動揺―廬江と上党





━━廬江。太守府
廬江太守・呉班は、暗然とした気持ちを払拭できないでいる。
呉班の上司だった呉巨は、清廉潔白な人物というわけではなかった。
短気だったし、時には罪もない兵士に暴力を振るうこともあった。
しかし、普段は気の良い上司であり、そして戦場では勇敢な大将だった。
なにより、あんな理不尽な死に方を強要されるほどの悪人ではなかった。
勝手に廬江を攻略したという軍令違反の咎は、太守たる呉巨一人に着せられ、呉班ら部隊長クラスは放免とされた。
その決定にホッとした呉班だったが、同時に呉巨への深い負い目となっている。


呉班の負い目は、袁奉への恨みへと繋がっていた。
最近軍内では、呉巨の幽霊を見た、という報告が多発している。
実は、呉班自身もそれを見ていた。
青い顔に、不釣り合いなほど鮮やかな赤い血を流す元上司の姿に、呉班は不覚にも腰を抜かしてしまった。
深い悲しみと激しい怒りを浮かべた亡霊は、こう言った。
「袁奉め…………袁奉め!」
その恨めしそうな声は、呉班の耳からなかなか離れないでいる。
「呉巨様を見た」という声が増えるにつれ、軍内では「袁奉、許すまじ」という声が上がり始めている。
軍令違反による呉巨の斬首だったが、ここ廬江では、保身を図る袁奉が涼王をそそのかした結果、太守は非業の死を遂げた、ということになっている。
兵や捕虜の面前で呉巨を辱めながら、呉巨とは比べ物にならない微罪で済まされた事実が、その噂を定説へと固めていた。
今後への不安もある。
お咎めなしとはいえ、軍令違反の片棒を担いだ身。
呂砲の機嫌次第で、どんな難癖を付けられるかわかったものではない。
呉巨の首を遺族に手渡す羽目になった呉班にしてみれば、それは決して無茶な想像ではなかった。
呉班の心痛の原因は、まだあった。
廬江攻略を成功させた江夏軍だが、軍令違反に基づく侵攻ゆえ、恩賞は下されなかった。
戦争では、人が死に、傷つき、そして莫大な金がかかる。
彼らの戦勝を示すものは、「江夏軍」から「廬江軍」へと代わった名称だけ。
勝利者のはずの新廬江軍将兵は、たちまちひどい困窮にさらされることになった。
故郷の家族への仕送りはおろか、その日の食事にすら苦慮する兵たちの心は、徹底的にすさんでいる。
そういうわけで、廬江の治安は極めて悪い。
兵たちの怨嗟の声が、いずれ何らかの形で爆発するのではないか。
そんな未来図が、呉班の心をさらに暗いものにしている。


「何やら、城下に不穏な空気を感じましたが……何かあったのですか?」
就任の挨拶にやってきた参露の一言で、一人将来への不安を憂いていた呉班は、初対面にも関わらず、己の存念をすべて話していた。
(なるほど……もてなしが茶でなく白湯なのも、そういう事情なら無理もない)
参露は合点するとともに、呉班の暗い感情が移ったような気分になった。
揚州方面の懸念事項は、第二軍内の分裂だけではなかった。
参露は初めて、廬江もまた、一触即発の状態であることを知ったのだ。
(意外と大変な任務となりそうだな)
そう思ったものの、まだ参露は、自分に与えられた任務の困難さを完全には認識していない。
「ところで太守殿」
陰気な話をなかなか終わらせない呉班を遮り、参露は問い掛けた。
「今日お伺いしたのは、あいさつと同時に、伺いたき儀がありましたゆえにございます」
「は? なんでござろう?」
「先の旧江夏軍の廬江侵攻。そのいきさつについて」
すがるようだった呉班の顔に、さっと警戒の色が浮かんだ。
軍令違反の咎が、自分にも降りかかろうとしているのか?
そう感じたらしく、呉班は目を伏せた。
「その件は、殿下の裁きでもって既に決したと存ずるが……?」
そう言って話を避けようとする呉班に、参露は慌てて手を振った。
「いや、お疑いございますな。旧江夏軍諸将の咎を探る意図はございません」
呉巨の斬首が、想像以上に深く尾を引いていることを、参露は感じた。
「このことは他言無用でお願いしたいのですが……」
咳払いをして、参露は言った。
「旧江夏太守が廬江攻略戦を実施したことについて、英傑様は……いえ、筆頭軍師様は、何者かによる謀略の可能性あり、と見ております」
「謀略? 筆頭軍師殿が?」
眉をひそめた呉班だったが、今度は鼻を鳴らした。
「今さら何を言うのだ。裁きの場で呉巨様は、そのことを強く主張されたはずですぞ」
呉班の態度が急に強いものとなった。
呉巨斬首となった裁きの場で、進行役を任されたのは、ほかならぬ筆頭軍師。
そして今、呉班の前にいる男は、筆頭軍師の側近。
呉班は参露を、グチを言う対象としてではなく、怒りをぶつける対象とみなし始めた。
「しかし、呉巨様は首打たれたのだ。誰からも弁護されず、無念の思いを抱きながらな」


