軍費不足深刻〜その二〜








━━洛陽。大史農府
伏幹と参謀が辞去した後、大史農は一人、カッカする頭を懸命に冷やしていた。
(希代之一派め……!)
誰もいない部屋で、大史農は毒付いている。
(大涼の軍費不足を招いた張本人の子分が、しゃあしゃあとものを言いおって!)
したり顔で、金10万賠償に伴う財源不足の解決策を━━実際には、何の解決策にもなっていない絵空事を━━口にした希代之の副官。
あの顔が思い出されるたびに、大史農は歯噛みを禁じえなかった。


最高決定権者たる呂砲が賠償案を承認した以上、大史農にはもはや、その“暴挙”を食い止める術はない。
しかしそれは、必ずしも大史農の落胆のみを意味するものではなかった。
大史農が夢見る、「涼王朝」樹立。
その障害となりうる希代之一派を、権力の中枢から駆逐する、あるいはその影響力を弱めるに、金10万は格好の口実だったから。
大史農がその口実を存分に行使した結果、廖衛はわざわざ上党から許昌へ殴りこみをかけ、希代之と同じ勤皇派の町費も、希代之とは一線を画す判断に至った。
郭図公則は元から希代之とは犬猿の仲だし、第二軍の吾玄と袁奉は、仮に希代之を支持したとしても、はるか離れた揚州から中央の政局に関与することは難しい。
希代之の提案で命永らえた馬参とて、将軍号を剥奪され、汚名にまみれている現在、希代之を表立って支えることなどできない。
さらに、大史農の意図したものではなかったが、希代之は呂砲からの怒りまで買い、現在は謹慎の身となっている。
すなわち、大史農が第一の政敵と見定める希代之は、七同志の中にあって孤立を深めているのだ。
金10万の支出自体は受け入れがたいものではあったが、それ以外は大史農にとって好ましい方向へと向かっている。
(それだというのに……)
大史農は唇を噛んだ。
(あの若造めが!)


財政再建案を提示するよう、許昌の希代之に催促を続けていた大史農だったが、金10万の損失を完全に補填する案など、最初から期待していなかった。
挙兵以来、呂砲軍の知恵袋、筆頭軍師として、他の七同志とは異なる地位にあり続けた男、希代之。
しかし、大史農の目に映る希代之は、新しい中華の支配者の誕生を阻止する、世の流れの見えない頑迷な理想主義者であり、同時に大史農自身が新しい支配者の第一の側近となる未来を妨げる邪魔者だった。
そんな憎むべき希代之が今、人間関係のどん底に喘いでいる。
希代之の打ちひしがれる様を、ぜひとも見てやりたかったし、嘲り笑ってやりたかった。
しつこいほどの洛陽への出頭催促は、大史農の心底にひそむ、サディスティックな感覚に由来していた。
もちろん、謹慎中の希代之が本当に洛陽へやってくるまでは期待してはいなかったが、それでも八方塞がりの希代之陣営の人間を笑ってやるつもりだった。
そうでもしなければ、金10万の怒りは収まらない。
にもかかわらず、洛陽へとやってきた希代之の副官は、上司が招いた財政混乱を謝罪するどころか、金10万の賠償は涼のため、と開き直った。
(気に入らんわ!)
執務室のあらゆる備品を叩き壊したくなる衝動を抑えながら、大史農は心中で吠え続け、やがて少しは気も収まってきた。
ただ、すぐに別の不愉快な話が持ち込まれた。
主人の喚起に触れぬよう、おずおずと現れた大史農の家令が告げたのは、洛陽太守・郭図公則からの来訪要請。
大史農は、大きく舌打ちを打った。



━━洛陽。太守府
(用があるから出向いて来い、とは……)
高価な調度品が並ぶ太守府の執務室で、大史農は憮然としている。
(相変わらずいい性格をしておるわ)
これまで大史農は、同じ洛陽に勤務する者として、郭図公則とは非好意的ながらも共存する関係を維持してきた。
だが、今の大史農は虫の居所が悪い。
涼の政局に大きな影響力を持っている郭図公則が相手ではあるが、話次第では噛み付くことにもやぶさかではなかった。


