスコミという特殊な世界の空気を吸ってしまったから、という気がします。
言葉が適当かどうかは微妙ですが、麻薬のようなものなのかもしれません。
そして自分は、その世界に残れた。
“糧を得る”手段として、「モノを伝える」ことができている。好きなことをして、給料を貰っている。

Sさんが言うところの「発言する」とは、社会的事象への「提言」という意味だと理解しています。
その理解から考えるなら、自分はSさんが言うところの「発言する市民」ではありません。
市民は、「発言すること」と「生活の糧を得ること」がイコールでないのに対し、自分は「発言すること」が仕事。
つまり、「発言するプロ」なのです。
ここで言う「プロ」とは、「有能」という意味ではなく、「職業」という意味です。
「職業」として発言する場合、偏った意見は厳に慎まねばならなくなります。
公共の電波を借りて発言する以上、一方に肩入れすることはできないのです。
しかしそれは、「好きなことが言えない窮屈さ」を指すものでもありません。
なぜなら、「市民」にはなかなか持ち得ない、Sさんの言う、「舞台」が揃っているからです。
また、マスコミの名刺を“振りかざす”ことで、色々な場所へ出向き、色々な人から話を聞くことができる。
誤解を恐れずに言うなら、間違いなくそれは、「特権」です。
この特権意識もまた、マスコミの持つ「麻薬」のひとつでしょう。
そしてこの特権意識は、しばしば記者を勘違いさせます。

取材相手が記者に対し、「少しでも良く書いてもらいたい、放送してもらいたい」と考えるのは当然の心理です。
その心理は、記者への対応となって表れます。
言葉遣いだったり、態度だったり、お茶菓子だったり、お土産だったり……。
そして、自分が取材した内容が、紙面なり画面なりで出てくると、何やら自分がすごいことをしているような気分になってくる。
そんな状況の連続が、記者をして、「自分はすごい人間なのではないか」という勘違いを覚えさせます。
特に20歳代の若者は、そんな状況に陥りやすい……というか、自分は新聞社に入ってしばらくした時、そんな気分になりかけました。いや、なりました。
自分が天狗になっていることに気付いたのは、同じく天狗になって威張り散らしている他の記者を見てからです。

現在のテレビ会社に入って4ヶ月目。
仕事にも慣れてきて、ささやかながらもヒットを飛ばすこともできて、少しは「この世界でやれそうだ」という気持ちも出てきたところです。
しかし、「自信」と「天狗」は表裏一体。自分は思いっきりそれに当てはまります。
Sさんの特集を見て、改めて自分が、特権の中で仕事を「させてもらっている」という事実を認識させられました。
特に、Sさんが最後に語った、「モノを伝えることの重み」。
このことは、常に心の中に残しておかなければならない意識……仕事に対する謙虚さだと思います。
これを忘れた瞬間、記者は単なる「イヤなヤツ」と化す。
そして、成長も止まります。

オンエア終了後、新聞社時代の自分のスクラップ記事を読み返しながら、そんなことを考えていました。

11月3日(水)

うちの会社には4台の編集機がある。
その内の1台は、記者全員に支給されているハンディビデオカメラのテープを編集するために購入したもので、機種が他の3台と異なる。
こいつが置かれたD編集室は、みんなの嫌われ者です。
だってこの編集機、使い勝手が悪すぎるんですもの。
どのぐらい使い勝手が悪いかというと、14、5年ぐらい前にわしが熱中したファミコンゲームの「三国志」より悪い。
「がいこうのししゃをおくりますか? (Y/N)」
「ほんとうにいいですか? (Y/N)」

……ってなもんで、あの鬱陶しさったらなかったな、面白かったけど。
D編集室の編集機の鬱陶しさは、これを上回る。
雰囲気的には、
「RECしますか? (Y/N)」
「本当にいいですか? (Y/N)」
「後悔しませんか? (Y/N)」
「知りませんよ? (Y/N)」

……ってなぐらいに操作がメンドい。

夕方オンエアまで後20分ほど。
そんな段階でわしに編集を任せるなんて、デスクったらギャンブラーだこと。
とにかく急がねばと編集室へ走ったが、こういう時に限ってD編集室しか空いてないんだよなー。
ごくごく一般的なニュースを編集するとして、他の編集機を使った場合、だいたいわしが要する時間は20〜30分ほど。
D編集室で行った場合、その1・5〜2倍ぐらいの時間がかかることを覚悟しなければならん。
皆さん、これまでの人生の中で、心底引き攣った顔で「あと30秒です!」と秒単位のせっつき食らったことってあります?
わしはありまあす。今日。
「あと5分です!……あと2分です!……あと30秒です!」
アシスタント・ディレクターの女の子の顔が怖かった。
必死にボタンを押し捲って、なんとかギリギリで間に合ったけど、実に嫌な汗をかきましたですよ。


11月1日(月)

今日は大きな事件事故がなかった。珍しい。
この2週間、大きな出来事が次々に起こっていただけに、本当に久しぶりです。
何とも気持ち悪くて、県警各課を走り回っては、「今日、ガサとかないんですか?! あるんでしょう! さあ、言いなさい!」とまではいかないが、理事官たちに聞きまくり。
幸い何もなく、夜8時にはゴーホーム。これまた珍しく早い時間の帰宅だ。

今日、同じ社会部のSピーが新潟へ、そしてMっちが東京へ出張していった。
しばらく社会部は、わしとY女史の二人で回していかなければならない。
SピーとMっちは、さぞや泥舟に乗った気分で出発したことでしょう。
せめて後3日、県内でデカイ事件が起こらないことを祈りつつ、Sピー! Mっち! 早く帰ってきてくれー!

10月31日(日)

イラクで人質になっていた日本人男性が、武装グループに殺害されたことを受けて、人が集まる駅で市民の反応をインタビューした。
カメラを向けると嫌がる人も多く、答えてくれる割合はせいぜい2割ぐらいってところ。
断られつつ、一時間半ほど声をかけまくり、10人ほどに今回の事件をどのように思うか聞いた。
「かわいそう」とか、「政府の対応が遅い」などの意見もあったが、いずれも必ずその後で、「でも、やっぱり自業自得だと思う」という声が大半……というか、すべてでした。
また、「自衛隊は撤退すべき」という意見は、一人しかいなかった。
自分がインタビューした約10人が、「日本国民すべての声」というつもりは毛頭ないが、だいたい世論はこんな感じなのかな、とは思いました。

日本人3人組と2人組が相次いで地元民兵たちに拘束され、「自己責任」なる言葉がメディアに氾濫する以前の段階。
「イラクにいる日本人が人質になるかもしれない」という可能性を指摘したテレビ・新聞を、自分は見たことがありません。
放送されていたのは、「日本国内でテロが行われる可能性」ばかりだった。
5人が拘束される直前の段階では、「イラクにいる民間人が危ない」という認識は、少なくとも世間が共有する常識ではなかったと思います。

しかし、今回は違う。
男性はニュージーランドにいたそうだが、イラクで何が起こっているかというニュースはニュージーランドでも流れていたのではないか?
仮に、ニュージーランドで放送がされていなかったとしても、現地で多くの人々が、男性にイラク入りの危険を訴え、その無謀な行動を諌めようとしていた。
それに対する答えが、「どうしてもイラクを見てみたい」と「なんとかなる」では、どうにもならない。
「起こるべき事態が起こった」と言われても仕方がない。

