半田利弘のSF感想:タウ・ゼロ

 ポール・アンダーソンの1970年頃の作品です。訳出が1992年と遅かったうえに、 買ったまま忙しくて積読になってしまい、ようやく1997年に読みました。
 はっきりいって、お薦めです。「1970年頃の」という制限付きとは云え、 「最新の」天文学的成果が多数盛り込まれています。銀河中心領域の濃いガス雲とか 銀河団とか。その後、決定的に否定されたことが取れあげられていないこともあって 現在でもまったく違和感なく「ハードSF」として読むことができます。天文学 の勉強もできます(ま、宇宙論のところは余興として、許しましょう)。
 いろいろSF読んだり、物理学に考えを巡らすようになって、「やはり、超光速 飛行なんて、原理的に不可能なのではないか?」という気持ちを最近抱くように なってきていますが、このSFでは、「そんな場合でも、恒星間旅行は可能!」と 明確に答えてくれます。ありていに云えば、浦島効果の利用なわけですが、 これを称して「アインシュタイン(あるいは神、宇宙、自然)は光速度という 比較的遅い速さの上限という枷と同時に固有時の遅れという贈り物も与えて くれた。」と私は考えています。
 で、これをバッサードラム恒星船で実現するわけです。ですから、結果は見えている ようなものですが、それでも、かなり面白く読めます。
 もうひとつ独自なのが、舞台となる地球の政治体制。覇権(?)国家がなんと スウェーデン。私が知るかぎり比類がありません。 私がチリ出張時のホスト望遠鏡SESTがスウェーデンとESOの 共同観測装置であることを考え合わせると偶然の巡り合わせとは面白いものです。 スウェーデンは特に天文学では有力国ですが、ポール・アンダーソンは、 そのことを知っていたのかもしれません。
 悪役が一人も出てこないのもみごとです。流石はポール、安心して読めます。 そういえば、私が最初に文庫で買って読んだSFも、氏の「地球人よ、警戒せよ! (創元SF文庫)」でした。