業β再び〜その八〜








━━業β。業β城と砦の中間地点
ただひたすら逃げ回る、総司令官。
「情けない」という思いは当然町費にもあったが、どうしようもなかった。
町費とて、用兵における自分の力量には、それなりに自負するものがある。
しかし、膂力に関してとなると、自慢する意志も、自慢するだけの力もない。
ましてや、相手が呂布ともなれば、町費に勝てる道理はなかった。
二合と持たず、方天戟の餌食となるのが落ち。ならば逃げ回る以外、手はない。
町費にとって幸いだったのは、逃走の場が、自分が率いる部隊のど真ん中だった、ということ。
町費隊の兵士たちは、精強さについて語られることはあまりないが、主君に捧げる忠義については、七同志の各部隊の中でも抜きん出ている。
一切恩賞を授かることのなかった函谷関の戦いの後、すべての私財を投げ打って兵たちの働きに報いた町費は、兵たちにとっての「生き神」となっている。
町費が「千里を駆ける」と称される赤兎から逃げ続けているのも、まさにこの兵士たちのおかげだった。
呂布への恐怖と、「主君を守る」という意志。
町費隊の兵士たちに関して言えば、後者の方がより強い。
だから、逃げる町費には道を開け、追う呂布には道を閉ざす。
その行為の結果、たった一つしかない自分の命を失うことは、兵士たちもわかっている。
しかし、人間の壁は、次々と呂布の前に現れ続けた。
その都度、十単位で首が刎ねていったが、やむ気配はなかった。


歯を食い縛り、千切れるほどに手綱を強く握り締め、逃げる。
呂布への恐怖、兵への謝意、そして、己に対する悔しさ。
それらの感情を同時に抱きながら、町費と、町費の愛馬・双噴射は逃げている。
双噴射の脚取りは、快調だった。
普段、余り口向きの良くない双噴射だが、はまった時はすごい脚力を発揮する。
今がその「はまった時」であることは、町費にとってのもうひとつの幸運だった。
「殿っ! あちらへ!」
大きく手を振った士長が、右手の方向を指差していた。
そこには、次の「人間の壁」となるべく、100人ほどの兵士たちが固まっていた。
その兵たちも叫んでいる。
「殿っ!」
「こちらへ速く!」
「殿っ、速くっ!」
躊躇せずに町費は、士長が指す方向へ双噴射の鼻面を向ける。
自分が死ぬことで、この戦況が好転するというのなら、町費は笑って死ねる。
しかし、現実は逆だ。
総大将を失った軍は、動揺する。
そこを曹洪たちに突かれたら、ひとたまりもない。
ならば、自分はあの兵たちの犠牲によって生き延び、反撃の機会を探るのみ…………。
(曹洪?)
ここで町費は、その名を久しぶりに思い出した。
先の親善団訪問の折、剣舞にかこつけて自分を殺そうとした、業β魏軍の副将だ。
(そういえば、曹洪はどこにいるのだ?)
その疑問と同時に、呂布が単独の部隊で攻めてきたことに、ようやく町費は思い至った。
(単独。7万近い軍勢に単独…………呂布の部隊は1万5000だった…………)
町費は、馬上で腰を上げて周囲を見回し、そして歓喜の吐息を漏らした。
当初、呂布隊の圧倒的な強さに翻弄されていた涼主力軍が、ここにきて、逆に呂布隊を押さえ込むようになっていた。


※「双噴射」→ツインターボ


中華最強の戦闘力を誇る呂布隊が、涼軍に押される。
その原因は、実に単純。数の差だ。
7万の軍勢と1万5000の軍勢が戦えば、どうなるか。
どれほど寡兵の部隊が高い戦闘力を有していようとも、およそ5倍の敵が相手では、最後は必ず敗れる。
ましてや呂布は、張遼のように攻めがたい堅固な砦に立て篭もっているわけではない。
今の戦場は、隠れる場所もない平地であり、3000程度に分けられて韓遂や鳳徳たちに真正面から立ち向かっていた呂布の分派隊は、いずれも大幅にその数を減じつつある。
町費隊を攻撃している呂布直卒の部隊にしても、それは同様だった。
よくよく目を凝らすと、町費を追い回しているのは、呂布一人だけ。
それ以外の呂布の兵たちは、影も形も見えない。
この状況を確認するに至り、呂布がなぜ中原の覇者となりえなかったのか、町費は合点した。
確かに、戦闘における呂布の強さは圧倒的だ。
しかし、戦争における呂布は、それほど恐ろしい相手ではない。
呂布は、目の前の敵しか見ておらず、戦況全般を見て指揮を執るという能力に欠ける。
いや、能力に欠けるというよりも、その「意志」に欠ける。
(曹操に敗れるわけだ)
急速に冷静になっていくのを感じながら、町費は思った。
確かに呂布隊の攻撃によって、涼軍は少なからぬ損害を受けている。
これにもし、呂布が曹洪らと協同して攻めて来たのなら、その損害はさらに増大し、対応にもかなりの困難が生じていただろう。
だが、現実の呂布は、単独で攻めてきた。
ならば、負けない。
もうしばらくの辛抱だ。
町費は双噴射の脇腹を強く蹴り、およそ100人の涼兵が待ち構える「人の壁」へと突き進む。
必死で自分を呼び寄せている兵たちの顔が見えた。
その顔のひとつひとつを、可能な限り目に焼き付けておく。
確かに、呂布に対する勝利は確信できるようになったが、最終的な勝利はまだ先にある。
勝ち戦さを確信できる段階まで、総大将たる自分は生き続け、指揮を取らなければならない。
町費が、あの兵たちに戦死を命じる理由は、その一点に尽きる。


