代理戦争〜その三〜







“神速涼軍”。
疾風戦術で戦場を疾駆する涼軍を評しての形容だが、同時にそれは、涼軍の侵攻速度の速さを指したものでもある。
軍を編成し、そして動かすには、手間と時間がかかるものだが、そんな常識を嘲笑うかのように、涼軍の侵攻テンポはあきれるほど速い。
ある都市を制圧した軍団が、三ヶ月後には別の都市への侵攻を開始したことすらある。
第二軍が一年間紫桑に駐屯し続けたこともあったが、これは例外中の例外。
都市制圧に成功した涼軍は、最低限の補充のもと、素早く次の標的へと襲い掛かる。
休む間もない来襲は、対抗勢力に兵力を再配置する時間を与えず、効果的な反撃を許さぬまま、その力を減じていく。
蜀の劉璋、西涼の馬騰、そして韓の劉備など、名だたる勢力が短期間で衰退していった背景には、そんな事情もあった。


素早い侵攻は、領土拡大と敵勢力の弱体化を短期間で達成する効果を持つ。
しかし、何事にも表と裏がある。
華々しい合戦絵巻に隠れがちだが、侵攻能力を維持するための努力は、重要な“裏”のひとつ。
軍団を動かすには、膨大な量の糧食、武具、金、そして人が必要となる。
これらの調達作業に従事しているのは、第一軍が町費、第二軍が萠リ越、第三軍が楊修。各軍の軍政官たちだ。
部隊長も務める町費は別として、萠リ越にしろ楊修にしろ、戦場で直接敵と刃を交えるわけではない。
だが、涼の軍政官職は、武官職に勝るとも劣らぬ殺人的業務だ。
特に長安での発足以来、弘農、洛陽、上党、業βと連続攻勢を展開している第三軍は、すさまじい量の物資を消費し続けた。
業βでの大敗は、これにさらなる拍車をかけている。
洒落好きで、装束や冠の流行に敏感なことで知られる第三軍軍政官の楊修は、今ではゲッソリと痩せこけ、胃痛と血尿に苦しむ日々を送っているという。


“神速涼軍”のもうひとつの裏は、軍団所属将兵の排泄と居住問題。
駐留する軍団の総勢は、11万を超える。
その11万は、飯を食い、水を飲み、日々の排泄を営み、そして寝る。
糧食は涼全土からかき集めて何とかするにしても、厠や寝る場所はそうはいかない。
不衛生な環境は、疫病の蔓延とそれに伴い戦闘力の消失をもたらす。
何より制圧都市の人口の三割から五割に及ぶ兵たちの排泄物は、扱い方を間違えば、統治に支障をきたす“公害”にもなりうる。
そういうわけで、都市を制圧した涼軍は「領内の保全よりも先に、巨大な厠群の建設に着手する」と揶揄されるほど、排泄関係には気を遣っている。
厠に比べると、居住問題はかなりアバウトに処理されている。
風雨をしのげる家屋と、風雨に晒される野営。
体力の消耗と回復という面からも、どちらが優れているかは言うまでもない。
だが、11万人分の家屋を、都市を制圧するたびに造るわけにはいかなかった。
簡易なものを造るとしても、11万人を収容する家屋となれば、すべて揃えるには莫大な金と資材、そしてそれ相応の時間がかかる。
駐留から三ヶ月後に出兵することもあるなど、その家屋群が利用される期間は極めて限定される。
見方によっては、金をかけて巨大なゴーストタウンを造るようなものだ。
前述したように、迅速な侵攻にはただでさえ金がかかる。
兵の疲労回復は考慮すべき問題だが、家屋の設置はその出費に見合うだけの意味をなさない。
そんな判断から、軍団所属の兵たちは、天幕の中で夜を過ごしている。
第二軍に属する将校は、校尉・都尉合わせて二百人余り。
魏軍の夜襲の懸念もあるため、交代で兵たちとともに野営することもあるが、基本的に将校は、翻陽の豪族や商人らから貸借した仮の官舎で寝泊まりしている。
その多くは下男たちが住んでいたような粗末な建物だったが、冷たい夜の雨をしのげるだけでも、かなりましではあった。


