魏公出師〜その五〜








━━反乱発生から二十七日。許昌
馬超は、自分の手足、そして耳目となるべき程cと法正を、効果的に御しえなかった。
おかげで、二人の軍師の意見に散々振り回された挙句、自分の考えを行動に移すのにもかなりの時を要した。
そんな上司としての馬超に、琉蹴が失望に類する感情をまったく抱かなかったかといえば、それは嘘になる。
忠義が揺らぐ、とまでは言わないにせよ、自分の全身全霊の忠義を捧げる対象たる馬超にはやはり、強い男でいてほしかったというのが、琉蹴の本音だ。
だが、許昌に到着した直後になって琉蹴は、「強さ」にはいくつかの種類があることを知った。
確かに馬超は、切れ者の謀臣の扱いに必要な「強さ」を持っていなかった。
しかし、別の「強さ」は持っている。
それは、戦場で軍を率いるに必要な、将としての「強さ」。
これについて馬超は、まったく不足していなかった。
「間に合ったな」
許昌城の城壁に掲げられている「涼」の軍旗を見やりながら、馬超は言った。
「遅れては失礼にあたる。早速挨拶仕るとするか」
馬超が言う挨拶の相手が、許昌の総大将・希代之でないことは、琉蹴にもすぐわかった。
魏公・曹操だ。
馬超は戦場に到着するや否や、攻撃に移ろうとしている。
驚いた琉蹴は、馬超の顔を盗み見て、慌てて視線を先に戻す。
馬超は、笑っていた。
(おう、これは……)
琉蹴は、急速に胸が高鳴り始めるのを感じた。
面前に対峙する魏軍は、少なくとも4万はいる。
そして、さらに多くの魏軍部隊が、許昌城周辺のどこかにいるはずだった。
一方の馬超隊は、落伍者続出も厭わぬ早足の行軍だったため、1万にも満たない。
普通なら、「挨拶」などとしゃれ込める状況ではない。
にもかかわらず、すぐ、攻める。
それは決して、凡庸の将帥にできることではない。
そうだった、と琉蹴は思った。
宛での優柔不断な主君にすっかり見慣れてしまっていたが、元々自分の主君は、「普通」の男などではなかった。
太守府の馬超と、戦場の馬超。
これがまったくの別人であることを、琉蹴は今さらながら思い知らされた。


西涼の馬超の威名は、魏勢もよく知っている。
「馬超はすぐ来るぞ。備えよ」
そんな曹操の命令は、すぐさま配下の部隊に伝えられた。
だが、その命令には、「今すぐ、来る」と兵たちに認識させるほどの緊迫感はなかった。
実際、曹操自身も、馬超隊の襲撃をそこまで喫緊の展開として予測していたわけではない。
そこには、大勢力の盟主である以上に、百戦錬磨の軍人たる曹操の「常識」、あるいは「限界」と称すべきものがあった。
戦場では、ひとつの失敗が即、敗北に繋がる。
そんな失敗を未然に防ぐためには、敵情の把握が必要不可欠。
数々の戦闘を経て、そのことを骨の髄まで知り尽くしている曹操だからこそ、馬超もまた同じ心理を持つであろうことに疑いを持たなかった。
到着したばかりの馬超隊は、まだ戦場全体を俯瞰するに至っていない。
当然、陣を構えるか、あるいは許昌城に入るか、とにかく何らかの段取りを経た上で、動くはず……。
だがその予測は、相手が馬超であった場合、「思い込み」と称されるものとなった。
戦場に現れたばかりの馬超は、陣を構えることはなかった。
許昌城に入城し、希代之と合流を図ることもしなかった。
白銀の戦鞄をまとった将は、数百騎の騎馬隊の先頭に立ち、ただ、“無邪気に”突進してきた。
「孟起、常道を解さず」
完全に意表を突かれる形となった曹操は、突入してくる馬超の騎馬隊を見やりながら、寧ろ楽しげに呟いた。
「故に、測りがたし」