「足労をかけて済まぬな」
そう言って執務室へと入ってきた郭図公則は、まだ旅装だった。
「今、上党から戻ってきたところだ。留守中、洛陽の面倒を押し付けてしまった。まずは謝罪と礼を言わせてもらう」
「お忙しいようですな」
大史農は皮肉っぽく言った。
「許昌でなにやら動き回っていたかと思えば、その次は上党ですか。しかし、ご心配めさるな。貴殿が太守を務める洛陽は、何とか平穏に近いところまで落ち着かせることができました」
貴殿が太守を務める、の下りに、郭図公則はニヤリと笑った。
「そうつっかかるな。私とて、遊びで各地を飛び回っていたわけではないのだ」
「承知しております。筆頭軍師殿が謹慎となった現在、涼王殿下の信頼は太守殿お一人に注がれておりますからな。無条件の信頼というものがありえぬ以上、太守殿の激務も当然かと」
「その通りだ」
腰掛けた郭図公則は、謙遜することなく頷いた。
「貴公を呼んだのも、その激務の一環だ。相談したいことがある」
「嬉しいものです。これまで散々私を無視してきた太守殿から、相談したいなどと暖かいお言葉をかけられるとは」
「現在、上党の第三軍が、軍備の再建を進めている。もちろん、業β攻めのための再編である。これに、貴公の助力を求めたい」
「おやおや」
大史農はわざとらしく声を上げた。
「第三軍再編のための軍費は、とっくに涼王殿下のご裁可を経て、関連部署へと回しておりますが? 上党への兵の増援も、もう間もなく完了となるはず。いまさら私に、どのような助力の場があるのでしょうな」
「貴公の助力により、第三軍は立ち直りつつあるが、残念ながらそれは、業β陥落を決定付けるものではない。業βは堅城であり、優れた将を多く擁し、さらに渤海、陳留からの増援で、その総数は第三軍の倍を行く」
「最初からわかっていた話ではございませぬか。今更、どうしろと?」
「更なる軍費の支出を」
郭図公則が告げた要請に、大史農は小さくうめき声を上げた。
軍費の支出だと?
既に第三軍への軍費の調達が完了し、金10万の賠償を支払わなければならないこの時期に、再度の軍費支出だと?
呆れている大史農に、郭図公則は表情も変えずに続けた。
「その金でもって、戦象隊を揃える。規模は2000頭。手配も貴公に頼みたい。涼全土の財政を取り仕切る貴公でないと、このようなことは頼めぬ」
「……太守殿」
大史農がようやく声を発したが、郭図公則は一顧だにしなかった。
「なお、期限は2カ月。11月までに揃えてもらえたら助かる」
「太守殿……」
「訓練は第三軍が行うが、到着が年明けとなっては戦さに間に合わぬ。最悪でも、年内には上党へ回してほしい」
「太守殿!」
「私の話は以上だ。質問はあるかな?」
ようやく大史農に発言を“許す”郭図公則。
その態度に、大史農は怒るよりもむしろ、恐ろしさの方を強く感じた。
頼んでいる立場だというのに、なぜこの男は、こうも強気で出てこられるのか。
無礼な対応に、こちらがヘソを曲げるとは思わないのだろうか?
「質問……そうですな、もちろんございますとも。質問というより詰問になるとは思いますが、どうか太守殿、御静聴を」
不気味さを感じつつ、大史農は声を落ち着けた。
「現在涼の国庫に収められている金額、太守殿はご存知か?」
「涼全域からかき集めて、25万弱だと記憶している」
「24万6800です。それでは、涼が近く、金10万の賠償金を朝廷に献上することは?」
「私もその賠償案に賛成した一人だ。当然、知っている」
「賠償支払い後、涼が使える金は、一気に半分程度にまで落ち込みます。その限られた金でもって、前線都市の軍費をまかない、将や官、兵への俸給を支払わなければならない。それに、大漢宮造営、荒れ果てた農地の整備、商業の振興、国内幹線道路の開通……金はいくらあっても足りず、しかし現実に国庫の半分近くの金が失われる」
「理解している」
「本当に理解しておられるので? そんな状況を知りつつ、太守殿は私に、更なる軍費の支出を求めておられる。2000頭というとんでもない数の戦象を用意しろといわれる。しかも、その期間はわずか2カ月……無理を口にしておられると、自分で思われませんか?」
「無理を言っていることは承知の上だ。しかし、必要なのだ」
「第三軍の面々も馬鹿では……おっと失礼、無為無策ではありますまい。先の失敗を教訓に、同じ過ちは繰り返さぬと存じますが?」
「確かに同じ失敗はあるまい。しかし、失敗しなければ勝てるというものでもない。それほど業βの魏軍は手強い」
業βは陥とさなければならない。それはわかります。あそこに涼の軍旗が翻らない限り、中原の制圧はなりませんから。だからこそ、大史農府としても全面的な協力を推し進めてきたつもりです」
「感謝している。おかげで第三軍の再編も予想以上に早く進んでいる」
「それはよろしゅうございました」
「ここで、更なる協力を求めたい、ということだ」
「それはできません」
「大史農府にはもう、余力がないか?」
「あるとでもお思いか?」
「厳しいであろうことは予想している」
「その予想は当たっている。事実です。三月前には想像だにしなかった現実です」
「その現実の中で、何とかしてほしいのだ」
「無理です」
業β陥落は殿下の悲願だ。戦象隊の大量投入は、殿下からの御裁可も得ている」
「殿下が業β陥落を嘱望されておられることは承知しております。しかし、私に錬金術の素養はございません。無を有とすることはできません」
「貴公は有能な男だ。だからこそ、殿下は貴公を、財政を司る大史農に任じた。その期待に応えるのは、まさに今。そうは思わぬか?」
「他者を説得するに、上司の威光を持ち出しますか。泣く子も黙る洛陽太守のやり方としては、甚だ幼稚と見えますな」
「やり方が幼稚かどうか、ではない。要望に応えられるかどうか、でもない。第三軍は現実に戦象を欲しており、彼奴らを支える我らとしては、それに応えなければならない。要点はそれだ」
「実際に戦場で戦う将たちは、どれだけの兵をあてがわれても、満足することはありません。10万の兵を預かっても、15万ほしいと言うでしょう。15万の兵を擁しても、20万の兵をほしいと言うでしょう」
「そういう段階の話ではない。業β魏軍の手強さは、別に軍内の油断を戒めるために広めているのではない。認めたくはないが、事実だ」
「涼の文官として、私は義務を果たした。責任を果たした。後は武官諸将の働き次第です」
「年が明けたら、皇上が洛陽に戻ってくる。それまでに業βは陥落しておかなければならぬ。二度目の失敗は許されない。そのことを承知してほしい」
「なぜ、そうも急ぐのです。私とて、第三軍が戦象を欲しているのなら、叶えてやりたいという気持ちはある。しかし、現実に金がないのです。今、涼の国庫は火の車ですが、時が経てばまた回復します。その時でも良いではありませんか」
「急ぐ理由は、馬参だ。皇上の還行祝いを口実に、殿下を通じて恩赦の実施を求めるつもりでいる」
「恩赦を……」
「ただしそれは、馬参が皇上の還行前に、業βで確固たる功績を上げることが大前提だ。元大逆人にして、今は無駄飯食いの老人とあっては、皇上の御慈悲が向けられることもないだろうからな」
「そこまで気を使う必要があるのですか? 自業自得とも思われますがね」
「馬参が軍中からいなくなれば、それは貴公にとっても不都合ではないかな?」
「私に? はて、仰る意味がわかりませんな」
「馬参の将としての力量、そして名声。これに代わるものは存在しない。馬参が軍から離れたなら、それだけ貴公が望む、涼の中華平定は遅れる。そうは思わぬか?」
「まったく思いませんな。確かに涼が興隆を進める上で、馬参殿の果たした役割は大きかった。しかし今の涼は、永安で1万の兵を拠り所としていた小さな勢力ではない。兵は100万を超え、将なら関羽に馬超、張飛、参軍なら法正に賈ク、謀臣なら郭嘉に程c、民政なら荀攸と、きら星の如き人材で溢れています。馬参殿に代わる人材なら、それこそ掃いて捨てるほどおりましょう」
「今、貴公が口にした連中が有能であること。しかも、並外れて有能であることは認める。しかし、その者たちを顕職に就けること、賛成できぬ」
「なぜです? 有為の人材を活用しない組織は、内から破綻しますぞ」
「貴公の言は正しいが、今はその限りではない」
「どういうことです?」
「全幅の信頼を置けるかどうか、見極めがまだできていない」
「…………」
「関羽と張飛は、義理の兄を殿下に殺された。一応は恨みを捨て、殿下に忠誠を誓っているが、その真意はわからぬ。郭嘉、賈ク、程c、そして荀攸にしたところで、連中がかつて仕えていた君主は、未だに健在。法正に至っては、一度は殿下の呼びかけを無視し、我らの陣営に加わることを由としなかった者。安易に重用し、埋伏の毒となっては打撃が大きすぎる」
「馬超は?」
「彼奴は使い物にはならぬ。赤壁で終わった男だ」
「こじつけに過ぎますな。単に太守殿は、七同志以外の者が顕職に就く事を……ご自身の競争相手が増えることを懸念しているだけのように感じられるのですが」
「自分の地位を守りたいがために、このようなことを口にしているのではない。私にとって顕職にあることは、あくまでも手段。目的ではない」
「ほう。では、太守殿の目的とは何でしょうか?」
「貴公と同じである」
「は?」
「涼王朝による天下の安寧だ。私は、その未来を欲する」


