許昌攻略戦〜その二〜





━━許昌。砦前
敵味方双方が見守る中、全身桃色の呂砲隊二万は、しずしずと進んだ。
囮であるし、何よりすでに、その存在は魏軍に確認されている。
にもかかわらず、呂砲隊が隠密行動さながらに息を潜めているのは、ひとえに部隊の、いや、部隊長の性格によるもの。
これが戦争好きの指揮官と副官に率いられた廖衛隊なら、一番槍の興奮で戦意旺盛な行軍となっているだろう。
「殿下、ホントに我が隊だけでやるんですか?」
不安と不満と不審の色を浮かべて親衛隊長が尋ねるが、呂砲の言葉は投げやりだ。
「やかましい。おのれのせいでこうなったんだろが」
やがて、魏軍の砦と、その周辺に展開する魏正規軍が見えてきた。
「うーん」
その陣容を見て、呂砲はうなり声をあげた。
「隙がない!」
目前に広がる魏軍は、兵法に則った堅実な構えでこちらを待ち構えている。
闇雲に突っ込めば、相当な損害が出ることを覚悟しなければならない。
しかも、涼王の部隊が目の前に現れたというのに、魏軍はピクリとも動かない。
それが何とも言えない不気味さを醸し出している。
「蒋幹とかいうヘナチョコが総大将だから、たいしたことあるまいと思っていたが……」
嘆息する呂砲に、親衛隊長が声をかけた。
「殿下、あの軍旗!」
「なんだ。どうした?」
「『張』です。許昌にいる張性の武将って、確か張合βじゃありませんでしたっけ?」
張合β……ああ、それで納得。やつが実質的指揮官ってことか」
「やばいですよ。張合β相手じゃ殿下なんてひとたまりもありません。逃げましょう」
「タコ申せ。逃げられるくらいなら、最初から囮役なんか引き受けるか」
しかし、魏軍が動かなければ、囮の役は果たせない。
「連中を砦から引き摺り出さねばな……睨めっ子してても仕方ない」
間もなく、魏の増援軍が現れる。
それまでに、多少なりとも敵正規軍を撃破しておかなければ。
「ということで親衛隊長」
「なんですか?」
「行ってらっしゃい」
「ハイ?」


「涼王が出てきているのだぞ! しかもたった一部隊で! 好機ではないのか!」
今にも出撃命令を出しそうな気配で、許昌太守の蒋幹が怒鳴る。
「我が方は劣勢! ここで敵の総大将を叩けば、戦機は一気にこちらに傾くではないか!」
対する張合βは、穏やかに太守をなだめる。
「太守殿。なぜ呂砲が単独で出てきたのか、その意味をまずお考えになられよ」
間違いなく、呂砲隊の後方には涼の本隊が控えている。
「呂砲は囮です。連中は、我らを誘い出そうとしているのですぞ」
なぜ魏公は、こんなこともわからぬ男を魏都の太守に任命したのだろう。
「程なく魏公殿下率いる援軍が現れます。涼賊を討つは、それからでもよろしいでしょう」
錯乱気味の上司を刺激せぬよう、張合βはゆっくりと状況を説明する。
ようやく蒋幹が落ち着いたところで、物見の兵が報告してきた。
「呂砲軍から騎馬が一騎、こちらに向かっております!」
その報告に、蒋幹と張合βは顔を見合わせた。
一騎? こちらに向かっている?
二人は急いで物見櫓に登り、兵が指差す方向を見た。
桃色の甲冑を着込んだ騎馬兵が一騎、いつでも逃げ出せる態勢で、ヒョコヒョコとこちらに近寄ってくる。
やがて騎馬兵は、矢の届かないギリギリの所で止まり、声を張り上げた。
「こんちゃす………じゃなかった。えーと、許昌太守に物申しゅ!」
叫ぶ騎馬兵の声は、裏返っている。
「戦さの駆け引きも知らず、さりとて民政・軍政にもさしたる功なき貴殿が、許昌の太守であること、涼王殿下はことのほか喜んでおられる!  魏都を巡る戦さなれば、我ら、相応の激戦を覚悟いたせども、貴殿が総大将とあっては、鉄壁の許昌も砂上の楼閣にほかならん! さては魏公、最初から許昌を涼王殿下に献上する腹積もりでござったか! それならそうと言っていただければ、謝礼の品を用意することもやぶさかではござらんかったが、あいにく此の度持参した金品は、貴殿らを捕縛するであろう我が勇猛なる涼軍武将に贈る褒美の品! 次の戦さの折りは、ちゃんと貴殿らへの謝礼の品を用意するによって、此度はよろしく配慮のほどを…………………ウヒャア」
次第に気分よく演説ぶっていた親衛隊長は、己の顔のすぐ横を飛び抜けた矢に、危うく落馬しそうになった。
そして、ものすごい勢いでこちらに突っ込んでくる魏軍を見て、腰を抜かした。


