孤立無援〜その六〜










━叛乱発生から五十九日、抹稜。本営
およそ一月振りに再会した軍察官・参露に対し、吾玄が口にしたのは「少し、痩せたか?」だった。
その言葉に参露は、「ホ! まことにござるか?」と目を輝かせた。
胴回りの立派さは相変わらずながら、わずかとはいえ、顔が細くなっていることは、参露自身、自覚していた。
元から痩せている者にとって、「痩せたか」とは余りありがたくない指摘だろうが、そうでない者にとっては、かなり嬉しい。
正真正銘の駄馬たる王布羅舞も、意外なところで参露の役に立っていた、ということか。
喜ぶと同時に参露は、吾玄の心の中に生じたらしい、変化を察した。
顔が細くなったとはいえ、それはわずかながらのことだ。
しかし、吾玄はそれに気付き、そして言葉にした。
これまで吾玄は、ともすればその若さを後ろ盾とした強気の姿勢を前に押し通し、やもすれば視野狭窄、あるいは他者の気持ちに配慮しない言動も多かった。
少なくとも、蔡瑚が死ぬ以前だったなら、参露の微妙な変化など口にしなかっただろうし、そもそも気付きもしなかっただろう。
(だが、安南将軍は変わられた)
人が成長する様に触れたような気がして、参露は少し、嬉しくなった。
吾玄にとって、蔡瑚の死が断腸の思いを伴うものだったことは間違いない。
そして吾玄は、廬江で抱いた辛さや歯痒さ、後悔、無念の情を、その場限りのものとしなかった。
吾玄は吾玄で、考えたのだろう。
蔡瑚の死を無駄としないために、自分はどうすればいいのかを。
その結果として、他者に対して細やかな配慮を示す、今の吾玄がいる…………。
そこまで思ったところで、参露はすぐに表情を引き締めた。
今は、軍団長の成長に──ましてや自分の体形に──思いを巡らしている時ではない。
「軍団長もご壮健の様子にて何よりとは存じまするが、まずは報告いたす」
参露は姿勢を正し、吾玄の目を見据えながら、明瞭な口調で言った。
「帝都にて逆臣・郭図公則の謀反に遭いし涼王殿下にございますが、無事、洛陽脱出に成功されたとの由。現在は許昌にて、帝都奪還の機会を伺っておられるということです」
その報告に、吾玄と黄権はほとんど間を置かず、まったく同じ言葉を発した。
「何と?!」
二人の反応の違いは、立っていた黄権が上体をのけぞらせたのに対し、座についていた吾玄が、胡床から腰を浮かせたことぐらいだった。



第三軍軍団長の馬参は、「涼王死亡」の報を、「自立」という自身の野望へと結びつけようとした。
それが、第三軍の業β放棄となり、許昌での第一軍との合流となった。
一方の吾玄は、袁奉との直接対決を避けることと、魏呉軍の抹陵侵攻を食い止めることに懸命で、「涼王亡き後」の自分の身の振りなどを考える余裕はなかった。

とにかく、目の前のことに精一杯。
非業の死を遂げた涼王・呂砲など、さっさと「過去の人」と見做し、思い出すことすらなかった。
しかし、死んだと思っていた涼王が、実は生きているという。
今の吾玄たちの究極の目的は「生き残る」ことだが、盟主健在となれば、その道も大幅に広がるだろう。
だが、そのような戦略的な観点とはまったく別の部分で、吾玄は思わず吹き出してしまった。
「軍団長?」
黄権が不審そうな目をしたが、かまわず吾玄は、小さな笑いを止めなかった。
涼王・呂砲。
吾玄があの男と顔を合わせたのは、第二次赤壁の役が最後だった。
あの大激戦の後、呂砲は中原へ進出し、吾玄は揚州の切り取りにかかったため、以来3年近くに渡って、両者の直接の接触はない。
そして、突如もたらされた「洛陽政変」の報でもって、あの男とは永遠のお別れになったものと思っていた。
だが、なかなかどうして、しぶとい。
「そうか。殿下が、生きておられたか…………」
日頃から、自分の逃げ足の速さを自慢するという、何とも妙な君主だったが、まさしくその面目躍如といったところか。
吾玄はおかしそうに笑い続けた。
その笑いは確かに、陽性のものではあった。
ただし、「歓喜」に類するものが含まれていないのは、吾玄が特段、呂砲への忠義に溢れていたわけではなかったからだった。
無論、呂砲のことが嫌いなわけではない。
そうでもなければ、そもそも「配下」として、10年以上過ごすことなどできない。
それでも、馬参や廖衛と比べるなら、吾玄の呂砲に対する忠義は、「淡白」と称すべきものだった。
吾玄にとって呂砲は、「主君」というより、「上司」。
だからこそ、「涼王が郭図公則に殺された」という報を受けた時も、驚きこそすれ、悲しいという気持ちはほとんど起こらなかった。
その呂砲が、実はまだ、生きている。
吾玄の笑みに、安堵の情が極少量しか含まれていない理由は、そんなところにある。