前置きが長くなった。
郭図公則が放った二人の細作が対面しているのは、そんな仮官舎の一室だった。



━━翻陽。第二軍校尉官舎
「それにしても驚いたぞ」
寝台に寝そべったまま、支援隊員はからかうように言った。
「まさか吾玄将軍の懐に潜り込んでいたとはな」
「頭(かしら)から聞いて来たのではなかったのか?」
「聞いてない。今日翻陽に着いたばかりでな。町をブラブラしていたら、吾玄将軍と一緒に歩いているおぬしを見掛けた。それから調べまわったわけだが……」
支援隊員は、わざとらしく部屋の中を見回した。
「それにしても、なかなかの住まいだな。カビ臭さ、崩れかけた壁、隙間風。いずれも味わい深い」
その口調に若干憮然としながら、草は椅子に腰を下ろした。
「野営続きの兵たちに比べれば、はるかに恵まれているさ。雨露をしのげるだけでもな」
「そうは言っても、校尉がこんなあばら屋住まいとは、洛陽では絶対にありえん。もう少し良い家を借りたらどうだ?」
「ここは最前線だぞ。それに俺は軍内では新顔だ。そんな我が侭が通るものか」
「おぬしはただの校尉ではない。軍団長付副官ではないか。少しは役得があっても良さそうなものだ」
「だからこそ、我意は禁物なのだ。俺は軍団長付副官の大変さがよくわかったよ」
「ほう?」
「血の熱い他の校尉殿たちの調整役に徹せねばならんのさ。糧食の供給、訓練内容、それに休日の順番……連中、喧嘩のネタを見つけ出すことにかけては、ある意味天才ぞろいだ」
「なるほど」
支援隊員は笑った。
「さっさと頭を追い落としてしまえ。吾玄将軍の下で修養を積んだおぬしなら、すぐに閣下の副官も務まるさ。こんなカビ臭い寝台ではなく、洛陽の柔らかい寝床で、女の柔肌を楽しみながら夜を過ごせる」
「馬鹿。声が高い」
鋭く、そして低い声とともに、草は支援隊員を睨み付けた。
他の部屋では、“喧嘩っぱやい”校尉たちが眠っているのだ。
「で、指令は何だ? おぬしが来たということは、余程重要なものなのだろうな?」
「いや、わしは指令伝達の役ではない。翻陽での任務を仰せつかってな。せっかくだから情報交換でも、と思ったのだ」
「……おい!」
思わず草は、声を荒げかけた。


細作に求められる最重要項目のひとつは、隠密性。
存在が露見することは、細作の命が失われるのみならず、こちらの意図を敵方に悟られ、場合によっては逆手を取られることもにもなりうる。
であるからこそ細作頭は、任地での細作同士の接触を禁じている。
どこに誰の目があるかわからない以上、不用意な接触は、身元発覚に繋がる危険性を秘めているのだ。
さらに細作頭は、同じ任地にいる他の細作たちがどんな任務を帯びているのか、そしてその名前すら知らせぬまま、末端の細作たちを諜報活動に従事させている。
もちろん、任地で細作同士が偶然出会うこともあるが、「素知らぬ顔ですれ違うべし」、「再度出会おうと考えぬべし」と、わざわざ通達しているほどだ。
それぞれの細作が集めた情報は、隊長格の細作が一括して洛陽へ送る。
洛陽からの指令も、隊長格の細作が受けて、そこから個々の細作へ伝達する、というやり方で、細作同士が接触する機会を極力減らす努力がなされているのだ。