希代之はあくまでも進行役であり、裁きの結果を左右する立場ではなかったこと。
しかし、呉巨の無念さは十分に感じており、名誉回復させたいと考えていること。
参露はそう取り成して、何とか呉班の怒りを収めさせた。
実際のところ、死んだ呉巨の名誉回復など、希代之にとってはどうでも良い問題だったが、このままでは話が進まない。
「旧江夏太守に廬江侵攻をそそのかした男……洛陽太守配下の校尉と名乗ったそうですが、その者について、何か覚えておりませんか?」
呉班は、思い出すように宙を見上げた。
「呉なまりはなかったと存ずる。まあ、魏の細作であることは間違いありますまい」
呉班の認識は、彼が持っている情報、そして立場からすれば、至極当然のものだった。
江夏軍が廬江に攻め入れば、当然抹陵の呉軍が援軍に出る。
そうなれば、廬江攻略の成否に関わらず、抹陵の呉軍は消耗し、それだけ魏軍の抹陵攻めが容易なものとなる。
そして実際、夏侯惇率いる魏軍は、江夏軍の廬江攻略直後、示し合わせたように抹陵を攻め落としたのだ。
「姑息なる魏賊よ……叶うものなら、わし自身の手で、呉巨様の仇を討ちたいものだが」
呉班は、当時の模様を語り始めた。


郭図公則配下の校尉を名乗る「魏の細作」が江夏に現れたのは、第二軍が翻陽を攻略した直後のこと。
「魏の細作」は、翻陽で第二軍と戦った孫呉領・廬江の軍が、かなり消耗している、と呉巨に告げた。
同時に、第二軍も甚大な損害を受けており、とてもこの好機を生かせる状態にない、と。
しかし、呉巨は躊躇した。
襄陽太守だった頃、呉巨は勝手に江夏へ侵攻し、呂砲から強い叱責を受けたことがある。
「今度やったら絶対に許さぬ」という呂砲の書状の文面は、今でもはっきり覚えている。

腕を振るう絶好の機会と承知しつつも、簡単に出撃命令を出すわけにはいかなかった。
すると、校尉は意外なことを告げた。
「実は、江夏軍の廬江侵攻は、涼王殿下自らの発案にございます。殿下は、魏が先んじて廬江に進出することを憂いておられるのです」
魏が労せずして廬江を奪えば、次は消耗した第二軍が危ない。
そうなる前に、無傷の江夏軍が廬江を攻め落とすことこそが、最上の方策。
「一刻も早く出陣すべきと存じます。見事廬江を陥落せしめれば、あるいは江夏軍は……」
校尉はそれ以上言わなかったが、呉巨にはそれで十分だった。
あるいは江夏軍は、第四軍に昇格となるかもしれない!
「出陣の準備を成せ!」
刑場への第一歩となる命令を、呉巨は喜び勇んで発した。


「戦さの最中まで、確かにあの校尉は呉巨様の側にいた」
思い出すのも悔しそうに、呉班が言う。
「姿が見えなくなったのは、捕虜検分の頃……袁奉が呉巨様を辱めた時には、もういなかった」
参露は、その校尉の身体的特徴などを聞いた上で、廬江城を後にした。
(何とも気の滅入る会見だったな)
夕日が差す廬江城を振り返りつつ、参露は翻陽への道を急いだ。