「軍察官。その情報、真贋や如何に?」
笑い続ける吾玄に呆れた黄権が、尋ねた。
涼王存命の報は何よりだが、喜んだ後でそれが虚報と知れたら、全軍の士気にかかわる。
これに対し、参露は「関羽将軍より直接聞き申した」と答えた。
黄権は軽く頷き、肩をなで下す。
義の人、と称される関羽。
その者の言葉であるならば、信用してもいい。
「合わせて、もうひとつ報告すべきことが」
安堵する黄権を何とも微妙な目で見つめてから、参露は言った。
「その関羽将軍ですが、韓公を自称し、合わせて涼への叛旗を翻しました。襄陽と新野には今、『韓』の旗が翻っております」
「!…………」
黄権は一転、絶句した。
吾玄の含み笑いも吹き飛ぶ。
関羽、謀反。
地図を見るまでもなく、二人はその意味するところを察した。
襄陽、新野などから成る荊北は、大陸の中心に位置する。
その地に、涼以外の勢力が居座っているということはつまり、第二軍は涼第一軍と第三軍がいる中原とも、呂砲軍発祥の地として、長きに渡って涼軍の兵站を担ってきた益州とも、依然として隔絶されたまま、ということを意味する。
涼王健在を喜んだのもつかの間、結局のところ抹稜は、他の都市からの支援を期待できる状況にはなっていない。
すなわち、孤立無援。
涼王が生きていようがいまいが、外部の動向に伴う状況の好転は望めず、自分たちの力だけでもって、この難局を切り抜けなければならない…………。
「ちょっと待て、軍察官」
心の動揺を押し鎮めてから、黄権が尋ねた。
「関羽殿が涼への叛乱に至ったのであれば、涼の官たるおぬしに嘘をついた、ということは考えられぬか? すなわち、涼王殿下はやはり…………という可能性だ」
「それはござらぬ」
すがるような黄権に、参露は断定的に首を振って見せた。
「それがし、関将軍と対面するはあれが初めてなれど、噂に違わぬ厳の御仁にござった。それがしごときに虚報を伝え、涼の趨勢に何がしかの影響を及ぼそうなどと、小さなことに思いを巡らす御仁ではありませぬ」
吾玄は腕組みをして、唸った。
関羽のことを噂でしか知らない吾玄としては、自信満々な参露の報告を信じるほかない。
「関羽殿は襄陽と新野を抑えた、と申したな」
吾玄は別の問いを投げかけた。
「それでは、彼の仁がそれ以外の地に兵を進めることについては、どうか? つまり、韓なる冗談のような勢力が、荊南を制圧し、さらには揚州にも進出を図るかどうか、ということだが」
その問いに、黄権も頷きながら身を乗り出した。
魏と呉の包囲を受けている今、これに関羽率いる韓軍まで加わったら、さすがに対処のしようがない。
「それについては、何とも」
参露は、申し訳なさそうに頭をかいた。
「確かに襄陽は戦時体制と見受けられましたが、あれが防衛用か、それとも侵攻用なのかまではちょっと…………ましてや、関羽将軍がどこの地を狙っているかなど、とても聞ける雰囲気ではありませんでした故」
「ならば、尚のこと、急ぎ魏呉を追い払うべきだな。夏侯惇に孫策に関羽。その三人を一度に相手とするなど、想像するだけで気が滅入る」
「御意。しかし、魏呉を合わせた兵数は、依然として我らを凌駕しております。もはや連中が共闘の盟を結ぶことはありますまいが、こちらが城から討って出たなら、結果的にまた、魏呉共闘の形ができる可能性があります」
「魏呉、共闘?」
抹陵城を巡る攻防を知らない参露が、目を丸くした。
さながら、別の国の言葉を聞いたかのような顔をしている。
無理もない。
孫策と夏侯惇が手を結ぶなど、それこそ冗談としか思えぬ意外な事態だったのだから。
そんな参露に、黄権が手短にこれまでの戦闘の経緯を説明した。
魏と呉が手を結び、夜襲を仕掛けてきたこと。
幸運もあって、何とかその撃退に成功したこと。
城攻めの過程で、孫策と夏侯惇が再び戦闘状態となったこと。
敵にかなりの損害を与えたが、こちらも少なからぬ被害を受けたこと。
北門と東門の損壊具合は深刻で、あの夜襲のような総攻撃を食らったら、今度こそ持たないこと。
そして魏軍と呉軍は、未だに攻勢の意志を捨てぬまま、滞陣を続けていること…………。
「夜襲が終わって、四日が経つ」
黄権は言った。
「そろそろ連中も、まとまった戦力の回復を終える頃だろう。あるいは、増援を待っているのかもしれぬ。いずれにせよ、我らにとってきつい状況であることに変わりはない。そういうわけさ」
「孫策たちは今、どのあたりに布陣しているので?」
参露の問いに、黄権は地図を広げて、それぞれ一点を指し示した。
「孫策はここ。夏侯惇はここだ。いずれもまだ、4万前後の兵を擁している。対して、こちらは5万」
「なるほど。個別なら対処できても、同時には無理、というわけだ」
「それだけではないぞ。こちらは四つの門、全てに兵を振り分けなければならぬ。もちろん、重要度によって多寡の差をつけているが、数的に一層劣勢となるのは避けられぬ」
「状況はわかり申した」
参露は鼻を鳴らした。
抜き差しならぬ戦況を聞かされたばかりだというのに、その態度には余裕があった。
「ところで、軍団長。それがしの持ち帰りし土産は、涼王殿下御健在の報のみではござらん。実はですな…………」