彼がどのような人間的魅力を有していたか、自分は知りません。
一人でイラク入りしようとし、そして実行した。
その行動力はたいしたものだと思います。
しかし、軽率で、判断力の伴わない行動力は、「無謀」であり、「愚か」なものであり、自分自身の身を滅ぼし、周りの人にも迷惑を及ぼすだけだ━━そう思っています。
非常に辛らつな言い方になりますが、彼は自らの命で、そのことを証明してしまった。


家族の心痛は、とても他の人間には理解できないと思います。
愉快犯たちのパッシングにさらされ、かけがいのない家族を残酷なやり方で殺された。
このつらさと苦しみは一生癒されることはないでしょう。

それでも、家族に対するものと同じ感情を、殺された男性に対して抱くことがどうしてもできない。
テロ組織に対する怒りと憤りが、男性に対する100%の同情に結びつかない。


今回の件に関して、多くの意見があると思います。
ホームページで今回の事件に触れることに、どれほど意味があるのか。
それは自分にもわかりませんが、だいたい以上のようなことを、自分は考えています。



10月29日(金)

今日は天中殺でした。
ホントいろいろあった。
つーことで、日記も長文化。


会社の車が全部出払っていたので、愛車のEDちゃんで裁判所へ向かう。
タクシーチケットはもらっているんですけどね。赤貧時代の感覚が抜けないため、一人移動時のタクシー使用にためらいがある。
だから、
ガソリン代が出ないことは承知しつつも、8年来の相棒を駆り出してしまうんですよ。
で、会社を出た瞬間、気付いた。
「携帯、家に忘れとる……」
携帯を持っていないと、何かあった時に困る。
その「何か」が大事件だったりしたら、それこそ目も当てられない。
よって、裁判所とは正反対の方向の家まで、携帯を取りに帰る羽目になった。
10分ぐらいの遅刻かなーと思ってたところで、天中殺第二段。
三車線の真ん中の車線で、EDちゃんが突然、「プスン…………」
ありゃ、エンストかい。カッコ悪いなーと思いつつキーを回したが、「キュルルルル、キュルルルルル……」。


はぅあ!!!!
バッテリー干上がっちまった!!!!


雨の日に高いギアで低速走行していたのがまずかったか。なんにせよ、こうなったら処置なしである。
ハザードランプをつけて、後ろの車に「すんまっせん」。
幸いエンスト現場近くにディーラーに勤めているダチがいるので、携帯で「助けてくれー。わしピンチじゃ」と連絡した。
ジリジリするような10分余りが経過したところで、ダチがエスティマで登場。
ケーブルつないで、何とか3S━FEエンジンが生き返った。
Hよ。今度、飯奢るぜ。
30分後れの裁判所入りでしたが、最悪の事態だけは避けられた。


ちょっとしたネタを掴んだのは、昼ニュースのオンエア2、3分前のこと。
大慌てでデスクに電話したが、もうスタジオに入っていて間に合わなかった。
南無三!
せっかくネタを掴んだのに、他局が昼のニュースでオンエアしたら、スクープ(ま、ささやかなネタだが)も一気に「特落ち」と化す。
(ああ、これも天中殺か)と、絶望的な思いになりました。
今の自分にできることは、車のテレビで他局のニュースを見ることだけ。
祈るような思いで画面を注視すること約30分。幸い、どの局もそのネタのオンエアはなかった。
その瞬間、うぉっしゃ!と思わずガッツポーズですよ。
これで、特落ちという事態だけは避けられた。
最悪でも横一線。うまくいけばウチだけのニュースだ。


その後、まったく別の取材内容をモバイルに打ち込んでいた。
送信するところで、フと思った。
今日のわしってどうも天中殺っぽい。ここはとにかく慎重に行った方が良いな。
それこそ何回も記事を読み返し、間違いがないか確認する。
ウン、OK。おかしくない。しかし……どうも嫌な予感がする。
さらに読み返し、ここで気付いた。
あれ? ハブってT島にいたっけ?
慌ててT島の役場に問い合わせると、「いや。うちにはハブはいないよ。マムシはいるけどね」。







あ……あぶねー!




夕方は、地方検察庁で定例会見でした。
今日は他にもいろいろと事件事故があったため、欠席していた社も数社あった。
実は、わしも「欠席してもいいですか?」とデスクに問い合わせる寸前までいっていたのだが、「天中殺。天中殺」と自分に言い聞かせて、何とか他の仕事を済ませて出席しました。かなりしんどかったですけどね。
そうしたところが、公選法違反で書類送検されていた容疑者を略式起訴した、という発表ですよ。
これにはホント、肝を冷やした。
こんなネタを落としてたら、どんな大目玉食らうかわかったもんじゃない。
会見を休んだ他社の記者たちは、、間違いなく今夜、社内でつらい目に遭うことだろう。
でも、わしらの方から彼らに連絡するようなことはしません。
気のいい連中ばかりだけど、彼らは競争相手。よりきつい言い方をするなら、「敵」だから。


夕方ニュース、オンエア。
地方民放の報道部にとって、この時間が集大成です。
県警の記者クラブに設置された3つのテレビのチャンネルを細かく切り替えながら、自分が働いた結果と、他社の動いた結果を見る。
そして、今日の昼前にわしが掴んだネタが放送された。
チラリと、記者クラブにいた他の民放や新聞の連中を見回す。
全員、表情を強張らせているのを見て、(もらった!)と心の中で喝采を上げた。
スクープは蜜の味。
これだからこの仕事はやめられない。。。


しかし、その直後から不安になりました。
民放はもちろん、取材力に定評のあるNHKですら掴んでいないネタ。
これは見方を変えれば、「誤報」という可能性もあるのではないか?
「天中殺」という言葉が頭から離れていないだけあって、それからは不安で不安で仕方がなくなりました。

それだけに、本社の副部長から携帯に電話がかかってきた時は、ビクッとしましたよ。
「当局から抗議があったぞ! あのニュース、誤報じゃないのか!」というものではありませんでした。良かった。
新潟中越地震を取材している地元局やキー局のクルーが、取材の長期化で消耗しつつあるため、うちからも1クルーを1週間、派遣することになった、という。
これにSピーが参加することとなり、ローテーションも大幅な変更となるので、休日予定だった日曜日、わしに出勤できぬか、というもの。
今月、すでに3日も休みが潰れている。しかも振替休日はなし。
それでも「了解です」と即答しました。
断って済む問題ではないし、予定では土、日、月の三連休だった。
最初から三連休まるまる取れるとは思っちゃいなかったし、土、月の2日休めれば、十分に体力も回復するだろう、と考えたから。