猛然と突っ込んでくる騎馬隊に、魏軍はすぐさま横陣を敷いて弓をかまえた。
ここらへんの対応の速さは、魏公直率の軍勢ならでは。
しかし、緊張とともに「放て!」の命令を待っていた弓兵たちは、程なく唖然とする。
こちらを踏み潰さんとの勢いで突進してきた涼の騎馬隊は、何の前触れも無く右へ――魏軍から見たら左へ――スルリと向きを変えたのだ。
行き脚のついた馬を直角に変針させるなど、並みの騎兵ではまず、できない。
ましてや、百騎規模の騎馬隊の一斉回頭ともなると、その実施は至難の業だ。
だが馬超は、それをいとも容易く、しかも敵陣の真正面でやりおおせた。
面食らった何人かの兵が、矢を放つ。
それを命令によるものと勘違いしたのだろう、他の兵たちも慌ててそれに続く。
「馬鹿め! 誰が射よと言ったか!」
将校の怒鳴り声が響く中、放たれた数百本の矢は、馬超隊の手前で力なく落ちた。
射程外。
すべて無駄矢だ。
そんな魏軍の狼狽振りを嘲笑うかのように、騎馬隊は真横を晒したまま、素晴らしい速さで丘を駆け上っていく。
大胆な機動に呆れ返っている余裕はなかった。
もう一隊、騎馬隊が正面から突っ込んできた。
馬超の隊よりは数は少ない。
50騎程度だ。
先頭を進む将校が、見たこともない大きな刃の不恰好な武具を抱えていることは、この際、魏軍の兵たちにはどうでも良いこと。
慌てて矢をつがえ、とりあえず面前の脅威に備える。
だが、その部隊もまた、馬超の隊と同様の動き――変針――を見せた。
ただし、向きは逆。
弓の射程ギリギリのところで、魏軍の右側へと走り抜けていく。
兵たちの間に、動揺が走った。
涼軍の急激な機動により、曹操が率いる正面の部隊――汝南魏軍の主力――が、遊軍と化したものと錯覚したのだ。
しかし、曹操は落ち着いている。
一流の将帥は、主力部隊が遊軍となったわけではないことを知っていた。

「正面だ! 来るぞ!」
総大将の怒声が、浮き足立った兵たちを落ち着かせる。
果たして、正面から鬨の声が上がった。
今度は歩兵隊だ。
威嚇するように槍や盾を奮いながら、大股で近づいてくる。
二つの騎馬隊の存在を、曹操は強引に思考から排除した。
自分の両翼に布陣しているのは、牛金と周倉。
いずれも、全幅の信頼を置ける将、とまでは言いがたいが、無能ではない。
それに、自分たちを包囲しようとしている涼の騎馬隊は、総勢150騎程度に過ぎない。
落ち着いて対処するなら、牛金と周倉の部隊でも十分に撃退できるはずだし、数だけで考えるなら、正面から迫ってくる歩兵隊の方が脅威だ。
涼の歩兵隊は、騎馬隊とは異なり、突進してくることはなかった。
矢を警戒して盾を前面に据え、大声で威嚇はしてくるが、その歩みは粛々としたものだった。
それを見た曹操は、馬超が何を意図して歩兵隊にそのような指示を与えたのか、すぐ理解した。
両翼の騎馬隊、そして正面の歩兵隊。
三方から派手に動くことによって、こちらが包囲されつつあるような錯覚を抱かせ、集中力を分散させようとしているのだ。
「槍隊、前へ!」
曹操の命令は素早く部隊に行き渡り、そして素早く実施された。
命令が完了されたことを自分の目で確認した曹操は、躊躇することなく、怒鳴った。
「突撃! 蹴散らせい!」
それは、涼の歩兵隊から見るなら、実に唐突な動きだった。
魏軍は走り回る騎馬隊を警戒し、守りを固めているように見えていた。
実際、馬超が歩兵隊に出していた指示も、そのことを前提としていた。
すなわち、「曹操は陣を固めて、矢で追い払おうとしてくるだろうから、盾で身を守りながら徐々に前進。喚声を上げて魏軍の注意を引け」と。
馬超は、曹操の気を逸らす陽動部隊として、歩兵隊を使おうとしていた。
魏軍に比べて数的に劣勢な歩兵隊を突っ込ませる気など、最初からなかった。
しかし、馬超の意図を瞬時に読み取った曹操は、その予測とは正反対の行動を取った。
「は…………話が違うではないか!」
突撃してくる魏軍を見て、歩兵隊の将校がそう叫んだが、その叫びはすべての歩兵隊兵士たちの心理を代弁したものだった。