呂砲と七同志が兵を挙げる名分に掲げた“漢朝復興”。
挙兵から10年を経て、その名分が呂砲と七同志を結びつけるものでなくなってしまった原因のひとつは、盟主の呂砲にある。
涼公から涼王の位へと昇った時、呂砲は明らかに有頂天になっていた。
言動の端々に不遜な色が見えていたのも、そのためだった。
それでも、皇帝から授与された“韓王”の位を断り、なじみのある地名を帯びた王位を無心したのは、皇帝を軽んじたからではない。
下賎の身ゆえの無知――朝廷のしきたりへの無知――によるものだった。
しかし、現実に呂砲が取った態度は、董卓や曹操の専横に苦汁を飲まされてきた廷臣たちに強い反発を抱かせ、同時に七同志の中からも、呂砲の真意に疑問を持つ者が出る事態を招いた。
それが希代之と町費だったが、その一方で廖衛は、そんな反呂砲の空気に強く反発した。
元々、“漢朝復興”の名分を鼻を鳴らして聞き流していた廖衛にしてみれば、反呂砲の空気が生まれたことは、自身の存念を披露する機会を得たともいうべきものだった。
そんな内部分裂が明らかとなる中、呂砲は初めて慌てた。
洛陽で大史農が建設責任者となっていた「大涼宮」を、急きょ「大漢宮」と改名させたのも、“漢の忠臣”のイメージを再び帯び、かつ七同志内に生じた対立を解消させようという意図からの措置だった。
ただし、現実に効果があったかといえば、それはあやしい。