町費の兵を好き勝手に切り殺しながらも、時が経つに連れて、自分の軍が痩せ細っていくことは、呂布も承知していた。
だからといって、呂布は戦い方を変えることはしなかった。
ただひたすら、町費を追い回し続ける。
部隊が壊滅する前に、町費の首を挙げれば、それで事は足りる。
呂布は極々普通に、そう考えている。
呂布の戦闘観をこのように単純なものとしたのは、自分の膂力に対する絶大なる自信と、それを裏付ける数々の輝かしい戦歴だった。
そしてそれが、呂布から中原の覇者となる可能性を奪い、曹操の客将に甘んじさせているわけだったが、その点への自覚が皆無であることも、呂布の呂布たる所以だった。
ただ、そうは言っても、この不毛な追いかけっこを延々と続ける気は、呂布にもない。
「いつまで逃げ回るつもりだ?!」
さすがに焦れ始めた呂布が怒鳴った。
「自分が生き残るなら、兵が死んでもいいのか!」
その挑発に、町費はキッとなって振り返り、呂布を睨みつけた。
しかし、反転するようなことはしない。
前方を向き、再び愛馬をけしかけている。
舌打ちをした呂布は、改めて周囲を見回し、そして、今よりも大きな舌打ちをした。
いつの間にか周りは、涼兵ばかりとなっていた。
それによく見ると、至る所で連弩の設置が進められていた。
直接ぶつかっても勝ち目はないので、あの忌々しい武器で串刺しにしようという魂胆だろう。
一本や二本の矢なら、手で掴み取ってしまう自信が呂布にはあったが、数十本の強力な矢を一度に放つ連弩となると、さすがに身の安全の確信はできない。
(もう少しだったのにな)
つまらなそうに鼻を鳴らした呂布は、赤兎の鼻面を業β城の方へ向けた。
駿馬・赤兎とて、その体力は無尽蔵ではない。
余力がある内に、この戦場から離脱する方が得策だった。
逃げるわけだから、自分は勝ったわけではない。
だが、負けたという認識も、呂布にはなかった。
この戦さは、涼と魏のもの。
自分はあくまで、戦さのやり方も知らない曹丕たちを、客将の立場で支援してやっただけ。
「呂布隊、わしについて参れ!」
呂布は方天戟を振り回しながら怒鳴った。
この戦さが魏軍の敗北に終わるであろうことを、呂布はその嗅覚で感じ取っていた。


体中にまとわりついている汗も、今では気持ちが良かった。
音に聞こえた猛将・呂布を、撃破。
町費自身は逃げ回るだけだったとはいえ、町費率いる涼軍がそれを成し遂げたことは、紛れもない事実だ。
「領軍団長、ご無事で!」
呂布の猛威が過ぎ去ったところで、第三軍軍師の陸遜が、町費の元へ駆けてきた。
「おう、陸遜殿も」
町費は微笑を浮かべた。
「とりあえず、一番厄介な敵は撃退できたようですね」
「はい。ただ、代償は大き過ぎますな」
陸遜は兵たちに聞こえぬよう、声を潜めた。
「ざっと見た感じ、おそらく1万……それぐらいはやられたようです」
「1万……」
町費の顔から笑みが引いた。
たった一部隊の敵から受けた損害としては、異常に多い。
涼軍は張遼を倒すのに、やはりそれぐらいの兵を失ってはいたが、それは張遼が攻めるに難く、守るに易い砦に立て篭もっていたからだ。
それに対し、呂布との戦いは、平地戦。
常日頃から涼軍は、「平地戦では負けない」と豪語しているというのに、この異常な損害はどういうことだ?
「呂布は特別、ということでしょう。しかし、その特別な敵も、もういなくなった」
町費を元気付けるように、陸遜は明るい声で言った。
「とにかく、我らがあの呂布を退けたことは事実です。これは誇っていい。いや、誇らねばなりません。兵の士気を上げるためにも」
陸遜の云わんとしているところを、町費も察した。
戦さは終盤に来ているが、涼主力軍はまだ、曹洪率いる魏軍と戦わなければならない。
この最後の敵を退けるためにも、「呂布撃破」という事実は最大限に利用しなければならない。
陸遜に頷いてみせた町費は、さすがに疲れた様子の双噴射をいたわりつつ、窪みの上まで上った。
見下ろすと、兵たちは言われる前から、次の戦闘の準備を始めている。
その姿に、町費はホッとした。
兵たちには、まだ余力がある。
涼主力軍の残兵はおよそ6万だが、この6万は、激戦を生き抜いてきた精兵だ。
いける。
「兵たちよ! そのまま聞けぃ!」
町費は、大きく息を吸い込んでから、叫んだ。
「諸卿らの奮闘によって、飛将・呂布は退却した! 我らは、中華最強とも言われる呂布を撃破したのだ!」
突然始まった演説。
兵たちは歩みを止め、窪地で叫んでいる総大将を見上げた。
「もちろん、まだ戦いは終わったわけではない! しかし、残った魏将など、呂布に比べればいずれも凡将! 歴戦の諸卿ならば、必ずや仇敵を打ち破り、業β城に大漢旗を掲げるものと総大将は信じる!」
今後は、「漢」の一文字を入れられた。
上党を出撃する時より、少しは町費も落ち着いてきた。
「兵たちよ、進もうぞ!…………褒美は思いのままだ!」