参露が得意気に開帳した「土産話」は、吾玄と黄権を大いに喜ばせるものだった。
「うまくいけば、孫策を追い払えるかもしれんな」
すっかり緊張の解れた様子で、吾玄は言った。
「左様。連中も今、ようやく士気を立て直した頃合いでしょうが、そこで存在のまったく知られていなかった軍勢の奇襲を受けたら、かなりの心理的衝撃を受けましょう」
黄権も、参露の肩を強く叩きながら同調した。
「ところで軍察官。おぬしは希代之の元に戻るため、第二軍から離脱していたはずだ。それなのになぜ、戻ってきた?」
やや冗談めかした吾玄の口調は、参露にとって、嬉しいものだった。
「当然のことではございませぬか」
参露は胸をそらした。
「それがしがいないと、第二軍はどうにも危なっかしくて、見ておれませぬでな」
言った直後、参露は自分が調子に乗りすぎたと悟った。
対面する吾玄は、これまでとは一転、憮然とした顔つきになっていた。
慌てて「冗談ですぞ、冗談」と手を振る参露だったが、それでも一両日中には、自分がこの失点を挽回できるであろうことを知っているだけに、釈明する姿にも余裕がある。
「早速、手配して参ります。朗報をお待ちあれ」
また余計なことを口にする前に、と退出しようとする参露に、黄権が「戻ってきたばかりだというのに、もう出るのか?」と尋ねた。
「別動隊は、城の外にあってこそ意味を持ちましょう」
参露は轟然と胸を張った。
確かに長旅で疲れてはいたが、それ以上に今は、気分が高揚していた。
「孫策にその存在を気取られぬ前に、こちらの意図を伝えておかねば、何の役にも立ちませぬからな」





━叛乱発生から六十日、阜陵
抹陵に至る水路の入り口として栄える港町、阜陵。
そこに、多数の船から成る船団が到着したのは、太陽がその頂点に上り詰めようとする正午ごろのことだった。
それらの船に掲げられる旗は、「呉」。
接岸するや、荷降ろしの作業が始まる。
船腹から次から次へと出てくるのは、大きな材木だった。
「急げよ!」
船団指揮官の呂範が、兵たちに発破をかけた。
材木は、攻城用兵器である霹靂車と井蘭の分解部品だ。
同時に、糧食も降ろされる。
これら作業にあたる5000の兵たちは、孫策の命令を受け、呉郡にて急遽編成された増援部隊だった。
夜襲によって、抹陵城に大きな損害を与えた孫呉軍だったが、あの城に残された戦力は、まだまだ強大だという。
5000という増援も、現在の苦しい戦局の挽回を約束するものではない。
それでも、抹陵城奪還を諦めない孫策にとって、呂範が引き連れてきたこの部隊は、万金に値する存在だった。
攻城兵器は、確実に役に立つ。
あるいは、孫策が最初からこれら攻城兵器を用意できていたのなら、抹陵城もとっくに陥落していたかもしれない。
そして何よりも重要なのが、糧食だった。
古来から、「
腹が減っては戦さはできぬ」と言う。
そして、涼軍の呉郡侵攻に反撃する形で、なし崩し的に抹陵へ進出していた孫策軍の糧食は、底を突きかけていた。
呉郡守備の任にあって、抹陵攻めに参加していなかった呂範も、主君の苦境は十分に承知していた。
(一刻も早く、この増援部隊を殿下の元に届けなければ…………)
今の呂範の頭にあるのは、その思いだけだ。
5000の兵の選抜・編成。
攻城用兵器の準備。
糧食の調達。
いずれも、領地の限られた現状にあって、容易な仕事ではなかった。
それを極めて限られた時間で成し遂げたところに、呂範の非凡さがある。
だが、呂範の任務はまだ、「途上」だった。
この部隊を孫策の元に届けて初めて、呂範は自分の仕事に満足することができる。
しかしながら、結局呂範は、その感慨に浸ることができなかった。
突如、背後から上がった喚声の発生元が、呂範が血の滲む思いで揃え、連れてきた呉軍増援部隊を、あっという間に殲滅してしまったのだ。


参露は、「今日は」「比較的」主人の言う通りに動いている愛馬とともに、占拠した港町を一周した。
戦闘はもう、ほとんど終わっていた。
たまに、必死の抵抗を試みている呉兵も見かけたが、多勢に無勢で、参露が止める間もなく、涼兵に斬り殺されている。
こちらは戦闘隊形で、あちらは荷降ろしの真っ最中。
しかも、後背からの奇襲となれば、呉増援部隊の壊滅も、当然すぎる結末だった。
(だが、危なかった)
堂々とした態を装ってはいる参露も、実は内心、冷や汗をかいている。
あと1日、参露たちがこの場を通りかかるのが早かったら、あるいは遅かったら、孫呉の増援部隊は何の妨害も受けることなく、孫策と合流していたことだろう。
運が良かったとも思うが、そもそも参露が、涼の別動隊を「連れてきた」という事実も、おおいなる幸運を背景としていた。
そして、その「おおいなる幸運」をもたらしたのは…………。
参露は何とも妙な顔になって、自分を乗せている愛馬を見下ろした。