逃げる親衛隊長。追う魏正規軍。
なんとか呂砲隊の中に逃げ込んだ親衛隊長だが、その顔は恐怖に引き攣っている。
「で、殿下ぁ! 御言いつけ通り、敵を引きずり出してまいりましたぁ!」
「お疲れ」
素っ気無く答えた呂砲は、手を目の上にかざして魏軍を見つめ、軽く舌打ちした。
「蒋幹が出てきたのはいいが……やつめ、かなり怒っているみたいだぞ。もう少し穏やかに挑発せんかい」
「そんな微調整できませんて!」
呂砲の心無い言葉に、親衛隊長は半泣きで怒鳴る。
単騎で魏軍をおびき出せ、というとんでもない命令。
もちろん親衛隊長は拒否したが、「三族皆殺しの刑にするぞ」と呂砲に脅され、嫌々ながら体を張ったのだ。
「もう二度と御免ですからね! 私の仕事は殿下の守護! こんな任務は他の者にやらせてください!」
「なーにが『殿下の守護』だ。いつも戦闘になれば、速攻でわしの後ろに隠れてるくせに」
一応親衛隊長の抗議に答えながらも、呂砲の目は魏軍に向けられている。
「ふむ……さすがに総大将の突出は見過ごせんわな」
飛び出した蒋幹隊を制するように、砦から他の魏部隊も出てくる。
最終的にどれだけの部隊が出てくるか。
そしてどれだけの時間、呂砲隊が持ちこたえられるか。
戦さの帰趨を握るのは、その二点だ。
「方陣に組み直せ!」
呂砲は命令した。
「よいか! ここで我らがどれだけ耐えられるかによって、この戦さは決まる! 全軍死兵となれ! 親衛隊の意地を見せよ!」
日ごろ何かとおちゃらけな呂砲だが、この瞬間は確かに「戦場の王」だった。
それを感じた親衛隊兵士らは、戦さ特有の高揚感に包まれ、一斉に「おう!」と槍を突き上げた。
ただし、呂砲の余計な一言で、その気合にも若干水が差される。
「ようし、気合が乗ってきたな。何があってもわしを守れ!」


張合βの制止を振り切り、蒋幹は部隊を引き連れ、砦から飛び出していく。
「ええい、戦さを知らぬ御仁というやつは……!」
罵り声をあげた張合βは、側にいた楽進を振り返った。
「ご覧の通りだ。あのままでは、太守殿が危ない」
「出るのか?」
尋ねる楽進は、迷惑そうな顔をしている。
「もちろんだ。反対か?」
「あの総大将が捕らわれても、戦局にさしたる影響はあるまい。身から出た錆だ。今は殿下の到着を待つべきではないか」
心の中で張合βは、楽進の言に賛同した。
しかし、実際に肯くことはできない。
総大将が捕縛、または戦死という事態になれば、副将たる張合βにまで責任が及ぶかもしれない。それに……。
(太守の言うように、速やかに呂砲の首を取ることができれば、戦さは我らの勝ちだ)
緒戦で敵総大将を倒す。
軍人なら誰もが夢想する展開だ。
ましてや、呂砲は戦さの駆け引きに長じた男ではない。
自分の鉄騎隊をもってすれば、これを殲滅する自信は十分にある。
「太守殿を見捨てるわけにはいかん」
張合βは己の存念を、別の言葉で隠した。
「精鋭を率いて、速やかに呂砲を叩く。貴公には、砦の守備を頼みたい」
楽進は肩をすくめ、「承知した」と答えた。