曹洪率いる魏軍と、町費率いる涼軍。
二つの軍勢は、業β城に程近い平野で遭遇した。
魏軍7万余り。涼軍は6万弱。
開戦当初、両軍の間にあった8万の兵力差は、今や1万数千程度にまで縮まっていた。


涼主力軍の姿を確認したところで、曹洪は配下の軍に停止を命じた。
一方、視線の先にある涼軍も、ほぼ同時にピタリと進軍を止める。
涼軍はそのまま、「無造作に」という表現がぴったりの動きで、陣構えを替え始めた。
慌てる様子は微塵も伺えない、堂々としたその動きに、曹洪は感嘆のため息を漏らした。
幾多の戦場を潜り抜けてきた曹洪には、その動きだけで、涼軍が強兵揃いであり、かつそれを率いる将たちも有能であることが納得できた。
曹洪は、半ばすがるような思いで、涼軍とその周辺に目を凝らした。
そして程なくして、落胆したように目を伏せる。
曹洪が捜していたのは、中華最強の戦闘力を誇る、頼もしい、しかし憎たらしい、味方の軍勢。
その軍勢は、どこにも見えない。
「自業自得だ」
曹洪は意識してそう口にした。
心の中の多くを占めていた、落胆の感情を表に出したくなかった。
曹洪にしてみれば、勝手に軍勢を離れ、勝手に涼主力軍に突っ込んでいった呂布が、自隊の壊滅と引き換えに、涼軍に甚大な損害を与えていたのなら、まことに願ったり叶ったりの展開だった。
これに呂布の「戦死」が追加されていたのなら、なお良い。
しかし今、目の前で展開している現実は、曹洪の期待からはかけ離れている。
おそらく呂布は、それなりの損害を涼軍に与えたのだろう。
しかし、それでも今の兵力差は、1万程度。
開戦時、魏軍側に大きく傾いていた数的優位は、ここに至って「ある程度の」優位に過ぎなくなっていた。
そして涼軍と矛を交える場合、「ある程度の」優位など何の意味も持たないことを、曹洪はこの戦役において知るようになっていた。
「町費め。小細工はなし、と見えますな」
涼軍の動きを注視しながら、傍らにいた李典が言った。
曹洪も軽く頷く。
涼軍は鋒矢の陣を組もうとしていた。
突撃用の陣。
正面からぶつかってくる算段と見える。
「曹洪将軍、我らは如何に?」
李典の問いに、曹洪はすぐ「鶴翼」と答えた。
「正面にはわしが立つ。なるべく耐えるつもりだが、そう長く保つとも思えん。頼むぞ」
「御意。背後から涼賊を切り切り舞いさせてみせましょう」
そう言って走り去っていく李典の背を、曹洪はわずかな笑みで見送った。
李典の強弁が、総大将たる自分を励ますためのものであることは、曹洪にもわかっている。
曹丕や荀ケ、張遼、張合β、趙雲、それに呂布など、多くの友軍が壊滅した今、魏軍将兵の士気は落ちるところまで落ちていた。
逆に、それだけの敵部隊を倒してきた涼軍の威勢は、天を突くほどに高い。
戦意旺盛な涼軍と、逃げ腰の魏軍。
これから始まる戦いによって、業βを守る魏軍が壊滅することは、もはや避けようのない未来となっていた。
それは、魏にとっての中原の要地・業βが、涼の手に落ちる、ということでもある。
洛陽や長安、許昌など、失われた領地を奪回するどころの話ではない事態。
頭の中が白くなっていくような感覚を、曹洪は味わっていた。
「鶴翼の陣だ!…………急げ!」
李典の怒鳴り声が、遠くに聞こえる。
本当に遠いのか、それとも近くにいるのに遠いように感じているのか、曹洪にはよくわからなくなっていた。 
ぼんやりと涼軍の方向に目を向ける。
乱立する大漢旗と大涼旗の間に、「町」の牙旗が見えた。
(町費か……)
曹洪は、親善団長としてやってきた時の町費の顔を思い出した。
受け答えが丁寧で、「こいつが軍団長か」とせせら笑うほど線の細い若者だった。
しかし、その若者が率いる軍勢によって、魏軍は一敗地に見舞われようとしている。
なぜ、数において圧倒的だった魏軍が、あんな若造に敗れるのか。
曹洪にはその理由がわからず、かつ納得がいかなかった。


業βにおける、魏軍と涼軍の最後の激突。
数的に勝る魏軍は、猛然と突っ込んでくる涼軍を包み込むように待ち構えた。
自軍のおかれた状況から考えるなら、涼軍の突進と攻勢に、曹洪はよく耐えた。
ただ、耐え続けることは、やはりできなかった。



