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History road
手打港・穴場の散歩コース 下甑(こしき)島/手打・武家屋敷穴場の散歩コース
徒歩1時間
集落の南側に大きく開けた手打港、沿岸は延長3,1キロメートル以上のうち1,5キロメートルは遠浅の白砂で、透明度が高い海水と静かな渚は快適な海水浴場でもありハマグリ等の貝類を産し、地引網なども行われ資源の宝庫である。

集落のほぼ中央にあるふもと地区に、約700メートルに及ぶ旧武家屋敷の町並みがある住居はその殆どが改築されているが、今も残る外構は玉石積みの石垣や垣根等静かなたたづまいのなかに遠い昔をしのばせてくれる。
□ 津口番所跡

□ 井戸

□ 役場跡

□ 歴史民俗資料館

□ 石とうろう

□ 新田神社
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津口番所跡
江戸時代海上取締り、あるいは異国船監視のため津口であったここの場所に番所が設けてあった。

津口:見張りにてきした場所
番所:船舶の関所
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井戸
明治中期、サンゴ漁業全盛期に共同井戸が掘られ利用されていたが、今では水道の普及により消失しわずかにその一部を残している。
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役場跡
明治41年8月までここの地に役場があった、今はわずかにその地を残していて、そこに休憩所が設置されている。
歴史民俗資料館
旧家屋敷の町並みが続く中ほどに資料館を設置し、又、当時の屋形や門構えが復元してある。

資料館には先人達が多く使用していた生活用具や農林漁業の作業用具、古美術品など1200点余りが陳列され、地域の歴史的文化を探ることができる。
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石とうろう
西暦1420年代に、標高約300メートルの小山の頂上に経塚を設け、供養塔として五輪塔が建てられているがこれを、まつる、ため経塚が見える中道十字路に石とうろうを建て、とうみょうを、ともして先祖をまつったといわれている。

経塚:平安時代後期以降、末法思想の広がりを背景に、仏教の衰滅を恐れた貴族や僧侶が、法華経などの経巻を経筒に入れ仏具類とともに地中に埋蔵したもの。
新田神社
郷土史によると祭祀9月19日、祭神は神功皇后、応神天皇、玉依姫と記されている。

周囲は公園化され地区住民の憩いとふれあいの場として利用されている。
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郷土史、史跡碑掲載文引用
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