涼王健在、そして関羽謀反。
12日前、襄陽の政庁から出た参露は、この二つの情報を即刻第二軍に伝えるべく、水路で抹稜に戻ることを決めた。
水路は陸路より早く、かつ楽だ。
少なくとも、主を振り下ろした馬を追いかける必要は生じない。
何より、今度は川の流れに沿う下流行きだから、相当早く抹稜に到着できる…………はずだった。
それなのに、参露の抹稜到着は、遅れに遅れた。
その原因はまさしく、参露の愛馬にある。
戻る途中、参露を乗せた抹稜行きの船は、経由地である江夏近郊の夏口に到着した。
手綱を曳いて船から降りた参露は、今宵の宿を探すべく、改めて王布羅舞の背に跨った。
王布羅舞が猛然と走り出したのは、まさにその時だった。
参露がどれほど制しても、王布羅舞は狂走をやめなかった。
ようやく停止したのは、今まさに乗降用の戸板を外そうとしていた大船に「駆け込み乗船」を果たしてからだった。
その大船が、抹稜とはまったく別方向である長沙への直行便であること、船長が官憲の脅しには一切応じない剛の者だったこと、すなわち、「夏口に戻れ」との参露の絶叫にまったく耳を貸さなかったこと。
これら要素の組み合わせにより、参露はめでたく、荊南・長沙に降り立つ羽目となった。
この時長沙は、大勢の兵が町中の至るところを駆け回り、騒然としていた。
聞くに、太守が配下の者に殺された、という。
「ここの太守は張允将軍であったな。なぜ、太守は殺されたのか?」
参露は、港で荷降ろし作業の監督をしていた親方風の男に尋ねた。
涼の官であり、かつこの地の趨勢など知り様がない参露だけに、とても殺気立っている兵に聞く気にはなれない。
「太守様が美鬚公討伐の兵を挙げようとなさったんでさ」
なかなか情報に精通しているらしい親方は答えた。
「でも、兵どもが嫌がりましてね。それでも太守様が出兵をごり押ししようとしたもんだから、校尉の一人に一刀両断にされたそうで」
「長沙太守はなぜ、関羽将軍の討伐を?」
「そこはほれ、太守様は襄陽太守の蔡瑁様と親族の間柄だそうで。その蔡瑁様が美鬚公に殺されちまったってもんで、聞く耳持たぬほどに怒ったんでさ」
「ふうむ。では、ここの兵たちはどうして関羽将軍と戦いたがらなかったのだ?」
「そりゃ当然でございやしょ」
親方は、若干馬鹿にしたような顔で言った。
「美鬚公にその義弟の張飛将軍は、いずれも一人で一万の兵を叩きのめすっていうじゃありませんか。勝てっこありませんやね」
さらに質問を続けようとしたところで、参露は見回り中と思しき兵たちの誰何を受けた。
役人の装束をまとった、見慣れない男。
太守が殺された直後の城下となれば、兵たちが神経質になるのも当然だったが、参露はこの兵を宥める効果的な口実を、咄嗟に口にすることができなかった。
一つは、長沙の旗色がわからなかったことに依る。
長沙の世論が、親涼なのか、あるいは反涼なのか、それさえわかっていれば、自分の身分などいくらでも偽れるが、兵の誰何は、参露が長沙の旗色を知る前にやってきてしまった。
言いよどむ参露を、兵たちは当然のごとく、怪しい者と見做した。
参露は問答無用で後ろ手に縛られ、引っ立てられた。
(それがしもすっかり、囚われ癖がついてしまったな)
うんざりとしながら参露がそう思うのも、無理はなかった。
参露はここ一月弱の間だけで、廬江で袁奉に、襄陽で劉進とかいう都尉に、そしてここ長沙で駐屯の兵にと、既に三回も「囚われの身」となっている。


参露にとって幸いなことに、張允を斬り殺したという校尉は、「親涼派」だった。
「第二軍の軍察官でござったか。これは失礼をいたした」
その校尉は不遜な顔つきをしていたが、参露が持っていた第二軍軍察官の印を確認すると、すぐに縄を切ってくれた。
「今、外はどうなっているのです?」
校尉のくせに妙に威圧感のあるその男は、簡単に自らの姓名を名乗ると、早速質問してきた。
「特に、関羽将軍が気になっておるところです。彼の仁は、ここに攻めて来るのでしょうか?」
「その問いに答えられるだけの情報を、それがしは持たぬ。中原も荊北も揚州も、そしてここ荊南も混沌としている。今言えるのは、それだけだ」
参露が正直に答えると、校尉は肩をすくめてみせた。
「確かに関羽将軍は尊敬に値する武人と存ずる。なれど、此度の韓公自称は、どうにも火事場泥棒の感が否めませぬ。正直なところ、あの方の下に就くのは気が進まぬところです」
「では、関羽将軍がここに攻めてきたなら、貴公は戦うと?」
「ここにいる兵は、わずか7000ですぞ。まったく勝負になり申さぬ。無論、張允の真似をするつもりもなし。だから、困っておるのです」
「ならば、いい方法がある」
参露は、人の悪い笑みを浮かべて言った。
長沙の置かれた状況、そしてこの地を守る7000の兵を指揮する男の立場を知り得た。
となれば、事は簡単だ。
「貴公は配下の兵7000、すべてを率いて抹稜に向かい、安南将軍の下に馳せ参じるのだ。そうすれば、貴公は親涼の意志を貫けるし、兵たちも関羽将軍やら張飛将軍やらと対峙せずに済む」
しかし、「良案」を開陳された校尉は呆れたような顔になって押し黙った。
校尉の無言も、当然だった。
長沙守備隊は、その名の通り、長沙を守ることを任務としている。
関羽の来冠もありえる中、兵をすべて引き連れて抹陵へ向かうなど、およそありえない。
だが、参露は大見得を切った。
「兵がいなければ、かえって関羽将軍もこちらに何らかの意図があると考え、迂闊に兵を出すことはあるまい。空城の計、というやつだ」
「まさかとは存ずるが、本気で言っておられるので?」
「本気なわけがあるか。貴公を説得するための出任せだ」
「…………」
「いやな、貴公が申したように、7000程度の兵では、関羽将軍とは渡り合えぬ。だが、抹陵で魏呉と戦っているはずの第二軍にしてみれば、この7000は、そして貴公のような果敢な将校は、極めて貴重だ。この地を関羽将軍から守ることが難しいのなら、貴公たちだけでも第二軍に合流させた方が今後のためにも良い。そう思うわけだ」
「長沙が韓軍の手に落ちてもいい、と仰る?」
「第二軍さえ健在なら、長沙を取り戻す方法などいくらでもある。しかし、第二軍が壊滅したのなら、貴公も、そして7000の兵も、韓の下に組み込まれる以外に選択肢はない」
「軍察官という役職に、長沙の大事を云々する権限はなかったと存ずるが」
「無論だ。そもそもそれがしには、貴公に対する指揮権もない。これは命令ではなく、要請と受け取ってくれ」
「要請、ね。ならば、それがしが首肯するだけの根拠をいただきたいものですな」
「根拠?」
「法制的なものがもっとも望ましい。後になって、『勝手に任地を離れた』などと処断されたくないわけですよ」
「ああ、そういうことか。安心せよ。筆頭軍師の代理として、申しておる。第二軍軍団長にも、それがしが説明しよう」
「ついでに、それがしが太守を斬ったことについても」
「弁護するさ。いや、弁護するまでもない。張允は蔡瑁と呼応して挙兵したのであろう? 貴公は、涼王殿下に刃向かった者を誅した。咎どころか、賞賛されるべき行為だ。事が収まったら、貴公を将軍に抜擢するよう、あらゆる伝を使って運動するよ」
「ほほう…………それがしを、将軍に」
「貴公は、将の面構えをしている。いずれ、将軍になるだろう。だがどうせなるなら、早い方がいい。そうではないか、魏延殿?」
魏延、と呼ばれた男は、参露の誘いに、狼を思わせる凄みのある笑みでもって応えた。