「董承殿は、太守の右側! 公孫範殿は左側に布陣を!」
駆けながら指示を送る張合β
董承と公孫範は、槍を振りかざして「了解」の意を表し、張合β隊から離れていく。
この布陣は、呂砲の後方に控えている涼軍が、蒋幹隊に集中攻撃することを防ぐための措置。
とはいえ、蒋幹はそれほど多くの兵を率いているわけではない。
一時でも早く呂砲隊を潰し、砦に引き返す。
さもないと、10万の涼軍に揉み潰される。
張合βは、槍を握る手がジワリと汗ばむのを感じた。


小高い丘に立つ希代之は、腕を組んだまま、じっと戦況を見つめている。
集中しろ、と自分に言い聞かせるが、涼軍全将兵が自分を見ているような気がして、なかなか落ち着かない。
それでも今のところは、冷静沈着な軍師として振る舞うことに成功していたが。
「殿……」
希代之の集中を妨げないように配慮しながら、彼の副官が声をかける。
「廖衛将軍より、出撃の具申がきておりますが」
「まだ早い」
副官の方を振り向くことなく、希代之はそれだけ答えた。
希代之の背後で、護衛隊長が仁王立ちしている。
副官は彼の側へ寄ると、希代之に聞こえないようにささやいた。
「良いのか?」
ごく短い質問だったが、その意を汲んだ護衛隊長の答えもまた、短い。
「良い……と思う」
「確信は持てぬ、と?」
「それがしはただの武辺者。戦さの駆け引きについては、あまり自信がない」
「それを言ったら……」
ここで副官は口をつぐんだ。
彼にとって、今回の戦さは初の実戦。それこそ右も左もわからない。
希代之が何も語らず、護衛隊長もわからないとなれば、もはや事態の推移を判断しようがない。
副官は、不安そうに東に目を転じた。
その方向では、魏の四部隊に包囲された呂砲隊が、絶望的な戦闘を展開している。
(本当に良いのですか?)
じっと戦場を見据えている希代之を見て、副官は心中でつぶやく。
(このままでは、殿下が捕らわれの身となってしまわれますぞ)


蒋幹、張合β、董承、公孫範の集中攻撃を受けながらも、呂砲は何とか部隊の指揮だけは確保していた。
ただし、隊はかなり消耗している。
現在、曲がりなりにも戦闘に参加している兵は1万3000ほど。
すでに約7000の兵が、戦死か負傷かで戦力外だ。
「うわー殿下! また来ましたぞ!」
親衛隊長が指差す方向には、1万4000の重騎隊。
その先頭にあるのは、数百頭の白馬。
「白馬陣……公孫讚の族弟か!」
呂砲としては、とにかく陣を堅くするしか手はなかった。
亀のように縮こまった呂砲隊を、公孫範の「車懸」が嘲笑うように席捲する。
これでまた2000程度の兵が脱落し、さらに陣の一部に穴が開いた。
「親衛隊長! 北側がもろくなっとる! すぐに出向いて支えろ!」
「御意です!」
もはや「殿下の守護」などと言っている場合ではなかった。
親衛隊長がいなくなると、呂砲は西に目を転じ、怒鳴った。
「希代之! いつまで高みの見物を決め込むつもりだ!」


「呂砲め。粘りおるわ」
馬上で張合βがつぶやく。
四部隊の波状攻撃に晒され、甚大な損害を受けながらも、呂砲隊は崩壊することなく、抵抗を続けている。
この調子でいけば、いずれ呂砲の首をあげることはできるだろうが、時間は無限ではない。
呂砲と同様、張合βも西を向いた。
整然と横陣を組んだ涼第一軍八部隊10万が、不気味な沈黙とともに、こちらを見据えているのが見える。
連中が動く前に、とにかく呂砲だけでも仕留めなければ。
「楽進に伝令を!」
張合βは命令した。
「加勢を寄越せと伝えよ!」