「いったいどういうつもりだ?」
表情を険しくして、草は支援隊員に指を突きつけた。
草は、第二軍内に潜んでいる細作たちの元締めを務めている。
支援隊員が洛陽からの指令を携えてきたのならまだしも、別の任務で派遣された新手の細作なら、こんな接触は戒められるべき行為だった。
「おぬしがここで何をするのかは、俺の知ったことではない。だが、おぬしの不用意な行動で、俺の任務に障害が出ては困る!」
「そう興奮するなよ。隣りの部屋の連中が起きるぞ」
寝台から起き上がった支援隊員は、慌てて草をなだめた。
もっともな指摘に草は声を潜めたが、その表情から怒りの色は消えていない。
「さっさと出ていってくれ……言うまでもないことだが、絶対に気取られぬようにな」
しかし、支援隊員は相変わらず食えない表情のまま、寝台の上に座り直した。
「そう釣れないこと言うない。わしにだって意地があることを伝えたかったのだ」
「意地だと?」
「おぬし、什長に昇進したそうだな」
「それがどうした?」
「吾玄将軍と袁奉将軍の離間に成功したとなれば、伍長を飛び越えての昇進も当然だな」
「!」
支援隊員の口から出た言葉に、草は再び目を剥いた。


細作の功績というものは、ごくわずかな例外を除いて、表に出ることはありえない。
それを表に出すことはすなわち、細作団の能力や規模、そして活動パターンなどを、対抗勢力が推測する材料となるからだ。
情報が漏れる道筋というものは、可能な限り根絶しなければならない。
そういうわけで、例え仲間内であっても、その功績が伝わることはない。
成功した時はひっそりと称えられ、失敗した時はひっそりと死んでいく。
それが細作の宿命だ。


郭図公則や細作頭が、草の働きを余人に話すわけがない。
吾・袁両将の離間の実状が知れれば、ただで済まないのは郭図公則本人なのだ。
しかし支援隊員は、草の具体的な功績を知っている。
「おぬし……その話、どこから仕入れた?」
不審そうに尋ねる草に対し、支援隊員は平然と答えた。
「頭の部屋に忍び込んで調べた」
「……なんだと?!」
「いきなり什長に昇進となれば、いったいどんな功績を上げたのか、気になるのも当然だろう。特にそれがおぬしとあっては、わしとしても心穏やかではおられん」
「そ、そういう問題か! 頭に知れたら、間違いなく殺されるぞ」
「おいおい。そんな神経の細いこっちゃ、細作などやってられんぞ」
「細い太いの問題ではあるまい……おぬしの場合、その神経とやらが二、三本抜けている」
薄気味悪いものに接しているような気分で、草は支援隊員を見た。
一方の支援隊員は、成功したいたずらを得意げに語る悪童のような顔をしている。
「大丈夫さ。頭は何やら重要な任務を任せられたようでな。その準備にてんてこまいで、わしの茶目に気付く余裕もない」
「茶目かどうかは置いといて、頭自ら出るとは、いったいどんな任務だ?」
「内容は知らん。ただ、頭が会っているメンツを見るに、業βか上党に関する任務だろうな」
「……今度は、第三軍内の離間を促すつもりなのかな」
「そうさな。今あそこには、町費将軍や廖衛将軍もいる。ありえない話ではないな」