━━業β。業β城
率いるべき兵を失った将は、戦場からの報告を待つ以外、やることがない。
そして、何の変化もないまま、寒風が吹きすさぶ城壁の上で行ったり来たりを繰り返すのは、かなりきつい。
戦場で命のやり取りをすることと、ひたすら味方の勝利を待ち続けること。
少なくとも、張合βのような猛将にとっては、前者の方が遥かに気楽だ。
それだけに、見張りがこちらに向かってくる騎馬隊の存在を告げた時は、それが何であるかもわからないくせに、ホッとした。
もっとも、すぐに張合βは愕然とすることになる。
駆けてきた騎馬隊は、およそ100騎。
そのいでたちは、明らかに敵に打ち破られた友軍のものだった。
さらに張合βを驚かせたのは、その騎馬隊を率いていたのが、生きながらにして伝説となった武人・呂布であったこと。
(呂布までやられたのか?)
呂布の従兵が
「温侯、御帰還! 開門!」と怒鳴っても、張合βはすぐに対応することができなかった。
張合βにとって呂布の敗北は、それほどまでにショックな事態だった。
一方の呂布は至って平静で、打ちひしがれた様子もなかった。
「おう、張合β」
呆然としている張合βに、呂布はいつもの声色で呼びかけた。
「こっぴどくやられたわ。早く門を開けろ」
「はっ……ははっ!」
動揺した張合βの指示で、業β城の門がゆっくりと開いた。
そして、完全に開ききらないうちに、呂布ら100騎の騎馬隊は城内になだれ込んだ。
「呂布殿! 戦況はどうなっているのです?!」
泡を食いつつも、張合βは走って呂布を追いかけた。
対する呂布は、赤兎の馬脚を緩める様子もなく、あっさりと答えた。
「負け戦さだ。おまえもさっさと逃げる手筈を取れ」
「な…………負け?! では曹洪殿は?」
「死んでいなければ、明日ごろにはここへ逃げ帰ってくるかもしれん」
会話はそこまでだった。
赤兎の脚に、人間の脚力で追いすがることなどできない。
張合βが立ち尽くしているのを確認した呂布は、それでも小さくつぶやいた。
「まあ、俺の知ったことではない」


呂布は市街地へと赤兎を走らせ、やがて大きな門構えの邸宅の門にたどり着いた。
重装備の兵5人が所在なげに立っていたそこは、呂布の私邸だった。
その5人の兵たちは、荀ケから呂布の家族の警護を命じられていたが、それはあくまでも建前の任務。
彼らの真の任務は、戦闘中に呂布が裏切ることがないよう、呂布の家族を人質として見張ることだった。
戦闘に参加しなくてすむこの任務を、兵たちは素直に喜んでいた。
それだけに、突然この屋敷の主が現れた時の衝撃は大きかった。
「間もなく、涼軍が城内に突入してくる」
ほとんど腰を抜かしている兵の長に、呂布は冷たい視線を投げつけ、言った。
「俺の家族は、俺が守る。任務御苦労。後は涼と戦うなり、逃げるなり、好きににしろ」
赤兎から降り、邸内へ入っていく呂布に対し、兵たちはもちろん、何もできなかった。


「奉先様?!」
見張りの兵たちと違って恐怖が伴うことはなかったものの、貂蝉もやはり、呂布の突然の帰還に驚いた。
「戦さは終わりましたの? 戦況がどうなっているのか、こちらは全く……」
そこまで言った貂蝉は、傷跡が数箇所付いた呂布の甲冑に気付き、困ったように笑った。
「負け戦さ……ですのね?」
「そういうことだ」
呂布も笑った。
「今なら、涼賊の追撃も振り切れよう。すぐに支度いたせ」
「承知いたしました」
貂蝉は、顔色一つ変えずに拱手した。
そして、邸宅に戻る素振りも見せず、そのまま門の外へと歩き出す。
「おい、何も持たなくて良いのか?」
慌てて呂布が声をかけると、貂蝉はゆっくりと振り返り、微笑んだ。
「お忘れですの、奉先様?」
貂蝉は答えた。
大逆臣・董卓を破滅させた、傾国の笑みを浮かべながら。
「武人の妻の財産は、夫の命。それ以外にございませんわ」
貂蝉の言葉に、呂布はしばらく言葉がなかったが、やがて弾かれたように笑い出した。
大笑いして貂蝉を追いながら、呂布は納得していた。
戦場で命のやり取りをする武将たちとは違った意味で、貂蝉もまた、数々の修羅場を潜り抜けてきた女なのだ。


「漢」と「涼」の軍旗を掲げた軍勢が、業β城の前に現れたのは、その翌々日のことだった。
「退却する」
ほとんど身ひとつで城内に逃げ込んでいた曹洪は、短く言った。
李典や張合βら、生き残っていた将たちは、無言でその言葉に従った。
一応、まだ数千人の兵が業β城に残ってはいたが、その士気は落ちるところまで落ちている。
この状況でなおも徹底抗戦を主張するほど、張合βたちは愚かではなかった。



━━業β。業β城
新しい支配者の軍勢が、業βの大通りを進む。
その周囲にあって、軍勢を見つめる業β住民の目には、不安と怯えの色が浮かんでいた。
馬上の町費は、柔和な笑みを浮かべている。
いかつい顔で睨みまわすよりは、その方が住民たちも安心するだろうという、民政官として有能な、町費ならではの配慮だった。
攻めるべき対象だった業βは、治めるべき対象となった。
住民の不安は、つつがない治世の妨げとなることを、「涼最良の民政官」と称される町費はよく知っている。
「町費将軍様、万歳!」
道の脇に立っていた男が、突然叫んだ。
歓迎の声。
しかし、本心ではないことは、その顔と声色でわかった。
この男はこの男で、新しい支配者におもねることで、今後の人生を切り開こうと決めたのだろうが、押し黙っている群集にあって、その万歳は明らかに浮いていた。
それでも何人かの住民が、周囲を伺いながら、その万歳に習い始めた。
ただ、それ以外の大多数の住民は、身を寄せ合うようにして、ひたすら未知の軍勢を見守っている。
ぎこちない万歳の声と、民衆の息遣い、そして、風の音。
奇妙な音の空間を、涼の軍勢は隊列を組んだまま進む。
町費は、最初に万歳の声を上げた男に、軽く頷いて見せた。
するとその男は、狂喜したようにいっそう声を張り上げた。
その様を見て、町費は心中で苦虫を噛み潰す。
こういう人間を好む町費ではなかったが、無視することによって、今後の民政の助けとなることはない。
今回の戦役は勝ったが、魏との戦いはまだまだ続く。
最終的な勝利のためにも、利用できるものは利用しなければならない。