廖衛からの督戦の伝令は、二度来た。
三度目は、廖衛本人だった。
「おぬし、殿下を見殺しにする気か!」
現れるや廖衛は、目を血走らせながら希代之の胸座を掴んだ。
「殿下は耐えておられる」
護衛隊長が廖衛を引き離すと、希代之は廖衛から戦場に視線を転じ、言った。
「我らも耐えねばならん」
「十分に耐えたわ!」
希代之の冷静な態度に、廖衛はいっそう逆上した。
「これ以上待てば、殿下の御身に危害が及ぶぞ! 早く攻撃命令を出せ!」
「まだだ」
やはり戦場の方角だけを見つめながら、希代之。
「より多くの敵をおびき出してからだ。さもないと、増援軍と合流した多数の敵と相対する羽目になる」
「その前に、殿下がやられるわ!」
「だから、こうして戦局を注視している。殿下の隊は、まだしばらくは耐えられる」
もしも護衛隊長に押さえられていなかったら、廖衛は確実に希代之を張り倒していたであろう。
それができないため、廖衛は怒鳴るしかなかった。
「親衛隊が幾ばくか残っても、殿下が死んでは何にもならんだろうが!」
「ここで我らが軽挙に転ずれば、殿下の踏ん張りも生かせぬ。今が耐え時だ」
「話にならん!」
ようやく護衛隊長を振りほどいた廖衛は、視線で焼き殺すかのように、希代之を睨みつけた。
「廖衛隊はこれより殿下の救出に向かう! 一人で観戦を楽しんでおれ!」
「廖衛! 第一軍の次席指揮官はこの希代之だ! 勝手な真似は許さんぞ!」
初めて希代之は廖衛の方を向いたが、廖衛は背中を向け、自隊の方へと走り去っていく。
「護衛隊長!」
希代之は途方に暮れた様子の部下に叫んだ。
「廖衛を止めろ! やつが勝手に動けば、殿下の御苦労が無駄になる! 急げ!」
「御意!」
脱兎の勢いで駆けて行く護衛隊長。そして、何事もなかったように、再び戦場を見つめる希代之。
戦場での是非を判断できない希代之の副官は、ただ不安に怯えたまま、上司の命令を待つしかなかった。


督戦の伝令を送ってきたのは、廖衛だけではない。
関平、公孫讚、甘寧の諸将もまた、「速やかに出撃を」と言ってきている。
その都度希代之は「出撃は許さず」とだけ答えた。
魏正規軍十部隊。このうちの六部隊ぐらいは、平地戦で仕留めておきたい。
その上で速やかに砦を破壊し、砦の東側の平地に躍り出て、曹操率いる増援軍10万と対決するのだ。
この計画を現実のものとするには、今現在おびき出している四部隊だけでは、どうにも厳しい。
残った六部隊、かつ無傷の増援軍10万と戦いつつ、砦を破壊するのは困難だった。
(今は耐える時)
希代之は自分に言い聞かせるが、同時に、別の思念も頭を過ぎる。
(もしも……もしもここで、殿下が戦死されるようなことがあれば……)


涼王・呂砲。
希代之の君主であると同時に、希代之が神聖なものとして崇める皇上に対し、不遜な言動を取った(とされる)男。
呂砲には宮中務めの経験はないし、ましてや漢室とは何の縁もない。
漢朝とはまったく関係のないところで力を貯え、中華の半分以上を制してきた男であり、すなわち漢朝に対し、遠慮仮借の念を持つ義理も、素地もない。
そんな呂砲が皇帝を庇護下に置いたら……何代にも渡って漢室に仕えてきた一族の末裔である曹操より、遥かに過酷な運命を皇帝にもたらすのではないか。
そんな不安が希代之にはある。
そうなる前に、ここで呂砲が戦死すれば………その名は忠臣として永遠に残るだろう。
(その方がどれだけ……)
そう考えて、希代之は軽く首を振った。
小犬の耳を引っ張る幼児がいたとする。
「乱暴な子だ。この子は将来、他人を殺めるかもしれない。そうなる前に除くべし」
今自分が考えたことは、そんな無茶苦茶な論理と大差ないではないか。
(殿下はまだ、小犬の耳を引っ張っただけだ)
希代之は思う。
(私が努力しさえすれば、きっと殿下も皇上の尊さを御理解されるはずだ……)