細作頭が、町費を護衛しつつ、業βに潜入し、呂布に内通を仕掛ける。
いくらやり手の細作たちとはいえ、そんな計略が水面下で進められているなど、彼らに予想できるわけもなかった。
「まあ、とにかく、だ」
ここからが本題というように、支援隊員は草の目を見据えた。
「おぬしが什長となったのに、わしが下級細作のままというのは、何ともおもしろくない……これはわかるだろう?」
「まあな」
優越感を隠そうともせず、草は肯いた。
「逆の立場に置き換えてみれば……俺だったら、夜も眠れぬな」
洛陽で細作頭の下で働いていたころ、草と支援隊員はライバル関係にあった。
「わしもちょっとは頑張らねば、と思ってな。閣下にある献策をした」
「ほう。どんな?」
「頭の部屋に忍び込んでみろ。一番下の引き出しに、詳しく書いた書類がある」
「そこまでして知りたいとは思わんね」
「とりあえず、廬江、とだけ言っておく」
「廬江……」
「策は成功。わしもようやく出世した。ま、伍長だから、おぬしにはまだ届かぬが」
「なんだ、おぬしも昇進していたのか」
「すぐにおぬしを追い抜いてみせる。それが言いたくてな」
「そのために、わざわざ俺の元へ訪ねてきた、と?」
「主はそれだな」
「まだあるのか?」
「おぬし、ここで七人の細作を束ねているらしいな」
「それも頭の部屋で調べたのか?」
「あそこは情報の宝庫だからな」
「それで?」
「その内の一人は、監視役だ。頭の意を受け、おぬしの動向を見張っている」
「……俺を? なぜだ?」
「洛陽と翻陽は距離があり過ぎるからな。お目付役を付けないと、頭も不安なんだろう」
「……監視役の名は?」
「自分で探ることだ。おぬしが閣下の意に添って行動しているのなら、監視役が何人いようが関係ないし」
「……そうだな。せいぜいグチを漏らさぬよう気を付ければよい」
憮然とした感情を表に出さないよう、細心の注意を払いながら、草は答えた。
支援隊員自身が監視役の可能性だってある。
気を抜くことはできなかった。
「で、おぬしの此度の任務は何だ?……頭の部屋で調べろなんて言うなよ」
「そう言いたいところだが、軍団長付副官殿ならすぐに知るだろうしな。実は、おぬしのここの上司に接触するのだ」
「!……殿……吾玄将軍に?!」
「“殿”か。いいねぇ。身も心も吾玄将軍の副官だな」
「はぐらかすな。将軍に何をするつもりだ?」
はぐらかしているのはおぬしだろう、と心中で笑いながら、支援隊員は言った。
「安心しろ。別に危害を加えるとかいうのではない。勧誘だ」
「勧誘?……ああ、そういうことか」
合点がいった草は、そっと安堵の息を漏らした。
「閣下も前の選挙の敗北が懲りたんだろう。今の内に票固めってことだ」
「そう言えば、洛陽からの物資は、明日届くのであったな」
「その後で、吾玄将軍と面会するつもりだ。物資を送られた直後なら、吾玄将軍が心を閉じることもあるまい」
「だろうな。あ、そうだ。会うのは良いとしてだな……」
「心配するな。なるべくおぬしの手は煩わせんつもりだ」
「そうしてくれ。将軍が閣下と俺の接点に勘づいたら困る」
「承知しているさ。では、わしはそろそろ出るぞ」
「ああ。いろいろと情報をもらえて助かったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな。今後もおぬしとは、良き競争相手であると同時に、相談相手でありたいものだ」
「ほどほどならいいだろうよ」


郭図公則が、吾玄との誼を深めようとしている。
今の状況からすれば、それは次の軍団長選挙に向けての根回しと考えるのが自然だった。
実際、草も支援隊員も、そう思い込んでいる。
二人とも、細作としての自分の技量には、十分な自信を持っている。
その自信は、“自分”という人間のアイデンティティでもある。
だが、年が明けてしばらく立ったころ、二人は郭図公則の真意を初めて知る。
そして、自分たちが文字どおり「駒の一つ」に過ぎなかったことを痛感させられるのだ。



━━翻陽。袁奉邸
「どうか信じてくださいませ!」
参露は必死の形相で訴えた。
「証拠はございません! 英傑様が洛陽太守殿とじっ魂の仲でないことも確かです! しかし、これは事実なのでございます!」