間もなく太守府に入るところで、後ろから軍馬にまたがった陸遜が追いかけてきた。
「荀ケに逃げられました」
町費の横に並んだ陸遜は、少し顔を歪めていた。
「護送中、魏部隊の待ち伏せにあったようで…………韓遂殿が追跡していますが、間に合わないでしょう」
思わず町費は、手綱を握る指に力を込めた。
表情を変えることがなかったのは、町費の精神力の賜物だ。
「警備の兵は何をしていたのです?」
それでも声に怒りを込めて町費が尋ねると、陸遜は申し訳なさそうに頭を下げた。
「兵を百人ほど付けていたのですが、少なくともそれに倍する敵だったそうです」
告げられたその数字に、町費は驚いた。
事ここに至って、まだそれだけの数の魏部隊が業βに残っているとは、考えもしなかった。
町費の疑問に答えるように、陸遜は言った。
「旗印を見るに、曹丕です。あの者、鳳徳殿に蹴散らされた後も、逃げることなくどこかへ潜んでいたとみえます」
かろうじて舌打ちを抑えた町費は、代わりに朗らかな声色を作った。
「さすがは曹操の後継者といったところですかね。その粘り強さは見習わなければならないでしょう」
町費は、親善団として曹丕と対面した時のことを思い出した。
酷薄という表現がぴったりの曹丕を、町費は「切れ者だが、他者のことを考えない、悪い意味での二代目」と見なしていた。
それだけに、配下の者を助けるために、曹丕が危険な橋を渡ったという事実は、町費にとって新鮮な驚きだった。
町費は軽いため息をついて、気持ちを切り替えることにした。
今後、涼と魏の親漢朝派が連携していく上で、荀ケとはゆっくり話しておきたかったが、悔やんでも仕方がない。
そうでなくても町費には、これからやるべきことが山ほどある。
「朗報もありますぞ」
町費が勘気を抑えたことを察した陸遜は、明るい口調で言った。
「馬参殿と廖衛殿は健在です。現在、砦にて補給を受けつつ、兵の傷を癒しているとのこと」
「そうですか!」
その報告に、町費は初めて本心からの笑顔を浮かべた。
「良かった。あのお二人に何かあったら、私は殿下に申し開きができませんでしたよ」
「かなりやられたようですが、壊滅は避けられたようです。さすがは馬参殿に廖衛殿、七同志ですな」
「ああ、張衛殿も?」
町費の問いに、笑顔だった陸遜の顔は、一瞬の内に無表情となった。
「いや。彼の仁は呂布にやられたそうです」
そう告げる陸遜が、少なくとも張衛の死を悲しんでいないことは明らかだった。
第三軍の発足以来、陸遜と張衛が犬猿の仲であることは、誰もが知っている。
陸遜にしてみれば、やたらと自分に難癖を付けてくる男が、勝利と引き換えに死んでくれたのだから、願ってもないことなのだろう。
そんな陸遜の態度に、町費は反発を覚えたが、あえて気付かない振りをした。
代わりに表情を引き締めて、陸遜に命令した。
「とりあえず業βは陥としたが、曹魏がすぐ反撃に出てくる可能性もあります。見張りの段取りを早急に講じてください。それと、領内の治安慰撫。このふたつは、最優先事項と思って取り組むように」
対する陸遜は、自分より三つ年上の総司令官に対し、慇懃に拱手して言った。
「ご心配なく。万事手筈は整えております」
その答えに、町費は苦笑した。
陸遜という男、万事につけて仕事が早い。
かつ、的確だ。
(ただし)
町費は心中でつぶやく。
(この男が、上司としての私に全幅の忠誠を誓っているかとなると、それは別だな)
陸遜と接していると、自分が何かにつけて陸遜から試されているような気分になって、町費は言いようのない息苦しさを覚える。
馬参はうまく陸遜を御していたようだが、陸遜を顎で使えるような貫禄、そして人生経験は、今の町費にはない。
そしてそれは、町費が目指す漢朝復興の過程においても、影響を及ぼしうる。
呂砲自身は否定しているものの、呂砲の皇帝即位を望む声は、依然としてささやかれている。
そのような勢力と対抗するには、陸遜のような有能な男を使いこなすことが重要となってくる。
自分ひとりの力で漢朝の復興を成し遂げられるなどと、町費は自分に自惚れているわけではない。
だから町費は、笑顔で陸遜に相対した。
「さすがですね。万全の対処、感謝します」
それに対し、陸遜はやはり、本心かどうかわからない慇懃な態度で答えた。
「とんでもございません。あるいは独断専行かと思いましたが、領軍団長のお考えに沿っていたのなら、幸いです」
やはりこの男、油断ならない。
微笑みの下で、町費はそう思った。



━━洛陽。太守府
「閣下。業βより細作が戻って参りました」
「申せ」
「業βに大涼旗が掲げられたとの由」
「馬参と廖衛は?」
「健在とのこと」
「…………そうか。まあ良い。これでようやく、事が運べる」
「は。いよいよにございますな。ところで、涼王殿下への御報告は?」
「おぬしが行って参れ。殿下も首を長くしてお待ちであろう」
「御意。それ以外には?」
「皇上の還行準備はつつがなく進んでいる、とお伝えせよ。大漢宮は完成には程遠いが、寝食朝議の実施に問題はない、とな」
「承知致しました」