「駄目だ。太守殿は完全に頭に血が昇っている」
砦に残っていた楽進が、同じく砦を守る李典に伝えた。
「太守殿の残兵は?」
「もう500を切っている。そのことにすら、気がついておらんようだ」
「まったく……畑違いの者を総大将に据えた付けだ!」
毒つく李典。
蒋幹が許昌の太守であったことに不満を持っていたのは、張合β一人ではなかった。
「太守殿はもういい。それよりも、張合βから加勢の要請が来ている。どう見る?」
「どうであろう……もうすぐ曹操様がやってくる。それまで砦を堅守すべきではないか?」
「そうは思うのだがな。呂砲の首が、もう少しで手に届きそうなのだ」
「涼王の首か……なかなか魅力的だが」
張合βらの他に、無傷の三部隊が加勢に加われば、涼王の首は取れる」
「そして、残りの三部隊を砦に残すと」
「残留部隊に増援軍。これで十三部隊だ。砦の確保は十分可能と思うのだが、どうだ?」
小柄ながら肝っ魂の激しい楽進。
軍事より学問に興味があり、何かと慎重な李典。
性格的にもまったく剃りが合わない二人だが、戦闘中にはどういうわけか存念が合う。
この時、二人の意志は、まったく同じ方向を向いていた。
ほどなく、楽進隊を先頭に、胡班、牛金の三部隊が、砦から進発した。
「いざ、涼賊を討ち果たさん!」
鼻息荒く西進する三部隊を、李典は櫓の上から見送った。
東からこちらに向かっているはずの増援軍は、まだ見えない。
この決断が、この戦闘においてどのような結果をもたらすのか。
不安と期待の両方を胸に抱きながら、李典は自分たちの決断が吉と出ることを祈った。


出撃前、きらぎらしく輝いていた呂砲の甲冑は、数カ所に渡って傷が付き、大きく裂けている部分もある。
「おのれ、雑兵どもが!」
剣を闇雲に振り回しながら、呂砲は怒鳴る。
「高かったんだぞ、この甲冑!」
そんなくだらないことを言っている間は、まだまだ余裕がある。
呂砲は自分にそう言い聞かせている。
「で、殿下〜!」
親衛隊長があたふたとこちらに駆け寄ってきた。
「何しとる! 北の守備は?!」
「それなんですけど、これ見てください!」
親衛隊長は片手に持っていた生首を掲げた。
「武将が私に切りかかってきたんで、とりあえず槍を突き出したんです。そしたら自分から突き刺さってくれまして」
「そんなセコい手柄話をしている場合か!」
「いえ、それが……この武将が死んだら、魏兵どもが動揺したんです」
「動揺? なんでまた?」
「私もおかしいなーって思って、連中の声を聞いてみたら、『総大将がやられた!』とか言ってるんですよ!」
「総大将?」
親衛隊長の言葉に、呂砲は改めて生首を凝視した。
なかなか立派な兜をかぶっている。
「てことはこの首……蒋幹か?」
「どうもそうみたいなんですけど」
「どれ、見せてみろ」
そう言って親衛隊長から首を受け取った呂砲は、その首を高々と掲げ、大声で呼ばわった。
「敵総大将・蒋幹、この呂砲が討ち取ったぞ! 戦さは我らが勝っている! 皆の者、このまま踏ん張れい!」
激しい攻撃にうろたえ始めていた親衛隊は、その声に再び戦意を取り戻した。
「家臣の戦功を横取りするなんて、それでも君主ですか!」
猛烈に抗議する親衛隊長に、呂砲はニヤリと笑った。
「俺のモノは俺のモノ。おまえのモノも俺のモノ」
「なにジャ○アンみたいなことを! えーそうですか。だったら私の借金も殿下のモノですね、あー良かった!」
「おぬしの借金は、おぬしのモノに決まっとろうが」
「ジャ○アンよりひどいです……」
「いつも官費でただ飲みしているではないか。それをチャラにしてやろう」
親衛隊長が何かを言い返そうとした時、他の親衛隊員が叫んだ。
「殿下! さらなる敵部隊、接近中にございます!」
それを聞いた呂砲は、大きくため息をついた。
「やれやれ……これで希代之も腰を上げるな」
とはいえ、希代之らが来るまで、しばらく時がいる。
「親衛隊長、再度陣を固めるのだ。もうちょっと耐えれば、我らの勝ちだ」
しかし、親衛隊長はプイと横を向いている。
「安堵せい。蒋幹を討ち取った戦功は、ちゃんと評してやるによって」
苦笑しながら呂砲は言った。


