軍師、九品官
━━襄陽、第一軍本営
ヤボ用で襄陽を離れていた呂砲が帰って来た。
一息ついているところへ、親衛隊長がドカドカとやってくる。
「組長、お勤めご苦労さまでやんす」
「おう、わしのおらん間、魏組と呉組の動きはどないや……ってゴルァ! なぜ人格高潔なわしがムショ暮らししなくちゃならんのだ」
「だってPCも携帯もテレビもコンビニも女も地面もないところにいたんでしょ。消去法で刑務所という答えが導き出されます」
「違う! 海の上にいたんじゃい、ここ数日」
「なるほど、遠洋マグロ漁船ですか」
「借金取りにとうとう捕まってな。太平洋の厳しさを思い知ったわい。で、雑兵1号よ、近う寄れ」
「おみやげくださるんですか?」
「うんにゃ、デコピンの刑に処す」
「馬参将軍がお目通りを願っております。私はこれで失礼します」
「待たんかコラ〜!」
「う〜ん……」
呂砲は何度もうめき声を上げている。
その手にあるのは、人名が記された竹簡。
呂砲と向かい合って座っているのは、このたび第三軍団長に就任した馬参。
「う〜ん」
もう一度うめいて、呂砲はようやく顔を上げた。
「本当にこれで良いのか?」
呂砲の問いに、馬参はいつもの落ち着いた表情で肯く。
「お許しを頂けるのであれば、ぜひとも」
「う〜ん……」
竹簡に記されているのは、馬参が第三軍への編入を希望する武将たちの名前だ。
鳳徳、楊任、張魯、張衛、韓遂、鍾ヨウ、張燕、そして……。
「お気に召しませぬか?」
「いや、そういうわけではない。鳳徳ならそなたの副将として存分に力を発揮しよう。楊任、鐘ヨウ、張燕も長安防衛戦で力のあるところを見せた。張魯と張衛にはなかなか意表を突かれたが、能力も率いることができる兵力もまずまずだ。しかし……」
呂砲の目は、最後の一人に注がれている。
陸遜、と書かれていた。
「陸遜は有能だ。将来は優秀な軍師になるとわしも思っている。しかし、だ」
「若く、経験もございませぬ」
「わかって陸遜を推すわけだな」
「御意」
「う〜ん」
竹簡を手にした呂砲は、ウロウロと室内を歩き回った。
陸遜の能力の高さは、呂砲も十分に承知している。であるからこそ、自ら呉に乗り込み、涼軍に参陣させたのだ。
しかし、まだ九品官。
旗揚げ当初の全員九品官状態でもあるまいし、ほかにも有能な武将がいる中で、まさか陸遜を指名するとは思ってもみなかった。
「郭嘉や法正では駄目なのか? 郭嘉は五品官、法正は六品官。能力においても、格においても、新しい軍団の軍師として申し分ないが」
「殿がそのようにお考えならば、臣下として否やもございませぬ」
「あ〜ちゃうちゃう! そういう意味でなくってだなぁ……」
頭を掻いた呂砲は、ドカッと椅子に腰を下ろした。
「確認しておくぞ。弘農はともかくとして、問題は洛陽。函谷関は難攻不落の関だ」
「承知しております」
「しかも、相手は曹軍。6500ごときの部隊など、あっという間に殲滅させられるぞ」
「それも承知しております」
「……そこまで承知しているのであれば、口は挟むまい」
呂砲がため息をつくと、馬参は深々と頭を下げた。
「お聞き入れいただき、感謝の言葉もございませぬ」
「礼などよいわ。配下武将を決めるのは軍団長の権利。確認したまでのこと」
「陣容が決まったからには、誓って弘農、洛陽を落としてご覧にいれましょう」
そう言って腰を上げた馬参を、呂砲は慌てて止めた。
「ちょっと待った、馬参。もうひとつ聞きたいことがある」
「何でございましょう?」
「しつこいようだが、陸遜のことだ」
呂砲は咳払いすると、座り直した馬参の顔を覗き込んだ。
「陸遜の編入はよい。しかし、なぜ陸遜なのか知りたい。九品官の軍師となれば、軍団の中でも軋轢が生じよう。先に言ったように、戦さでろくな働きもできぬまま全滅する可能性もある。それなのに、なぜ陸遜なのだ?」
呂砲の言う「軋轢」は、確かに予想できた。
海千山千の武将らにとって、自分より遥かに下の階級の若造を「軍師殿」と呼ぶのは、少なからぬ抵抗を感じるところだろう。
軍師に選ばれなかった郭嘉や法正にしても、不満を抱く可能性は十分に考えられた。
それらをすべてわかった上での、「第三軍団軍師・陸遜」。
呂砲がその理由を知りたがるのも、当然のことだった。
馬参は椅子の上で姿勢を正すと、静かな口調で応えた。
「今年、それがしは齢五十となり申した」
「ん? それがどうした?」
「殿の挙兵に従って今年で9年目、それがしは常に全力で戦ってまいりました」
「うむ。そなたの『乱撃』には何度も助けられた」
「もったいなきお言葉にございます。それがしはこれからも、殿の理想を現実のものとすべく、戦っていく所存にございました」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
「は?」
「『ございました』って思いっきり過去形ではないか! なんかヤな予感がするぞ!」
「どうか最後まで、それがしの存念をお聞きくだされ」
「う、うむ……」
落ち着かなく目をキョロつかせる呂砲に、馬参は語り続ける。
「されど、戦場で過ごすこと十数年。体力はまだまだ若い武将にも負けぬ自信がございますが、何と申しましょうか、気持ちがついていきませぬ」
「もしかしてモラトリアムか?」
「その言葉の意味は存じませぬが、挙兵の頃のような熱い情熱が、最近になって感じられなくなってまいりました」
「おいおい馬参よ、まさか野に下るとは申すまいな」
「実はそれも考えました」
「お、お〜い!」
「このままズルズルと奉公していくことが忠義とは、それがしも考えてはおりませぬ」
どっしり座って語る馬参と、モジモジしながら膝を揃えて話を聞いている呂砲。
どちらが君主だかわからない。
「それゆえ、熱き心に接していたい、と思いました。それがしが再びかつての馬参に戻るには、それしかない、と」
「こういうことか?」
話が読めてきたのか、少しホッとした様子で呂砲は質問する。
「野望と能力の高い陸遜をそばに置いて、自分自身にハッパをかけたい、と」
「御意にございます」
思い当たるフシはあった。
陸遜が涼軍に入ってまだ1年に満たないが、己の能力に自信のある陸遜は、その若さもあってしばしばほかの武将と衝突していた。
「陸遜は若い頃のそれがしによく似ております」
「エ?! 馬参、昔はあんな風だったのか?!」
「恥ずかしながら」
「想像できん……」
「あやつを見ていると、危うさとともに、懐かしさも感じるのです。若かりし頃を思い出し、まだまだ負けてはいられぬ、と自分自身を奮起させることができるのです」
「……わかった」
呂砲は自分の膝をパンと叩いた。
それならオッケー。全然オッケー。
「いずれにせよ、陸遜は将来の涼を支える人材だ。そなたに預けるからには、おおいに成長することを期待してよいな。能力だけでなく、その人となりについても」
「陸遜だけでなく、それがしももっと成長したいと思っております」
「よい。ヤツはそなたに任せよう」
「ありがたき幸せに存じます」