━━許昌。仮王宮

筆頭軍師・希代之が、朝廷に対する金10万の賠償支払いの過程で、呂砲から謹慎を仰せつかってというもの、仮王宮内は緊張感とは無縁な状態が続いている。
仕事に厳しい希代之がいなくなったことで、行きかう文官たちの行動からは、素早さが失われた。
また、元から職業心というものを持ち得ない親衛隊は、より一層怠惰な警備体制でもって、中華最大勢力の盟主を守護している。
そんな中で、唯一職務に精励していたのは、公孫栄なる若者。
この男、涼親衛隊副隊長にして、現在洛陽にて大史農の重職にある者の親戚筋に当たる。
親衛隊長・曹表が、親衛隊5000を率いて業βへ向かって以降、呂砲の身辺警備の責任者となった公孫栄は、「これぞ武門の名誉」とばかりに、懸命に働いた。
しかし、最近はその公孫栄も、職務への情熱維持に難しさを感じつつある。
公孫栄が抱いている不満のひとつは、公孫栄に対する呂砲の呼びかけ方だった。
「おい、公ちゃん」
呂砲は公孫栄を、そう呼ぶ。
「殿下。どうか公孫栄とお呼びくださいませ」とやんわりと抗議すると、その時は呂砲も「うん、わかった」と答える。
しかし、次に呼ぶ時はやはり、「おい、公ちゃん」。
誰もが自分の名前にはそれなりの矜持を持っているが、その点呂砲は、まったく無頓着だった。
加えて呂砲は、およそ王のあるべき姿からかけ離れた面がある。
呂砲の私室には、今でいうところのバルコニーがあり、そこからは動き回っている文官たちを見下ろすことができた。
呂砲は、文官を標的にそこから筆や竹簡を投げつけては、「お。当たった」と喜んだり、「あ。はずれた」と悔しがることを無上の楽しみとしていた。
それだけではない。
こともあろうに呂砲は、自分の命を守るべく常に緊張状態にある公孫栄に鼻糞を弾き飛ばすことを、日課の必須項目と考えているようだった。
そして、命中すると喜び、外れたら「コラ! よけるな!」と理不尽な怒り方をしてくる。
あまりの幼稚さ、そしてしつこさに、公孫栄は一度、本気で頭にきたことがあった。
しかし、抗議することはできなかった。
抗議すべく開かれた口の中に、第二波の鼻糞が飛び込んできたからだった。


「おい、公ちゃん」
そんな呂砲が、また妙なことを思いついたらしく、手招きをして公孫栄を呼び寄せた。
「私の姓は公孫です」
諦めの念を抱いてはいるが、それでも公孫栄は律儀に抗議した。
「略して私をお呼びになるのでございましたら、せめて『公孫』とお呼びいただければ……」
「うん、わかった。それはそれとして、聞いた話だが、公ちゃんはかなり剣の腕が立つそうだな」
公孫栄は心の中でため息を吐きつつも、神妙に拱手してみせた。
「剣の道を極めるべく、幼少の頃より精進して参りましたが、まだまだ未熟者にございます」
「フム。なかなか謙虚だの。しかし、おぬし。自分の実力を決め付けてはおらぬか?」
「ハ?……と申しますと?」
「ろくに試しもせず、『自分の剣の腕はこれぐらいだ』などと思い込んではいないか、と聞いておるのだ。最近第一軍は、戦さをしておらん。その腕も夜泣きしておろうが」
公孫栄は、とりあえず神妙な表情で頷いてみせた。
ただし、呂砲が何を言わんとしているのか、いまいち掴めていない。
「話が見えておらんようだな」
察したように、呂砲は言った。
「つまりだ。退屈でしょうがないことだし、暇つぶしも兼ねて、わしがおぬしの剣の腕を試してやろう、と言っておるのだ」
「え?! 殿下が?!」
公孫栄は目を丸くした。
呂砲はそもそも、武の方面で勇猛を鳴らしてきた男ではない。
戦果といえば、逃げ足の速い親衛隊とともに戦場を逃げ回って陽動の役を果たすか、亀のように縮こまって敵軍の攻撃に震えていた程度だ。
ましてや、呂砲が剣の使い手という話は、公孫栄も一切聞いたことがない。
「危のうございますぞ」
少し怒ったように、公孫栄。
武力50の呂砲から「試す」などと言われ、自尊心を傷つけられた。
「未熟とは申せ、私も剣の道を追い続けている者。剣を持って合間見えれば、殿下がお相手とは申せ、手を抜くことはできません」
「ほう、小僧が言いよるわ」
呂砲は笑った。
「では、その剣を抜け。わしの攻めをかわせるかな?」
「い、いえ……それは……」
さすがに、公孫栄は躊躇した。
敵がいるわけでもないのに、仮王宮内で剣を抜くことなどできない。
ましてや、本当に呂砲にけがでもさせてしまったら、取り返しがつかない。
しかし呂砲は、しつこく催促を続けた。
諦めた公孫栄は、周囲を見回して誰もいないことを確認すると、恐る恐る剣を抜き、構えた。
「ほう。良い構えじゃ」
余裕の笑みを浮かべて、呂砲は言った。
「では、参るぞ。わしの攻め、しかと受け止めてみよ」
次の瞬間、呂砲が攻撃を仕掛けた。
ただし、公孫栄の顔面を襲ったものは、呂砲の剣ではなく、やはり鼻糞だった。