(掘り出し物だった)
今、阜陵の街中を進む参露は、そう思っている。
この7000の兵が。
そして何より、魏延が。
あれほどの男が長沙ごときでくすぶっていたとは、実にもったいない。
早く仕事を終わらせて、魏延を吾玄に引き会わせたかった。
一連の戦闘で、第二軍は少なからぬ将を失っている。
魏延を偏将軍あたりに任じて第二軍に編入させれば、きっと戦力になるだろう。
ただ、ひとつだけ、参露の頭の中で納得しかねることがある。
それは、7000の兵に魏延という「掘り出し物」を得たそもそものきっかけが、鞍上の言うことをろくに聞かない王布羅舞の狂走に求められること。
(でかした、と言ってやるべきなのだろうか?)
参露は、自分を乗せてポカポカと進む王布羅舞の頭を見下ろした。
この馬が夏口で、長沙直行の船に駆け込まなければ、この増援を得ることは不可能だったのだから。
しかし、誉めてやるのも癪に障る。
それは、主の意に背いての暴走をも容認することになるのではないか?
「軍察官殿」
悩んでいる参露を呼ぶ声がした。
振り向くと、校尉・魏延がこちらに駆けて来るところだった。
「指揮官を取り逃がしたようです。面目ござらぬ」
かなり暴れまわったのだろう、魏延の甲冑は、赤黒く彩られていた。
この男が豪の者であることを、参露がますます確信した時、王布羅舞がかすかに顔を横に向けた。
馬の視界は、広い。
それでもって、参露と目が合う。
(おい。俺を褒めるんじゃなかったのか?)
そう言っているようにも見える。
「なに、かまわんさ」
そんな愛馬を完全無視し、参露は言った。
「孫呉の増援部隊を殲滅するという戦果を上げたのだ。軍団長も喜びこそすれ、怒ることはあるまい」
「僥倖でしたな」
不遜な顔つきの魏延は、その顔つきに違わぬ不遜な物言いで応じる。
「我らが一日、ここを過ぎるのが早くても、あるいは遅くても、ここまでの戦果は望めなかった」
「それがしもそう思っていたところだ。どうやらこちらに運が向いているらしい。幸運、存分に駆使するとしよう」
「船はどうします? 焼きますか?」
「いや。それはもったいない。どうせ孫呉征伐には、船が必要となるのだ。時至るまで、大事に保管しておくとしよう」
「連中が自分たちの滅亡のために、この船団をせっせと造ったと思えば、何とも不憫ですな」
「よく言う。不憫などとはこれっぽっちも思っておらぬくせに」
「しかし、第二軍の孫呉征伐を待つ必要もございますまい。呉郡にはもう、ろくな兵力も残っていないはず。早速この船団で強襲しては如何?」
「…………おぬし、大胆だな」
「我らの幸運がどこまで続くのか、試す価値はあると思いますが」
「傾聴に値する策だ。しかし、残念ながら抹陵には、孫策のみならず、夏侯惇もいる。呉郡を押さえても、抹陵を夏侯惇に乗っ取られたら、何にもならぬ」
「仰る通りですな。それでは、あれはどうしましょうか」
あっさりと自分の策を引っ込めた魏延は、今度は岸壁にズラリと並ぶ糧食を指差した。
それは、かなり膨大な量だった。
すべて抹陵城に搬入できたなら、第二軍の食糧事情も相当楽になる。
「全部とは言わぬ。いくらかでも城に持ち込めないものかな」
「危険ですな。呉と魏は、それぞれ4万ずついるのでしょう? こちらは7000。見つかり、蹴散らされ、奪い取られるのが落ちです」
「夜に紛れて…………ではどうか?」
「不可能ではありませぬが、第二軍はまだ、糧食に逼迫していないのでしょう? そうであるならば、それがしの兵は別の方面で使うべきと存じますな」
「たとえば?」
「呉郡強襲」
「おい」
「見せ掛けですよ。残り少ない本拠地を狙われるとなれば、孫策はどう動きます?」
「ああ、なるほど」
魏延の提案に、参露は両手を叩いた。
当初参露は、魏延率いる長沙隊に孫策軍を夜襲させるつもりだった。
涼軍は城に閉じこもっていると思い込んでいる孫策は、予想外の方向からの奇襲に大いに動揺し、継戦意欲を削がれるだろう――それが、参露が吾玄に伝えた策だった。
しかし、魏延の策を採るなら、これ以上一戦も交えることなく、抹陵に居座る呉軍を撤退に追い込める。
「面白い。それでいこう。では、この船団は…………」
「使わぬ手はありません。我らを乗せてきた船団は、よその商いに向かってしまったことですし」
「うむ。それでは早速、糧食を船に乗せてくれ」
「いえ、糧食はここにまとめて置いておきます。時間がもったいない」
「おい、魏延殿」
「我らは一刻も早く、呉郡攻略の形を作るべきです。それが早ければ早いほど、孫策の抹陵撤退も早まりますからな」
「呉公がこの糧食を取り戻しに来たらどうする?」
「その時は、火を放って灰にしてしまえばよろしい。すぐ燃やせるよう、とりあえず一箇所にまとめておきましょう。それぐらいなら、さして時間もかかりませぬ