だったのだが。



本社に帰ると、部長から呼ばれた。
「Sが新潟に行くことになった」
「聞きました。日曜日、自分が出勤ッスね?」
「月曜日もな」
「…………なんですと?」


夜12時ちょっと前。
デスクがニコニコしながら言った。
「おい、おまえのネタ。共同さんが追いかけているぞ」
速攻で配信パソコンの前に走る。
画面には、わしが抜いた記事の後追い記事が載っていた。
この瞬間、初めてホッとしました。
他社の記事を見て、そのまま自分たちが記事にする、ということはありません(配信記事でない限り)。
もしもオリジナル記事が間違いだったら、「誤報」と「盗用」の二重ミスとなるからです。
ましてや、天下の共同通信がパクリなどありえない。
ちゃんと情報元に確認を取って記事にしているはずです。
ということは、わしのスクープは間違いではなかった、ということ。
もちろん、自分だってちゃんと確認した上で記事にしているつもりですけどね。
なんてったって、ホラ。今日は天中殺だったから。。。


10月23日(土)〜26日(火) 


23日(土)
ほんっっっっっっっっっっっっと久しぶりの休日♪
午前中は洗濯機6回転だった。
午後はマイケルとマイケル両親とともにH町の神社へ安産祈願のお参り。
ついでにおみくじを引いたところ、「小吉」でした。
詳細は「学問→困難です」、「商売→あまり感心できません」。
なんだよ「あまり感心できません」て意味わかんねーよ。
帰る途中で、オモチャ屋に寄った。
明日、コータたちが帰省してくるのです。
一時間ぐらい店内を回って、コータにデカレンジャーのオモチャを、シュンに木のパズルを買った。
二人のリアクションが楽しみだ。
家に帰り着いたのは、夜9時過ぎ。
普通に仕事だった時と変わらないぐらい疲れたので、すぐに寝た。


24日(日)
新潟中越地震の発生を受けて、会社で緊急会議。
明日の地震特集の打ち合わせとともに、大地震の発生が十分にありえる県の民放として、如何に対応すべきかが話し合われた。
明日も休みの予定だったが、社会部メンバーが地震特集の取材に回ることになって県警が空っぽとなるため、わしも出勤することが急きょ決定。
昨日はほとんど疲れが取れていなかったので、明日ゆっくりしようと思っていただけに、チトがっかり。でも仕方がない。
夜は、トラックの騒音と振動に悩む住宅地の住民に対する市の説明会の取材。
取材2時間余りに記事打ちと編集で、帰宅したのはやっぱり日付が変わってからだった。
予定されていたコータたちとの再会は、もちろん延期になりました。。。


25日(月)
裁判のオンパレード。
裁判所と検察庁の間を何度も往復する過程で、ささやかながら特ダネをつかみました。
結果は水曜日に出るが、その日は休みをもらえたので、MっちとSピーに任せることにする。楽しみ。
夜は両親にコータ一家、マイケルらとともに会食。
コータの目が相変わらずきれいなことにビックリした。
そのままわしの家に移動して、コータとシュンにオモチャの授与式。
「ああ。ティーバズーカだニ」と“冷静に”コータは喜んだ。
コータよ。にぃにはもっと激しいリアクションを御所望だよ。


26日(火)
激しい雨が降るお昼時。
裁判所近くのカレー屋で、Y新聞の若手記者と一緒にカレーを食べた。
店を出たところで、消防車がけたたましくサイレンを鳴らしながら突っ走って行くところに出くわした。
消防署に電話すると、交通事故でドライバーを救助するための出動だという。ドライバーの状況はまだ不明。
発生現場の住所だけを取り合えず聞いて、車で消防車を追いかけた。
間もなく現場か?といったところは、既に大渋滞が発生し、ほとんど車が進まない状態となっていた。
幸い近くにコンビニの駐車場があったので、そこに車を置いて、ビデオカメラと傘だけ持ってあとは走る。
ふと振り向くと、Y新聞の記者も100メートルほど後方から走ってきていたので、まだまだ若いモンには負けんぞとばかりに急加速してやった。
頭の中では、「ちゃらちゃ〜ちゃちゃら〜」ってな感じで「太陽にほえろ」のテーマソングが流れておりました。
でも、さすが運動不足のヘビースモーカー。すぐに息が上がった。
事故自体は幸い大きなものではなく、わしら的には3キロほどマラソンしただけに終わりました。


10月20日(水)〜22日(金) 

20日(水)から22日(金)までを総括します。

10日連続出勤、そのうち6日が朝早く出て日付が変わってからの帰宅。
さらに、殺人、台風、収賄、殺人未遂裁判、火事、性転換訴訟、行政不祥事、コンビニ強盗、県外交通事故、行方不明事案などなど、「これでもか。どうだ。おらおら」とばかりに続発した事件事故災害の連続発生……。
頭の中がジャンプしまくっているのを、何度も自覚しました。
なんでもないことで笑いが止まらなくなったり、移動中やら記事を打っている時やら編集している時、「あれ? 俺、今何してんだっけ?」と本気でわからなくなっている自分がいる。
警察への警戒電話の最中なんて、呼び出し音が心地よくて寝てました。
そして、「はい。○×警察です」の声で目が覚める。
「このまま電話に出ないでくれ」と思いつつ、ピッポッパッとプッシュホンを繰り返してた。
(ああ。
ちょっとばっかし壊れつつあるなー)なんて思ったりもしましたが、幸い「ちょっとばっかし」で済みました。


それにしても、新聞社にいる時は、昼食の後の昼寝がほとんど「義務」状態だった飼い主だというのに、今では全然眠れなくなりました。
うちの局のニュース枠は、昼、夕方前、夕方、夜、深夜。
記事によっては、その都度対応しなければならないものもあるので、本当に気が抜けない。
新聞時代は「テレビは楽そうだなー。原稿の量は短いし、一日1、2本程度の取材しかしないって聞くし」なんて思っていたが、完全なる誤解でした。
それを激しく痛感するのは、台風などの自然災害や、大きな事件事故が発生した時です。
最新情報を激しく送り続けなければならないし、映像だって最新のものに差し替えなければならない。
「携帯電話やモバイルがない時代は、どのように仕事をしていたんだろう」と本気で不思議に思います。


22日(金)は遅番でして、夜11時の警戒電話をしていた時、「T市で火事発生。一人死亡の模様」という情報を掴んだ。
すぐにデスクに連絡→デスクは担当支局に連絡→わしは予定稿を書く……と対応しましたが、その段階で掴んでいる確定情報は、「T市で火事発生」ということのみ。書ける記事も限られている。
それからは午前零時過ぎのオンエアまで、怒涛の情報収集です。
オンエア2分前になって、ようやく火事の概況や被害状況を把握した。
携帯電話を握ったまま、スタジオのアナウンサーにマイクで伝える。というか叫ぶ。
そして、オンエア。


テレビと新聞の最大の違いは、速報性です。
それぐらいのことは承知していたつもりでしたが、その重みというか大変さというか、そういったもろもろのことは、やはり実際に体験してみないとわからないものだな、と。。。


10月19日(火) 

南の島に行っているMっちが、夕方ニュースに全国中継で登場するってことで、本社のわしは片っ端から関係機関に電話して情報収集の側面サポート。
そこへ入ってきたのが、殺人事件発生の一報。
それからはもう、大騒ぎですよ。
Mっちとの連絡、殺人事件、他の警察署への警戒電話、台風に伴う欠航便と被害の確認……文字通りバッタバタ。
ギリギリで全部オンエアに間に合いましたけどね。かなり精神的に追い詰められた。