馬超の騎馬隊が至った丘の頂点は、魏軍の左側面に位置していた。
高所となるため、戦場の全体図がよく見える。
許昌城の東側と北側で、別の魏軍が攻城戦を行っている様子も伺えた。
そして、汝南魏軍の動向も。
喚声。
その中央部隊が、ひたひたと接近を図っていた涼の歩兵隊に敢然たる突撃に転じた。
(曹操っ!)
馬超は、頭がカッとなるのを感じた。
歴戦の将・曹操。
あの男は、自分の作戦を上回る行動に出ていた。
くそ、やってくれる。
同時に、時間がないことも悟る。
敵は出てこない、という前提で動いていた軍勢が、迎撃へと頭を切り替えるのは難しい。
グズグズしていると、歩兵隊は壊滅してしまう。
「続けっ!」
叫ぶや否や、馬超は駆け出した。
攻撃目標は、魏軍左翼。
それは、この戦闘における魏軍の「側面」であると同時に、それまで城と相対していたが故に、全体的に見た場合、魏軍の「後背」にもなっていた。
「牛」の旗頭が見えた。
牛金の率いる隊。
「突けやぁ!」
曹操の隊でないことに大いなる失望感を抱いた馬超だったが、その突撃は苛烈だった。
今の馬超に、悩みや迷いは、ない。
ここは、程cと法正の言い争いが絶えない宛の太守府ではない。
馬超がもっとも“自分”を発揮でき、そして輝ける、戦場なのだ。


ほぼ同時に、琉蹴が率いる騎馬隊も、攻勢に転じた。
琉蹴が馬超から受けていた命令は、簡潔だった。
すなわち、「全力で走り抜けろ」。
騎馬隊の最大の武器は、機動力。
逆の見方をするなら、脚を止めてしまった騎馬隊は、意外と脆い。
そうでなくとも、100騎や50騎の騎馬隊で、万を超える軍勢を蹴散らせるものでもない。
ひたすら全力で魏陣内を駆け抜け、その途中で大将を見つけたなら、一気に勝負をかけて、そのまま脱出する――。
馬超が琉蹴に命じ、そして自身も実践しているのは、今風に言うところの「一撃離脱戦法」だった。
琉蹴は、馬超の命令を忠実に守った。
とにかく、走る。
大声を上げ、特注の長巻を振り回す。
ただし、新品のその獲物は、ほとんど魏兵の血を吸ってはいない。
配下の騎馬兵たちも同様で、戦果らしい戦果は上がっていない。
だが、それを承知の戦術でもある。
雑兵を数十人単位で殺しても、戦局には何の影響も与えない。
狙うのは、大将首だけ。
シンプルなその命令は、琉蹴にはありがたかった。
そうでなくても琉蹴には、魏軍の中央部に突進しているという興奮と緊張、そして恐怖で、余計なことを考える余裕などなかった。
「我こそは、馬超隊校尉・琉蹴!」
魏兵への威嚇と、自分自身の鼓舞を兼ねた大声を上げながら、琉蹴は愛馬・桜桂をけしかける。
「敵将はいずこかっ?! いざ一騎討ちを所望!」
だが、目指す大将の姿は、なかなか現れなかった。
万余の兵の中から、一人の将を見つけ出すのは、簡単なことではない。



東門と北門に対する魏軍の攻撃は続いていたが、馬超隊の機動によって、南門への攻撃はやんだ。
「馬岱! 行け!」
素早く希代之は、南門の守将たる馬岱に命じた。
戦局を瞬時に読み取る。
その能力において、希代之は決して、曹操に引けを取るものではない。
「曹操の首だ! それ以外はいらぬ!」
固く閉じられていた許昌城の南門が、開かれた。






    許昌南部・戦闘略図

  
/          
           
許昌城
           
             馬岱隊
                          
    ┏━━━━━━琉蹴騎馬隊
    ┃ /           
/   ↑/                
    ┃ /          周倉隊
    ┃歩兵隊
/   曹操隊
    ┃
    ┃             牛金隊 
 /  ↓                 
 
    ┃    
//        
 
   ┗━━━━━━┛馬超騎馬隊
               






馬岱が勝利を確信できた時間は、短かった。
逆に、こちらの出撃に気付いた魏軍が、素早く迎撃の陣に構え直したことで、「これが魏公の用兵か」と今さらながらに感嘆した。
感嘆の後を、恐怖の情が追いかけてくる。
攻撃対象の曹操隊は、およそ2万。
対する自分の隊は、2000程度。
見事、曹操隊の横腹を突いた形の馬岱だったが、曹操が馬超の歩兵隊への追撃をあっさり諦めたため、これ以上の戦闘は自滅行為でしかなくなっている。
(しかし、逃げ切れるか?)
怯えに近い感情とともに、馬岱は自問した。
少数の部隊で曹操隊に突入したということは、曹操隊に囲まれた、ということでもある。
何より、曹操隊の目は、完全にこちらの方に向いてしまっている。
この“包囲”を突破し、再び許昌城に逃げ込むことは、かなりの困難と思えた。
だが、そんな恐怖の感情もまた、長くは続かなかった。
「岱!」
聞き覚えのある、太い声。
ハッとして振り返ると、白銀の甲冑をまとった騎馬将が、曹操隊の中を切り裂くように突っ込んでくるのが見えた。
数十騎の騎馬隊を率いている。
「孟起殿!」
馬岱は歓喜の声を上げた。
馬超。
3年振りに再会する、西涼馬家の後継者にして、涼州人の誇り。
「下がれ! 曹操と遊ぶのは、また別の機会ぞ!」
鬼のような形相の族兄の叫び声に、馬岱も否やはなかった。
突如として斬り込んで来た騎馬隊に、曹操隊の兵士たちは泡を食っている。
逃げるなら、今を置いて他にない。
「後退!」
馬岱は、一人でも多くの部下たちに聞こえるよう、腹の底から叫んだ。
「許昌城へ戻るぞ! 全力で駆けよ!」