「も、燃やすのか?!」
あっさりとした魏延の言葉に、参露はびっくりして目を剥いた。
これだけ膨大な糧食があれば、第二軍はかなり長期間に渡って飽食できる。
揃えるのに相当の金がかかる攻城兵器も、貴重な戦利品だ。
それなのに、これら全てを焼くという発想は、文官の参露にはない。
これらの糧食、すべてを抹陵城に運び込めるなら、それが最善であることは確かです
しかし、過激な提案をする魏延は、ひたすら涼しい口調で言ってのけた。
ただ、それには魏と呉の完全撤退が大前提となります。まだその段階まで至っていない今は、焼却も選択肢に入れておくべきでしょう」
「言っていることはわかる。わかる、が…………もったいない」
今、我らが守るべきは、抹陵です」
躊躇する参露に、魏延は断言した。
増援の兵はおろか、攻城兵器や兵糧まで失ったとなれば、呉軍の戦意はがた落ちとなります。何より、連中が呉郡に戻った後、これだけの糧食を揃えることは極めて困難です。後々の孫呉征伐をつつがなく成功させるためにも、奪い返されるぐらいなら、焼いてしまった方がよろしいでしょう」
淀みのない魏延の指摘に、参露は嘆息の息を漏らした。
若干、空恐ろしい気分になっている。
魏延が積極的な思考の持ち主であるらしいとは、一連の騒動の中で感づいていたことだったが、まさかここまでとは思わなかった。
しかし、魏延の案が極めて現実的にして効果的であることは、参露も認めざるをえなかった。
合理的な考えだ。反対する余地はない」
頷いた参露は、それでも胸を張って、言った。
では、魏校尉。早速取り掛かかるように。何事も早いに越したことはない」
「御意」
魏延は気鋭の軍人らしく、短く、はっきりした拱手でもって、それに応えた。




━━同日、抹稜城南東
滞陣を続けていた孫策が得たものは、増援でも、攻城兵器でも、兵糧でもなかった。
数百を数える程度の敗残兵。
それだけだった。
「部隊壊滅は全て、私の責任にございます」
泥だらけ、そして傷だらけで孫策の前に現れた呂範は、一切言い訳をしなかった。
命からがら阜陵を脱出した段階で、呂範はもう、覚悟を決めていた。
孫策が処刑を命ずるなら、従容と首を差し出すつもりだったし、仮に刑がないのであれば、自ら命を断つつもりだった。
増援の兵たちを失ったこと、そして何より、貴重な糧食を失ったことの意味を、呂範は正確に理解している。
確かに間もなく、収穫の時期ではあったが、孫呉の軍兵と、そして何より民百姓が一年間食いつないでいくには、呉郡と会稽の二都市のみから得られる糧食では、到底足りない。
だからこそ孫策は、何としても抹稜を奪還しなければならなかったのだ。
そしてだからこそ呂範は、呉郡と会稽の倉庫を隅々まで漁って糧食をかき集めたのだ。
しかし、その希望は今、潰えた。
孫呉にとって、阜陵で起こった小規模な戦闘は、糧食を奪われたという次元に留まるものではない。
孫呉は、「未来」を失ったのだ。
だが、うなだれる呂範の後頭部に降られたのは、孫策の毅然とした声。
怒声ではなかった。
「糧食を、奪い返す」
ハッとして顔を上げる呂範に、孫策は続けた。
「俺が出る。呂範、道案内をせい。周瑜、暫くここを任せる」
「御意」
強張った表情の周瑜だったが、その返答に意外さを帯びたものはなかった。
増援部隊の壊滅に衝撃を受けている暇は、ない。
糧食を奪い返す以外に自分たちの生き延びる術がないことは、周瑜も承知している。



呂範が運んできた糧食は、2万石。
涼の別動隊は1万前後らしいが、これだけの量を一気に抹稜城まで運びこめるものでもない。
ならば、阜陵にはまだ、相当量の糧食が残っているはず。
そう確信する孫策は、騎馬隊を中心とする2万の兵をけし立て、ひたすら阜陵を目指した。
阜陵までもう少しというところで、孫策は二騎の騎馬兵を前方に認めた。
警戒の任に当たっていたらしいその二騎は、突如として現れた軍兵に慌てふためいた様子で、一目散に阜陵へ駆けて行った。
増援部隊を襲った涼の別動隊が、迎撃に出てくるかもしれない。
そう予想して、身構える気持ち以上に、心が躍った。
孫策は攻城戦よりも、平地戦を得意とする。
迎撃に出てくるなら、むしろ望むところだ。
(蹴散らしてやる)
孫策は戦意満々で、部隊の進行を急がせた。
しかし、平地戦は起こらなかった。
阜陵にたどり着いた孫策が見たものは、迎撃の布陣を取る涼の別動隊ではなかった。
天空に向け、盛大に燃え上がる炎だった。
「消火せよ!」
すぐ事情を察した孫策は、間髪入れずに命令した。
呉公の地位にあるこの勇将が泣き出しそうな顔をしていることに気付いたのは、傍らにいた呂範だけだった。