今夜から台風シフト。
ここ数日、ちょっと厳しい勤務が続いていたわしは、「とりあえず帰って休め」ということになった。
ただし、明日の休日はやはりというか当然というか返上です。
そろそろ、体がしんどくなりつつあるな。
休みがもらえる(はずの)土曜まで頑張るのみです。
まだ10時だけど、もう寝る。

10月18日(月) 

台風23号の接近に怯えし子羊たちよ。
余の言葉に謙虚に耳を傾けよ。




台風24号も北上中れす。


今朝、Sピーの第一子が誕生した。女の子です。めでたい。
いつもニコニコしているSピーの顔が、いつも以上に崩れっぱなし。
来年5月には、自分もこんな顔になれるのだろうか。
崩れ顔のまま外に出ていたSピーが、夕方になって携帯に電話を入れてきました。
Sピー「Tさん。お願いがあるんですが……」
わし「断る」
Sピー「まだ何も言っていないのに……」
わし「病院行きたいんだね」
Sピー「ああ、やっぱりわかってくれた」
わし「いいよ。遅番は任せな」

今日はわしが早番で、Sピーが遅番でした。
Mっちは台風取材で南の島へ行っていて、もうひとりの社会部員は出張中。
Sピーの遅番を代わってやれるのは、わし一人という状況。
実際のところ、早番からそのまま遅番というのは、体力的にはもちろん、精神的にもかなりつらい。
しかし、Sピーだって一刻も早く、誕生を待ちわびた我が子を抱っこしたいことであろう。
打算的な飼い主は、社内における自分の好感度UPも視野に入れて、Sピーの申し出を快諾しました。


夜10時を過ぎたころ、出張ソープのチラシを公園のトイレに張りまくっていた男が、軽犯罪法違反の容疑で逮捕された、との報道連絡簿が入った。
夜の当番アナだった姉御キャスターから「出張ソープって家にも来るの? どこで落ち合うの? 料金は? どこまでやってくれるの?」と矢継ぎ早の質問攻めに遭う。
その手の店のことはよく知らないので、デスクに話を振ってみると、デスクは「よくぞ聞いてくれた!」とばかりにシステムを詳細に教えてくれました。
さらにデスクは、ネットで県内のその手の店を検索し始めやがる。
顔を手で隠した下着姿おねーちゃんの画像が出てくるたびに、「うぉー」だの「ひゃっほーい」だの嬌声を上げるオス2匹。
1匹はデスクで、もう1匹はわし。
最初は呆れていた姉御も、わしらの興奮ぶりに興味が沸いてきたのか、やがて仲間入り。
それからしばらく、三人で「すげー」とか「ああああぁーっ」とか叫んでいました。


10月17日(日) 

昨日はヘリで、今日はフェリー。
早朝の甲板から潮の香りをたっぷり吸って、「うーむ。朝の海は良い。これが仕事でなかったらもっと良い」。
それにしても、フェリーで食べるうどんはどうしてこんなに旨いんだろう?


台風23号! おうコラ!
また! 
また! また!
日本に来るんかいもう勘弁してください。
どうして今年の台風は、中国方向に行くかなーと思わせといて、サクッと右90度の方向転換をしやがるのか。
現在の予報では、九州に直撃する場合は20日水曜日の夜、南九州が暴風域に入るとのこと。
あ…………水曜日は休みの予定なのに。
社会部の記者は、「台風シフト」から逃れることはできない。




グスン。

10月16日(土) 

全島民56人の小さな島での取材のため、生まれて初めてヘリコプターに乗った。
酔いそうなので酔い止め薬を飲んだものの、気流が安定していたらしく、まったく問題なし。
むしろ旅客機より空に近く、かつ飛行高度が低いために地形もよく見えるヘリの楽しさを、たっぷり満喫してきました。
ホント、びっくりするほど山並みが綺麗で、「ヘリのパイロットは、こんな素晴らしい光景を独り占めしとるのか!」と意味不明な嫉妬心まで抱いた。

操縦席には、18個のメーターがあった。数えた。
どれが速度計かな高度計かな深度計かないや潜水艦じゃないから深度はいらんかと興味深々で眺めてみたが、何が何だかまったくわからない。
二本の針がチックタックと動いている計器が、時計であることだけはわかった。

騒音猛々しいヘリ内部では、レシーバーなしでは会話は不可能。
島の空撮について、パイロットやカメラマンと打ち合わせをする際にも重宝します。
しかし、出発直後からレシーバー関連の問題が発生した。
レシーバーが頭を締め付けて、こめかみが痛い。かなり痛い。
パイロットもカメラマンも、よくも平気でいられるものだと不思議でしょうがなかった。
しかし、痛いものは痛いので、レシーバーを外したり付けたりして誤魔化していたが、取材を終えて飛行場に帰り着く10分前になって、メガネのフレームが圧迫されていることが原因とようやく気付いた。

10月15日(金) 

昨夜、布団の中での会話。
マイケル「ねえ、眠れないの?」
飼い主「間もなく爆睡モードに突入する」
マイケル「それを承知で、敢えて言うのだがね」
飼い主「おっしゃ。かかってこい」
マイケル「田中角栄のお嫁さんを知っているかね?」
飼い主「田中真紀子」
マイケル「どうしてみんな、そう答えるかね……」
飼い主「角栄の嫁がどうした?」
マイケル「角栄の10歳年上なんだって」
飼い主「ほう」
マイケル「で、角栄の愛人は、10歳年下なんだって」
飼い主「それはキリがいい」
マイケル「Eちゃんが『なかなか年が近い人と一緒になれないんだねぇ』って言ってた」
飼い主「ふーん」
その応えを最後に、記憶がない。
寝たらしい。






不毛な日記ですか? そうですか。





マイケル「不毛ってことは脱毛したってことですか。そうですか」




アホっぽい会話ですが、すべて事実です。

10月13日(水) 

休みの日は心行くまで爆睡する。
今日も11時ぐらいまで寝てた。
でも、起きたらちゃんとやりまっせわし。
洗濯して掃除機かけて洗い物片付けて米といで。
午後1時ごろには全て完了。誰かわしのことを「パーフェクト主夫」と呼んどくれ。
それから実家へ行って、カバ彦と散歩。
毛代わりの時期で、カバ彦も細くなったみたいだ。
本屋で立ち読み行脚をしてから帰宅し、仕事に行ってるマイケルの帰りを待つ。


たまにはこういうノンビリした一日ってのも良いです。

10月11日(月) 

今日、コータが人生初の運動会に臨むということで、祖父母馬鹿の両親と伯母馬鹿の下の妹は、泊りがけで福岡に行っていた。
その数日前、コータママたる上の妹から届いたメールは、「(コータが)入場行進する姿だけでも泣いてしまうかも」というもの。
そんな気持ちがものすごくよくわかってしまうわしは、きっと叔父馬鹿なんでしょう。昼を過ぎたところで、「コータ、かけっこ何位だった?」とメールを送ったりする。
で、結果は見事一着!
何だか持ち馬が新馬戦を勝ち上がったような気分。あー夢が膨らむ。うまくクラシック戦線に乗ってくれよ……などと競馬に興味のない方には意味不明な喜び方をしてました。
なんにせよ、コータ! よく頑張った!
今度帰省してきたら、またデカレンジャーのオモチャ買ってやるからな!