「実に大胆な奴」
突風のように馬超隊が走り去った後、曹操は自陣を見分した。
「彰とぶつけたら良い勝負…………いや、黄鬚はそもそも作戦など立てぬゆえ、馬超にはまだ、及ばぬか」
勇猛果敢で知られる自分の三男の名を上げて、曹操は苦笑した。
この戦闘は、少数の騎馬隊で敵中突破を果たした馬超の勇名を、さらに高く世に知らしめるだろう。
ただし、損害を抑えるため、馬超と琉蹴の騎馬隊が文字通り敵陣を「駆け抜ける」ことに終始した結果、得られたその勇名に匹敵するほどの戦果は上げられていない。
むしろ、魏軍が攻城戦の真っ最中に急襲された点を考えるなら、牛金と周倉の隊を撹乱されたとはいえ、馬超隊の大半を占める歩兵隊を蹴散らした曹操の方に軍配は上がるのかもしれない。
曹操隊の思わぬ逆撃により、馬超の歩兵隊は壊滅の一歩手前まで陥った。
これが完遂に至らなかったのは、許昌城からの“横槍”があったためだ。
それまで、亀のように城内に閉じこもっていた許昌の涼軍は、馬超隊と汝南魏軍の戦闘が始まったと見るや、最高の間合いで出撃してきた。
曹操がこれに対処せざるを得なかったがために、逆撃に動揺して“刈り取り放題”となっていた馬超の歩兵隊は、かろうじて死地を脱した。
総括するなら、少ない兵力で敢然と突撃し、魏軍を散々に撹乱した馬超と、急襲されながらも大胆な用兵でこれを撃退した曹操、それに壊滅寸前の友軍を咄嗟の出撃で救った希代之と、それぞれが持ち味を発揮した戦闘だった、と言えるのかもしれない。
「周倉を呼べ」
口元に浮かんでいた苦笑を消し、曹操はいつもの冷徹な表情で部下に告げた。
周倉には、厳しい叱責を与えておかなければならない。
布陣の状況から考えるなら、あそこで周倉の隊が馬岱隊の側面を突く形で動いていたなら、馬超の歩兵隊と馬岱隊、両方に大打撃を与えることができたはずだった。
しかし周倉は、自隊の中を駆け回るわずか50の騎馬隊に目を奪われ、許昌城から飛び出してきた涼軍にまったく対応できなかった。
おかげで曹操は、殲滅できるはずだった宛の涼軍への攻撃を諦め、馬岱隊への対応に専念せざるをえなくなった。
意を受けた部下が走り去ると、曹操は小さく溜息をついた。
もし、周倉の立場にあった将が張遼だったなら、と思う。
張遼は間違いなく、曹操の思惑通りに動き、馬岱隊に大打撃を与えていたはずだ。
いや、それどころか、曹操ならあの程度の軍勢には十分対処できると判断し、一転、城門が開かれていた許昌城への突入を果たしていたかもしれない。
そうなれば、許昌を巡るこの戦闘は、「終盤」と呼ぶべき展開へと移っていただろう。
だが、そんな働きを期待できる張遼はもう、いない。
義理堅く、騎兵の扱いに抜きん出た力量を誇ったあの曉将は、業βを巡る戦闘で命を落とした。
いや、張遼だけではない。
業βの戦闘では、張遼と同じぐらい曹操がその獲得を喜んだ趙雲も、戦死している。
さらに曹操は、それ以前の涼との戦闘で、賈クや荀攸、程c、そして郭嘉といった優れた謀臣たちを涼に奪われた。
並々ならぬ人材収拾癖を持つ曹操にとって、それら人材の損失は、領地の損失以上に痛いものだった。
(もう、涼に負けるわけにはいかぬ)
許昌城にたなびく「涼」の軍旗を見やりながら、曹操は思った。
(涼王が死んだとなれば、尚のこと…………必ずや、借りは返してみせる)