「未熟者め。これぐらいスパーッと剣で切り裂かんかい」
呂砲が理不尽な物言いを浴びせ、公孫栄が無言で顔を拭いていると、一人の宦官がやってきた。
「申し上げます。洛陽太守からの使者が到着致しました。お目通り願っておりますが、如何いたしましょうや?」
「おう、来たか」
呂砲の声色が、真剣なものへと変わった。
「業βの戦いが終わったな。すぐに通せ」
そんな呂砲の横顔を見て、公孫栄はなぜ、この男が中華最大勢力の盟主でいられるのか、少し納得した。
普段は悪ふざけだけを一生懸命考えている呂砲だが、ふざけている時と真剣になる時の切り替えは、恐ろしく速い。
いや、「速い」というより、「鋭い」。
特に秀でた能力があるとも思えないこの男が、七同志という一癖も二癖もある将軍たちを束ね、使いこなせているのも、この緩急があってこそなのかもしれない。
そんな感慨を公孫栄が抱いている間に、郭図公則の細作頭が呂砲の執務室に入ってきた。
「洛陽太守が配下・糜統、参上致しましてございます」
細作頭は最上級の拱手でもって挨拶した。
「涼王殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。此度は殿下の御威光の拡大を告げに参りましてございます」
「そうか」
糜統の報告の一端で、呂砲は満面の笑みを浮かべた。
「ようやく陥ちたか」
「御意。業β城には、大涼旗が燦然と翻っております」
「馬参たちは?」
「七同志の諸将は全員無事とのこと。ただ、張衛将軍が戦死しております」
「むう…………兄に続いて、弟までもが業βの地で死ぬとはな」
しばらく呂砲は、目をつぶって上を向いた。
呂砲なりの、死者への弔いらしい。
やがて、顔を上げた呂砲は、張衛のことを思考の外に押しやったように尋ねた。
「兵の損害は?」
「概略にございますが、およそ半分の兵が死傷したとの由。洛陽太守は、速やかなる増援の派遣を具申しております」
「当然だな」
そう言って呂砲は、ほんのしばらく、指で顎をつまんで考え込んだが、すぐに立ち上がった。
「よし、出かけるぞ。公ちゃん。それに糜統。供をせい」
「いずこへ?」
慌てて後を追う公孫栄と糜統。
ズンズンと歩いていく呂砲は、振り返ることなく、「希代之の家」と答えた。



※「細作頭」→「しのびがしら」→「びがしら」→「び頭」→「びとう」→「糜統」、でヨロシク。




━━業βより遥か北
その一団は、よくよく目を凝らして見ない限り、軍勢なのか、流浪する民なのか、区別がつかなかった。
元は涼第三軍から分派した一団、という事実からするなら、それは明らかに“軍勢”だった。
しかし、ろくな武具も持たず、当てどなく彷徨う姿を見れば、それは流浪の民以下だった。
中華最大勢力・涼の盟主を守護する親衛隊、通称“桃巾賊”。
業β戦役に従軍していた親衛隊5000は、魏公親衛隊長・許ネ者の軍勢に散々追い回された結果、今やその数は百人を切り、さらに現在、自分たちがどこを彷徨っているのかすらわからない状態に陥っていた。


「参ったな―。どうしてこうなっちゃうかな―」
既に馬もなくし、徒歩のままブツブツつぶやいているのは、親衛隊長・曹表。
桃色の甲冑は、その原色をとどめぬほどに土や埃で汚れているが、刀傷がひとつも付いていないのは、この男が「中華一逃げ足が速い」と揶揄される所以だ。
第二次業β戦役において、親衛隊が編入されたのは、全滅必至の囮部隊だった。
それだけに、どうやってあの戦場から逃げるかだけを考えていた曹表にとって、「魏の兵糧庫を襲撃せよ」という馬参の命令は、まさに願ったり叶ったりだった。
途中で許ネ者隊に追いまわされたのは誤算だったが、むしろ許ネ者の出現のおけがで、良心の呵責に苛まれることなく、思う存分逃げることができた。
そこまでは良かった。
しかし、曹表以下、親衛隊員のすべてが業βの地理に不案内であり、さらに周辺は魏の勢力圏となれば、戦場を離脱したからそれで良し、というものでもなかった。
非力かつ無力なる親衛隊は、至るところで魏の部隊と遭遇し、その度に追い回された。
加えて、ほとんど食糧を持っていなかったため、深刻な空腹にも直面することになった。
一度、食べ物を略奪しようと小さな村を襲ったが、逆にその村の自警団に撃退され、さらには武器の大半を奪われるに及び、曹表は当面、菜食主義に走らざるをえないと判断し、ひたすら隊員たちとともに山菜採りに精を出した。
その結果、ささやかながら“戦果”を上げると、久々のまともな食べ物ということで、盛大に火を焚いて山菜汁を作った。
そして、その火を魏軍の警戒部隊に発見され、再び追い回されることとなった。
これら苦難の道程を振り返れば、曹表がぼやきたくなるのも無理な話ではなかった。
ちなみに、現在の境遇がひとえに曹表の自己保身の結果であることは、曹表の脳裏からは都合よく排除されている。


疲れ果てた親衛隊員とともにトボトボと原野を進んでいた曹表は、視線の先に、数十騎の騎馬隊を認めた。
腹は減っても、この男の危険察知能力は、相変わらず高い。
曹表は、まだ敵の出現に気付いていない親衛隊員を振り返った。
自分を含めて、馬に乗っている者は一人もいない。
「無理だな、こりゃ」
危機意識のまったくない口調で、曹表はつぶやく。
この状況では、いくら逃げ足が速いと称される親衛隊でも逃げ切れるわけがない。
全員切り殺されるのが落ちだ。
だから、曹表は騎馬隊に向けて派手に手を振った。
「お―い! お―い!」
何事かと顔を上げる隊員たちを尻目に、曹表は恥も外聞もない台詞を口にした。
「お―い! 我らは涼軍にございますぅ―! 降伏いたしますぅ―!」