パリーグ・プレーオフ最終戦ということで、夜8時を過ぎたところで、記者&カメラマンとして市内のダイエーへ取材に行った。
ホールに設置された大画面テレビで、ホークスを応援している人々の姿をカメラに収めるのですが、基本的にお客さんをメインにカメラを向けているので、プレーひとつひとつを見る余裕はない。
その状態で痛感したことがひとつ。
「プロ野球というやつは、一球一球の間が長すぎる」
試合の状況がわからず、ただレンズ越しに観客を映している状態なだけに、なおさらそう感じたのかもしれません。
どうかすると、次の球を投げるのに、平気で10秒20秒ぐらいかけてる……よーな気すらしてくる。
スポーツニュースのダイジェストでしかプロ野球は見ない人種なだけに、「こんなに間を空けるものなのか?」と正直驚きました。

テレビやら週刊誌やらで、「プロ野球人気の低迷」という話題がしばしば取り上げられています。
本当にプロ野球が以前よりも面白くなくなったのかどうかは、そもそもプロ野球を見ていない人間なだけになんとも言えません。
ただ、あの「間の遅さ」。
あれは自分には合わない、ということだけは、確実に言える。

10月10日(日) 

マイケルのおばあちゃんの法事ということで、朝から車を飛ばしてIB市の親戚宅へ。
こちらを訪問するのはこれで二度目だが、法事だけにさらに多くの親戚が集結しており、再度自己紹介しました。
なお、マイケルの下の弟のK君も、来年2月にパパになることを初めて知った。
5月に出産予定のカミーユとは、わずか三ヶ月差です。
でも学年はひとつ違うことになるわけで、何か不思議な気持ちになりました。
人間が成長する上で、環境というものは極めて大きな要素を占めると思いますが、ほんの数ヶ月、場合によってはたった一日、生まれた日が違っただけで、学年が一年分異なることになる。まったく別の人間環境に身を置くことになる。
こういうことは巡り合わせなのでしょうが、K君ジュニアにせよカミーユにせよ、それぞれが飛び込むことになる人間関係の中で、良いものを学んでいってほしいと思います。


そんなこんなしていると、携帯にメールが入った。
差出人は、新聞社時代の後輩で、倒産後に別の地元新聞社への入社を果たしたN。
「ただ今」という題に写真付。文章は「予選2回目! ジョーダン・フォードです!」
なんと彼奴め! 日本グランプリ見にいってやがるのか羨ましいぞコン畜生!
どれ、写真は…………プッ。わけのわからんウンコ写真。
もしかして、真ん中にチョコンと写っているゴマ粒みたいなもの、これがジョーダンか?
携帯カメラでF1を撮影しようという、そのおおらかさとアバウトさだけは相変わらずのN。
その後も、「琢磨、フロント・ロウです!」「バトンは五位です。多分」「ついに決勝スタートです!」「シューマッハ独走……」と、頼みもしないのに実況メールを送ってくる。
おいおい、と少し不安になった。
俺、夜にF1見るの楽しみにしているんだが、そこらへんをあんにゃろうめは理解しているのだろうか?
「結果は言うなよ」と返事を送ろうかとも思ったが、まあ付き合いも長いし、それぐらいわかっているだろうという認識と、「返事打つのがメンドくさい」という現実もあって、ほっといた。

IB市から自宅に帰り、さすがに疲れたのでちょっと昼寝した。
目が覚めると、携帯に「着信あり」の表示。
いつものくせでどりゃどりゃどりゃとボタンを押し捲ると、画面には「シューマッハ兄弟のワンツー。バトン三位。琢磨四位……」の文字が踊っていた。







Nよ。今度会ったら恥ずかし固めの刑だよ。




夕方、F町へ向かう。
新聞時代から取材していて、個人的に大ファンの和太鼓集団の野外ライブがあるのです。
先週の土日は仕事だったので、こうして「遊び」でマイケルと出かけるのも随分久しぶりだ。
会場周辺は、5600本もの松明で盛大に彩られており、二人して腰を抜かした。
ライブも相変わらずの躍動感と迫力で、ばっちり命の洗濯ができました。

10月9日(土) 

睡眠3時間だった前日から一転、休日の今日は12時間爆睡。
夕べは疲れきって、夜9時には布団に飛び込んでました。
起きると、速攻で洗濯。
一人暮らしの時は、洗濯は2週間に1回の割合で、部屋の中を万国旗のように彩るトランクスが、壮観な光景を演出していた。
でも、マイケルと同棲するようになってからは、3日で洗濯カゴは一杯になり、1週間でチョモランマのように洗い物が天を突くようになっている。
1週間分でだいたい洗濯機3回転ってところでしょうか。
1回分を回したまま家を後にし、マイケルとともに産婦人科へ行く。

マイケルの腹の中にいるガキンチョ。
性別はまだわからないので、とりあえず「カミーユ」と呼んでいる。
意味がわからない方は、レンタルビデオ店で「ゼータ・ガンダム」の第一話をお借りになって下さい。
宿ってまだ2ヶ月ほどのカミーユだが、映像を見せてもらったところ、「さっさとこの狭っ苦しいところから出さんかい」とばかりに激しく手足を動かしていた。
うん、この元気な動きからして、カミーユは男だな。
大きくなったら、一緒にキャッチボールやらサッカーやら凧揚げやらカケッコやら腕相撲やらメンコやら水鉄砲やらして遊んでもらおう。
体長は35ミリほど。
来年の5月が待ち遠しい。

10月8日(金) 

朝3時過ぎまで飲んでいたが、今日は朝7時から取材。
6時に起きてシャワーを浴びるという目論見は、カメラマンからの「まーだーかぁー」の電話によって、破綻していたことが明らかになった。
ちなみに、そのとき午前6時40分。
寝癖だけ直して、アタフタと家を飛び出したが、見事に二日酔い。つらい。すんげぇつらい。
飲み会の後バッチリ吐いておいたものの、吐きが足んかったと見える。
この取材は後の企画に使うつもりでいたので、立ちレポの予定を入れいていた。
撮影はカメラマンに完全一任して、自分はズキズキする脳ミソを総動員しての文言作り。まったく言葉が思い浮かばない。
ようやくレポート原稿を作ったが、今度は喉がかすれて声が出ない。
車の中に入って「アー!」だの「ダー!」だの絶叫して、何とか喋れるようになった。

取材を終えて、「とりあえず朝飯食おうや」ということで、ジョイフルへ。
痛んだ胃袋を雑炊で優しくコーティングしてやるという心積もりも、メニューに載ってた美味しそうなハンバーグの写真でまたも破綻。
食後、体調はさらに悪化。
記事打ちとテープの編集に2時間近くもかかってしまったのです。。。

10月7日(木) 

仕事から帰ってボーッとテレビを見ていると、Sピーから電話。
「Tさん、今どこですか?」
え? 家だけど?
「あれ? 今日は遅番じゃなかったんですか?」
その言葉に、全身の毛が総毛だった。
午後9時55分。
これから夜ニュースが始まる時間ではないか!
“遅番の俺”が家にいるということは……ギャーやってもた! 大目玉モンのミス!
携帯を顎で押さえたまま、大慌てでジーンズを履き、あ、いかん、スーツだと思い直して今度はスーツに袖を通す。
呆れ返っているマイケルをほっといて準備に勤しんだが、ここでようやく「ン? ちょっと待てよ」と気付いた。
俺、今日は早番の仕事してたじゃないか。そして遅番のMっちに引継ぎの電話も入れたぞ……。
Sピー「今日、仕事が終わった後も、Tさんいろいろ調べ物とかしてたでしょ。だから遅番なのかなーって」








わしの寿命を縮める気かSピー!