優れた軍馬を多数擁する馬超隊は、往路次第では信じられない速度で戦場に到着できる。
この行軍速度に何とか肩を並べられるのは、七同志の中では吾玄と廖衛ぐらいだろう。
そして、武官でない伏完が、そんな神速の行軍から脱落することなく許昌にたどり着いたのは、普段柔和な表情を欠かさないこの男の内面に潜む、並々ならぬ執念を示すものだった。
「伏完! 大儀!」
今にも倒れ伏しそうな状態で戻った腹心に、希代之は涙を流しながら呼びかけた。
後はもう、言葉にならない。
援軍は来ないかもしれない、という不安を常に抱えていた希代之には、伏幹が馬超を引っ張り出してきたその一事が、何よりの喜びだった。
それに、わずか1万程度の援軍とはいえ、魏軍の攻撃をひたすら耐え凌いできた許昌の涼軍にとって、勇名を誇る錦馬超の到着は最高の励みだ。
目に見える、援軍の到着。
味方がいる、という実感。
それは、ひたすら篭城することで、外からの情報を遮断され続けてきた守備側にとって、何物にも変えがたい活力となる。
一方、青息吐息の伏完は、上司の期待に応えられたこと、そして一点の曇りもない上司の労いに満足しつつ、居住まいを正して報告した。
「法正軍師の部隊も後発しております。数は1万。明日か、遅くとも明後日には戦場に到着いたしましょう」
「そうか!」
希代之は大きく息を吐いた。
宛からの援軍、総勢2万前後。
魏軍の攻撃を凌ぐに十分な加勢とは言えないが、予備兵力としては極めて貴重だ。
「して、馬超殿の軍勢はどこへ行ったのだ?」
口調を改めて、希代之は尋ねた。
汝南の魏軍との手合わせを果たした馬超隊は、そのまま風のように視界から消えていた。
伏完は、自分の斜め後ろに控えていた武官を促した。
将校の甲冑を羽織っているその少年に、希代之は見覚えがあった。
「御辺とは会ったことがあるな?」
希代之は問うた。
「確か、江稜だったと思うが」
「はっ! 仰せの通りにて!」
声をかけられた琉蹴は、慌てて声を張り上げた。
「御意を得ます、鎮軍将軍閣下! それがし、馬超隊校尉・琉蹴と申します!」
希代之が口にした江陵は、かの赤壁戦役を前に、涼の主力軍が集結した都市だ。
3年前、そこでは孫呉軍攻撃のための軍議が開かれ、琉蹴も馬超の副官として同席していた。
その軍議の場で琉蹴は、言い争いを展開する郭図公則と黄忠を冷めた声で制しつつ、軍としての方針をテキパキと指示する希代之を見ている。
卒のない進行役振りに、琉蹴は「これが涼公(当時)の片腕か」と感嘆したものだったが、無論、希代之と直接会話を交わしたわけではない。
さらにあの場には、自分以外にも大勢の将軍付き将校がいた。
にもかかわらず、希代之は軍議の末端を汚していた自分の顔を覚えていた。
(恐ろしい記憶力だな)
さすがは涼の筆頭軍師、と感心しつつ、琉蹴は馬超からの伝言を伝えた。
「虎牙将軍の言上を申し上げます。『当隊の利点はその機動力にあるも、これ、籠城戦で発揮しむるものならず。よって当隊は、間断なく位置を変え、魏賊の後背を脅かしつつ、好機を得るやこれを急襲せんとす』」
一気に言葉を発してから、琉蹴はキッと希代之を見上げた。
馬超はいったん後退し、法正隊との合流を成した上で、再び魏軍の後ろを脅かすつもりでいる。
つまり、許昌城には入らず、遊撃隊のように動く、ということだ。
(さあ、どう御回答なさる?)
琉蹴は、希代之の返答を待った。
馬超の策を由とするか、それとも許昌城への入城を要求してくるか。
身構えた琉蹴だったが、希代之は琉蹴も驚くほど、あっさりその案を了承した。
「さすが馬超殿。それぞ上策である」
希代之は琉蹴の目を見つめながら、大きく頷いた。
「馬超殿に伝えてほしい。総大将たる貴殿が治めるべき許昌城は、この希代之が命に代えても守るによって、案ずることなく、賊の撃破に専念していただきたい、と」