一カ所に集められた糧食の上には、大量の布が置かれていたという。
このため、涼兵が投げ込んだ松明の火は、あっという間に糧食全体を覆い尽くし、焼き尽くした。
「捕えし涼兵によりますと」
抑揚を抑えた声で、呂範が報告した。
「ここに残っていたのは、30名ほど。我らの来冠を察したらすぐ、糧食に火をかけるよう命じられていたとのことです」
孫策は、何も応えなかった。
意識的なものか、あるいは感情を表す気力すら失ったのか、無表情のまま、灰になった糧食を見つめていた。
「なお、もうひとつ、懸念すべき情報がございます」
自分の声が、主君の耳に入っていることを祈りながら、呂範は言った。
「我が増援部隊を襲いし涼の別動隊が先ほど、増援部隊を運んできた我が船団に乗り込み、呉郡攻略に向かったとのこと」
孫策の肩が、ビクリと揺れた。
自分の声が主君に届いていたことに、呂範は微かな安堵を感じた。
孫呉の参謀としての最後の仕事は、これで終わった。
「殿下、申し訳ございませんでした」
止める間もなかった、という言い方は、嘘になる。
自らの喉に、懐剣を突き刺す。
呂範が取ったその行為は、十分に予測のつくことだったのだから。
だが孫策は、止めなかった。
止める気もなかった。
こうする以外、呂範に責任を取る手はなかった。
何より、たとえ孫策が許したとしても、呂範自身が自らを許せなかっただろう。
黙って剣を抜いた孫策は、首に懐剣を突き刺したまま、ビクビクと痙攣している家臣の心臓を一突きした。
見開かれたままだった呂範の目を、膝を下ろし、そっと閉じさせてやる。
「周瑜に伝えよ」
立ち上がった孫策は、近くにいた騎馬兵に命じた。
「全軍、呉郡へ戻る。準備を為せ、と」
顔を真っ青にした騎馬兵が、鸚鵡のように頷いて駆けていくと、孫策はゆっくりと阜陵の町を眺め回した。
自分が抹陵の主だった頃――自分が「呉公」の称号にふさわしい広さの領地を有していた頃――、何度もこの港町を経由しては、領内各地を飛び回ったものだ。
(だが、もう…………)
孫策は颯爽と愛馬に跨り、怒鳴った。
「全軍、撤収だ! 急げ!」
その怒鳴り声は、傍から聞くなら、常と変わらない声色だった。
しかし、周瑜や程普なら、声の質の変化に、そして、孫策がその身から発している雰囲気の違いに気付くことだろう。
諦観。
今の孫策の身を纏っているのは、それだ。
(もう二度と、自分がこの港町を訪れることはあるまい)
胸をそらし、顔を上げた孫策は、愛馬の脇腹を軽く蹴った。
呉郡に戻らなければならない。
準備をしなければならない。
そう自分に言い聞かせる。
準備。
言うまでもない。
最後の戦いのための、準備だ。
それは同時に、天下にその名を轟かせた孫家の跡取りとして、華々しく死ぬための準備でもある。
恥ずかしい死に方はできない。
そのためにも、準備は必要なのだ。








207年5月現在(C)◆KOEiWSYs

                 北平
         
┏━┳━━━━━━
       
晋陽  ┃    ┃平原
         ┃
渤海━━┳━━┳━┓
西涼   上党┃     業β ┗┓┗北海
   
     ━━━━━━┓  ┃  ┃
   ┃ 弘農  ┃     
┃ ┃濮陽済南┃
西平┫ ━━洛陽 ┏┛ ━━┛  ┃
   
    ┃┗━┳━━┻━┓   ┃ =呂砲
天水┏ 
┃長安 ┗┓ ┃ 陳留   ┃ ┏━┛  @=第一軍(呂砲)
  ┃┗━
━┓ 宛┃@許昌  小沛    A=第二軍(吾玄)
  
  ┃ ┗━━┗━┓    ┃┗下丕β・ 
  
漢中┃    ┗━┓ ━━━┛ ┃   =曹操
武都┗━━━┓新野━┓ 礁  ┃   =孫策
    
┏┛ ┃  ┃   汝南┗┓   ┃   =郭図公則・袁譚
    
┃上庸┃  ┃襄陽    ┃  ┏広陵 =関羽
  
┛ ━━━┓  寿春    =馬騰
  
┃   ┃   ┃ ┃      ┃    =劉璋
  ┣━┓
 ┃永安┏┛┏江夏   ┏┛    
  ┃巴━┳━┫┗━┓A抹陵  
 
 ┃ ┃   ┃江陵┃柴桑┗廬江 ┃    
成都━┛ 武陵  ━━━┫ ┏━┛  
  ┣┓    ┣━   ━┛  ┏┛   
永昌┃  零陵 ┃長沙  翻陽   ┃    
  ┃建寧  ┗       会稽◆       
三江┛    桂陽                   