心の高鳴りを感じる。
こんなに興奮したのは、洛陽長史から大史農へと昇進した時以来だった。
洛陽太守・郭図公則は、元副軍師にして、涼七同志の中でも奇妙な影響力を持つ男。
(その郭図公則が……自分と同じ志を抱いている! 涼王朝の樹立を望んでいる!)
勤皇派の希代之は、謹慎中とはいえ、呂砲の側近中の側近たる筆頭軍師だ。
同じく勤皇派の町費にしても、領(仮)第三軍軍団長であり、他の七同志より頭一つ抜けた権能を持つ。
大史農と同じく涼王朝の樹立を志向する廖衛は、勤皇派の連中を粛清する際の実行隊長として働かせるべき人材であり、謀事を相談すべき相手としては甚だ不適格だ。
謀略に長けた希代之と、内政の術を心得た町費。
この二人と対峙したなら、かなり厳しいものがある……大史農は、そう判断していた。
しかし、国都の太守を務め、洛陽守備軍という軍を持ち、謀略に優れた郭図公則が味方となったなら――涼王朝樹立を目指す“同志”となったなら――、希代之と町費を退けることは決して不可能ではない。
「ま……まあ、何と申しましょうか……」
胸の高まりを悟られまいとさりげなく深呼吸した大史農は、努めて自然に、郭図公則を真正面から見据えた。
「興味深いお言葉ではありますな……太守殿の目指すところを耳にするなど、これが初めてですから」
「確かに、他者に告げたのはこれが初めてだな」
むしろつまらなそうな表情で、郭図公則は答えた。
「実際のところ、自分の真意を他人に告げるなど、私の主義ではない。だが、今はそんな悠長なことを言える時ではない、と考えている」
旅装の主はそう言って、斜め上から大史農を見下ろした。
「漢朝への忠義を口にする者は、まだまだ多い。事は努めて慎重に進めなければならぬ。ここで、話は戻る。私にとって顕職とは、新王朝を作り育てるための手段だ。この顕職を、新王朝樹立に同意するかどうかもわからぬ者に委ねるなど、私は賛成できない。わかるかな?」
「ま、まあ……仰る意味は、一応は……」
「しかし、馬参は違う。彼奴は、殿下に一方ならぬ恩義と忠義を抱いている。何と言っても馬参は、漢皇帝の名の下に首を斬り落とされるはずだったのに、殿下の文字通りの捨て身の行動で救われたのだからな」
そして、郭図公則は断言した。
業β攻めで功績を挙げさせ、馬参を再び第三軍軍団長の地位に就かせる。『皇帝を殺せ』。殿下からそう命じられたなら、馬参は喜んでそれに従う男だ。このまま一校尉として朽ち果てさせるには、余りにもったいない。違うか?」