とりあえずSピーの勘違いとわかって一安心。
Sピー「じゃあTさん。今から飲みませんか? sさんもいますよ」
行く。激しく波打つこの鼓動、酒で収めにゃ止まりはせぬ。
それにしても、何かトラブルがあったら、「あ。多分俺がミスしたな」と反射的に捉えてしまうのは、ウッカリミスが多いがゆえの哀しい性だ。

sさんは県政部の女性記者で、選挙特番の時には解説も務める敏腕記者。さらに美人。
既に一軒回っていた二人は、とっくに出来上がっている。
早く酔わにゃ損々ということで、生ビール1杯と焼酎3杯、むさぼるように飲み干してわしも出来上がった。
散々騒いで、「カラオケに行こう」。
最近の曲を知らないという状態が数年にわたって続いているわしの持ち歌は、もっぱら懐メロ。
田原俊彦に近藤真彦、少年隊、ビートルズと熱唱し、風見慎吾の「涙のTake a chance」をブレイクダンス
みたいな動き付きで通しで歌ってやった。
酔いと酸欠で眩暈がしたが、ウケたので良し。
ちなみに、家に帰り着いたのは午前3時半でした。

10月5日(火) 

夕方、「晩飯どうするー?」と聞くと、「焼き鳥が食いたい」とマイケル。
家の近くにお持ち帰り注文ができる居酒屋があるので、マイケルの6年来の愛チャリ「レッド・パッション」号に乗って居酒屋へ。
Tシャツに半ズボンといういでたちだったのだが、空気がヒンヤリときました。
「最近、朝と夜は冷えるよな」などと言っているけど、もう10月だもんね。そりゃ冷えるわ。
夕べ飲み会から帰ってきたら、つわりで本調子でないマイケルが38度の熱を出してた。
妊婦に風邪薬は禁物なので、アイスノンとたっぷり布団による対処で熱も引きました。
この時期、散々使いまわされている言い草ですが、皆様、季節の変わり目は健康にご注意を。

10月4日(月) 

今日は休日。昼過ぎまで爆睡していた。
マイケルは残業なので、晩飯どうすっかなーと頭を捻ったところで、今夜は地検との飲み会だったことを思い出した。
先週の海保との飲み会といい今回といい、どうしてわしが休みの日に飲み会なんだ。
なんとなく癪な気分です。

ニューストピックス見たら、台風22号発生とか。
今年は、3つもの台風が県本土に接近、暴風域に入って被害を出している。
こちらはそのたびに徹夜体制になるわけで、もういい加減にしておくれというのが正直な心境です。

さて、着替えて飲み会会場に行きますかね。。。

10月3日(日) 

あと30分で会社も終わり、というタイミングで携帯が鳴った。相手は非番の先輩記者。
「☆市から★方向にヘリが飛んでいったよ」
今日は仕事がはねたら、マイケルとともにわしの実家へ行くことになっていた。
でも、こうなると気持ちは完全に「ヘリ」へと向いている。
基本的に夜飛ばないヘリが飛んでいたとなれば、こりゃ何かあったなと思わなければならない。
県警本部、ヘリが飛んでいった方向の所轄署、海保、消防、自衛隊、個人的なつながりのあるその筋の人など、思いつくところに片っ端から電話をかけては「何かありましたかー!」。
結果的に言えば、事件の発生を思わせる情報はなし。
いろいろな方面に話を聞くに、昼に訓練していた自衛隊のヘリが基地に帰った……らしいです。
自衛隊は「ん〜、うちのヘリは上がってないけどね」とか言っていましたけど。
結局、予定より40分ほど遅れて会社から上がりましたが、いったい何のヘリだったんだろう?
明日になって、「実はこんな大事件が発生していますた」なんて事態にならなきゃいいけど。
多分、明日の夢に出てくるんだろうな。

10月2日(土) 

、初めて「タイタニック」見てる。
マイケルがチャンネル変えさせてくれないため。
それでは全世界初の試み、「タイタニック」実況中継、行ってみよう!

7時30分。ローズ婆「いわゆる新興成金連中だわ」……何だかんだ言って、他人を下々の人として見てるのね。
7時35分。ジャックとローズのファーストコンタクト。いやー、「一目惚れ」って便利。だって理由がいらないもの。
7時40分。「ドテドテ」と甲板を走るローズ。じぇんじぇん綺麗とは思えん。
 マイケル「最初は私も『太ってるかなー』って思ったんだけど、撮影が続いているうちに痩せてきたよ」
 わし「なんてことを! 『航海中に痩せた』と言いなさい!」
7時50分。ローズ「助けてー」。走る船員たち。あ、この展開ってもしかして……やっぱり誤認逮捕か。
8時。ヌードモデルの絵。わき毛までしっかり書いてるジャックが素敵。

放映から1時間。チャンネル変えたい。

8時5分。唾の飛ばしっこ。ジャック、君が飛ばしているのは「タン」だ!
8時15分。ジャックをサポートするモーリー。いい人です。これからもジャックをよろしくお願いします。
8時16分。ジャック、いいこと言った!「今日に乾杯!」
8時24分。三等船室でのパーティー。ヒャッホーイ!
8時25分。ローズ、いい飲みっぷり。
8時28分。キャルが切れた! ドメスティックバイオレンスの一歩手前。でも、キャルって名前はかわいい。
8時29分。こら、ローズの母! 働け!
8時35分。ジャック「君の中で燃えている美しい炎は、いつか消えてしまう」。日本人には言えんセリフだ。まず間違いなく、ギャグと取られてしまうでしょう。特にわしの場合。


ここで「ハッ!」と気付いた。
ジャックの連れの男はどこ行った?

8時37分。お、いよいよあの名場面か!?
8時37分。よし、ジャック。ここで突き落とせ! 違う映画になってしまうぞ!
8時38分。ローズ「空を飛んでる! ジャック!」 この場面、地元のフェリーに乗った時、ふざけてやったことがあるよ。男のダチが相手だったがな。

8時40分。ローズ「身に着けるのはこれだけ……」 脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ!
8時42分。ローズ、こっち向いてー。
8時43分。ローズはわき毛をちゃんと処理していた。
8時45分。ええい、絵の乳首などどうでもよい! 生の乳首を見せよ!
8時45分。ローズ婆「私の生涯で一番エロティックな瞬間だった」。期待に満ち溢れた目で婆を見る引き揚げクルー。
8時50分。執事を笑顔で振り切って逃げるジャックとローズ。ローズや。あとでキャルの地獄の折檻が待ってるよ……。
8時52分。ジャックとローズは、ボイラー室を駆け抜けた! ドレスなど汚れてはいない。染みひとつ付いたりしちゃいない。
8時54分。指フェ○! さあ、レッツゴー!
8時55分。布が邪魔ー!
8時56分。ボーイ「見つけたぞ!」…………そのセリフは見つけてから言うべきだ。つか、濡れ場が終わっちゃった。グスン。
8時58分。見張り「前方に氷山!」 さあ、これからがこの映画の見せ場。