ようやく退出していった参露と入れ違いで、困惑気味の水兵隊長が入ってきた。
「聞こえたか?」
袁奉の問いかけに、水兵隊長は苦笑して肯く。
「席を外す意味もございませんでしたな」
参露が人払いを求めたため、袁奉が参露の話を聞いている間、水兵隊長は隣りの部屋に待機していた。
しかし、吾玄に簡単にあしらわれて焦っていた参露は、冷静さを欠いていた。
参露は、必死で叫ぶ以外にこの陰謀を理解してもらう術を知らなかった。
結果、水兵隊長は話の概略を既に承知している。
「あれほどの絶叫なれば、家人にも聞こえていたものと存じます……口外せぬよう申しつけておきましょうか?」
「別によい」
袁奉は素っ気無く言った。
「あの軍察監め。四則殿にあしらわれ、相当参っておる。あの調子では、誰彼かまわず喋りまくるであろうから、無意味だ」
「御意。それがしもそう思います」
「軍察監の話の内容については、どう思った?」
「はぁ……何とも突飛な話にて」
水兵隊長は頭を掻いて、困惑した表情を浮かべた。
「何でも良い。おぬしが感じたことを聞かせてくれ」
「はい。それでは申し上げます」
水兵隊長は、自分の想いを頭の中で文章化してみたが、なかなか言葉がまとまらない。
袁奉同様、謀略の類は苦手だ。
「信じられない、という気持ちが半分……にございます」
水兵隊長は、慎重に言葉を選びながら言った。
「殿と吾玄将軍の仲を裂くことが、洛陽太守殿にとって意味があるとは思えません。むしろ、事が露見した場合の影響の方が怖すぎます」
「だな。味方に謀略を施したとあっては、如何に七同志の一人とはいえ、穏便に済まされることなどありえぬ」
袁奉も肯く。
「最低でも太守職の罷免。場合によっては……呉巨の例もある」
味方への謀略など、斬首となっても文句の言えない暴挙だ。
いくら郭図公則が“寝業師”とはいえ、そこまで踏み込むとは思えなかった。
「信じられない、が半分……で、残りの半分は?」
「は、はい……まこと虫の好い考え方ではございますが」
ここで水兵隊長は、額の汗を拭いた。
「軍察監殿のおっしゃった話……それが事実であってほしい、という気持ちもございます」
「むぅ……」
袁奉はうめき声を上げた。
さすがに肯くまではしなかったが、水兵隊長とまったく同じ気持ちだった。


江夏軍の廬江侵攻に伴う吾玄と袁奉の確執は、意地の張り合いが展開された結果、端から見れば、もはや修復不可能な状況となっている。
事ここに至っては、袁奉も吾玄と仲直りができるとは考えていなかった。
だからこそ、抹陵攻略戦が終わったら、第二軍から除隊する腹積もりでいるのだ。
しかし、軍察監の話が―希代之の直感が―事実だとしたら。二人の確執が、郭図公則の謀略によって引き起こされたものだったとしたら。
互いの確執の情は、郭図公則への怒りへと変わるだろう。
そうなれば、自分たちの関係も好転するかもしれない。
「水兵隊を動かしてみましょうか?」
意を決したような水兵隊長の呼びかけに、袁奉は眉をひそめた。
「水兵隊を? どう動かすというのだ?」
「軍察監の言が、さも事実であるように振れ回るのです。それが吾玄将軍のお心を動かすことに繋がれば、あるいは……」
「む、むぅ……」
袁奉は再びうめいた。
はっきり言って、軍政官の話はにわかには信じがたい。
だが、これを利用することによって―確執の原因を郭図公則に押し付けることによって―吾玄との関係を修復できるかもしれない。
別に郭図公則を糾弾する必要はないし、謀略が事実である必要もない。
要は、自分と吾玄が、かつてのような関係に戻るきっかけとなれば良いのだ。
しかし袁奉は、その徹底的に利己的な発想をかろうじて押え込んだ。
吾玄との関係を修復することは大切だが、そのために“無実の”郭図公則を貶めるわけにはいかない。
そんな下劣な手段を取ったなら、郭図公則はもちろん、吾玄にも顔向けができない。
倫理的な感情とは別に、水兵隊長の進言を採用できない理由もある。
涼唯一の特殊部隊である水兵隊は、様々な戦局に対応できる得難い戦力だが、その力を発揮するのは、あくまでも戦場だ。
対する郭図公則率いる細作団は、謀略専門の集団。
あんな連中と、謀略面で張り合うことなどできない。
吾玄との関係を修復するどころか、袁奉自身の立場すら危なくなる。


「軍察監の言は黙殺しろ。あやつが話を広めるかもしれんが、我らまで乗ってはならん」
知らぬ間に自滅の淵に立っていた袁奉は、かろうじて踏みとどまった。
「我らは私心のない戦闘集団だ。後ろ指を差されるような行為に手を染めるべきではない」
「しかし、殿。このままでは……」
水兵隊長は、心配そうな目で袁奉を見ている。
袁奉は、その視線をあえて無視した。






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