★ 臨月(40週〜)

妊婦生活もあと一息!37週過ぎれば、もしお産になっても 早産でなく正期産で
お産がいつ始まってもいい状態です。

「お産が近づくと体に変化が生じます
  • 赤ちゃんが下がるので、子宮の圧迫がなくなり、胃がすっきりして 食欲がわいてくる
  • 赤ちゃんの頭が圧迫して足の付け根が痛くなったり、つる。
  • 膀胱が圧迫されトイレが近くなる
  • 胎動が少なくなる

    すべてがこの通りになる訳ではないのであまり気にしないようにね。
    お産を楽しみましょう!


    「8月8日・いよいよ来ました〜陣痛が!いざ出産!」
    昨夜一時間ごとに目が覚めトイレへ向かう。 お腹の痛みがそのつどあった。朝になっても痛みは消えず、痛みの間隔も狭まったまま。 「もしかして陣痛?」と思ってみるが「まさか、、陣痛はもっと痛いはず」と そのままにしているとそのうち痛みはなくなった。助産院の先生にとりあえず朝10時頃 連絡すると「お昼ご飯食べてから来なさい」と言われ、関西から来ていた父と 12時に家を出発と決める。が11時過ぎ近所のおばさんと話していると足に暖かい ものが流れていく感じを覚え部屋に戻って見てみると破水していた。昨夜の 3、40分の散歩がいけなかったのか朝の激しい掃除機がけ(運動と思い 掃除機をかける時はいつも激しくかけていました)がいけなかったのか 血の少し混じった羊水を見て驚く。同時に自分が破水するとは思わなかった のでショックだった。助産院の先生に連絡を入れると「すぐ来なさい」と 言われ父に連絡。え?連絡が取れない・・・。少し焦り旦那の携帯に連絡。 旦那は仕事を抜けて家に向かうとのこと。同時に父にも連絡が取れ どちらか早く来た方に乗って行こうと決める。入院の荷物の確認を していると父が到着。父の車に乗車し、助産院へ向かう。 父はものすごいスピードで鹿児島市内へ車をとばし途中、2台抜きも してのけた。この時、破水はまだ続いており、お腹の子も動き回っていた。 「苦しくて動いているのだろうか」と不安になる。 助産院につくと泊まる部屋で内診を受ける。子宮口は2cm開いて いた。すぐに旦那も助産院に到着。「赤ちゃんが下りてきたら子宮口も 赤ちゃんの頭でふさがって、破水は止まるからねー」と言われホッとする。 昼食をとっていなかったので部屋で助産院で出されたおにぎりとみそ汁を食べる。 ついでに出産間近の記念撮影もする。写真を撮った後すぐに激しい陣痛が始まる。 陣痛の波に立つことも出来なくなった私に先生は「もしかして始まってる のかもね、モニターでしばらく様子を見ましょう」と、旦那と3人で分娩室へ向かう。 モニターで陣痛の波を計り出して20分ほど経って内診をしてもらうと 子宮口は一時間経たないうち5cm・・そして7cmに開いた。 途中、安産イスに座った効果なのかもしれないが、私の陣痛は更に痛みを増し モニターの線も振り切れるほど。先生にも「相当痛いはず、我慢強いね」 と誉められる。内心は叫びたいほど痛かった。加えて先生は 「あなたの陣痛は激しいわね。普通はもっとおだやかなものよ」と言われ 私達夫婦は少し驚いた。 トイレへ行きいよいよ分娩台へ。腰がくだけそう・・・。そんな時、助産婦さんに 「私たちも頑張りますので一緒に頑張りましょうね」と声をかけられ 涙が出そうにジーンとなった。同時に「今から産むんだ」と気合いも入った。 助産婦さん2人、 先生、旦那に支えられいよいよいきみの体勢だ。でも赤ちゃんが今私の どこを通っているのか全然分からなかった。「のどが渇く・・・」 旦那がすかさずお茶をくれる。助産婦さんたちが呼吸法、腰をさすって 励ましてくれる。しかし、赤ちゃんの心拍数は下がり気味。赤ちゃんが 私の体の割に大きかったのが原因だったようだが、私が頑張っていきめが いきむほど赤ちゃんの心拍数が下がる。先生は赤ちゃんの限界、私の顔に 黄疸が出だした事も考えて何度も「吸引するけどいい?」 と聞いた。私には考える余裕もなく「はい」と返事をした。 そして提携の産婦人科の先生を呼んだ。吸引分娩だ。最後まで自分の力で 頑張りたかったが仕方ない。一刻も早く赤ちゃんを出してあげなければ・・・。 産婦人科の先生到着。吸引開始。最後のいきみが一番辛かったけど、 18時8分、分娩室に入りわずか4時間、無事に3390gの男の子を産むことが出来た。 今思うとなんて素晴らしいお産だったのだろう。思い出すと涙が出そうに なる。こんなにたくさんの人に見守られて生まれてきた我が子。 愛にあふれたお産をありがとう。薬の力に頼らなくても君を産むことが 出来たんだ。

    子 産まれました〜!生まれたてです。
    やっと会えたねー。

    子 完全母乳で育ちました。9ヶ月になる頃(左)断乳。


    〜完全母乳に挑戦〜
    助産婦の先生のおかげで最初は出にくくかった母乳も 「絶対に出るから!」との励ましのおかげで産後入院 している間もなんとか頑張れました。子どもが泣いたら (母子同室だったので) すぐに部屋にとんで来てくれた助産婦の先生方、 本当にお世話になりました。赤ちゃんを抱くのもオムツを 替えるのも初めてな私に優しく丁寧に教えて下さって 退院する時はまるで故郷(実家)をあとにするようでした。 大変お世話になりました。ありがとうございました。 退院後も「辛い時は粉ミルクでもいいんだよ。」と 優しいアドバイスもいただき、2ヶ月頃にはみるみる出るように なり断乳する時は少し大変なほどでした。

    産んで初めの1ヶ月、母乳の出が悪く大変でした。 しかし、どうしても母乳にこだわりがあった私は 出る事を信じてなんとか頑張りました。 最初は本当に辛いと思います。ご主人の協力も必要です(とは言っても 母乳に関しては、男の人は何も出来ないでしょうから励ましの言葉や優しく接してあげる だけでどんなにか助けられますよ) でも辛い時は粉ミルクを上げてもいいのです。 あまり母乳母乳とこだわってもお母さんにストレスがたまって しまっては元も庚もありません。赤ちゃんの生活リズムに合わせて 焦らず、ゆっくりと母乳育児しましょう。 私の場合、落ち込んだ時によく読んだ本「おっぱい便り集」、 とても助けていただきました。

    〜そして断乳〜
    私が断乳したのは、ある日子が乳に興味をなくしてしまったからです。 子が食べる事に興味を持ち始めてしまった為。 乳離れっす(少し淋しかったりして〜)。 10日ほどお乳が張って少し大変な日が続きましたが、 放漫なナイスな乳が貧弱なまるで風船がしぼんだようになってしまいました〜。。 (う〜とても悲しい・・・)

    〜一歳になりました〜
    ken 14年の夏、kenは一歳になりました。


    ヤ ● 妊娠後期8ヶ月〜10ヶ月(28週〜39週) へもどる


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