「楽進! 来たか!」
砂塵を上げて突進してくる友軍を認め、張合βは歓喜の声を上げた。
呂砲隊は残り9000余り。
六部隊で集中攻撃すれば、確実に仕留められる。
その後は、速やかに砦へ後退し、増援軍とともに残る涼軍部隊を迎え撃つ。
(これで我らの勝ちだ!)
これが呉や燕相手の戦さなら、その読みは的外れなものではなかった。
ただし、張合βは忘れていた。
涼王直卒の涼第一軍。
これを構成するのは、強力な「突撃」系戦法を十分に習得した武将ばかりなのだ。
砦からさらに魏の三部隊が突出したのを見て、希代之は短く命令した。
「銅鑼を!」
すぐに副官が反応する。
「攻撃開始だ! 銅鑼を鳴らせ!」


廖衛隊では、出撃しようとする廖衛を、希代之の護衛隊長と廖影、そして廖衛の主簿が必死で止めていた。
「離さんか! おぬしらまで殿下を見殺しにする気か!」
「落ち着いてくださいませ、廖衛将軍!」
護衛隊長が叫ぶ。
「このままでは、軍令違反の咎が課せられますぞ!」
それを聞いて、廖影の腕にもさらに力が入る。
洛陽攻略戦における独断専行で、廖影も処罰を受けた経験がある。
そして、廖影の上司である廖衛もまた、連座して謹慎処分となった。
初犯ということもあって、あの時は寛大な処置で済んだが、二度も続けばそうはいくまい。
「しっかり押さえぬか!」
廖影は、廖衛の右足にしがみついている主簿を怒鳴った。
廖衛は小柄な主簿を抱えたまま、右足をブンブン振り回している。
ささやかな重り程度にしかなっていない。
そんな廖衛隊の狂騒を止めたのは、派手な銅鑼の音だった。
「おぬしら、あの銅鑼が聞こえぬか! 攻撃開始だ!」
廖衛の怒声に、廖影らはようやくその手をふりほどいた。
自由になった廖衛は、素早く愛馬にまたがると、わき目も振らずに戦場へ突進していく。
廖衛の行動に、廖影も慌てて軍馬に乗り、動揺気味の部隊を叱咤した。
「全軍、殿に続け! 殿下をお助けするのだ!」
そして廖影は、護衛隊長の方を振り返った。
「では護衛隊長殿。お先に失礼する!」


10万の軍勢が一気に動く。
怒声、地響き、そして狂ったような銅鑼の音。
大きく横に展開していた廖衛、町費、関平、甘寧、公孫讚、馬騰、馬岱、馬休の八部隊。
呂砲隊を攻撃していた魏軍を包み込むべく、さながら巨大な一頭の龍のように、東へと猛進していく。
八つもの部隊が駐屯地からいなくなると、あたりは急に静かになった。
ただ、「ジャーン、ジャーン」という銅鑼の音だけが響いている。
護衛隊長がそちらを振り向くと、希代之隊がゆっくりと丘を下っているところだった。
「始まった」
どうしようもない高揚を覚えつつ、護衛隊長は自隊へと走り出した。
10万の軍勢の怒号で、まだ耳鳴りがしている。
「我らの許昌戦が、始まった!」
胸が高鳴る。
「始まった! 始まった!」
戦闘の始まり。言いようのない興奮。
走りながら、護衛隊長は狂ったように叫びつづけた。







※一個軍団九部隊と制限をつけておきながら、思いっきり第一軍は十部隊。
 たった今気付いてしまった。
 次からはちゃんと九部隊で出ます。


許昌攻略戦(その一)        許昌攻略戦(その三)

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