郭図公則の叛乱に関する時系列

「★」に続く赤文字は今回更新分の出来事
黒文字は洛陽関連、桃文字は第一軍関連
  緑文字は第二軍関連青文字は第三軍関連
  紫文字は魏関連、水色文字はその他
4月 皇帝が洛陽に帰還
叛乱
発生
初日
洛陽太守・郭図公則、呂砲に対し叛乱の兵を挙げる
糜統、呂砲を取り逃がす
潘璋、公孫讚を殺害
華キン、公孫師を捕縛
士炎、楽楊を取り逃がす
黄忠、町費を取り逃がす
糜統が偽の呂砲の首を用意
2日 郭図公則、皇帝に「呂砲殺害」と嘘の奏上
皇帝、中華各地に反涼の兵を挙げるよう促す勅を発す
町費、部隊の兵士の家に匿われる
呂砲の偽物の首が市場に晒される
關龍白、呂砲の生存を確信
楽楊が呂砲を匿う
3日 呂砲の「影武者」探しの名目で、捜索継続
4日 俸仕が許昌に逃げ帰り、希代之が郭図公則叛乱の報を入手
郭嘉配下の文官・翻武が郭図公則に通じていることを把握
郭図公則の使者が宛の馬超に挙兵を告げる
6日 郭図公則、呂砲を取り逃がしていたことを朝廷と洛陽軍幹部に告白
7日 関平隊、許昌から出撃。目的地は洛陽
曹操が郭図公則の叛乱を知る
宛に希代之の使者と勅使が訪れる
8日 成抗が新野で賈クと会談
10日 郭図公則、司隷校尉に昇進
12日 町費隊の将校およそ50人、公開処刑
蒼月、町費の配下となる
13日 成抗、馬超と会談
14日 関平隊、洛陽郊外に到着・滞陣
呉嬰、俸仕が洛陽に潜入
15日 関平と潘璋の会談
俸仕、洛陽軍に入隊願い
第三軍が叛乱を知る
曹操率いる汝南の魏軍が出撃。目的地は許昌
程cの細作が「汝南魏軍出撃準備」の報を宛にもたらす
程cの細作が「長安は洛陽政権に同調」の報を宛にもたらす
18日 呉嬰、司馬懿と再会
呂砲、呉嬰、司馬懿が会合
馬参、呂砲の後を継ぐことを決断
抹稜で吾玄隊と袁奉隊の兵士が衝突(抹稜騒乱)

袁奉が吾玄に対し自身の第二軍離脱を再度求める。吾玄、受諾
20日 上党で第三軍が燕軍に敗北
袁奉隊、抹陵から離脱
許昌に汝南の魏軍が襲来
21日 廖影、第三軍から離脱
俸仕、司隷校尉府付き兵士となる
22日 文醜率いる燕軍4万が洛陽に到着
伏幹、宛の馬超に許昌への援軍派遣を要請
馬超、許昌へ出撃
「襄陽の蔡瑁自立」の報が宛に届く
23日 廖影が郭図公則陣営に参陣
陳留と礁の魏軍が許昌に到着
洛陽南門郊外で戦闘勃発
俸仕、公孫師と出会う
監禁されていた町費隊1万4000による暴動
町費、洛陽脱出
関平、戦死
楽楊、死亡
呂砲と町費が合流

温寧が業βの放棄を提案
馬参と温寧が「一合戦」
24日 郭図公則、呂砲捕縛を断念
袁奉が盧江守備隊の呉班らを殺害
吾玄、郭図公則の叛乱を
知る
第三軍が業βを放棄
26日 馬忠が袁奉と呉懿の戦闘に遭遇
27日 馬超隊、許昌に到着
28日 馬忠が袁奉と呉懿の戦闘を吾玄に報告
30日 吾玄隊、抹陵を出撃。目的地は廬江
袁奉、呉懿も殺害
31日 袁奉、停戦の使者だった参露を地下牢に幽閉
33日 第三軍が陳留を突破して許昌に到着
呂砲、許昌に帰還

許昌攻撃中の魏軍が撤退
陸遜隊兵士・茸松、「宝の山」が「禿げ山」と化したことを知る
34日 吾玄隊、廬江に到着
蔡瑚、第二軍混乱に関するすべての罪を被って自刎
成抗、西涼に帰還。馬騰が挙兵
36日 蒼月、新野の状況を探る
38日 朔夜、成都太守府より馬を大量受注
39日 張合β、陳留陥落を把握
40日 長安の使者・楊修が馬騰に同盟を持ちかける
許昌で軍の再編が本格化
43日 吾玄と袁奉、抹陵に帰還
45日 帝都奪還軍の陣容が決まる
馬超、琉蹴に洛陽奪還軍への編入を告げる

抹陵に夏侯惇と孫策が相次いで布陣
47日 茸松、親衛隊参軍となる
48日 参露、襄陽にて関羽と対面。劉進に殴られる
馬超率いる長安方面軍が許昌を出撃
49日 西涼に鮮卑族の軍勢が侵入
51日 波羽於莉が茸松、町費と商談
52日 朔夜が漢中に到着
楊丙と馬鉄が大喧嘩
53日 蒼月が町費に荊州の状況を伝える
新野の状況に付いて、町費と希代之が意見交換
朔夜が五斗米道教祖・張富と会談
54日 錘柄率いる撹乱隊が孫呉軍に夜襲
夏侯惇と黄蓋が鯨飲
55日 吾玄が孫策に内通していた呂蒙と宋謙を殺す
魏軍と呉軍が抹陵城攻撃を開始
56日 魏呉軍の抹陵城夜襲、失敗
吾玄、魯粛を処刑
58日 魯粛の葬儀が執り行われる
59日 魯真衣、抹陵から離れる
★参露、抹陵に帰還
60日 馬騰軍が西平攻略を開始
★呉軍の増援部隊を魏延が撃破
★孫策が抹陵から撤退
68日 馬騰軍が西平を制圧
成抗、「涼軍が長安に向け出撃」の報を受ける





吾 玄

参 露

  

       

孤立無援(その五)       孤立無援(その七)

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