夜更け。
魏軍の姿がない西門から、騎馬が一騎、城外へと出ていった。
馬上の男は、顔を紅潮させている。
「いよいよだぞ、桜桂!」
栃栗毛の愛馬の首筋を叩きながら、琉蹴は興奮を抑えきれないように言った。
「馬超様が新しい涼王となるのだ! 筆頭軍師自らが、それを担保した!…………馬超様の世が始まるのだ!」 
使者として宛にやってきた伏完は、希代之が涼王亡き後の涼の盟主として、馬超を推すと告げていた。
それはそれで重い発言だったが、ついさっき、今度は希代之自身の口から、それは言明された。
――“総大将”たる貴殿が治めるべき許昌城は、この希代之が命に代えても守る。
仄かな月灯りだけが照らす夜の平原を、琉蹴は存分に駆けた。
左手で手綱を、右手で長巻を握りしめていた琉蹴は、前触れもなく、長巻を一振りした。
ブン、という、刃が風を切る音。
そのまま長巻を掲げ、今度は振り下ろす。
刃先が大地を削った。
(やってやる!)
長巻を戻し、愛馬を強くけしかける。
抑えようと思っても抑えられない、興奮。
一刻も早く、この一報を馬超に伝えたかった。
馬超の、世。
赤壁の戦い以降、日陰の立場に甘んじてきた馬超が、いよいよ雄飛するのだ。
その実現のためにも、まずはこの戦いで勝利して、曹操軍を許昌から駆逐しなければならない。
そして、反郭図公則の体制を構築し、世に正義を示す――。
(馬超様のため、死に物狂いで戦うぞ!)
琉蹴は、燃えていた。
確かに、魏軍を撃退するのは難事だろうが、こんな状況にあっても血が騒がぬような者に、武人を名乗る資格はない。
この時の琉蹴は、自分の上司の前に輝かしい未来が開けていることに、何の疑問も抱いてはいなかった。




━━叛乱発生から三十三日。許昌
馬超はその後、後発の法正隊との合流を果たした。
総勢2万近い軍勢を得た馬超は、汝南魏軍の後方に神出鬼没に現れては攻撃態勢を取り、何もせずに姿を消す、という行動を飽きることなく繰り返すようになった。
いや、時には小部隊を繰り出しては魏軍の外周を軽く“撫で”、そのまま一目散に逃げていくこともあった。
馬超軍のそのような行動は、魏軍に甚大な損害をもたらすことはないものの、かなり厄介ではあった。
馬超軍が現れるたびに、汝南魏軍は城攻めの中断を強いられるからだ。
「虻(あぶ)のような奴」
曹操は、接近しては後退する馬超軍を、苦々しげに睨みつけた。
汝南、礁、陳留から出てきた軍が、三方から包囲して行ってきた許昌攻め。
これは、守兵の配置を三方向に分散させるとともに、間断なく攻め続けて守備側に疲労を強いる、という目論見に拠るものだった。
そして、曹操の最初の想定では、あの城にはとっくに「魏」と「曹」の軍旗が翻っていたはずだった。
しかし、主力たる総大将指揮の汝南軍が本腰を入れて城攻めに関われないため、その予定は大幅に狂った。
(馬超さえいなければ)
そう思うにつけ、あの小癪な軍勢に対する曹操の怒りは強くなる。
とはいえ、馬超
軍を無視して城攻めを強行することは、論外だった。
そんな行動をとったら、馬超は遠慮なく、背後から襲いかかってくる。
後ろを突かれた軍は、脆い。
そうでなくとも、相手は馬超であり、さらに2万というなかなかの兵力を有しているのだ。
その存在を「空気」と見做すことなどできない。
汝南軍を二つに分け、馬超軍と許昌城にそれぞれ対応することも一時は検討したが、兵力分散がしばしば敗北の原因となることを熟知する曹操に、それは採用できる手ではなかった
それでは、城攻めを一旦中止し、汝南魏軍全兵力でもって馬超軍を殲滅するのはどうか?
馬超の勇猛果敢さを考えるなら、分離させた軍勢で当たるよりは、遥かに確実な手段ではある。
ただ、馬超が素直に戦闘に応じるかどうか、極めて怪しいことが難点だった。
馬超の一連の動きから推測するに、兵力的劣勢を承知しているあの涼州人は、曹操と正面切って対決する気がないようだった。
攻めかかってきた曹操軍との対決を馬超が回避し、誘い込むように後退に転じたら、馬超軍の殲滅にはかなりの時間がかかる。
馬超は後退しつつ、五月雨式に部隊を放っては魏軍を翻弄し、撹乱し、時間を消費させ、疲弊させようとするだろう。
城さえ守り抜けば馬超の勝ちとなるのだから、実に理にかなった正しい戦術だ、とは曹操も思うし、もし自分が馬超の立場だったら、やはり決戦を求めるような愚は犯さない。
無論、汝南軍が馬超との“追いかけっこ”に転じたとしても、その間、礁軍と陳留軍の城攻めは続行される。
ただ、
汝南軍不在の城攻めでは、陥落がさらに先送りとなることが問題だった。
城攻めは時間を要するもの、とは兵法家の常識だが、それでも曹操には、なるべく早く許昌を陥とさなければならない理由がある。
陳留が危ないのだ。
この地は、叛乱が起こった洛陽や、涼の第三軍が駐屯する業βと隣接している。
にもかかわらず、曹操が乾坤一擲の作戦に打って出たことから、今、この地にいるのは、治安維持用の最低限の兵だけとなっている。
一日も早く許昌を陥とし、陳留軍を帰還させたい。
さもないと、曹操が挙兵を果たしたこの記念すべき都市は、簡単に敵に奪われてしまう…………。
頭を悩ませた曹操は、周倉隊に城攻めを担当させ、牛金隊に背後を守らせる態勢を取った。
曹操隊は、中軍。
城攻めにも、馬超からの攻撃にも対応できる陣形だ。
汝南軍の許昌城に対する攻撃力は三分の一に減ずるが、それでもかまわない。
もし、汝南軍が城攻めに参加しなかったなら、希代之は南門の兵力を東と北に配置し、防御力を高めようとするだろう。
さらにそれは、守兵を交代で休ませることにも繋がる。
だが、少ない部隊とはいえ、周倉隊が城攻めを続けたなら、希代之は南門の兵を動かすわけにはいかなくなる。
要は、篭城側を休ませず、さらに守兵を三つの門に分散させておければ良いのだ。
「希代之。後はわしとおぬしの我慢比べだ」
消去法の結果とはいえ、最善の措置は取った。
現状をそう判断した曹操は、許昌城に立て篭もる守将に向かって、静かに呟いた。