いつの間にか郭図公則のペースで話が進められていることに、大史農も気付いていた。
しかし、話の主導権を取り返すことに、その頭脳を用いたりはしなかった。
郭図公則の提案は、それだけ大史農にとっても魅力的なプランだったから。
(私が今、考えるべきは……)
大史農は、懸命に頭を働かせている。
(郭図公則の案の有効性だ……そして、郭図公則案に従った場合の、私の立場の変化……)
廖衛に郭図公則、そして馬参。
この三人が涼王朝樹立の線でまとまったならば、もはや希代之も町費も怖くはない。
仮に第二軍の吾玄と袁奉が勤皇の側に回ったとしても、中原の遥か南・揚州からでは、いかほどの力となれよう。
郭図公則案に乗ることによって、大史農が夢見る新王朝の成立は、極めて実現する可能性の高い“未来”となるのだ。
だが大史農には、洛陽焼き討ちの過去にかこつけて、馬参の処罰を呂砲に強く勧めた経緯がある。
さらに、馬参を助けるための金10万賠償にも、徹底的に反対した。
果たして、再び軍団長となった馬参と良好な関係を築くことができるかどうか、微妙な状況だ。
それよりも懸念すべきは、勤皇派の連中を粛清した後のことだろう。
大史農は、涼において極めて大きな影響力を持っている七同志を、いらぬ混乱を引き起こす者たちと見て、警戒している。
たとえ漢朝断絶の過程で希代之や町費の粛清に成功しても、まだ馬参、郭図公則、廖衛が「建国の功臣」として残る。場合によっては、吾玄と袁奉も健在だろう。
これをどう排除するか……。
(いや)
たどり着いた思考に、大史農は自分でストップをかけた。
(むしろ連中が、希代之と町費を消してくれる、と考えるべきか)
そもそも、七同志全員を大史農一人で抹殺することなどできないし、中華を平定して漢朝を滅ぼした後の“敵”がいない状況下で、生き残った七同志が協調していけるとも思えない。
必ず功臣間の争いが起こる。
そしてその争いは、間違いなく“台風の目”となるであろう郭図公則の性格から考えても、必ず流血が伴う。
その過程で、一人ずつ消していけばいい。
新王朝成立ほどなくして内紛となるなど、もちろん大史農の本位ではないが、呂砲を中心とした強力な千年王朝を築くためなら、それもやむをえまい。
もちろん、その内紛の中で、大史農自身の生命にも危険が及ぶこともあるだろう。
しかし、その危機を乗り越えるぐらいの才覚はあるはず――大史農は、自分自身をそう値踏みしている。
ここまで考えて、大史農の脳裏にふと、ある疑問が浮かんだ。
(おいおいおい、ちょっと待てよ)
ハッとした大史農は、目の前に腰掛けている男の顔を見直した。
(この男の言うこと…………そこまで無条件に信じて大丈夫か?)


