今和泉小学校は,今和泉の殿様の別邸(今和泉領主仮屋)の跡です。この館は,
今和泉島津家初代の島津忠郷が,宝暦4年(1754)に建てたものです。
 今は領主仮屋の建物は残っておりませんが,今和泉小学校の海岸側に,当時の
石垣の一部や松林(隼人松原),校庭には井戸と今和泉島津の殿様が使ったとさ
れる手水鉢(市指定文化財)が残されています。

 13代将軍徳川家定公に嫁がれた天璋院篤姫は,この屋敷で18才まですごし
たと言われます。

 なお,今和泉島津家の本宅は,現在の鹿児島市大龍小学校北隣にあたり,敷地が4600坪あったといわれています。


隼人松原 屋敷跡の石垣
 学校の北側,錦江湾と桜島をのぞむすばらしい景色をこの石垣のそばから,篤姫も見ていたことでしょう。

篤姫ゆかりの井戸
 学校の敷地内に,井戸があります。一時は埋めてしまおうという話もあったようですが…。
 井桁の上部から水面まで6.65メートル。水深2.5メートル。井桁は一枚岩を丸くくり抜いてあります。直径0.7メートル。井筒は石を四角に組んであります。井戸の周りは石が敷き詰められています。
 水は,無色,無臭で透明。味は不明。(飲めません)

手水鉢(ちょうずばち)
 指宿市の指定文化財にもなっている,今和泉家伝来の手水鉢です。
 高さ93p,水を入れる鉢の内径30p,外径58p,底の直径36p,胴回りの最大210pで,均整のとれた形をしている。
 制作者・制作年は不明。

案内板(説明)
 学校の北側,隼人松原に建てられている「今和泉島津家屋敷跡」の説明の書いた看板です。平成18年に新しくなり,とても見やすくなりました。

クロガネモチの木
 学校の玄関には,今和泉島津家の屋敷内にあったクロガネモチの一部を伐採したものが,置いてあります。枯れてしまったので,平成7年3月7日に伐採しました。
 宮尾登美子さんの著書「天璋院篤姫」にも登場する黒ガネモチと同じかどうかは分かりませんが太さからいってもだいぶ以前からあったようです。現在は,2代目と呼ばれるクロガネモチが校舎南側にあります。


 最近,「天璋院篤姫ゆかりの地」を観光する方が増えてきているようです。今和泉小学校の前にも左の写真のような旗が立っています。今和泉のあらゆるところに立っていますが,この旗を目印に歩くと篤姫に関するいろいろなものが観光できるようです。篤姫観光の際には,目印にしてください。

あずまや
 篤姫ゆかりの地ということで,観光の休憩所として,あずまやができました。ここには,小学校内にある手水鉢のレプリカが置いてあり,センサーで水が流れるようになっています。
 記念写真を撮るのにも最高の場所だと思います。ここから眺める砂浜や海,桜島は最高です。


砂浜
 12月中旬,今和泉小学校の北側の海岸に砂浜が完成しました。以前も砂浜はあったようですが…。再現したようです。
 学校の教育活動にも役立てていきたいと思います。


 今和泉海岸のページへ

このページのトップへ





Copyrightc2010 Imaizumi elementary school in Ibusuki city. All rights reserved.
(歌が流れます)
(PDF)
(PDF)
ホーム学校案内>天璋院篤姫