数ヶ月後、参露は再びこの城に乗り込み、そして捕らわれの身となる。
その時、参露を捕縛するのは、呉班ではなく、七同志の一人、袁奉だった。
もちろん参露は、そんな未来など知らない。



━━上党。第三軍駐屯地
何とか全滅だけは免れた第三軍だったが、受けた損害は大きい。
戦死者六万以上、負傷者も四万近く。
今すぐに戦闘に参加できる者は、わずかに二万余り。
見様によっては、既に壊滅しているといっても過言ではなかった。
そして、傷口に塩を塗るような噂が、軍中に広まりつつある。

曰く、軍団長は大逆臣・董卓の元配下。
曰く、軍団長は、洛陽を焼き払った張本人。
曰く、漢朝復興を唱える涼王は、その事実に動揺している。
曰く、皇帝陛下は涼王を宮中に召し出し、厳しくその事実を御下問され賜うた―。

どこまでが噂で、どこまでが真実かは、まだこの段階ではわからない。
ただ、生き残った兵たちが、その噂に不安を感じていることは事実だった。
上党は、小さな都市だ。
兵たちの間でささやかれていた噂は、あっという間に上党全体に広まった。
兵も、民も、誰かと顔を突き合わせるたびに、ヒソヒソと会話を繰り返している。
(涼王殿下は、軍団長の交代を考えておられるらしいぞ)
(まさか……涼王の七同志贔屓は筋金入り。先の裁きでは、呉巨将軍だけが斬首となって、郭図公則将軍や袁奉将軍は微罪となったではないか)
(さよう。殿下が馬参様を更迭するわけがない)
(いや、わしが聞いた話では、既に馬参様は、殿下に辞意を申し出たというぞ)
(なに! それは本当か?)
(ほれ、涼始まって以来の大敗北というではないか。それに張燕、張魯の両将軍まで戦死されたからな)
(責任を取ってやめるということか?)
(どうもそうらしい) 


誰もが不安そうな顔をしている中、笑みを押し殺しながら、町を歩いている男がいる。
(どんなもんだい。俺の手筈は!)
男は、内から湧き出る歓喜の声を、心の中でぶちまけている。
(これで少しは、クニの母ちゃんに楽させてあげられるな)
第三軍兵士の姿に変装しているその男は、上党に噂を広めるべく、魏が放った細作だった。
最初はやはり、多少の苦労はあった。
上党に入った魏の細作が最初の標的としたのは、酒楼で酒を舐めていた第三軍の兵士たち。
「よう、兄弟。おいしく酒を飲んでるかい?」
馴れ馴れしく声をかけた細作は、馬参が董卓の配下だったという話をぶちまけたが、敗戦に殺気立っていた兵たちは、その話に過敏に反応した。
「そんな馬鹿げた話、どこから聞いてきた!……さてはおまえ、魏の細作だな!」
思いっきり大正解だった。
細作は何とか酒楼から脱出した。


細作の地道な、しかし命懸けの調略は、その後も続いた。
最初はなかなか相手にしてもらえなかったが、このような噂は、いったん火が点くと、回るのも早い。
今では、この噂を知らぬ者は上党にはいないだろう。
(そろそろ帰るかな……そうだ、母ちゃんに何か土産でも買ってくか)
土産を物色していた細作は、前方から巨大な動物がやってくるのに気付いた。
(あれが象とかいう南蛮のケダモノか)
細作は、象を見るのは初めてだった。
象によって編成された戦象隊は、長安、赤壁、函谷関などで活躍し、先日の業?の戦いでも、最後の最後で魏軍に一矢報いたという。
その巨大さに目を奪われていた細作は、象の背に乗っているのが女と知り、さらに目を丸くした。
(おや! 涼では女も兵隊に使ってるのかい。道理で兵百万とか言ってるわけだ)
さらにもうひとつ、驚いた、というか、気に障ったことがある。
今、第三軍の兵たちは、馬参にまつわる噂で、不安な顔をしている「べき」なのだ。
にもかかわらず、その女兵士はご機嫌で鼻歌を歌っていた。
(このヤロ……俺様の芸術的仕事振りを無にするような呑気な顔しやがって!)
細作は、女兵士に声をかけることにした。
「よう、きれいな姉ちゃん。ご機嫌だね。何かいいことあったのかい?」
しかし、女兵士は応えない。明らかにこちらを無視している。
それから三度ばかり声をかけ、ようやく振り向いた女兵士だったが、その言葉に細作は目を剥いた。
「悪いけどあたし、ナンパにひっかかるような軽い女じゃないの」
「(; ̄□ ̄)ハァ?」