9時00分。操舵手の手がガチガチガチガチ。
 わし「こいつが震えてて舵が切れなかったってこと?」
 マイケル「うんにゃ。船の大きさに対してエンジンが小さ過ぎたんだって」
 わし「でも、それじゃスピード出ないじゃん」
 マイケル「!………………」(手にしていたウチワを落とす)
 わし「信じていたものが崩れ去った瞬間だね」
 マイケル「双眼鏡がなかったことがすべてなの」
9時05分。氷山サッカー。こんな感じだったのかね。
9時07分。誤認逮捕パート2。でも、今度はやばそう。手錠をかけられたせいでジャックは逃げられない、とか……?
 マイケル「それはどうかね」
 わし「あ、やっぱりそうなんだ」
 マイケル「そうはいかのテンプラ」
 わし「ちゃかちゃかちゃかちゃかタイピング」
 マイケル「あーそういうの書かないでよ!」 マイケルはバックスペースキーを押し、わしの執筆活動の邪魔をする。

9時11分。ついにドメスティック・バイオレンス。
9時14分。バイオリン演奏。「お飲み物をどうぞ」。情報が伝わらない状況下の、ある種残酷な場面。
9時14分。マイケル「ほら。ローズ最初より痩せてない?」 マイケル「そうでもないか」
9時15分。ジャックが手錠ごと柱にくくりつけられた! わしってノストラダモスだすな!
9時17分。演者「騒ぎが起きないように、楽しい曲を演奏しよう」 こういうノリというやつは日本人にはなかなかないな。
9時25分。ジャックに教えてもらった唾飛ばし。キャルの顔面を正確に捉えた。
9時26分。アンドリュース「エレベーターで一番下に……」
 わし「この状況でエレベーター使えるの?」
 マイケル「なーぜーかぁ……使えるんじゃ」

9時28分。大変だ、鍵がない! ジャック「引き出しの中は!」 ローズ「ないわ!」 
ジャック「ローズ……君はなぜ来てくれたんだ?」 ローズ「貴方が犯人なわけないもの」 ジャック「早く鍵を捜せ!」 なんちゅー言い草だ。
9時36分。斧をかついでローズ登場! でも、へっぴり腰っぷりにジャックもビクビク。ジャック「練習した方がいい」「もう一回同じところを打て」 しかし、ローズに斧のセンスはまったくなかった! ジャック「…………もう練習はいい」 ジャック「ローズ、信じてるぞ」 信じてるというか、溺死の前に殴死を覚悟したジャック!ローズは目をつぶって斧を振りかぶった。
 マイケル「見てないし!」

9時35分。ボーイ「あんたたち何してる! ドアを弁償してもらうぞ!」 ジャックとローズ「うるさい!」 ごもっとも。
9時39分。あ。ジャックの連れが久しぶりに出てきた。
9時42分。演者A「誰も聞いていない」 演者B「食事の時だって誰も聞いていなかったさ。弾いていれば体が暖まる。さあ、『天国と地獄』だ」 こいつらホントにいい度胸とセンスしてる。
9時50分。「ローズ!」 ぶちゅばぶちゅば 「どうして!」 ぶちゅばぶちゅば 「馬鹿だよローズ!」 ぶちゅばぶちゅば

 わし「ここからどうやってローズが生き残るのか……」
 マイケル「フッフッフ。謎でしょう!」

9時58分。敬礼。ダキューン! 金で船乗りの心を失いかけた男は、過ちを犯した後、“船乗り”に戻った。
9時59分。逃げようとしないタイタニック設計者のアンドリュースさん。
 マイケル「アンドリュースさんは悪くない……」



ここまで読み返して思った。この日記、わけわかんない。かつ長い。


10時05分。演奏を続ける奏者カルテット。ブリッジに戻る船長。時計をじっと見るアンドリュース。震えながらベッドで抱き合う老夫婦。子供にお話をしてあげる母親……クライマックスが近づきつつある。
10時06分。船長死す。
10時08分。ジャックの相棒死す。倒れてきた煙突の下敷き。

抱き合ってた老夫婦の話をする。
 わし「ああいう夫婦になりたいな」
 マイケル「うん……」
そのままわしの膝に寝っ転がるマイケル
 マイケル「(テレビが)見えん……」
マイケル、普通の体勢に戻る。

10時15分。もち上がった船尾から海面へ飛び降り、スクリューに当たった人。痛そう。
10時17分。タイタニック、真っ二つ。
10時19分。人がどんどん落ちていく。阿鼻叫喚。


10時20分。タイタニック、沈没。


10時31分。北大西洋。そこは、「漂流」という極限の環境で助けを待つこと“すら”許さない、地獄の海。


10時40分。101歳ローズ婆。ようやく語り終えた。つか、ダイヤはどうした? ローズ婆?

10時45分。やっぱりローズ婆が持っとりやがったダイヤ! つーことは……あの引き揚げクルーたちのこれまでの努力っていったい!

10時47分。終わった。沈没シーンはなかなか迫力があった。それと、えらく長い日記になった。

10月1日(金)

偽「森伊蔵」をネットで販売した男の判決公判がきょう、大阪地裁であった。
結果は執行猶予付き有罪判決だったが、焼酎ブームというやつを実感させる事件です。
一昔前までは、「安いだけの匂いがきついアルコール」という認識の人が多かった焼酎。
それが今や、都会では焼酎バーなる店ができ、人気ブランドはオークションで高値取り引き。さらには偽物まで出回る。
「イッキ! イッキ!」とアホな焼酎の飲み方をもっぱらとしていた学生時代……十年余り前ですが、その頃は今のような事態はまったく想像できなかった。


その森伊蔵を夕べ飲んできました。「初」森伊蔵だぜイェーイ。
海上保安部との飲み会の後、Sピーに連れて行ってもらったお店。森伊蔵が有名になる以前から取り引きをしていたつながりで、希少価値の高い森伊蔵をお得な価格で飲める。
都会では、グラス一杯5000円(5万円だったかな?)で出す所もあるという話を聞いたことがありますが、一合600円余りとはびっくりです。
ただ、海保との飲み会で既に酩酊していたわしに、もはやタンクは残っていませんでした。
結局、たった一杯飲んだところで「もう勘弁してけれー」。

初めての森伊蔵は、確かに飲みやすかったです。
今度、マイケルやらダチやら連れて飲みに行こうと思います。


9月29日(水)

南の島での台風取材から帰ってきました。
初めての中継を体験しましたが、リハーサルで「10秒オーバーだぞ」と言われた時は、顔が青ざめた。
本番では早口で喋って何とか枠内に収めましたけどね。
噛むこともなかったし、まあ出来はボチボチ。
強いて“問題”を上げるなら、台風が島をちょこっとかすめただけだったこと。
島の人たちにとっては何よりですが、勇躍乗り込んだ自分としては、完全に拍子抜けでした。
逆に、直撃だった県本土、そして本社は大変だったようで、結果的にほとんど苦労しなかった自分が何とも歯がゆい。
まあ、巡りあわせではあるのですが……。