「何を考えているのかわからない男」
郭図公則はしばしば、人となりをそのように形容される。
それは、まったくの事実だった。
同時に郭図公則は、極めて冷徹な男だ。
今持ちかけている話自体、どこまで本当かわかったものではない。
確かに郭図公則は、敵に回したなら手強い相手だが、たとえ味方になったとしても、全面的な信服を置ける対象ではない……。
この段階まで、大史農の思考経路は正常に動いていた。
だが、郭図公則が先手を打った。
「改めて、私の存念を申し上げよう」
黙りこくった大史農に、特段急かすような様子も見せず、郭図公則は言った。
「私は涼王朝の樹立を望んでいる。涼王朝樹立のためには、信頼できる人間、あるいは“使える”人間を顕職に就けておく必要がある。私はそれを、馬参に託したいと考えている。そのためにも、業βで馬参に戦功を上げさせ、軍団長職に復職させなければならぬ。しかし、第三軍が業βを陥落させぬことには、戦功も何もない。業β魏軍は強いから、再編なった第三軍にもう一つ、支援をしてやる必要がある。それが攻守に優れた戦象隊だ。とはいえ象は、南蛮に生息する獣ゆえ、涼全土を管轄する者でなければ、その配置は円滑にはできぬ」
実に論理的に、郭図公則は自分の考えを言葉にして組み立てていく。
疑心暗鬼の感覚から閉ざされようとしていた大史農の心の門は、大史農も気付かぬうちに、“閉門”を中断していた。
そして、郭図公則の次の言葉と態度で、“門”は再び開き始める。
「大史農殿。お聞き願いたい」
郭図公則は敬称付きで大史農に呼びかけ、そしてその場にひざまづいた。
「これを頼めるのは、“貴殿”しかおらぬのだ。どうかこの私を助けると思い、快諾してもらえぬだろうか? 私に貸しを作ったと思い、受け入れてもらえぬだろうか?」
郭図公則は、額を床にこすりつけた。


「に……2000頭は無理です。いくらなんでも」
顔を上げるよう告げることすら忘れるほど、大史農は目の前の光景に動揺していた。
あの気位の高い郭図公則が、土下座をしている。自分に対して。
その光景は、大史農の心を三つに分けた。
すなわち、動揺と不信感、そして優越感。
その配分が、ついに大史農の首を縦に振らせた。
「……しかし、できる限りの手は打ちましょう。太守殿の期待にどれだけ応えられるかはわかりませんが……」
「おう、聞き入れていただけるか」
顔を上げた郭図公則は、大史農の両肩を強く抱いた。
「ありがたい。これで業βは陥ちた…………いや」
皮肉の笑みとは異なる種類の笑みが、郭図公則の口元には浮かんでいた。
「これで、涼王朝の樹立はなった、と言うべきなのであろうな。この郭図公則、貴殿の助力は決して忘れぬ。必ずやこの恩には報いよう」


後に郭図公則は、生命の危機に晒された大史農を助ける。
「この恩に報いよう」という言葉を、郭図公則は確かに実践したわけだが、ただしそれは、あくまでも郭図公則の論理に基づく借りの返し方だった。
大史農が望むような報い方、借りの返し方であったかとなると、かなり微妙な話だ。











  
郭図公則

大史農




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