「涼の隊とな?」
馬上から曹表を見下ろしながら尋ねる騎馬隊長。
その顔には、不審の色がありありと浮かんでいる。
「涼の隊がなぜゆえここにいる?」
対する曹表は卑屈な笑みを浮かべ、手揉みまでしながら説明した。
「へぇ。私ら涼第三軍の一部隊でして。でも戦っている内に本隊から離れちゃいまして。んでもって、連戦に次ぐ連戦でこれ以上戦えないもので、降伏したいな―、なんて思っちゃいまして」
「涼第三軍?」
騎馬隊長の表情が、不審から困惑へと変わった。
「町費将軍の軍勢だな? 業βを攻めていたはずだが……」
「はい、その第三軍です。他に第三軍なんてないでしょ」
「おぬし、ここをどこだと思っている?」
「さあ、ここらへんの地理は皆目わからないもので。とにかく逃げてる……じゃない、戦っているうちに、完全に位置を見失った次第でして。あ、ちなみに、私が知っている涼の機密事項は洗いざらいお話しいたしますから、どうか命だけは御勘弁を」
「おい、おぬし」
「はい、何でしょう」
「ここはだぞ」
「ケイ? はて、業βにそんな地名の場所なんてありましたっけ?」
「業βではない。薊だ。幽州・薊。燕公殿下の治める地なるぞ」
「…………………………」
「それにどうやら知らぬようだが、涼の軍勢は既に業βを陥としたぞ。おぬし、こんな所でいったい何をしていたのだ?」
「………………………………………………………………」
「もしやおぬし、我が燕に仇なす諜者ではあるまいな?」
それは確実に違うんですけど………………あらま、どうしましょ」


業βを北上し、渤海を越え、袁譚の領地・薊に至る。
(さすが親衛隊の機動力はすごい)
曹表は、完全に的外れなことに感心していた。
「え―とだな。それがしは涼王の親衛隊長にして、名を曹表と申す」
ひとしきり感心した曹表は、突然大きな態度になって騎馬隊長を見上げた。
「言うまでもなく、涼と燕は中立の間柄。ましてや、曹魏と相対している今、涼が燕に対し、含むところなどあるわけがない。あくまでそれがしは、魏との戦闘の結果、この地まで至った次第である。にもかかわらず、それがしをないがしろにすればどうなるか、よ―く御想像あれ。忠実なる親衛隊長を殺されたとなれば、涼王の怒りは天を衝き、必ずや復讐の大軍勢を燕に向けて発することであろう。そのような事態を望まぬのであれば、戦さに疲れた我らに対し、相応の境遇をすることだ。さすれば涼と燕の友好は深まり、翻って燕領の安泰へと繋がるであろう」
朗々と語る曹表。
一方の騎馬隊長は、厚顔無恥極まれりといった曹表の弁舌に、ひたすら呆れ、ポカンと口を開けている。
構わず、というかそれに気付かず、曹表は気分よく喋り続ける。
「ということで、我らを太守府に迎え入れるよう要求する。そこで何か食わせてくれ。もちろん酒も付けて…………ああ、そうだ。綺麗なお姉ちゃんが酌をしてくれるなら、涼燕の友好が一層不動のものとなること、それがしの名に賭けて保障する」







【登用】田チュウ、毛カイ、侯成、陳震、軻比能
【解放】曹洪、荀ケ、李典、張楊、許ネ者、曹丕、張合β
【戦死】(魏)張遼、趙雲、下喜、夏侯徳、劉豹 (涼)張衛





>公孫栄殿
こちらより顔グラ選別ヨロ。





呂 砲
.
町 費

郭図公則
  
士 長
 .
糜統(細作頭)

公孫栄

曹 表



207年2月(C)◆KOEiWSYs

                 北平
         
┏━┳━━━━━━
       
晋陽  ┃    ┃平原
         ┃
渤海━━┳━━┳━┓
西涼   上党┃     業β ┗┓┗北海
   
     ━━━━━B━┓  ┃  ┃
   ┃ 弘農  ┃     
┃ ┃濮陽済南┃
西平┫ ━━洛陽 ┏┛ ━━┛  ┃
   
    ┃┗━┳━━┻━┓   ┃ =呂砲(涼)
天水┏ 
┃長安 ┗┓ ┃ 陳留   ┃ ┏━┛  @第一軍(呂砲)
  ┃┗━
━┓ 宛┃@許昌  小沛    A=第二軍(吾玄)
  
  ┃ ┗━━┗━┓    ┃┗下丕β B=第三軍(馬参)
  
漢中┃    ┗━┓ ━━━┛ ┃   =曹操(魏)
武都┗━━━┓新野━┓ 礁  ┃   =孫策(呉)
    
┏┛ ┃  ┃   汝南┗┓   ┃   =袁紹(燕)
    
┃上庸┃  ┃襄陽    ┃  ┏広陵 
  
┛ ━━━┓  寿春   
  
┃   ┃   ┃ ┃       ┃    
  ┣━┓
 ┃永安┏┛┏江夏    ┏┛    
  ┃巴━┳━┫┗━┓━━A抹陵  
 
 ┃ ┃   ┃江陵┃柴桑┗廬江 ┃    
成都━┛ 武陵  ━━━┫ ┏━┛  
  ┣┓    ┣━   ━┛  ┏┛   
永昌┃  零陵 ┃長沙  翻陽   ┃    
  ┃建寧  ┗       会稽◆       
三江┛    桂陽                 




         業β再び(外伝)


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