「ナンパじゃねえよ。俺だって女房はいるんだからな」
呆れる気分を押さえて、細作はにこやかな顔を作る。
すると女兵士は、眉をしかめた。
「だったらなおのことお断り。あたし、不倫はゴメンよ」
「(; ̄□ ̄)ハ…ハァ?」


「いや、俺がアンタに声をかけたのはだなぁ……」
いったい何と言ったらいいものか、と迷いつつ、細作は「工作活動」を続ける。
「お姉ちゃんがあんまりにもご機嫌そうだからよ……どうしたのかなぁって思ってさ」
「さすがに敗戦の後で、みんな意気消沈してるからね。第三軍の花と呼ばれたあたしまでヘコんでたら、それこそ第三軍は闇に包まれるわ」
「(´д`;)そ……そういうこともないわけではないかもしれんわな」


「ま、大したもんだよ。あんな噂が広まってるのに、そうも元気でいられるなんてな」
心底そう思っていた細作だったが、キョトンとした女兵士の言葉に、またまた目を剥いた。
「噂? 何よそれ」
間違いなくこの女兵士は、細作の「芸術的仕事振り」を無にする存在だった。
誰もが知っている噂を知らないとは、さてはこの女兵士、友達がいないのか。
そう思いつつ、細作はこれまで何度も話した噂を、女兵士に聞かせた。
「……というわけで、みんな沈みきっているってわけさ。ま、あれだね。俺が思うに……」
得意気に話していた細作の口が止まった。
同時に細作は、なぜこの女兵士だけが噂を知らなかったのかも知った。
つまり、誰も犠牲者にはなりたくなかったのだ。
そして今、自分が犠牲者になろうとしている。





(希代之副官ギャラリー)





━━上党。第三軍本営
「よくぞ……よくぞおいで頂きました……感謝します。廖衛将軍」
そう言って廖衛の手を握る陸遜の目は、少し潤んでいる。
強行軍で、14000から5000にまで減っていたとはいえ、初めて第三軍にやってきた増派部隊であることに変わりはない。
廖衛隊の到着は、徹底的に痛めつけられた第三軍の兵たちを、少しは勇気づけた。
「遅くなってすまなかった。だが、わしが来たからにはもう大丈夫だ。今度こそ、業?を攻め落とそうではないか!」
胸を張った廖衛は、キョロキョロと周囲を見回し、首を傾げた。
「親父殿がいないようだが、どうしたのだ?」
廖衛の問いに、陸遜は言いにくそうな顔をした。
「軍団長は……私邸におられます……私邸にて、傷を癒しておられます」
「何! 負傷したのか?」
「まあ、多少は……特に大きなケガというわけではありませんが」
「おう、それなら良かった。早速あいさつに参る。誰か案内役を付けてくれぬか?」
「そ、その前に廖衛殿、しばらく……」
本営から出ようとする廖衛を、陸遜は慌てて止めた。
「ひとつ、確認させていただきたいのですが……」
陸遜の声が、さらに歯切れの悪いものとなる。
「廖衛将軍は……増派として上党に来られたのか、それとも、その……新軍団長として参られたのか……いずれでしょうや?」
「なに?」
はっきりしない陸遜の態度と、意味のわからない質問に、廖衛の顔が険しくなった。
「何を言っているのだ、軍師殿。わしは親父殿を助けるべく、許昌から飛んで来たのだぞ」
「おお、さようでござったか! いや、良かった……」
一気に陸遜の顔に喜色が戻ったが、さすがに、廖衛はいぶかしんだ。
「良かったなど……当たり前のことではないか。いったい何を心配しているのだ?」
「実はそれが……」
陸遜は、また言いよどみつつ、説明した。
馬参が董卓の配下だった、という噂が、軍内に広まっていること。
そして、あの敗戦以来、馬参は私邸に閉じこもり、一度も本営に顔を出していないこと。
「さような不埒な噂を撒き散らすなど、魏の仕業に相違ない」
表情を険しくした廖衛は、背後で荒い息を吐いている廖影に命令した。
「この話をする者は、身分に関わらず引っ捕らえろ。わしが首を切り落としてくれる」