島で、鶏飯を食べました。
ご飯に鶏肉のササミ、ネギ、ノリ、卵などの具をのせ、地鶏の鶏ガラスープをかけた、お茶漬けのような食べ物です。
来島した昭和天皇がこれを食べ、「まいうゥ〜。One more please!」という主旨の発言をして一気に有名になったそうですが、これがまたホントうまかった。
あの鶏ガラスープでラーメン作ってもうまいだろうな。


今日、パジェロミニが納車されました。
ただし、保険をまだかけていないので、マイケルは明日までバス通勤するように。

9月24日(金)

曙と真っ向勝負の打ち合いから、ハイキックKO。
レミー・ボンヤスキーは真のチャンピオンだと思う。
フランソワ・ボタ。おめでとう。
今まで苦労していただけに、喜びもひとしおでしょう。
バンナは残念。古傷ヤバイのか?
マイティ・モー。こいつは相当すごい。
イグナチョフを判定で倒したタイ人ムエタイ選手。ホントびっくりしました。
なんであんな迫力ある試合がダイジェストなんだ。

日記をつけ始めて、今日で四日。
これで「三日坊主」とは呼ばれないですむな。呼ばれるとしたら、「四日坊主」か。
と申しますのも、明日からしばらく、日記の更新ができないのです。
明日から南の島へ行って参るがゆえ。
でも全然うらやましい話じゃないッスよ。
取材ですから。台風の。
今朝出社して、気象台の衛星画像を見た時は、思わず「ぶっ」でした。
昨日まで、北西方向・中国への軌道を示していた台風21号の予測針路、沖縄付近で思いっきり直角に曲がっとるやんけ。しかも九州方向。
今の段階では何とも言えませんが、九州は少なくとも強風圏内に入るんじゃないかな。
離島での台風取材は初めての経験ですが、自分がどこまでやれるのか、期待半分不安半分です。
事故にだけは十分注意して頑張ってきます。

あ、それと。。。
来年5月2日の予定ということが今日、明らかになりました。
ガキの誕生が。

9月24日(金)

現在、我が家の愛車は平成8年式カリーナEDが一台。
もっぱらマイケルはバス移動なのだが、夫婦生活をする中で、かなりの不便を感じるようになっている。通勤とか買出しとかその他もろもろで。
そこで、セカンドカーとして軽自動車を買うことになり、今日、中古車展示場へ行ってきた。
二人が休みの日に、中古車展示場を回るのも楽しいかなーとも思っていたが、今回は親父に頼むことにした。
親父は以前、中古車会社をやっていたので、その時の繋がりで相場よりかなり安い値で仕入れることが可能なのです。
今回勧められたのは、平成8年式パジェロミニのオートマ。綺麗な車でした。
リコール隠しで問題になっている三菱車.。とはいえ、親父がネットなどで調べたところによると、この年式のオートマ車では不具合の報告はないとのことで、そこまで熱心に調べてくれた親父に感謝です。
また、最近の中古車相場は全然知りませんが、走行7万キロで車検をつけて30万円というのは、パジェロミニという車種を考えるなら、相当お得な感じがする。
早速マイケルの職場へ試乗を兼ねて持って行き、「おー。いいねー」とのことだったので、さっさと契約した。
ま、軽自動車だけに、加速や居住性などは確かにアレです。
特に、「一速→ワンテンポ→二速→ワンテンポ→あらもう時速50キロですわね→とりあえず5速にしとけ」ができるEDに慣れた身としては、スタート直後に6000回転まで踏み込まなければならない状態はチトきつい。
EDの3SーFEエンジンが、余りにも自分にしっくりくるエンジンでありすぎただけに、なおさらそう感じました。
とはいえ、普通乗用車じゃないんだからそんな文句は的外れ。
厳しい予算の中でこれだけの軽自動車が手に入ったのだから、いい買い物ができたというべきでしょう。
来週水曜日に納車予定で、これでマイケルの行動範囲も格段に広がるな。

なお、当面パジェロミニにはマイケルが乗りますが、12月ごろ以降はわしの足となることが決定しておる。
その頃には8年来の相棒だったEDに別れを告げ、ポルテを購入する予定。
そして、エアロやらアルミやらで装飾されたポルテは、マイケルが乗り回すことになる。
新車を傷だらけにされちゃたまらんので、マイケルにはパジェロミニで、しっかり運転の勘を養ってほしいものです。

9月23日(木) 

「♪嬉し恥ずかしあっさ帰り」ってなもんで、朝8時過ぎに家に帰り着いた。マイケル、すまぬ。
夕べは飲み会。
睡眠2時間→13時間労働→飲めのめノメ……ってなわけで、ダメージもでかい。
代行で家の駐車場までは何とかたどり着けたものの、そのまま助手席で寝てました。
でも二日酔いがないのは、夕べのうちに全部ゲ○してたから。
お金払って胃に収めた酒や食い物ではあるが、二日酔いになるくらいなら、○ロしておく方がよい。


わしが陰で「姉御」と呼んでいるニュースキャスターから「仕事引けたら飲みに行くぞ」と誘われた。ヘイ、お供いたしやす。
ところが、オンエア終了後の部会で、わしと同じ社会部のSピーの2人が、部長から雷を落とされてしまった。
自分では何とかやっていけてるかなと思っていたが、上から見るとまだまだ足りないみたい。
少しショックでしたが、「人間、怒られるうちが華」というのは真実だと思います。
いい仕事をして、みんなから認めてもらわなくちゃなんめえと、気持ちがシャキっとしました。
ただ、営業部から社会部に異動となって半年のSピーは、相当応えたらしい。
雷が落ちた後、2人で喫煙室で話したが、かなり落ち込んでいた。
そこへ姉御登場。「さあSピー。T君。飲みに行くよ!」
さらに、わしらに怒声を浴びせた部長も登場。「おい。飲みに行くぞ」


ありがたいことだと思います。

9月22日(水)

なんでまた急に日記を付ける気になったかと申しますと、ひとえに更新が滞っているため。
ネタは色々あるのだが、いかんせんまとめるヒマがないのであって、決して自分のサイトのことを忘却の彼方に放り出していたわけではないのだ信じてママン。
5年近く勤めていた新聞社が倒産して4ヶ月。県内の民放会社に再就職して2ヶ月。
再就職直後は土日に休みを頂き、「おーこりゃええ会社に移れたもんじゃ」と喜んでいたのも遠い昔の話、慣れてくるとホイホイ仕事があてがわれる。
ましてや、何か事が起こったら、たとえ休日であっても短縮登録した「デスク」の文字が携帯の画面上で踊り、問答無用で「出てこーい」のお達しがかかる社会部所属。ウカウカ予定も立てられまっしぇん。
でも、比較的短い日記なら「なんとかなるかなー」という蜂蜜のように甘い見立てのもと、とりあえず始めてみる。
日々の生活の中で、「あ、これHPでネタになるな」と思われる出来事も意外とよく起こっていることだし、まったく記録に残さぬまま忘れ去っていく状態を憂いてもおったのです。
ま、あんまり肩肘張らず、ボチボチ更新していく所存である。
皆々様、どうぞよしなに。



つーか、「
日記書いたから、HPの更新はまた今度にしよ♪」と逃げ道を作る、もとい、前向きに考える自分が容易に予測できてしまうところに、別の意味での不安を感じたりもする。







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