我慢比べ。
立場は違えども、その表現について、希代之も異議を挟むところではなかった。
曹操が懸念材料に悩む一方で、希代之もまた、頭痛の種には不足していない。
馬超の援軍は何よりの力だが、それでも総兵力では圧倒的に劣っていて、とても逆襲に転じられるような状態ではない。
それに、魏軍の激しい攻撃によって、兵の損害も馬鹿にならず、疲労も蓄積し、城壁と城門の損傷もかなり危険な段階に至っている。
兵糧の残量も、いずれ懸念材料となってくるだろう。
微かな救いは、馬超が「遊撃隊として城外で動く」と自ら言ってきたことだった。
もしも馬超軍が入城し、食い扶持が一気に2万人分も増えていたなら、切り詰めながら供給していた兵糧も、あっという間に底を突いてしまっただろう。
希代之は、城壁の上から何度も戦場を見渡し、城内を視察し、思考した。
だが、この状況を積極的に打開できる手は、思い浮かばなかった。
戦意旺盛な魏軍、音を立てて飛んでくる矢、城門を打ち破らんと突進してくる魏兵、城壁にもたれかかって呻き声を上げる負傷兵、そして、物言わぬ死体…………。
どうしようもない。
ひたすら、耐え忍ぶ。
思考の行き着く先は、それしかなかった。
(魏公。いつまで、粘る? いや)
城外にはためく「魏」の軍旗を見やりながら、希代之は思った。
(いつまで粘ることができる? 我が軍は…………)


しかし、程なくして、戦局は急展開を見せた。
戦場で、新たな動きがあったためだ。
場所は、許昌の北東。


間もなく、許昌城にたどり着く。
薄氷の思いの行軍も、ようやく終わる。
馬参が安堵の息を吐きかけたところで、緊張感のない声が上の方から聞こえた。
「あれぇー?」
馬参の真横を進む戦象。
それに跨った女将校が、掌を眉の近くに当て、城の方角を見ている。
馬参の副官にして、ある事情から馬参とやんごとなき関係に至った温寧だった。
「馬参様、城の周りに軍が出ていますよ…………結構、多いなぁ。何だろ?」
馬参は目を細めて、城の方角を凝視した。
よくわからない。
そもそも、まだ城すら視界に入っていない距離。
周辺の状況など、わかるべくもない。
それでも馬参は、すぐさま涼第三軍将兵7万に向けて、「全軍、警戒!」と命令した。
温寧の野生動物並みの視力に、馬参は疑問を抱いてはいない。
副官としての事務能力には、大いに疑問を抱くところであったとしても。
そして、この女が自分の“情人”となってしまったことに、依然として動揺を隠せずにいたとしても。