━━上党。馬参邸
居間から庭を見つめていた馬参は、明らかにいつもと違う雰囲気だった。
ドカドカと屋敷に乗り込んだ廖衛ですら、何と声をかけるべきかためらってしまった。
「とにかく無事で何よりにございます。今度こそ曹賊を討ち果たしましょうや!」
「勝敗は時の運。此度は少しばかりその運が足りなかっただけの話でござる」
馬参は、廖衛の言葉に一々頷いた。
しかし、肯いているだけだった。
「親父殿!」
ついに廖衛は声を荒げた。
「いつまでさように落ち込んでいるおつもりか! 親父殿は軍団長ではござらぬか!」
廖衛の怒声に、ようやく馬参は振り返った。
その顔を見て、廖衛はハッとした。
こんなに打ちひしがれた馬参を見るのは、初めてのことだった。
「親父殿……張燕殿らの死を悔やんでおられるのか?」
「まあな」
ようやく馬参は口を開いた。
「張燕も張魯も、実に得難い将だった……彼らの死は、偏にわしの愚かな自惚れが招いた、許されざる結果だ」
「さようなことを申されるな!」
廖衛は、地団太を踏みながら絶叫した。
「張燕殿も張魯殿も武将! 死と隣り合わせの稼業であることは承知して戦さに臨んでいるはず! 武将が戦場にて死ぬは、これ寿命! 親父殿がさようなお気持ちでいれば、それこそ両将軍にとって迷惑というもの!」
「武将が戦場にて死ぬは、これ寿命……か」
馬参はここで初めて、小さく笑った。
「なかなかおもしろき言だ……おぬしも言うようになったな」
それだけ言うと、馬参は再び庭に目を転じた。
再び沈黙に入った馬参に、廖衛は伺うように問い掛けた。
「まさかとは思うが、親父殿……親父殿が董卓の配下だったとかいう根も葉もない噂……それを気に病んでおられるのか?」
馬参は、今度は肯くことすらしなかった。


董卓は、漢朝始まって以来の大逆臣。
それがこの頃の、一般的認識だ。
呂砲の漢朝復興宣言から、まだ三月もたっていないこの時期、呂砲の腹心たる七同志の一人が、董卓の配下として洛陽を焼き払った張本人だった、と広められては、涼全体が動揺する。
漢朝復興宣言と董卓に縁のある七同志という組み合わせは、「整合性」というものから余りにもかけ離れていた。
しかも、七同志の中でもさらに力のある軍団長とあっては、その影響も倍加する。
廖衛は、皇宮で言い争いになった廷臣の顔を思い浮かべた。
それこそあの男は、鬼の首でも取ったかのように、馬参を、そして呂砲を弾劾するだろう。
少なくともそれが、涼にとって良い結果をもたらすとは思えなかった。


「しかし……しかしこれは、魏が苦し紛れに出してきた流言!」
廖衛は叫んだ。
「親父殿はどっしりと構えておれば良いのです。あとは殿下や軍師殿にお任せすれば、こんな流言など根絶してくれます!」
ここで馬参は、再び廖衛の方を見、何かを口にした。
「……なのだ」
「……は?」
馬参の声は、小さかった。
よく聞き取れなかったが、廖衛の鼓動は急に早くなった。
聞き返す廖衛に、馬参は無表情で告げた。
「事実なのだ……わしは……董太師を兄のように慕っていた。そして……この手で洛陽を焼き払った」


数日後、魏公曹操は、中華全土に声明を発した。
「涼軍団長馬参なる者、その本名は楽驂なり」
「楽驂とはすなわち、董卓、そして郭の部下として、恐れ多くも皇帝陛下に対し、数々の無礼を働きし者」
「かような者を軍団長に据える涼王。その漢朝復興宣言がまやかしであることは、言を待たず」
「すなわち涼王の目指すは、皇帝陛下を廃立し賜い、自らが帝位に就くことにほかならん」







軍察監               皇軍涼
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