半田利弘のSF感想:マルチプレックスマン

 J.P.ホーガンの作です。DECの販売員だった経歴のためか、彼の作品には 計算機の詳細な描写がよく出てきますが、本作もコンピュータの概念を 他に(この場合は人の心)当て填めることから全体の基本的アイディアが できているようです。
 J.P.ホーガンにありがちな、一応ハッピーエンドなんだけど、その前のことを 考えるとなぁ。っていうストーリーです。
 主人公は、結局4人いるのですが、結局、一番ちょっとしか登場しない 最後の一人デニーロ以外は、幸福にはならなかった気がします。特に 一番長く登場するロジャー・ジャウロは、全然救いがありません。 まあ、SF好きがもっとも嫌うコチコチの保守的思想の持ち主という 設定なので仕方ないのかも知れませんが、あれだけ長くジャウロでいると (その考えに読者が付き合わされると)なんとか改心して幸せになって欲しいと 思ってしまうのですが、それは贅沢というものでしょうか。
 敵役は、もう典型的なステレオタイプ。その点では水戸黄門的に楽しめます。 ただ、あまりに大勢が死んじゃうのでねぇ。まあ、スパイ物の一種だと思えば 仕方ないのかも知れませんが。
 一番面白かったのは、実は世界設定です。抑圧された米国西欧と開放された ソ連・アジア・アフリカ圏という逆転の構造を設定しています。それを 実現するための方策として「環境保護派の異常な台頭」を挙げていますが、 これはあまり頂けません。環境保護派には、確かに行き過ぎた人も居ますが、 全体としてやらねばならないことではありますから。でも、確かに、それが ために保守に走ると、こうなっちゃうかも知れませんね。
 装置の発明者の博士は、ちょっといい人に書かれ過ぎです。ああいう設定なら もっと野心ギラギラな性格だと思うのですが。それに、ホーガンに在りがちですが、 テーマとなる新技術には何も未解決なことはなく、初めから良い人が問題が起きない ように仕組んでいたのだとする設定は、科学技術に対する過信のように 思われます。
 後半で出てくる、FERの描写は、もうまさにSF西部劇。事実上の無政府状態 なので何でもあり。黒海とシベリアとの間にはSSTが数時間おきに飛ぶわ、 日本やシンガポールとロシアとの間には弾道飛行航空機が商業飛行しているわ。 ソ連航空に至っては月ロケットを1日に何便も飛ばしているという設定は 「2001年」になっても「パンナムの月ロケット航路」ができそうもない 米国に対する皮肉かも知れません。
 ホーガンは日本びいきなので(ま、処女作が、まず日本でうけたからなの かも知れませんが)、この話の中でも、主人公のコードネームが「サムライ」 だったり、FERの新技術を推進する経済支援は日本が中心だったとする (事実に全然反する)設定とかがありますが、残念ながら、日本は登場しません。