   許昌戦役における各軍の配置

                 

                   涼第三軍(馬参・7万)

                        

      陳留魏軍(張合β・5万)
               



  
/       許昌城 3万 
西      (
希代之)          東
                  
  礁魏軍(曹仁・5万)   
                      
                 
           
汝南魏軍(曹操・4万)

             
       
宛涼軍(馬超・2万)

                  





郭図公則の叛乱に関する時系列

「★」に続く赤文字は今回更新分の出来事
黒文字は洛陽関連、桃文字は第一軍関連
  緑文字は第二軍関連青文字は第三軍関連
  紫文字は魏関連、水色文字はその他
4月 皇帝が洛陽に帰還
叛乱
発生
初日
洛陽太守・郭図公則、呂砲に対し叛乱の兵を挙げる
糜統、呂砲を取り逃がす
潘璋、公孫讚を殺害
華キン、公孫師を捕縛
士炎、楽楊を取り逃がす
黄忠、町費を取り逃がす
糜統が偽の呂砲の首を用意
2日 郭図公則、皇帝に「呂砲殺害」と嘘の奏上
皇帝、中華各地に反涼の兵を挙げるよう促す勅を発す
町費、部隊の兵士の家に匿われる
呂砲の偽物の首が市場に晒される
關龍白、呂砲の生存を確信
楽楊が呂砲を匿う
3日 呂砲の「影武者」探しの名目で、捜索継続
4日 俸仕が許昌に逃げ帰り、希代之が郭図公則叛乱の報を入手
郭嘉配下の文官・翻武が郭図公則に通じていることを把握
郭図公則の使者が宛の馬超に挙兵を告げる
6日 郭図公則、呂砲を取り逃がしていたことを朝廷と洛陽軍幹部に告白
7日 関平隊、許昌から出撃。目的地は洛陽
曹操が郭図公則の叛乱を知る
宛に希代之の使者と勅使が訪れる
8日 成抗が新野で賈クと会談
10日 郭図公則、司隷校尉に昇進
12日 町費隊の将校およそ50人、公開処刑
蒼月、町費の配下となる
13日 成抗、馬超と会談
14日 関平隊、洛陽郊外に到着・滞陣
呉嬰、俸仕が洛陽に潜入
15日 関平と潘璋の会談
俸仕、洛陽軍に入隊願い
第三軍が叛乱を知る
曹操率いる汝南の魏軍が出撃。目的地は許昌
程cの細作が「汝南魏軍出撃準備」の報を宛にもたらす
程cの細作が「長安は洛陽政権に同調」の報を宛にもたらす
18日 呉嬰、司馬懿と再会
呂砲、呉嬰、司馬懿が会合
馬参、呂砲の後を継ぐことを決断
抹稜で吾玄隊と袁奉隊の兵士が衝突(抹稜騒乱)

袁奉が吾玄に対し自身の第二軍離脱を再度求める。吾玄、受諾
20日 上党で第三軍が燕軍に敗北
袁奉隊、抹陵から離脱
許昌に汝南の魏軍が襲来
21日 廖影、第三軍から離脱
俸仕、司隷校尉府付き兵士となる
22日 文醜率いる燕軍4万が洛陽に到着
伏幹、宛の馬超に許昌への援軍派遣を要請
馬超、許昌へ出撃
「襄陽の蔡瑁自立」の報が宛に届く
23日 廖影が郭図公則陣営に参陣
陳留と礁の魏軍が許昌に到着
洛陽南門郊外で戦闘勃発
俸仕、公孫師と出会う
監禁されていた町費隊1万4000による暴動
町費、洛陽脱出
関平、戦死
楽楊、死亡
呂砲と町費が合流
24日 郭図公則、呂砲捕縛を断念
袁奉が盧江守備隊の呉班らを殺害
吾玄、郭図公則の叛乱を知る
26日 馬忠が袁奉と呉懿の戦闘に遭遇
27日 ★馬超隊、許昌に到着
28日 馬忠が袁奉と呉懿の戦闘を吾玄に報告
30日 吾玄隊、抹陵を出撃。目的地は廬江
袁奉、呉懿も殺害
31日 袁奉、停戦の使者だった参露を地下牢に幽閉
33日 ★第三軍が陳留を突破して許昌に到着
34日 吾玄隊、廬江に到着
蔡瑚、第二軍混乱に関するすべての罪を被って自刎





希代之

馬 参

琉 蹴

伏 幹

温 寧


       

魏公出師(その四)       魏公出師(その六)


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